白む空に燻る紫煙 ---〆

白む空に燻る紫煙 ---〆

刑事A  2022-01-18 14:27:13 
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  • No.4906 by アルバート・エバンズ  2025-04-08 21:38:09 

 





( 苦しさを抱えながら懸命に呼吸を繰り返す中で相手と視線が重なると、妹の瞳が記憶の奥で揺れた気がした。目の前に見えているのは確かにベル・ミラーなのだが、セシリアとアンナの瞳がちらつくように重なり“今”を記憶に阻害されている感覚があった。分かると、相手の言葉に頷いたのだが其れも長くは続かず意識が過去に引き摺り込まれる。過去の事件が、新たに思い出してしまった事実がフラッシュバックした事で取り乱した様子を見せると、呼吸は一層浅く喘ぐようなものに変わる。「____っ、セシリア、…っ悪かった…許して、くれ…ッ…は、ぁ゛…セシリア、」血の色が頭から離れない。浅い呼吸を繰り返していた身体は徐々に痙攣を始め、譫言のように妹の名前を呼びながら身体は震えが止まらなくなっていた。意識を今に引き上げようと、抵抗のように強く握り締め爪を立てた腕には鬱血した痕が残る。---酷い発作が落ち着く兆しを見せたのは、40分以上が経ってからの事。ふと目の前の相手が“見える”ようになり、それと同時に褪せた碧眼からは涙が溢れた。あまりに苦しい状況に対する絶望と、相手を認識出来た事に対する安堵とが入り混じる。「……手を、…っ握って、やれなかった…あんなに苦しんだのに、…1人で逝かせてしまった、…!」涙ながらに言葉にしたのは、今回の一件で思い出した記憶と、その後悔で。 )






 

  • No.4907 by ベル・ミラー  2025-04-08 22:41:13 





( 此方の問い掛けに頷きが返って来た事で安堵が胸に落ちるも、それは長く続かなかった。己を認識出来たのは僅かの間だけで、再び狂いを見せた呼吸と共に一瞬“今”にあった意識は過去へと落ちた様子。直ぐ近くで喘ぐ様な呼吸が繰り返され、その合間合間に何度も紡がれる妹の名前と謝罪に一度きつく双眸を閉じると、恐らく相手自身の意思とは関係無く止まらなくなっているのだろう震えを押さえ込む様に、先ずは近くの掛け布団を手繰り寄せ相手の背中に掛け、その後痙攣を繰り返す身体を確りと抱き竦め「…許してるよ、ちゃんと許してる。…大丈夫だから、」此方の声が今の相手に聞こえていなくとも何度も“大丈夫”を伝え続けて。___酷い発作が漸く少し落ち着き、身体の震えが治まりを見せて来た頃、次は先程まで翳りを見せていた相手の碧眼からとめどない涙が溢れた。同時に紡がれたのは“あの日”の後悔。“あんなに苦しんだのに”の一言を拾い思わず驚愕に見開かれた目で相手を見る。セシリアは…即死では無かったのか。至近距離の相手の表情は余りに悲痛な色に染まり、涙に邪魔され引き攣る喉から絞り出される後悔は重い。薄く開いた唇から何か言葉を発するよりも先に頬に冷たさが滑り、己もまた泣いている事に気が付いた。相手の涙を見たからか、その言葉で2人のその時を想像してしまったからか、物理的には有り得ないのにまるで抱き締めた相手の身体から絶望や痛みや後悔が…あの時の記憶が、流れ込んで来るかの様なそんな感覚を感じてしまったからか。思わず俯き、そこで相手の腕にある鬱血痕に気が付き涙の量は増す。以前駄目だと制した所謂自傷は、今回は列記とした抵抗だったのだろう。__セシリアは死の直前、相手に手を伸ばしたのだろうか。兄の姿は見えていたのだろうか。幼い園児を庇いながらもその心はきっと恐怖でいっぱいだった筈だ。流れ出る血の感覚を、撃たれた箇所の熱や痛みを、感じてしまっただろうか。相手は…伸ばされた手を握る事すらも出来ない程の絶望に一瞬にして染まってしまったのか。「…っ、ふ…ぅ、」痛い、なんて言葉が生温く感じられる程の余りに大きく重たい何かが胸の奥に根を張り体内から締め上げる様な感覚に俯いたまま嗚咽する。何に対しての涙なのかはわからなかった。泣き続けるべきなのは己では無く相手なのに、ただ、心が痛いのだ。相手の腕を緩く掴んだまま、何か言葉を発する事も出来ずにいて )




  • No.4908 by アルバート・エバンズ  2025-04-08 23:49:49 

 





( 相手が泣いている事に気付いたものの、思い出した過去の出来事について語るだけの体力は残っていなかった。ただ相手が己の腕を握る仄かな体温を感じ小さな嗚咽を聞きながら、気を失うようにして意識を手放していた。---発作が長く続いた事による疲労の所為だろう。皮肉にも齎された眠りは深いもので、明け方まで目を覚ます事はなかった。明け方、空が青みを帯びて白み始めた頃になって目を覚ますと、身体の重さを感じて深く息を吐き出す。たった1日で、かなり無理をして捜査を進めた時と同じような______自分自身で身体の不調を自覚する程に、影響を受けている事を思い知らされて。自分の直ぐ隣で布団も掛けずに寄り添うように眠っていた相手の頬に涙の跡が残っている事に気付くと、指の腹でその跡を拭うように頬を撫でる。布団を相手に掛けた後、静かに起き上がるとシャワーを浴びてじっとりと身体にかいていた汗を流して。リビングに戻ると、煙草を取り出してベランダに出る。アンナの事件捜査には関わらないと言ってしまえば楽なのだろうが、どうしてもそれは出来なかった。深い溜息と共に煙を吐き出すと、風に攫われた其れは静かに紺碧の空に溶けて。 )







 

  • No.4909 by ベル・ミラー  2025-04-09 11:08:13 





( ___何時眠りに堕ちたのかはわからなかった。頬撫でられた事も、布団を掛けられた事も、相手が寝室を出て行った事にも気が付かず眠っていたのだがその眠りは決して穏やかなものでは無く。右も左も、上も下も真っ暗な闇の中でたった1人相手がその場に蹲って居るのだ。顔は見えずとも震える背中と漏れる嗚咽で泣いている事はわかる。傍に寄り背中を擦りたいのにその足は僅かも動かず「エバンズさん」と唇は動くのにその名前が音になり相手に届く事は無い。相手はたった1人で泣き続けて居る。__ふ、と意識が浮上した時既に部屋の中は夜中の様な暗がりに染まってはいなかった。隣に相手は居らず、目の奥が重たい様な感覚に一度眉間を軽く解してから静かにベッドを降りて寝室を出。相手はあの日の満月の夜の時と同じく部屋に背を向ける形でベランダに居た。漂う紫煙は直ぐに風に乗り形を崩す。__朝が、来なければ良いのにと一瞬思ってしまった。悪夢に魘される夜が続けと言う事では無い、ただ、朝が来てしまえば相手は再び心身に鞭を打ち苦しみを背負いながら捜査を続けるのだから。今度はあの日の様に勢い良く開け放つ事無く静かにベランダに続く窓を開ける。朝の冷たい風が吹き抜け身体に纏わりつく感覚の中、伸ばした手は相手の腕へ。隣に立ち、煙草の煙の香りに混じりボディーソープの香りが鼻腔を擽れば「__風邪ひくよ。」と、小さく声を掛け身長差のある相手を見上げ。その表情は柔らかく穏やかな笑みなれど、何処か切なさも滲んでいて )




  • No.4910 by アルバート・エバンズ  2025-04-10 10:51:05 

 





( 窓が開く音がして相手の声が聞こえると、隣に立った相手に流し目で視線を向ける。シャワーを浴びて少しばかり熱を持った身体に冷たい風が纏わりつく感覚は涼しくて心地が良いのだが、風邪を引くと言われれば其れもその通りで。「…お前も、何も掛けずに寝てただろう。」と、風邪を引くのは相手も同じだとばかりに返事をして。深い溜息に煙を乗せて、青みがかった空に視線を向ける。「……鮮明な夢を見るのは、きついな。」現実と錯覚する程にリアルな夢。血の色も、血溜まりを踏んだ時の感覚も、目の前に倒れる人たちも、全てが鮮明なのだ。それが心を深く抉ると口にして。けれど捜査を続けると決めたのは自分。「夜中に付き合わせて悪かった、…捜査に集中しないとな、」昨晩酷い発作を起こした自分の側に相手がずっと寄り添ってくれていた事はわかっていて、感謝と謝罪を。立ち止まっている場合ではない、きちんと捜査に集中しなければと、自分に言い聞かせるように言うと煙草を灰皿に入れて。落ち着いている今のうちに多めに薬を飲んでおこうと考えつつ、相手と共にリビングへと戻り。 )






 

  • No.4911 by ベル・ミラー  2025-04-10 13:25:51 





__そうだっけ?全然覚えてない。
( 何かに引き摺り込まれる様にして眠りに落ちた事は理解していたが、目が覚めた時身体は確りの掛け布団の中にあったものだから、それはつまり先に目が覚めた相手が態々掛けてくれたと言う事。少しばかりおどけた様に笑い肩を竦めて見せた後は吐き出された紫煙を追う様にして同じく空を見上げ。「…そうだね。…今回は特に、」今請け負っている事件捜査がどうしたって”あの事件“を思い起こさせる事は確か。小さく頷き言葉尻を切る事で、次は謝罪に対して首を横に振り気にしていない事を伝えるのだが。その謝罪の後の言葉には頷く事が出来なかった。捜査に集中するべきなのは絶対で、それが刑事である事の努めで、被害者や遺族に対して真摯的な向き合い方だ。わかっている。わかっているのに、これ以上相手の苦しむ姿を、涙を流す姿を、見たくないと思ってしまうのだ。結局何も返事をする事が出来ないまま相手と共にリビングに戻ると「…コーヒー淹れるね。何時もより少しだけ甘いやつ、」と、顔を向け__「待って、」ケトルにお湯を沸かすよりも先に相手が取り出した薬の量に反射的に制止の言葉が口をついて出た。一度に飲んでも良い数は知っている。捜査の”障害“となる全てを抑え付ける為に規定以上の数の薬を飲もうとしている相手の考えも。それで全てを押さえ込む事が仮に出来たとしても、後に襲うのは大きな副作用と薬を飲む前以上に何倍にも膨れ上がる苦しみだ。心の底から苦しんで欲しく無いと思うが、それでも、見過ごす事は出来ない。「……」相手を見上げる真剣な瞳は暗に“駄目だ”と物語っていて )




  • No.4912 by アルバート・エバンズ  2025-04-10 23:58:42 

 





( 甘い珈琲を淹れると言う相手の言葉に頷いてソファの方へと向かうと、昨晩置きっぱなしにしていた鞄から処方薬を取り出す。シートを手に水を汲んだコップを手にした所で制止されると、相手と視線を重ねる。規定を超えた量を飲んだ時の副作用を案じているのだろう。決められた量以上の薬を独断で飲むのは当然良い事ではないと分かっては居るが、普段の薬だけで制御し切れるとも思わなかった。「______いつもの薬だけで乗り切る自信が無い、」感じている率直な不安を口にしたものの、だからと言って勝手に多量の薬を服用して良いという事にはならないだろう。結局規定の2錠を水で流し込み残りを鞄へと戻すと、代わりに資料を取り出してソファに腰を下ろし。 )







 

  • No.4913 by ベル・ミラー  2025-04-11 00:23:44 





( 相手のその不安は正直な所己も感じている事だった。事件が事件である為身体にも心にも掛かる負担は相当なもので、普段の薬で湧き上がる様々な症状を綺麗に取り除けるとはとても思わないのだが。「__エバンズさん、此処はレイクウッドだよ。エバンズさんの事を確りとわかってる医者の居る所。…点滴とかの処置も出来るかもしれないし相談してみよう。」それでも駄目なものは駄目だ。結局規定の量だけを飲んだ姿を見て表情をまた僅か笑みに戻すと、相手が病院嫌いだと言う事は重々承知の上でアダムス医師の話を出し。__普段より少しだけ砂糖とミルクの量を多めに入れたコーヒーを資料を避ける様に相手の目前に置いては、隣に腰掛けつつ己もまた別の資料に目を通し出勤時間までの間、少しでも犯人逮捕に繋がる何かを得ようとして )




  • No.4914 by アルバート・エバンズ  2025-04-11 01:36:53 

 





( _____事件の発覚から1週間ほどが経っても、捜査線上に有力な容疑者が上がる事はなかった。カフェの同僚、学生時代からの友人、常連と、アンナを取り巻いていた人間関係を洗い出しているものの捜査に“進展は無い“というのが現時点の評価だろう。進展がないにも関わらず、この事件の捜査に長く身を投じていれば心身は徐々に蝕まれる。少し眠っても夜中に酷い発作を起こし、明け方近くまで其れが続く事もあった。不調は少しずつ日中にも影響を及ぼすようになっていて、薬の効きが悪いと感じるようにもなっていた。---現場検証の写真は必要が無い限りなるべく見返さないようにしていたものの、鑑識の説明を受ける時などはそうもいかない。現場に残された痕跡について追加で分かった事を説明に来た鑑識官と、写真を見ながら其の内容を聞く。光を失った緑色の瞳が自分を真っ直ぐ見据えているように思えて、血の気を失った白い肌に真っ赤な血が流れる様が思い出された気がして、平静を装う事に必死だった。説明を終えた鑑識官が部屋を出て行った後、思い出すなと自分に言い聞かせながら写真を封筒に戻す。けれど既に呼吸は浅くなり始めていて、椅子に腰を下ろすとなんとか其れを押さえつけようと目元を覆いつつ深く息を吐き出して。この時間は報告書を持って来る署員も多い。此処で発作を起こす訳にはいかないと、パソコンに目を向けて報告内容を追記しようとするのだが、視界は不安定に揺れていた。 )







 

  • No.4915 by ベル・ミラー  2025-04-11 08:52:41 





( ___殺害現場が限られた人しか来ない付近に監視カメラも無い辺鄙な場所、と言う事もまた捜査難航を助長させているのかもしれない。有力な証言を得る事が出来ない日が続き、それでもほんの僅かの切っ掛けで捜査が軌道に乗る事もあると今日もまた朝から聞き込みに出ていた。___署に戻って来たのはお昼過ぎ。成果は0だがもう一度アンナを取り巻く周辺の人達の証言を纏め直そうと思っての事。自身のデスクに立ち寄り上着を脱いでからその足で警部補執務室へ。何時もならノックの後直ぐに入室を許可する返事があるのだが今回はその声が返って来る事は無く、数秒待ってから中を覗き見る様に静かに扉を開け。デスクに座りパソコンの画面を見詰める相手の眉間には皺が深く刻まれ心做しか呼吸が安定していない。調子を崩したのは明らかで部屋に入り扉を閉めるや否や、軽くその背に掌を宛てがい。「…最後に薬飲んだの何時?」パッと見、デスク付近に薬も無いし足元のゴミ箱に空のシートが捨てられている気配も無い。相手の事だから周りに怪しまれない様にと細心の注意を払いゴミを別の場所に捨てた可能性もあるが。背にあてた手を軽く上下に動かす事で少しでも落ち着く事が出来るならと )




  • No.4916 by アルバート・エバンズ  2025-04-11 12:25:17 

 





( 扉が開いた事で僅かに身構えたものの入って来たのは捜査に出ていた相手だった。目元を覆い、押さえ付けるようにゆっくりと呼吸を繰り返す。「…朝、2錠飲んだきりだ、」決められた量を決められた時間に飲んだ以外は服用していないと答えて。---不意に、外で救急車のサイレンの音が響いた。署の近くの道を通過しただけ、それだけの事だったが不安定な今はその音が記憶に直結してしまった。自分がどうする事も出来ずに血の海に立ち尽くす中、要請を受けて現場に急行したのであろうパトカーや救急車のサイレンの音が、遠くで幾つも響いていたのだ。その光景が鮮明にフラッシュバックし、喉の奥が詰まるような閉塞感を覚えた。その時に感じた恐怖が、絶望が、血の色と共に押し寄せる。「_____っ、は…ッあ、……っ、」目元を覆ったまま、途端に不規則になった呼吸は肺に酸素を届けない。鳩尾の痛みが強まり、ワイシャツを握りしめたまま意味を為さなくなった呼吸を喘ぐように繰り返すこととなり。 )







 

  • No.4917 by ベル・ミラー  2025-04-11 18:18:32 





( 相手の返事に腕時計に視線を落とす。前回の服用から既に十分な時間は経っていて今飲んでも問題無いと判断すれば相手の背から手を離し鞄の中にあるだろう処方箋の袋を取ろうとしたのだが。__遠くに救急車のサイレンの音が聞こえ署の近くの道を通過したのだろう、音が大きくなり再び遠く消えていったのを鼓膜が当たり前に拾った時、相手の呼吸音が変わった。ハッとして顔を向けると先程までの狂いそうなのを辛うじて抑え込めていた呼吸とは違い、肺まで確りと酸素が届いていない、喉の奥で引っ掛かる様な息遣いの相手がその苦しさと鳩尾の痛みに耐える様にシャツを握り締めていて。浅い呼吸に混じり喘ぐ様な声が漏れるこの状態ではとても錠剤を飲み込む事など出来ないだろう。先ずは少しでも呼吸のペースを取り戻し、薬を飲む事が出来る所まで回復しなければならない。この時間帯、署員が何時この部屋の扉をノックしても可笑しくは無い状況もまた焦燥が募るもので。過去の思い出したくない記憶が強制的に呼び起こされているのならば、塗り替える切っ掛けが必要だ。徐にポケットからスマートフォンを取り出し開いたのはアルバムのフォルダー。何時かの日、相手と共に訪れた陽の光が反射しキラキラと輝く青い海を撮影した動画を流すと、それを相手の前に置き。「…ほら、見て。海綺麗だったよね?少し肌寒かったけど、ちゃんと潮の匂いもした。…覚えてるでしょ?」波が寄せては返す一定の音が静かに部屋に流れる中、相手の背を擦りながら、血に濡れた記憶では無い別を思い出せる様にゆっくりと話し掛けて )




  • No.4918 by アルバート・エバンズ  2025-04-13 22:41:28 

 




( あの日鳴り響いていたサイレンの音と、目の前に広がる絶望的な光景。身体の奥から恐怖が湧き上がってくるような感覚を覚える中、“違う音”が記憶の波の中に挟み込まれる。寄せては返す波の音は、辺りが血の海と化した教室では聞き得ないもの。手繰り寄せられる記憶は、赤ではなく穏やかな青に近い色の筈だ。目元を覆っていた事もあり、相手のスマートフォンの画面に流れる映像は目にしていなかったものの、波の音はフラッシュバックした記憶を徐々に追いやり、別の記憶を齎した。浅くなった呼吸はそれ以上苦しげなものになる事はなく、落ち着けるように浅く繰り返されるばかり。ややして上げた顔には汗こそ滲んでいるものの、其の瞳に過去に支配された暗い影は落ちておらず「______大丈夫だ、…覚えてる、」と小さく答えて。鳩尾の痛みは完全には引いていなかったものの、鞄から薬を取り出すと僅かに震える指先で錠剤を取り出し水で流し込んで。 )







 

  • No.4919 by ベル・ミラー  2025-04-14 00:18:50 





( 相手の背中を擦りながらどうにか意識を別の所へ、と語り掛ける事数分か。顔を上げたその表情に倦怠感の様な色こそ滲んでいるものの先程までの酷い発作は治まっているのが確認出来れば安堵を胸に落とし薬を飲む姿を一瞥し。けれど100%の安堵に支配された訳では無いのが正直な所。本来調子が悪い時でも救急車のサイレンで意識が持っていかれる事など無かった筈だ。それ程までに今の相手は心身共にギリギリの…もしかしたら既にそのギリギリすらも通り越した所に居るのかもしれない。発作に加えて痛むのだろう、鳩尾付近を押さえる仕草も此処数日間で何度も目撃した。動画を終わらせスマートフォンをポケットに戻した後、再度腕時計に視線を落としてから「…エバンズさん、もう一度周辺の聞き込みに行こう。」と提示したのは、この時間、此処に居れば多くの署員が報告書の確認やら何やらで出入りして来る、そうなれば不調を勘づかれる可能性があると思っての事で。___署を出て、相手の座る助手席側の窓を少し開け風の通りを良くしてから車を走らせる。真新しいミネラルウォーターのペットボトルは相手が何時飲む事があっても良い様にドリンクホルダーに欠かさない。アンナの職場であるカフェに続く一本道、事故か何かでもあったのか、今日は何故か車通りが多く普段以上に進みが遅かった。やがて赤信号でも無いのに前方車が完全に停車し、己の車も後続車も次々と停車し完全なる渋滞が出来上がる中、運転席側の窓も少し開けたタイミングで何処かの車が大きく、長く響くクラクションを鳴らした。そんな事をしたって渋滞なのだから車は動かないのだと内心溜め息を吐きながら反応する様に小さく肩を竦めて )




  • No.4920 by アルバート・エバンズ  2025-04-14 00:38:26 

 





( 調子が良くない中、執務室に居て署員たちと幾度と顔を合わせる事は避けたいという思いもあった為、相手が聞き込みの提案をして来た事には素直に同意を示して。重たい倦怠感を抱えつつ、少し背凭れを倒して窓の外へと視線を向ける。車の進みが徐々に遅くなり、殆ど進まなくなった事で正面へと視線を向けると、赤いランプがかなり先まで続いているのが分かった。「…この道で渋滞は厄介だな、」抜ける道が無いため、渋滞の解消を待つしかないと思えば溜息と共にそう告げて。再び視線を窓に戻した時、長いクラクションの音が響き思わず肩が跳ねた。それと同時に、ほぼ強制的に事件の記憶が引き摺り出されるような感覚。先ほど執務室での発作からそう時間が経っていない上、安定剤も服用したというのに。何度も過呼吸の症状が起きれば当然身体にも大きな負担が掛かる。先ほどよりも浅くなった呼吸は戻るための糸口を見つけられず、更には身体の痛みも先ほどより強い。背凭れから身体を起こし前のめりになるも、酸欠の所為で目の前は真っ白だった。「……っ、…く、ぁ゛…っは、」自分の意思も関係なく脳裏に鮮明に蘇る記憶。銃声が耳にこびり着き、フラッシュバックが直ぐに止む事はなく。 )







 

  • No.4921 by ベル・ミラー  2025-04-14 01:19:51 





( 何処の誰が鳴らしたクラクションかは知らないが渋滞が困るのは捜査に出ている此方とて同じ事なのだと肩を竦めたその直後、隣に座る相手の肩が小さく跳ねたのと同時に先程執務室で起きた状態と同じ…否、それよりも酷く感じられる浅く狂った呼吸を繰り返す姿があれば思わず目を見開く。このフラッシュバックの発作が何によって誘発されたものか、それが数秒前のクラクションであると直ぐに察したものの、今の相手の状態では何が引き金となるかは未だ読めない。響くその音が過去の銃声やもしかしたら現場に駆け付ける警察車両が鳴らした音に繋がってしまったのかもしれない。「っ、落ち着いて、大丈夫だから…!」前屈みになり身体を丸める様に鳩尾の痛みに耐え、発作に苦しむ相手に片手を伸ばし肩を擦るのが精一杯なのは今運転中と言う最悪の状況だから。おまけに抜ける道の無い中での渋滞。アクセルから足を離し相手を抱き締める事も、こんな道の真ん中に車を完全に停車させる事も出来ない。前を見、進みを確認しなければ事故に繋がる可能性もあるし下手すれば後続車に次なるクラクションを鳴らされる可能性もある。為す術の無い四面楚歌な状況に焦りばかりが募り、思わずハンドルを握る片手が小さく震えた。早くこの渋滞を抜けて何処かに車を停めたいのに、1人苦しむ相手を抱き締め呼吸を戻す手助けをしたいのに。「何も起きてない、さっきのは事件とは全く関係の無い音で、急に鳴ったからエバンズさんは少しビックリしちゃっただけ。…だからねっ、大丈夫なんだよ、」時折前方を確認しながら何時の間にか震えていた手で相手の肩を擦り続け、記憶にある悪い音じゃないのだと、大丈夫なのだと、声を掛け続けるのだがそんな簡単に落ち着く事が無いのも知っている。手の震えに釣られる様に徐々に言葉にも震えが混じり、焦りとは別に恐怖も生まれる中、それでも一向に解消されない渋滞はまるでそれすらも意思を持ち、嘲笑いながら相手を苦しめる為に送り込まれた何かの様にすら感じてしまい )




  • No.4922 by アルバート・エバンズ  2025-04-14 01:59:36 

 




( 呼吸を元のペースに戻す為のきっかけも無く、浅い呼吸がただ苦しい。身体が震えるのを抑える事が出来ず、動かない車の中でどれ程苦しんだか。“今”を映さない瞳にも、フロントガラスの向こうの赤いランプの光は届き、それが血濡れた記憶をより鮮明にさせた。「______っ、セシ、リア…ッ、あ゛、はぁ…っ、」身動きの取れない車内で譫言のように何度も妹の名前を呼び、襲い来る記憶の波に耐える時間が数十分は続き、漸く此処が車内だと認識出来るまでに戻ったものの意識はまだぼんやりとしていた。酷く汗を掻いた身体は鉛のように重たく感じられ、目の前で起きているかのような過去の記憶を鮮明に繰り返した所為で心は不安定になっていた。些細な音が記憶を呼び覚まし、耐え難い苦痛を齎す今の状況はあまりにも負担が大きい。此の苦痛を繰り返したくない一心で、処方薬へと手が伸びる。先ほど飲んだばかりの発作止めと、2回分の鎮痛剤。明らかに過剰摂取なのだが、この苦痛をこれ以上繰り返したくなかった。今この瞬間、苦痛が抑えられるなら後で苦しむ事になっても構わないとさえ思ったのだ。相手が運転中で此方に気付かない、或いは気付いても直ぐには止められない状況下で薬を水で流し込むと、襟元を緩めて背凭れへと身体を預けて。 )







 

  • No.4923 by ベル・ミラー  2025-04-14 13:05:37 





( 狭い車内に相手の苦しみに喘ぐ呼吸と、繰り返される“セシリア”を呼ぶ声が広がる。助けられなかった事を懺悔する様に何度も何度も譫言の様に繰り返される彼女の名前は、余りに悲痛な想いを纏っていて耳を塞ぎたくなる程に心を乱される。視界が滲んだのを唇を噛み締め、ハンドルを強く握る事で抑え込むと、そこで漸く前方車両が緩やかに動き始め「…もう抜けられるからね。」と、一声掛けて車を発進させ。前方を見詰めある程度の車間距離を保ち運転をしていた為、相手の手が水のペットボトルに伸びた時にはもう既に何もかもが遅かった。取り出された薬の量も過剰で、それを飲んでも良いだけの時間は未だ経っていない。けれど……制止の言葉は音にならなかった。仮に車が停まっていたとして、それでも薬を飲むなと言えただろうか。署内でも、車内でも、あれだけ苦しみ、それからどうしても逃れたいと言う相手の気持ちがまるで流れ込む様に伝わってしまった。後に来る副作用の怖さなど、考えられない程に苦しかった筈だ。奥歯を噛み締め、“見なかった事”を決めた心は重く揺れる。___やがて一本道を抜けた先にあるカフェが見えて来たのだがスピードを緩める事はしなかった。犯人の足取りが掴めず捜査が難航している事は百も承知なのだが、私情だなんだと言われても今優先すべき事はカフェに聞き込みに行く事では無い。「__エバンズさん、降りて。」車を停めた場所は病院の駐車場。未だ過呼吸や身体に纏わりつく痛みが尾を引く倦怠感が続いているだろう相手に真剣な表情でそう告げると、自身が先に降りた後に助手席側に回り扉を開ける事で促して )




  • No.4924 by アルバート・エバンズ  2025-04-14 15:23:26 

 





( 眠っていた訳では無かったが、一瞬意識が飛んでいたのだろうか。普段であれば相手が目的地を外れ病院へと向かっている事には道を見て目敏く気付く筈だったが、今日ばかりは相手が目的地であるカフェを素通りした事に気付けなかった。気付いた時には既に車は停まっていて、助手席の扉が開く。其処でようやく、見慣れたレイクウッド総合病院の駐車場に居る事を理解するのだ。見慣れて居るとは言え、レイクウッドに戻ってから病院に来るのは初めてで、2年以上訪れて居ない事になるのだが。車を降りる事を拒絶しなかったのは、今は医者の助けが必要だと自分でも感じたからだろう。重たい身体を起こして外に出ると「______お前は捜査に戻れ、」とだけ伝える。相手まで巻き込んでこれ以上捜査に支障を来たす訳にはいかない、後は自分でなんとかすると。 )







 

  • No.4925 by ベル・ミラー  2025-04-14 16:20:47 





( 病院嫌いの相手の事、扉を開けたまま行く行かないの押し問答も覚悟していただけに拒否の言葉一つ飛んで来ず素直に車を降りた相手に一瞬だけ瞬くのだが。直ぐに、相手自身が病院を拒絶出来る程身体も心も安定していない自覚があるのだと思えば再び心は小さく痛み。助手席の扉を軽く閉め病院へと踏み出した右足が止まったのは、ある意味予想していた通りの事を言われたから。病院に用事があるのは相手で、己はあくまでも捜査実行するのがこの場合の最善だと言う事はわかっているが__「私も行きます。」間髪入れず口を着いたのは相手の意に背く同行を望むもの。「一緒に話を聞かせて下さい。もし検査や長く掛かる話し合いになるなら、確り捜査に戻るから、」今の相手の状態を見て医師はこの先どんな判断を下すのか、今回の事件解決までの間出来る処置はあるのか、聞きたい事は山ほどあるのだ。相手に何を言われた所で最初の話だけは聞くと貫けば、後に何を言われた所で聞かない振りをし、半ば強引に院内へと入る事として )




  • No.4926 by アルバート・エバンズ  2025-04-14 23:57:16 

 





( 付き添いは不要だと言っても相手が其れを受け入れる事はなく、結局半ば強引な形で相手と共に待合室へと向かう事となり。短い期間に二度も発作を起こした事で身体には重たい倦怠感が纏わりついて居た。身体の痛みも強く出ていたものの、流石に2倍量の鎮痛剤はよく効いたようで診察を待つ間にだいぶ楽になっていて。早く捜査に戻りきちんと事件と向き合わなければならないのに、余計な事に足を引っ張られている。自分が指揮を取っている事で事件解決の遅れに繋がる、という事だけは避けなければならないという焦燥感を抱えながら、名前が呼ばれると診察室へと向かい。主治医であるアダムス医師と直接顔を合わせるのは、彼が学会の為ワシントンに来ていた時以来だろう。 )







 

  • No.4927 by ベル・ミラー  2025-04-15 00:16:30 





アダムス医師



( 診察室の扉が開かれ相手と__付き添いで来たのだろうミラーの2人が入って来れば両方に視線を合わせ緩く微笑む。その笑みはもしかしたら患者に向ける医師としては何処か微妙な点において違和感のあるものだったかもしれないが、2人がまた一緒に居る姿を見る事は理由はどうであれ喜びと安堵に繋がるのだ。相手が戻って来た理由、その他諸々を根掘り葉掘り聞く事はせず『お久し振りですね。元気では無いから此処に来たのだと思いますが、調子はどうですか?』と、先ずはあくまでも医師として今日相手が受診した理由を問い。2年前の相手のカルテをパソコンの画面に出し、新たに症状として表に出る様になった“鳩尾付近の痛み”の事、“時折現れる脈の乱れ”が尚も続いているのか、ならばその頻度や強さの具合が果たしてどの様に変化しているのかを確かめなければならなかった )




  • No.4928 by アルバート・エバンズ  2025-04-15 00:35:09 

 





( 2年という月日の経過を感じさせない程に彼は変わっていない、というのが率直な印象だった。数ヶ月前にも罹ったような気さえする程に普段通りの彼に対して、多くを語る事はしなかった。「______フラッシュバックを起こす事が増えた。捜査に支障が出ないように、2週間で良い、強い薬を処方してくれ。」“何故”フラッシュバックを起こす事が増えたのか、自分が今どういう状況に身を置いているのか、本来伝えるべき詳細は口にする事なく、薬を強い物に変えて欲しいと。今起きている症状がかなり重く、容態が悪化していることも深くは言及しないまま、いつものように診察はするのだろうとネクタイを解き襟元を緩めて。「鎮痛剤も貰いたい、」と付け加えた事で、今は痛がる素振りを見せていないものの、痛みは未だに症状として顕著に出ている事が相手に伝わっただろう。 )







 

  • No.4929 by ベル・ミラー  2025-04-15 01:08:59 





アダムス医師



( “捜査に支障が出ない様に”と言う事は、相手は今此処レイクウッドで再び刑事としての日々を送って居るのだろう。生きる活力がそこにあるのなら相手は刑事で居続けるべきだと思う反面、沢山の事件に向き合い、数え切れない遺体を目にする日々がまた続く中での体調面の不安もあった。そんな中で相手が語ったのは詳細を省いた短い不調と、相変わらずの要望。そんな所ばかり以前から変わっていないと吐き出したくなる溜め息を飲み込み、診察をする事がわかっている手馴れた動作に『今処方している薬は、副作用が極力出ないギリギリの強さのものです。はいどうぞ、と直ぐに変えられるものではありません。__“何故”フラッシュバックが起きる頻度が増えたのか、心当たりはありますか?』今一度薬の説明をしつつ、その根源となる所の認識を確かめながら緩められた襟元から聴診器を入れ心音を静かに聞き。___今現在酷い心雑音は聞こえないが、少しばかり鼓動が早い。少し前に発作を起こし過呼吸の状態が暫く続いた可能性も示していて、聴診器を抜いた後は相手の腕を取り脈拍を図る。親指の腹に伝わる脈の動きは一定で、不整脈は無いと判断できるが相手の場合それが何時起きても可笑しくは無いストレスの掛かる中に居る事は確かで、今が大丈夫だからこの先も、と安心出来る訳では無い。加えて付け足された鎮痛剤の所望は痛みが消えていない事の証明だ。相手の腕から手を離し、状態を記録する為キーボードを叩いてから再び向き直ると『懸念している不整脈は今の段階では確認出来ません。けれど、ストレスの強く掛かる中に身を置き続ければ何時かそうなる危険性もある。…不整脈は心臓の病気に繋がる可能性が高い症状です。そうなる前に、働き方を見直すべきです。』真剣な眼差しで一つ一つ言葉にし、そうして最終的には矢張り仕事のストレスが大きく占めてくるものだから刑事を辞めろとまでは言わずとも、変えられる何かはある筈だと。『鎮痛剤は、今と同じものを二週間分出します。…痛みを自覚した最初の頃に比べて、強さや治まるまでの時間に変化はありましたか?』視界の端に映るミラーは少し俯き加減で話を聞いている為、確りとした表情を伺う事は出来ないが、大きな不安を心に秘めているのは確かだろう。相手に痛みの具合を確認しながらもまた違う一抹の不安を感じていて )




  • No.4930 by アルバート・エバンズ  2025-04-15 02:01:47 

 






( 当然と言えば当然だが、自身の“主治医”であるアダムスはワシントンの医者のように自分の答えた事に相槌を打ちものの数分で薬を処方する、という事はしなかった。此れが本来の診察なのだが、医者を相手に問答が続く事に妙な違和感を感じる程には、自分自身ワシントンでの生活に慣れていたのだろう。「…今追っている事件が、少し……“あの事件”と似ている点がある。」心当たり“しか”ないものの、其れを律儀に相手に説明していては、言われる事はただひとつ______その捜査に関わるな、だ。その確信があるからこそ、今を乗り切れるだけの情報を口にするという姑息な手段に出ざるを得なかった。「……働き方を見直した結果、レイクウッドに戻って来た。この事件が一段落したら、もう少し暇になる。」と、この捜査が終わるまでは休めない事を告げて。強い痛みに襲われると、息をする事さえ痛みに繋がりそうで呼吸が浅くなる。動けない程の痛みに苦しめられる事もある為、今と同じ鎮痛剤を2週間分では直ぐに市販のものに頼らなければならなくなるという不安があった。「……少し痛みが強い。薬を強められないか、」痛みの程度が増大している事にはあまり触れず、もう少し効果が強い物をと食い下がり。______相手がふとした瞬間に不安げな表情を浮かべる事が増えた事には気付いていた。自分が居ない間に起きた事件が未だ尾を引いているのだろうと思ったものの、今回は人質が関係するような事件ではない。原因は定かではないが、今回の事件や自分が不安定な事も関係している可能性は十分に考えられた。「……ミラー、先に現場に行ってろ。もう少し掛かりそうだ、」と、未だ診察が長引く為現場に向かっておいて欲しいと告げ。 )







 

  • No.4931 by ベル・ミラー  2025-04-15 13:27:49 





アダムス医師



( 相手が口にした“心当たり”の事件内容までは当然知らないし、刑事である相手が事件の詳細を事細かく一般人に話せ無い事もまた理解はしていた。だからこそ深く追求する事はしないものの“少し”であれ相手を最も苦しめる全ての原因となった“あの事件”と似ているのならば掛かる負荷は相当なものの筈だ。思わず表情が険しくなり何かを考える様な間が僅か空いた。『…捜査を降りる事は?』と、静かな声で問い掛けたものの、返って来る返事は100%確信を持って“無い”である事はわかっている。だからこそ『今回発作や痛みが増えた原因は、貴方自身も“心当たり”として感じている通りでしょう。…原因がわかっているのならば、それから遠い所に身を置き少しでも負荷が掛からない様にする事が一番です。__とは言え貴方が刑事であり続ける理由を、捜査を第一に考える事を辞めない事も知っています。』と、言葉を続けるも今度は溜め息を飲み込む事はせず。此処に戻って来た事は大変喜ばしい事、けれど問題は“今”請け負ってる事件だ。終われば暇になるとか言う問題では無い筈なのに。今一度隠す事もしない深い溜め息で再び考え込むと、ややして『……これ以上強い薬は服用した後が怖い。けれど痛みで日常生活をスムーズにおくる事が出来ないのは本末転倒です。…朝、病院に寄る時間を30分程作れますか?』1つの案を進ませる為の確認を。__相手から現場に戻れと言われたミラーは一瞬躊躇う様な素振りを見せたものの、従う様に頷くと「…わかりました。何かあれば連絡下さい。」と答え席を立ち。アダムス医師に深く頭を下げてから診察室を出、言われた通りカフェでの聞き込みと事件現場となった場所に行く為車を走らせて )




  • No.4932 by アルバート・エバンズ  2025-04-15 14:08:29 

 






( 捜査はそう簡単に放り出せるものではない、ましてや自分の為の勝手な都合で降りる事など。相手の問いには首を振る事でその意思が無い事を伝えて。セシリアと瓜二つの女性が被害者となった今回の事件、写真を見てあの日見た光景が鮮明に思い出されるのは当然だ。けれどそれだけに留まらず、些細なきっかけで当時の記憶が首を擡げる事が増えたのはそれだけ強いストレスが掛かっていると言う事か。「……善処はするが、朝早くから捜査に出ている事もある。毎朝は厳しい、」相手が譲歩してくれた以上なるべく従おうという気はあるのだが、毎朝時間を作るのが現実的に可能かどうかは怪しい所だった。時間が取れる日は通院する事を了承しつつ、ミラーが指示通り診察室を出て行った事を確認すると再び相手に向き合う。「______あいつにも負担を掛けている事は間違いない。ミラーの前で体調を崩す事がかなり増えている。…共感性が高いあいつの事だ、あまり側に置き過ぎない方が良いとは思っているんだが、」と、今感じている懸念を相手に告げて。---この時は未だ、ミラーの事を考えられるだけの余裕があったと言えるだろう。更に追い込まれ体調も悪化して行く中で、ミラーさえもが“きっかけ”になり苦しむ事になるとは、今は知る由も無い。 )







 

  • No.4933 by ベル・ミラー  2025-04-15 20:38:27 





アダムス医師



( 相手の返事に再び考え込む事数十秒。『__痛みが出た時に飲む錠剤をこれ以上強める事は出来ませんが、点滴と言う手段があります。フラッシュバックや発作を起きなくさせる効果は勿論無いですし、そこから引き起こされる痛みを全て抑えてくれる訳でも無い。ただ、慢性的な痛みはかなり軽減出来て、錠剤よりも持続時間が長いのは間違い無い。』と、相手の望む今より強い鎮静剤を出す代わりの提案をしつつも、『ですが、その時の体調や免疫力の低下具合などで、点滴後に副作用が出る事もあります。30分程は万が一に備えて処置室に居てもらうのが絶対条件になりますが、』点滴を終えたからと言って直ぐに帰す事は出来ず、全ての時間を合わせれば結果的に1時間近くは自由を拘束する事に繋がると。『朝が難しい時は、夜の診察が終わった後でも構いません。勿論これは特例なので、口外されるのは困りますが__こうでも言わなければ病院に来る事は疎か、鎮痛剤の過剰摂取をされる可能性も0では無さそうですからね。』相手の仕事上、病院の診察時間に合わせられない事があるのは理解出来る。ただの医師と患者と言う関係で、相手だけを特別に扱う事は本来出来ないしやってはいけないのだが、相手の性格を思えば致し方ないと、結果的に甘い選択肢を、珍しく態とらしい表情と皮肉で投げて。___話が居なくなったミラーの調子に移れば再び表情は医師のそれに戻る。彼女の共感性の高さは何度か顔を合わせ話をする中で感じていて、相手が懸念する理由もわかるのだが。『確かに貴方が苦しむ姿を見る事で、同じ様に心を痛めるのは間違い無いでしょう。近くに居る貴方が一番わかっている通り、彼女は優しい女性ですからね。…けれど、見えない所で貴方が苦しんでいるのではないかと常に不安に思う事もまた、ミラーさんにとっては心を大きく磨り減らす事に繋がるのではないでしょうか。一概に何方が良いかを選ぶ事は出来ないですが、あくまでいち医者が客観的に見た意見を言うのならば…距離を置き過ぎるべきでは無いと思います。』相手がワシントンに居た約2年程、相手を想い電話を掛けて来たあの時のミラーの不安そうに揺れる声は未だに覚えている。お互いの心の為に、取り返しが付かない程に離れる決断をするのは避けるべきだと。けれど相手同様にこの先起きる事を知る由もないからこそのアドバイスだった。まさか当たり前に相手の近くに居たミラーが__緑の瞳が、恐怖の、拒絶の、過去を甦らせる切っ掛けになるなんて。相手が拘束時間を許可し、時間外の診察と処置を望むのならば、その日からどうにか点滴や安定剤でやり過ごす日々を送る事になるのだが、やがてその点滴や処方する薬の全てが効かなくなる程に強く重たいストレスが相手の身体にも心にも伸し掛る事となるのもそう遠くない話で )




  • No.4934 by アルバート・エバンズ  2025-04-16 10:40:25 

 





( 痛みを軽減し効果が長く続く点滴で処置をして貰えると言うのは有り難い話だった。慢性的に起きる痛みが落ち着くだけでも負担は減る。朝に時間が取れなければ夜の診療時間外でも“特例として”処置をして貰えるのであれば、なるべく時間を取ろうと頷いて。「…助かる。行く前には連絡を入れるようにする、」と口外しない事を約束した上で此方の“我儘”を受け入れこの捜査の期間中はサポートしてくれる事に対して礼を述べて。---自分が見えない所で1人苦しむ事に不安を抱え心を擦り減らす事に繋がる。相手の言う其の懸念は正にその通りだと思った。相手を巻き込まない為、無用な心配を掛けない為、距離を置く事は出来る。けれどその結果これまで以上に相手が不安に苛まれバランスを崩す可能性がある事も心配だった。「…もしもミラーが貴方に不安を吐露する事があれば、あまり不安にならないようにしてやってくれ。」ミラーの不安を増長しないように計らって欲しいと伝えて。---その後、時間を見ては点滴の処置をして貰い、治療を同時進行しながら捜査を続けたものの状況は悪い方へと堕ちていくばかりだった。眠る事が出来ず夜をソファーで、ワイングラスと共に過ごす事も増えた。聞き込みに行ったカフェで、彼女の姿を思い出して体調を崩し席で休ませて貰う事もあった。夜に打ってもらった薬の効果が切れる夕方頃に署で過ごす時間が最も気を張った。その日も薬が切れ掛けている事を感じながら、温かい飲み物で気を紛らわそうとマグカップを手に給湯室へと向かい。 )







 

  • No.4935 by ベル・ミラー  2025-04-16 13:30:29 





( ___相手が短期間の内にみるみる調子を崩し、回復の兆しが見えていない事は診察をするのに顔を合わせるアダムス医師も、捜査を共にし、今は同じ部屋で暮らしているミラーも当然気が付いていた。けれど長く効果を発揮してくれると思っていた薬が効かない以上出来る事は限られてしまうのだ。___その日は小雨が降り少し肌寒い天気だった。聞き込みを終えて署に戻って来たのは日が落ちた夕方近く。重たく纏わりつく疲労を少しでも回復する為休憩しようと給湯室で紅茶を淹れようとした正にその時。マグカップを片手に相手が入って来れば自然と顔はそちらに向き、此処に来た目的に気が付くと何時もと変わらず微笑み「…淹れるよ。」と、マグカップを受け取るべく片手を伸ばして )




  • No.4936 by アルバート・エバンズ  2025-04-17 02:29:38 

 






( 給湯室には明かりが点いていた。後ろ姿で中に居るのが相手だと分かり聞き込みの成果について尋ねようと思ったのだが、振り向いた相手に飲み物を淹れると言われれば「…悪いな、」とだけ答えつつマグカップを手渡して。相手と視線が重なり手が触れ合う_______謂わばよくある日常のひとコマ。それなのに、一瞬ぐらりと視界が揺らぎ、何かは分からない急な不安感が顔を覗かせた気がした。一瞬脳裏に過った“何か”を深追いするべきではないと、僅かな心の騒めきには気付かない振りをする。しかし確かな不安、恐れ、そんな類の感情が湧き起こった気がしたのだ。「…っ、……」一瞬の違和感は同時に痛みを引き連れて来て、ぎゅっと締め上げられるような痛みが走るとシンクに手を突きつつ深く息を吐き出す。少ししてやや痛みの波が治まると「…このまま捜査に進展がないと、来週ごろから人繰りが厳しくなる。…未解決にはしたくない、」と、捜査が長引く事による影響が出て来そうだと告げて。 )







 

  • No.4937 by ベル・ミラー  2025-04-17 13:32:07 





( 指先が触れ合うと同時に相手の持つマグカップが此方の手に移動する。それはこれまで何十回と数え切れない程にあった特別ではない当たり前の遣り取り。それなのに__此方を見る相手の碧眼の奥に“揺れ”が見えた気がして思わず動きが止まった。「…エバンズさん…?」思わず名を呼ぶも、その“揺れ”が何に対してのものか、どんな感情なのか具体的な事はわからずそれを確かめる前に相手は不調を訴えたものだから、シンクに手を付き痛みに耐えるその背中を軽く擦り。ややして険しい表情と共に告げられたのは今請け負っている捜査進展について。紅茶で良いかを確認し、己と相手の2つのマグカップにアールグレイのティーバッグを入れそこに沸かしたお湯を注ぎながら「それだけは絶対に駄目。」と、未解決だけは避けたいと同意を示し。「アンナさんの彼氏にも話を聞いたけど確りとしたアリバイがあるし、他の捜査線上にあがってる人達も同じ。…何か見落としがあるのか、それとも無差別な犯行だったのか__明日からはもう少し範囲を広げて聞き込みします。常連じゃなくてもカフェを訪れた事のある人は出来る限り探し出して。」ティーバッグから染み出る紅を真剣な表情で見詰めながら考えを巡らせる中でゆっくりとした口調の返答を。砂糖とミルクは相手に委ねる事とし、出来上がった紅茶を渡す為マグカップを差し出しつつ、「…少し落ち着いた?」と、痛みの具合を問い掛けて )




  • No.4938 by アルバート・エバンズ  2025-04-19 00:52:06 

 





( 一瞬感じた騒めきは長引く事はなく、引いていく波のように静かに消えた。相手の問いには問題ないと頷き、淹れてもらった紅茶を手に執務室へと戻ると再び捜査の記録を見返して。---夜に病院に行く時間を取る事が出来ないまま家へと戻り、ベッドへと入ったものの相変わらず眠る事は出来なかった。眠っている相手を起こさぬように布団を出てリビングに向かうと、ワインをグラスに注ぎソファに腰を下ろして。アルコールを摂取すれば、泥のように眠れるかもしれない。そんな淡い期待と共に、空が白み始める頃までリビングにいる事もあった。捜査を進展させなければならないという焦りと、これ以上この事件に関わりたくないと拒む心の狭間で必死に立っている。間接照明を灯すと、何か少しでも手がかりになる事を見つけられないかと、鞄から資料を取り出してそれを読み始めて。 )







 

  • No.4939 by ベル・ミラー  2025-04-19 01:49:13 





( ___相手がベッドを出た事に気が付かぬまま暫くは落ち着いた寝息を立て眠っていたのだが。時間にして凡そ1時間程が経ってからか、深く落ちていた意識が何かの拍子に浮かび上がり浅い眠りを引き連れたそこから更に数十分後。ふ、と目が覚め瞼を持ち上げると寝室はまだ暗く布団から出ていた片足が冷たい。今何時だろうか、ほんやりとした頭でそんな事を思い片足を布団の中にしまい込んだ所でベッドの広さを感じた。それは隣に相手が眠っていない事を表していて、此処数週間は気が付けば同じベッドに相手の姿が無い事が多々あった。ベランダで煙草を吸っている事もあれば、リビングでお酒を飲んでいる事もある。何もせずただ暗い部屋の中ソファに腰を下ろしたままじっと動かないでいる姿を見た事もあった。その度に胸が張り裂けそうな痛みを覚えるのだ。静かに手を伸ばし横のシーツに触れる。ひんやりとしたその生地は相手が寝室を出ていってからある程度の時間が経った事を示していて、ゆっくりと上半身を起こし薄い掛け布団を手にすると寝室を出。__リビングには間接照明が灯されていて、ソファに座る相手を照らしている。テーブルに置かれたワインが注がれたグラスを一瞥してから「……晩酌にしては随分遅い時間だね。」と、驚かせないように静かに声を掛けつつ隣に腰掛け、手にしていた掛け布団を相手の足に掛けて。その際距離の近い位置で相手に微笑みかける。緑の瞳は相手の目にどう映ったか )




  • No.4940 by アルバート・エバンズ  2025-04-19 03:17:16 

 





( 資料をいくら見返しても新しい何かに気付く事はなく、事実をただなぞるばかり。現場の状況、被害者の外傷と遺留品、交友関係_______気付かない内にかなり没頭していたらしい。小さな物音に顔を上げると、目を覚ましたのであろう相手が立っていて、最後に時計を見てから既に1時間程が経過していた。「あぁ、…眠れなくてな、」と答えつつ、目元を解す。眠気は微かにあるのだが、眠れない。足元に掛けられた掛け布団の温かさで、少し身体が冷えていた事に気付く。ふと重なった視線______薄暗い暗がりの中で、相手の緑色の瞳が光を受けて煌めき、揺れた。相手の瞳は穏やかな色を宿していた筈だ。けれど、一瞬同じ色をした______妹の瞳が重なる。其れは楽しそうに笑った、優しい色をした瞳。相手と視線が絡んだまま、相手の瞳のその向こうにある色を見た。しかし其れは長くは続かず、次の瞬間には光を失った暗い色がフラッシュバックしていた。「______っ、」相手を見つめていた褪せた碧眼には一瞬にして恐怖が浮かび、思わず身体を折り曲げ襲い来る記憶の波と痛みに耐える。鳩尾を握り締め身体を俯かせ、相手と再び視線を重ねる事が出来なかった。呼吸はものの数秒で浅く上擦ったものに変わる。「……ッ、やめてくれ、…っぁ゛、あ!」一瞬にして恐怖に支配され、そこから堕ちるのは早かった。点滴の処置が出来なかった事も手伝って息をするのも辛い程の痛みに襲われ、酷い発作を引き起こしていて。 )







 

  • No.4941 by ベル・ミラー  2025-04-19 11:15:11 





蜂蜜いれたホットミルクでも飲んでみる?身体が暖まって眠れるかもしれないよ。
( 眠れる時に確り__とは言え眠れないからこうして事件の資料を読み漁っているのだとは思うが、夜中に頭を使い脳を活性化させてしまえば来る眠気も来ない筈だとワインでは無い別の飲み物の提案をしつつ、片手でさり気無く広げられた資料を纏め。___「…ッ、?」重なっていた相手の瞳の奥に“揺らぎ”が見えた気がして息を飲む。その揺らぎは給湯室で見たそれと同じもの。そうしてものの数秒でその揺らぎは“恐怖”の色を纏ったものだから、思わず大きく目を見開く事となり。何に対する恐怖なのかわからなかった。鳩尾を握り締め痛みを訴える相手の呼吸は今までの正常なものでは無く浅く狂いを見せていて、発作とフラッシュバックを起こしている。ただ、フラッシュバックに繋がりそうな音も何も無かった筈なのだ。一瞬様々な考えが頭を巡るも、今はそれ所じゃないと直ぐに相手の足に掛けていた掛け布団を今度は震えるその身体を包む様に背後から肩に掛ける。「っ此方見て!ほら、何も無い。…ね?」その状態で此方に凭れ掛からせるのに目前から抱き竦めるのだが。“緑の瞳”が原因で相手がフラッシュバックを起こした事に気が付いていない為、どうにか意識を今に、少しでも落ち着いて貰おうとする行動は必然的に今まで同様相手の顔を持ち上げ瞳同士を重ねると言うそれで。__怖い事は何も無いのだと伝えながら、今相手が最も怖いと感じているものを見せ続けている。…ある意味皮肉な話だろう )




  • No.4942 by アルバート・エバンズ  2025-04-21 04:25:00 

 






( 苦しげな呼吸を繰り返し、痛みに耐える。身体は自分の意思とは裏腹に震え、まるで目の前で起きている出来事かのように鮮明に再生される記憶を止める事など出来なかった。これまでは過去に堕ちてしまった時、酷いフラッシュバックに苛まれた時、相手と視線を重ねる事が今に戻る手助けになった。その色を妹の瞳だと錯覚する事で、幾らか落ち着く事があった。_____けれど、今はどうだろうか。相手の緑色の瞳を見て思い出されるのは、光を失い虚ろげに此方に向けられた瞳。それは恐らく、アンナの遺体を見た事で鮮明な記憶として上書きされている事が大きな原因のひとつだったが、美しい色の瞳は“恐ろしい記憶”に直結した。「…っあ、…は、ぁ゛……ッ、」相手と重なる碧眼には明らかな恐怖と涙が浮かんでいるものの、首を小さく振るばかりで恐怖が言葉になる事はなかった。思い出してしまった記憶が、彼女の白い手が伸ばされる光景が押し寄せて呼吸はより喘ぐような意味を成さないものに変わっていき、熱を失った指先は冷え始めていて。 )






 

  • No.4943 by ベル・ミラー  2025-04-21 13:35:02 





( 重なる碧眼から恐怖の色が消える事も、その身体から震えが消える事も無い。掛け布団の上から懸命に背を擦るが相手の発作は治まらず直ぐ近くで聞こえる苦しげな息遣いが落ち着く事も無いのだ。アダムス医師の提案によって点滴による治療を受けている事は勿論知っていたし、それが相手を少しでも楽にすると思っていたのに、実際は殆ど効果が見られず__否、効果はあるが相手に掛かるストレスがそれを上回っているのだろう、悪い方悪い方に堕ちるばかり。悪夢に魘される云々の前に、眠る事すら出来なくなっている。__何も出来ない、それが一番苦しかった。嫌だと首を振りまるで幼子の様に懸命に拒絶を表す相手の涙に濡れる瞳は心を締め付けるのだ。同調する様に緑の瞳にもまた涙が浮かび、俯く事で重なっていた視線が漸く外れた。出来る事は痛みを取る事でも、苦しみを和らげる事でも無い。ただこの小さな明かりだけが灯る薄暗い部屋の中、物理的な寒さを感じない様にと相手の背中を擦る事だけ。“無力”と言う言葉がピッタリの状況ではないか。「……痛いね、…苦しいね…っ、」相手の感じる絶望を言葉にし肯定しながら俯いたまま、片手で背を擦り、もう片手は鳩尾を握り締める相手の手に重ねる。酸素が上手く回らないせいか細く骨張った指先は冷たく小さく震えていて、誰か助けてあげてと叫び出したくなるし、このまま何も感じぬよう意識を失って欲しいとさえ思う。___ただ、相手の瞳に唐突に滲む恐怖の色だけは何故かある種の疑念を植えて残ったのは確かで。ふ、と遡った記憶の1日。給湯室で相手と顔を合わせた時も、その後捜査の話をしに執務室を訪れた時も、何気無い会話の中で視線が絡んだ時も、相手の瞳には大小あれ恐怖を纏った揺らぎが見えていた。背を擦る手が止まり、息を飲む。100%では無い、けれど可能性としては0では無い浮かんでしまったその考えは身体を硬直させ顔を上げる事を躊躇わせるには十分で )




  • No.4944 by アルバート・エバンズ  2025-04-22 12:21:42 

 






( 相手と重なっていた視線が外れ、背中を摩られながら懸命に苦しい呼吸を繰り返した。相手の瞳の色が見えなくなった事で強制的に引き出されていた記憶は少しずつ薄れ、軈て自分が今居る場所を理解すると、背中を摩る相手の手の動きが糸口となり時間を掛けながらも酷い過呼吸は徐々に落ち着きを見せて。______後に残るのは倦怠感。汗ばんだ身体は重たい疲労に押し潰されそうだった。発作の症状が落ち着いてからも何処か朦朧として相手と視線が重なる事のないまま、少しして糸が切れるようにソファで眠りに落ちていて。酷い発作は、束の間の眠りの後に痛みをもたらした。数時間意識を失うようにして眠ったものの、痛みに意識を引き戻される。身体が辛い状態が続くと精神面にも影響が出るもので、もう捜査に関わりたくない、全てを放棄して逃げ出してしまいたいという気持ちに苛まれていた。痛み止めを飲もうとゆっくり身体を起こし、サイドテーブルに掴まりながら立ち上がり。 )






 

  • No.4945 by ベル・ミラー  2025-04-22 14:00:20 





( ___狂った呼吸を繰り返し、涙ながらに痛みに耐えた相手が意識を失う様にして眠りに落ちたのは果たしてどれ程の時間が経ってからだったのか。テーブルの上のグラスをシンクに置き、捜査書類を相手の鞄に戻してからソファに横になるその身体に起こさぬ様静かに掛け布団を掛ける。暖色の間接照明にぼんやりと照らされた相手の顔は青白く、長い睫毛の下の碧眼は閉じられた瞼により見えない。小さな小さな疑念の種は確かに心の奥底に植え付けられ、相手の顔を見詰める緑眼に揺らぎがチラつく。___ベッドに戻る事も無く床に座り込み、ソファの端に頭を乗せる体勢で何時しか浅い眠りに落ちていた。掛け布団が擦れる音と、直ぐ側で人の動く気配を感じ意識が浮上すればゆっくりと頭を上げ。果たしてそこには目を覚ました相手の姿があり、身体を支える様にサイドテーブルに掴まり立っている。「……何取る?」少しの沈黙を置いてから驚かさない様に抑えた声量でそう問い掛け、暗に座ってて欲しいと。その際視線を合わせなかったのは胸の奥で燻る何かを認識しているからか、無意識か。それは自身もわからぬ咄嗟の行動で )




  • No.4946 by アルバート・エバンズ  2025-04-23 03:02:58 

 





( 不意に相手の声が聞こえて其方に視線を向けたものの、相手と視線が絡む事は無かった。かと言って相手が敢えて目を合わせないようにしているような不自然さも感じず「……鎮痛剤を貰えるか、」と素直に答えるとソファに座り直し。もう少し薬を増やしてでも楽になりたいと思う程に調子は良くない。朝方アダムス医師に連絡を入れる事を考えつつ、相手が錠剤と水を持って来てくれた事に対して礼を言い其れを飲み込んで。浅い眠りを繰り返すだけで頻繁に目を覚ます事を思えば、ベッドに戻る気にはならなかった。「…悪いが、今日は此処で休む。お前はベッドで休め、」と告げて。 )






 

  • No.4947 by ベル・ミラー  2025-04-23 08:42:30 





( 鎮痛剤を飲み込む相手の横顔を控え目に見詰めつつ、謝罪と共に紡がれた眠る場所の指定には素直に首を縦に動かす事が出来なかった。少しだけ下げた視線と共に沈黙を挟む事数秒。「__私も此処で寝るって言ったら?、」視線はソファでは無くその下の床。その控え目な聞き方は初めて相手と共に“お泊まり”をした時に少しだけ似ていただろうか。最もその時同じ場所で眠りはしなかったのだが。そうして思い出すのはもうひと場面。何時だったか、たった一度だけ相手と共に床に横になり眠った事があった。行儀は悪かったがあの時はあれで良かったとさえ思った気持ちはまだ覚えている。___だが、今回はどうだろうか。相手の返事次第では1人で眠る事になりそうだと、何方の返事が来た所でこれ以上は何も言わず頷く事を決めれば、ぼんやりとした間接照明の中で立ったまま相手の言葉を待って )




  • No.4948 by アルバート・エバンズ  2025-04-24 02:01:08 

 





( “此処”というのはソファの下、床の事を指しているのだろう。控えめな問いに少し困ったような表情を浮かべた後「_____身体を冷やす。今日はベッドで休め、明日も忙しくなる。」と告げて。床で眠ったのでは身体が冷えるだろう、此の所の捜査も思わしく進まない事で相手にも少なからず疲労が溜まっている筈だ。ゆっくり休むようにと伝えて、ベッドへと促して。痛みが少しでも落ち着く事を願いながらソファの上に身体を横たえ、目を閉じて。---どれ程の時間眠れたかは自分でも分からなかったが、うとうとと浅い眠りに落ちては目を覚まして暗闇の中でただ横になっている、という事を繰り返している内に朝になっていた。痛みは少し抑えられているものの、昨晩の発作が響いているのだろう。身体は重たく感じられ、執務室での事務作業ならまだしも、捜査の為に現場に赴く事は困難に思えた。ゆっくりと息を吐き出し、ソファに身体を起こすと朝の薬を取り出して。 )






 

  • No.4949 by ベル・ミラー  2025-04-24 11:05:48 





( 返って来た返事はNOなればそれ以上は何も言わず促されるまま寝室に行き。ベッドの真ん中に寝る事をせず端に身を横たえたのは何時もの感覚があるからか。それとももしかしたら夜中目を覚ました相手が戻って来る可能性があると思ったからか。伸ばした手で相手の居ない横のシーツを軽く撫でながら、掌に感じる冷たさと共に何時しか眠りに落ちていて。___朝方、目を覚まし顔を洗ってからやる一番最初の事はコーヒーを淹れる事。何だか無性に苦いのが飲みたくて、泥の様に濃いコーヒーに砂糖もミルクも入れる事無くキッチンで立ったまま飲み進め。ソファに横になっていた相手が身動ぎをした事で視線は其方に流れる。薬を取り出す動作を一瞥してからグラスに水道水を注ぐと静かに歩み寄り。「…おはようございます。」朝の挨拶と共にグラスを手渡した後、再びキッチンに戻ると胃に負担が掛からぬ様次は少し薄めに淹れたコーヒーをソファ前のテーブルに置き。「__仕事行く前に病院寄ろう。1人で良いって言うなら、私は先に聞き込みしてるから。」此処数日、相手の様子は目に見えて悪い方に急下降していた。だからこそ出す病院の話で、捜査に穴を開ける事を良しとしないそこから拒否するのならば、己は付き添わないと道を作って )




  • No.4950 by アルバート・エバンズ  2025-04-26 04:16:57 

 




( 朝、相手に手渡された熱いコーヒーを口にして脳を目覚めさせる。病院に行くと言う提案を拒否しなかったのは、自分でもそうすべきだと感じていたから。軽く頷く事で病院に寄る意思がある事を伝えると「…病院の駐車場まで送ってくれ。終わったら直ぐに向かう、悪いが先に捜査を進めていて欲しい。」と告げて。点滴なりなんなり、軽く処置をして貰って直ぐに捜査に合流すれば少しのタイムロスで済むだろう。「監視カメラの映像も取り寄せていた分が午後に届く。アンナの行動を洗い出そう、」午後には監視カメラの映像が届くはずだった。アンナが事件に巻き込まれるまでの足取りを掴み、接触した人物を特定するため_____地道ではあるが、映像を片っ端から確認する作業が発生する。のんびりしている暇は無いと自分自身に言い聞かせつつ、朝の準備を整えて。 )







 

  • No.4951 by ベル・ミラー  2025-04-26 10:54:00 





( 病院に行く事を拒否されなかった事に安堵を抱きつつ頭を縦に動かして。__相手からの連絡を受け取ったアダムス医師は午前診察としては早い時間だが快く了承してくれた。病院に到着次第診察室1に入って来て欲しいと相手のスマートフォンにメッセージを残し。__朝の準備が終わり、総合病院の駐車場に相手を下ろす。「何かあれば直ぐに連絡してね。」と、相変わらずの心配を滲ませつつも言われた通り捜査を進める為現場へと車を走らせ。___指定した診察室に入って来た相手を見るや否や、アダムス医師は僅かに眉間に皺を寄せた。それは相手の顔色も目下に住み着く隈もとんでもなく悪い色だったから。挨拶もそこそこに『点滴の前に診察をしますね。』相手の腕を取りそこから血圧測定を、それから心音や脈の乱れの確認を険しい表情で進めていき )




  • No.4952 by アルバート・エバンズ  2025-04-27 15:16:21 

 





( 相手に病院まで送ってもらい、駐車場で別れて指定された診察室へと向かう。顔を合わせたアダムスは普段よりも険しい表情で診察を促すものだから、顔を見ただけで体調が悪化している事が分かるのだろうと気不味い表情を浮かべつつも椅子に腰を下ろして。淡々と行われる血圧測定や脈拍の確認の様子を静かに見ていたものの「______正直、此れまで担当したどの事件よりもきつい。被害者が……妹に似過ぎているんだ。違うと頭では分かっていても、些細な事でフラッシュバックが起こる。」と、徐に言葉を紡いで。“少しあの事件に似ている”と伝えていた今回の事件、被害者が妹に瓜二つなのだと打ち明けて。「眠れない上に、1日に何度も発作を起こす。捜査が進展せず長引く程に、目を背けて逃げ出したい気持ちばかりが膨らむ、」これまで“捜査を続ける為に”と治療を求めて来た自分としては、医師に対して弱音を吐く事など無かったかもしれない。けれど今は、あまりに辛くて、捜査を降りたいとさえ考えている。しかし仮に捜査を降りたとしたら、身勝手な都合で全てを放り出した自分を許す事が出来ず、また根深い後悔と自己嫌悪が刻み込まれるのであろう事も理解していて、安易に選ぶ事は出来なかった。「…少しでも良いから、楽にしてくれないか、」紡いだ言葉は、かなり追い詰められている事が伝わるものだっただろうか。 )







 

  • No.4953 by ベル・ミラー  2025-04-28 00:21:32 





アダムス医師



( 不整脈の兆候も見られず、心音もやや速めではあるが今の段階で特別急ぎの処置をしなければ命の危険がある訳では無い。数日前のカルテと見比べつつ、相変わらずの険しい表情で慎重に状態を確認していた正にその時。思いもよらぬ“告白”が鼓膜を揺らせば驚いた様に相手を見詰め。数秒、珍しく心配から来る僅かな怒りを滲ませた口調で『…それは“少し”とは言わないんですよ。』と。以前相手が事件の説明をした時の曖昧な言葉は確りと覚えていた。『今回の事件の被害者が妹さんに似ていると言う事は、どうしたって“あの事件”を思い出す事に繋がる。それは貴方自身が良くわかっている通り意志とは関係無くです。そんな状態で捜査を続ければ、普段は何ともない筈の些細な物音や匂いが事件や妹さんに結び付いてどんどん悪い方に堕ちて行くのは当たり前です。』相手を真っ直ぐに見詰めながら厳しい口調でそう告げるのだが。続いた相手にしては珍しい弱音には険しい表情を僅かに緩め『__エバンズさん、私は刑事ではありませんので無責任に聞こえるかもしれませんが、全ての事件を貴方が解決しなければならないんですか?“逃げたい”と言うのが今の貴方の正直な気持ちなら、その心の声に従ってあげて下さい。貴方が今無理をして倒れれば、この先どの捜査も出来なくなる。それでは本末転倒でしょう。』まるで言い聞かす様なゆっくりとした言葉を紡ぎつつ、それでも簡単に選べる道でも無い事は理解していた。簡単に選べていたのなら、今相手は此処には居ないだろう。『__ひとまず点滴の処置をしますね。前回とは違う薬で、時間は1時間程です。…睡眠薬に似た成分も入っているので少し意識が朦朧とするかもしれませんが、直ぐに治まるので安心して下さい。』まるで懇願の様にも聞こえる追い詰められた言葉に一度目を閉じてから見せた表情は、不安を煽らない様にと浮かべた穏やかな笑み。相手を処置室に促しベッドでその細く感じられる腕に針を刺すと『暫くの間は落ち着いていられる筈です。』管を通った液が相手の体内に確りと入っている事を確認し、『目を閉じて下さい。』例え眠る事が出来なくても今のこの時間だけは少しで良い、身体も心も休めて欲しいと )




  • No.4954 by アルバート・エバンズ  2025-04-28 03:39:46 

 





( フラッシュバックが起こり易くなるのも当然の環境だと、相手は自分の言葉に対して怒りを滲ませた。「些細な事が、自分の意思とは関係なく過去の記憶に繋がる……その状況は、薬で抑える事は出来ないのか、」と尋ねたものの、精神安定剤や発作止め以上の何かは期待出来ないだろう。相手の言う通り、全ての事件を自分が解決しなければならない訳ではない。それなのに勝手な使命感と義務感に駆られて、自分で自分を追い込んでいると思われても可笑しくないだろう。けれど其れは、あの事件以降続く”焦燥“のようなもの。目の前で起きている事件をなんとか解決しなければと、のめり込んでしまうのだ。______自分の気持ちに正直に、と言われて思うのは、”逃げ出したい”という気持ちと同じくらい、それ以上に“アンナの無念を晴らしてやりたい”という気持ちがある事だった。明確な言葉で応える事はしないままに、ベッドに横になり相手の説明に頷く。普段より長い時間が掛かる処置だったが、少しでも身体が楽になるならという思いで言われた通りに目を閉じる。---静かな室内で、やがて相手が説明した通りにぼんやりとした感覚が身体を包んだ。閉じた瞼の奥、暗闇の中で身体が宙に浮いているような感覚。眠りの狭間を漂いながら少しだけ息がしやすくなっていくような気がした。 )







 

  • No.4955 by ベル・ミラー  2025-04-28 11:10:22 





アダムス医師



( 相手の問い掛けには首を横に振る事で無理だと伝える。___正確に言えばそんな薬が無い訳ではない。様々な種類の薬を組み合わせ多くを服用すれば痛みを完全に取り除く事も、過去の記憶を閉じ込め発作もフラッシュバックも起こさなくする事も出来るだろう。けれどそれは諸刃の剣だ。後に残る副作用は自我を喪失させ生きる屍と言っても過言では無い程に生命力を奪う。真っ白のベッドの上でただ寝たきりのまま、僅かな光だけを瞳に宿した状態で何かを考える事も誰かと会話をする事も無い。それは果たして生きているだろうか。相手の望む“楽”の地点はそこでは無い筈だ。___ポタ、ポタ、と落ちる薬液のスピードを調整しつつ、目を閉じたまま静かな呼吸を繰り返す相手を見下ろす。“贖罪”の為に立ち続ける相手から仕事を奪えばそれこそ生きる意味を無くしてしまうかもしれない。けれど心身に伸し掛る不可は重く茨の様に絡み付きその鋭利な棘で心を傷付け続けるだろう。何が、どれが、相手にとっての正解なのかわからないのは己も、ミラーも、そうして相手自身も思う所なのかもしれない。それでも医者として、長く相手と向き合って来た者として、楽になって欲しいと思うのは当然だ。何時か色濃く浮かぶ隈が少しでも薄れて欲しいと一度だけ小さな息を吐き出し後、診察室へと戻って行き )




  • No.4956 by アルバート・エバンズ  2025-05-01 00:33:06 

 




( 強い薬と言うのは際限なく、自分を生きた屍にしてしまうものもある。これ以上強い効力を持った薬は無いと相手が言うのは、今の生活を維持出来る上限が此処だと言うことなのだろう。それ以上食い下がる事はなく、静かに目を閉じたままでいて。---意識が宙を揺蕩うような感覚に包まれたまま、少しは眠っていたのかもしれない。目を覚ますと身体はだいぶ楽になっていて、此れなら聞き込みに出る事も問題なさそうだと思うと身体を起こして。意識が朦朧とするような感覚も既に消えていた。相手に点滴を外して貰い小さなパッチを貼られると捲っていた袖を下ろしてボタンを止める。「……今投げ出したら、きっと深い後悔に苛まれる事になる。妹を、______2度救えなかったと思いたくない。」徐に告げたのは、先ほど吐いた弱音への自分なりの現時点での考え。今は身体が楽になったからそう言えるのだ、と相手は思うかもしれない。けれど、一生後悔を引き摺るのは嫌だった。「…また連絡する事になると思う。タイミングが合えば、また頼む。」と、今日のような処置をまた頼みたいと言いながらジャケットに袖を通して。 )






 

  • No.4957 by ベル・ミラー  2025-05-01 11:09:32 





アダムス医師



( ___1時間と少しが経ち点滴の処置が終われば腕に血が滲んでいない事、副作用らしき症状が出ていなく処置前よりも僅かではあるが顔色も良くなっている事、動きに可笑しな点が無い事をザッと確認しつつ最後にもう一度だけ手首から脈拍を測り。その折徐に告げられたのは処置前の話の続き__相手の今の着地地点。一度視線だけで相手を一瞥し再びその視線を手首へと落とすと、その言葉の端々に滲むある種の覚悟と想いを感じ取る事となり。そうなれば医師に出来る事は一つしか無いのだ。脈拍に異常が無い事を確認し今度は真っ直ぐに相手を見詰めると『__時間は作ります。貴方が処置が必要だと思った時は連絡を下さい。』と、後の点滴の件は了承した上で『…今回の事件、貴方にとって特別な捜査になるのでしょう。私はもう止めません。けれど、被害者の無念を晴らし事件を解決した後は精密検査を受けに来て下さい。恐らく3日程は入院になるでしょうが__それが私が今貴方を此処から帰す条件です。』至極真剣な眼差しと共にそう告げる。3日の入院と言う事は、その間は仕事を休まねばならないと言う事。相手が検査も入院も嫌う事は重々承知ながら譲らないとばかりに。相手がそれを了承したのならば、後は何も言う事無く見送る形を取り )




  • No.4958 by アルバート・エバンズ  2025-05-09 03:48:03 

 





( 特別な処置を複数回施して貰う以上、入院を伴う精密検査の申し出について拒否する事は出来ず曖昧な反応ながらも小さく頷く事で同意を示して。その後も体調の不安定な状態が続いたもののその度に点滴などの処置をしてもらい、捜査に大きな支障が出る程に体調を崩す事は無かった。一方で被疑者として浮上している複数の人物のアリバイの裏付けなどに奔走され、未だ捜査の道筋が見えたとは言えない状況。難航する捜査に焦燥を募らせつつ、事件と向き合い続ける日が長く続いて。---その日はアンナが働いていたカフェを訪れ店長と話をした後、手掛かりを探しつつ遅い昼食を取る事とし案内された窓際のテーブルに腰を下ろして。偶然にもその席は、初めて立ち寄った際に案内されたのと同じ席。相手の肩越しに見えるカウンター席の向こうで、忙しなくも楽しそうに働いていたアンナの姿が思い出され、その瞳にはぐっと悲哀の色が浮かぶ。妹と瓜二つのその姿に心揺さぶられ、時に現実逃避のように此処に通い詰めた事もあった。一刻も早く事件を解決しなければという思いと切なさに、カウンターの向こうに視線を向けたまま暫しメニューを捲る手が止まり。 )







 

  • No.4959 by ベル・ミラー  2025-05-09 13:15:13 





( ___案内された窓側のテーブル席は或る意味“始まり”の席。もう一度だけで良いから妹に会いたいと切望し続けた相手がこの場所で妹に瓜二つの容姿を持つアンナを見た時、果たしてどれ程の衝撃を受けただろうか。此処に“妹”に会う為通い詰めたその時の心を測る事は出来ないが、“幸せか”と言う問いに相手は“辛くは無い”と答えたその言葉と表情だけは決して薄れる事無く脳裏に焼き付いている。__ふ、とメニューを捲っていたの相手の手が止まった事でその表情を伺い見れば、褪せた碧眼には確かな悲哀の色が浮かんでいて今何を思っているのかわかってしまった。【アンナ】と【セシリア】は相手の中でどうしたって切り離せない所に居て、それは善し悪しでは無く心が感じる正直な事。「__思い出すね、」静かに口を開く。それは人を指してか出来事を指してか。何であれメニューを決める事を急かす事はせず相手の視線に釣られる様にして首を捻り、一度だけカウンター席の向こう側へと視線をやって )




  • No.4960 by アルバート・エバンズ  2025-05-15 11:56:54 

 




( 初めてこの場所で彼女を目にした時の衝撃を忘れる事は出来なかった。あの時の自分にとって此処は“夢と現実の狭間”だった。ただ此処で“生きているセシリア”の姿を見られればそれ以外はどうでも良いとさえ感じていたのだ。相手の声にふと今に意識が引っ張られると、「…そうだな、」とだけ小さく頷きつつ再びメニューに視線を向けて。相手は知らないだろうが、この場所で以前彼女におすすめを聞いた事があった。あの瞳が、声が、笑顔が自分に向けられる瞬間を見たかったのだ。その時はローストビーフのサンドイッチを注文した記憶があるが、もうひとつ彼女が何かおすすめしてくれた物があった筈_______そう考えてメニューをめくり目を走らせると、ややして「…キッシュとホットコーヒーにする。」と告げて。 )





 

  • No.4961 by ベル・ミラー  2025-05-16 13:30:39 





( 返って来た短い同意にはそれ以上言葉を続ける事はしない。相手の視線がメニュー表に落ちた事で己も並ぶ写真と文字を謎り__「…珍しいね。お腹減ってた?」相手が数多くある食べ物の中でキッシュを選んだ事で顔を上げると、記憶にある中では初めてのそのチョイスに一度瞬いた後再び手元のメニュー表へと視線を戻し「私は……ブルーベリーマフィンとカフェラテにしようかな。」粒の大きいブルーベリーがトップに散りばめられている良い焼き具合のマフィンの写真に口元を緩ませつつ、丁度通路を通った店員に2人分の注文を。___然程時間掛からずして頼んだ物が来ると先ずはカフェラテを一口。矢張り自分で淹れるよりお店の方が格段に美味しいと小さく息を吐き出す。マフィンもまたブルーベリーの甘酸っぱさと生地の風味が良い具合に混ざり合い、程良い甘さで美味だ。しかし___優雅な昼食の時間を楽しみながらも、頭の中がそれだけで占められる訳では無い。捜査中と言う事もあり考える事は山程あるのだ。「…容疑者を絞り込めない事に腹が立つ。」手元のマフィンを見詰めたまま珍しく少しだけ荒さのある言葉を紡ぐと、「誰に聞いても恨みを買う様なタイプじゃなかったって言うし…突発的な犯行だとしたら、監視カメラが付近に無いのは厳しいよ。」カフェラテをもう一口飲んだ後、やや抑えた声量と共に相手を見 )




  • No.4962 by アルバート・エバンズ  2025-05-17 20:57:56 

 





( あの頃の自分にとっては、例え現実逃避であったとしても救いだった彼女の存在。普段であれば自分からは選ばないであろうキッシュも、些細な思い出のひとつだった。「…以前、彼女に勧めてもらった。」と、言葉少なにその理由を告げる。頼んだキッシュにはベーコンやほうれん草が使われていて卵の風味と香ばしい味わいで美味しいのだが、食はあまり進まなかった。考える程に、めぼしい容疑者さえ絞り込めていない状況に焦燥ばかりが募る。「…もう一度現場で情報を整理して…遺留品や鑑識からの検査結果を見直そう。このカフェの周辺と彼女の家の近くの監視カメラの映像に複数回映っている人物も割り出す、」今後の捜査の方針を話しつつ、また点滴の処置をして貰わなければと考える。担当医は“特例”の処置が長く続く事を良しとしていないながらも、此方の気持ちを理解し未だ協力してくれていた。相手にとってもアンナは面識のある人物。心身が疲弊していない訳が無いだろうと思えば「…きつくなったら、お前も少し休め。半休を取っても構わない、」と告げて。自分も処置の為に数時間遅く合流する事がある為、相手も必要な時は言うようにと。 )






 

  • No.4963 by ベル・ミラー  2025-05-18 01:32:59 





( “以前”が何時を指すのかは想像に容易い。適当に頷き話を終わらせるでも無く、言葉少なではあるが素直に紡がれた理由にこれまた珍しさを感じつつも僅かに微笑むと「それじゃあエバンズさんのお気に入りって訳だ。」お勧めを聞いたのならてっきり前回も同じ物を頼んだのだろうと言う勝手な想像での言葉を返し。卵の鮮やかな黄色にベーコンやほうれん草の色が混ざるそれはとても美味しそうに見えるのだが、減りはとてつもなく遅い。心も身体も本調子では無い相手には普段以上に食が進まないのだろう。紡がれる捜査方針にマフィンを咀嚼しながら時折相槌を打ち、飲み込んだタイミングで口を開き。「__現場での情報整理には私が行く。それと、彼女が亡くなる数週間前からお店に来る頻度が増えたって言ってたあの男性、彼のアリバイがどうにも引っ掛かるの。並行して調べる。」殺害現場となればどうしたって遺体を思い出しそれが“別の記憶”にも繋がる。それを危惧するからこその申し出を先に、続けて容疑者としては挙がっていないが話には出た男性の詳細の調べ直しを伝えて。___口元にまで上げたカップが止まったのは気遣いを受けたから。本当にきついのは他でも無い相手自身だろうに、こんな時だってその優しさは此方に向く。カップの端に唇をつけカフェラテを一口飲んでから静かに下ろすと同時に小さく頷きつつ「…まだ大丈夫だけど、正直変な感じはしてる。知り合いだから尚更だね。…きついって言うより、亡くなったっていう実感が確りわかないのかもしれない。」鼻から抜ける様な溜め息の後、何処と無くふわふわとしている感情を吐露して )




  • No.4964 by アルバート・エバンズ  2025-05-18 02:35:43 

 





( 彼女が勧めてくれたキッシュの味は、今初めて知った。だから“美味しかった”と伝える事は叶わない。「…前はもうひとつ勧められたサンドイッチを頼んだんだ。此れは初めて食べた、」と答えて。“食べるか?”と付け足して皿を相手の方に押しやるとコーヒーを啜る。「_____俺が記憶を無くした時、あの人に救われた事を思い出す。」此の席がそうさせるのか、ぽつりと言葉を紡いで。---相手は自分の負担を軽減する為にといつも以上に忙しく走り回っているような気がしていた。心身に影響を来たす可能性がある要素をなるべく自分から遠ざけるかのように、先回りして捜査を行う。普段の事件に比べて相手が受け持つ割合が多いと感じざるを得ない。「お前1人で担わなくて良い、必要な捜査は手分けして進めよう。」相手にばかり負担を強いる訳にはいかないと普段通りの分業で進めて行く事を伝えて。「……寝て覚めたら戻って来ているんじゃないかと思う事は、未だにある。知り合いの死は尚の事、受け入れるのには時間が掛かる、」相手の言葉を受けての返答は、自分自身が過去に体験した喪失に基づくものか。ゆっくりと、深く溜め息を吐いて。点滴などの処置が今はきちんと効果を発揮している影響もあるのだろう、この捜査を始めてからの一時期に比べるとだいぶ不安定さは軽減されていて、取り乱す事なく言葉を紡いで。 )







 

  • No.4965 by ベル・ミラー  2025-05-18 12:17:04 





( “あの期間”でアンナとした会話はもしかしたら極短いものだったかもしれない。それでも普段なら聞く事の無いお勧めを聞き、それを頼むと言うその行為それこそが相手の心情をありありと表している様で。「…そっか。それも美味しかった?」口元の笑みを少しだけ濃いものに変え問い掛ける。当時食べたサンドイッチも、今目前にあるキッシュも何方も相手にとっては大切な思い出の味だろう。だからこそ押しやられた皿との距離が近くなった時、普段なら間髪入れず一口貰う所を一瞬躊躇ったのかもしれない。「……、」傍から見ればただのカフェメニューの中の一品でしかないキッシュは、それでも相手とアンナ__セシリアを繋ぐ特別な一品の様に感じられたのだ。視線だけを僅かに持ち上げ目前の相手の表情を伺い見るも、相手はコーヒーを啜るだけ。ややして「…少し貰おうかな。」と、控え目に端にフォークを突き立てる。口内に運んだ途端広がるのは絶妙な旨味。卵の焼き具合も丁度良く塩味のバランスも最高だ。「__凄く美味しい。…優しい味がする。」そう答え、何故だか目頭が熱くなった。静かにお皿を相手の前に戻し揺れた感情を落ち着かせる為にカフェラテを啜る。___今日の相手は普段よりずっと思い出を言葉にする事が多い様だ。唐突に落とされた過去の話に同じ様に相手が記憶を無くした時の事を思い出す。「……セシリアさんの振りをして欲しいって頼んだ時、嫌な顔ひとつせず引き受けてくれた。」そんな優しい彼女は、もう居ない。同時に思い出すのは、アンナをセシリアだと思っていた相手のあの見た事も無い穏やかで優しい笑顔。「…全部覚えてる?」と、静かに問い掛けて。___現場の情報整理に1人で行く、と言った理由に矢張り相手は気付いた様で、何時もと同じ分業で進めると言われれば暫し沈黙を落とした後、それでも従う様に小さく頷いて。目が覚めたら戻って来ている……それはこの数十年幾度となく相手が渇望してきて事だろう。全て夢であれば、と。現実の余りの残酷さに深く息を吐き出し「そうだね。……本当に、そう。」重たい同意を落としては「明日の朝、目が覚めた時に1人は嫌だな。」此処何日も相手はソファで眠っている事を指しての言葉をこの流れで。「…今日は一緒に寝てもいい?」声量を抑え、控え目に共にベッドで眠る事を願い出て )




  • No.4966 by アルバート・エバンズ  2025-05-23 00:18:02 

 





( あの時の出来事は、確りと記憶に刻まれていた。相手の問いに頷きつつ、どういう状態だったのかは説明出来ないが確かに記憶が抜け落ちていて、セシリアの事も相手の事も、あの瞬間だけは“覚えていなかった”のだと懐古する。セシリアだと名乗るアンナと顔を合わせた時、大きな幸せと安堵にも似た感情を感じた事を覚えていた。控えめに落とされた相手の問いに相手と視線を重ねると、暫し返答に迷うように間が空く。「…未だ、あまり本調子じゃない、」そう答えたのは、幾らか落ち着いているとは言え捜査に関わる前よりも体調が良くないのは分かりきっているから。同じベッドに寝ていれば、敏い相手は自分の僅かな変化や動きを察知して目を覚ますだろう。けれど其れに対して“1人で抱え込まず自分を頼って欲しい”と、常から相手が言っている事も理解していて。「……しっかり睡眠を取った方が良いんじゃないか、」と、暫しの間の後拒否ではなく相手に判断を委ねる形で返答し。 )







 

  • No.4967 by ベル・ミラー  2025-05-24 20:54:52 






( 今となっては憶測でしか無いが。“妹の死”に繋がる記憶を消す事で相手の脳は壊れ掛けていた心を守ったのかもしれない。___返事が返って来るまでの暫しの沈黙はお皿に残った僅かのマフィンを食べ終える事で消化する。咀嚼しカフェラテを啜ってから再び相手と視線を重ね、その後判断を此方に委ねる返答には今度は己が間を空ける。無言のまま、視線を逸らす事無く真っ直ぐに相手を見詰める時間が数十秒。「…私の“しっかりした睡眠”にはエバンズさんの存在が必要だけど__エバンズさんは?隣に私が居たら休まらない?」声色はあくまでも穏やかに。だが些か狡い聞き方だと言う自覚はあった。相手の思う“しっかりした睡眠”と己の思うそれは同じでは無い。例え夜中にどれだけ目が覚める時間があったって、相手の側に居られると言うそれだけで、十分身体も心も休める事が出来るのだから。本当に拒否をしたい時は問答無用でNOを突き付けて来るとわかっているからこその問い掛けで )




  • No.4968 by アルバート・エバンズ  2025-05-25 00:40:40 

 





( 自分が隣に居ては“しっかりとした睡眠”が取れる筈が無いと思うのだが、相手の言う其れとは意味合いが違うのだろう。「……そういう訳じゃない、」とだけ相手の言葉を否定すると、未だ残っていたキッシュに再び手を伸ばして其れを口に運んで。其処で話が終わったという事は、今夜は相手のベッドで眠る事を受け入れたという事になるだろう。---此の場所で働いていた、明るい笑顔を向けてくれたアンナの為に、事件を追い続けなければならない。コーヒーを啜りつつ捜査に使っている手帳を見直して、一瞬セシリアの記憶が脳裏にちらついた。此方に伸ばされた、血塗れの白い手。現場を見た直後に“思い出してしまった”遠い記憶の欠片。発作を引き起こす程の鮮明な物ではないものの、鼓動が少し早くなるのを感じて水をひとくち飲んで。 )






 

  • No.4969 by ベル・ミラー  2025-05-25 14:05:17 






( 受け入れの返答に軽く頷き返してから「良かった。この流れならハグして眠る事も許されるかもしれない。」口角を僅かに持ち上げた悪戯な笑みを。あくまで“ベッドで一緒に眠る事”を許可されただけで勿論の事それは理解しているのだが。理解しているからこそ次は拒否される__無視される事も想定内の、相手に向けたと言うよりは勝手な独り言に近い色を纏った音を落として。___相手が手帳を開いた事で視線は自然とそこに落ちた。座る位置的に逆さまに見える文字はその角度ですら真っ直ぐで丁寧。聞き込みをした内容、事件現場での発見、それらが詳細に記されている。…何かの違和感を感じた訳では無い。けれどこの場所は或る意味“特別な場所”だ。聞き込みで来なければいけないとしても様々な事を思い出してしまう場所。「…一度署に戻る?」相手が何を思い出したのかはわからないが、視線を上げコーヒーでは無く水を飲む姿を見ると、お店を出る事の判断を委ねる問い掛けを )




  • No.4970 by アルバート・エバンズ  2025-05-26 03:16:32 

 





( まるで独り言かのように紡がれた聞き捨てならない呟き。眉間に皺を寄せて相手に視線を向けたものの、聞こえていない事にしたようで何か言葉を発する事はせずに無視を決め込み。---手帳のページは日に日に増えているのに核心に迫れていないというのは結局焦りを生むばかりで、何か行動しなければという思いに駆られる。過去の記憶を思い出す隙がないように動いていなければと。「…そうだな、」と答えコーヒーを飲み干す。この場所は心が揺らぐ。冷静に捜査と向き合うには些か不向きな場所だと思えば、相手の言う通り署で改めて捜査の今後の進め方について議論するのが良いだろうと。 )






 

  • No.4971 by ベル・ミラー  2025-05-26 19:56:38 





( ___カフェでの昼食をとったその日から数日後。周辺の聞き込みと並行して何度目かの事件現場での情報整理を行う中、容疑者がある程度絞られ犯人に繋がる証拠を掴み掛けている今日。その証拠を確実なものにするべく相手と共にアンナが殺害されたコテージの中に居た。犯人はどの位置から彼女を射殺したのか、今一度その弾道と床に横たわった彼女の姿を思い出し空間の把握を。ギシ、と踏み締めた床が音を鳴らし、彼女がその命を散らした場所にしゃがみ込む。彼女の姿はそこにはもう無いが、床に散らばった綺麗な焦げ茶の髪も、流れ出る赤黒い血も、光を失った緑眼も、全てを僅かの薄れも無く思い出す事が出来た。怖かっただろうに__。「…わざわざ近付いて2発目を撃つ必要なんて無かった、」相手に背を向けた状態で床を見詰めながら紡いだのは、怒りの纏う言葉。1発目の銃弾は玄関付近から放たれ彼女の腹部を貫いた。恐らく衝撃で床に崩れる様に倒れただろう。その姿を見ても尚逃げる事も無く犯人は彼女に近付き、今度は見下ろす形で至近距離から2発目の銃弾を胸部に放ったのだ。__傷の付いた床に指を触れさせようとして、手袋を嵌めていなかったのを思い出す。「…エバンズさん、手袋取ってくれますか。」しゃがみ込んだ体勢のまま振り返り、相手を見上げる形で側にある手袋が欲しいと片手を伸ばして )




  • No.4972 by アルバート・エバンズ  2025-05-26 22:42:59 

 






( 彼女を此処に監禁し、どうするつもりだったのか。カフェでの仕事を終え退勤したアンナの後を付け、人気が無く防犯カメラも少ない場所で彼女を誘拐し此処に連れて来たのであろう事は此処までの捜査で分かっていた。逃げようとした彼女を、或いは怯えていただけの彼女を容赦無く殺害した犯人の残虐性は、相手と同様怒りが湧くもので。「…人の心を無くした怪物だ、」と、同意する様に言葉を紡ぎ。---点滴での処置に少し身体が慣れてしまったのだろう。初めこそ強く効果が出て幾分持ち直していた体調も、再び不安定になりつつあるのを感じていた。だからこそ捜査に支障が出ないようにと安定剤も鎮痛剤も朝服用し、比較的安定した状態で捜査に当たっていたのだが。それは、余りに突然だった。床にしゃがみ込んだ相手の背後に立ったまま事件について考えを巡らせていた。不意に相手に“手袋を取って欲しい”と頼まれ、すぐ隣のテーブルに置かれていた手袋を手にし______相手に手渡す前に、視線が重なった。相手と目を合わせるなど特別な事でもなく、普段の生活の中でも多々ある事。しかし此の場所が引き金となったのか、相手の瞳の色を認識した瞬間に強い恐怖と後悔、絶望、様々な“当時の”記憶が湧き起こり一瞬にして身体を支配した。「______っ、…」光を失った緑色の瞳が、広がっていく赤が、フラッシュバックする。相手に手袋を手渡す事は叶わず、次の瞬間には心臓を鷲掴みにされたような痛みと恐怖に襲われ正常な体勢を保って居られなかった。身体をくの字に折り曲げるのと同時に床に崩れ、一瞬で可笑しくなった呼吸を繰り返しながら胸元を握り締める。「…っあ゛、ぁ……ッセシリ、ア…!、」妹の名前を口にし、恐怖と痛みに支配されながらも何とか意識を引き上げようと、抗おうと、意識を手放さぬよう腕に強く爪を立てた。 )







 

  • No.4973 by ベル・ミラー  2025-05-27 00:10:56 





( ___油断していた。相手の心身の不調を忘れていた訳では当然無いが、此処数日は点滴が効果を発揮してくれていたのか比較的落ち着いて見えていたのだ。瞳の奥の光も何時も通り鋭く、不自然に動きを止める姿を見た事も無い。勿論安定剤や鎮痛剤を服用する姿は見たが、相手が薬を飲むのは言わば“日常的”な事。だからこそ、少しの気の緩みがあった。___手袋が己の手に渡る直前、重なった碧眼にありありとした恐怖とその他様々な“闇”が一瞬にして広がったのがわかった。思わず目を見開くも、何か言葉を発するよりも先に相手の身体は床に崩れ、あっという間に意味をなさなくなった呼吸音が響く。苦しいのだろう、耐えられない痛みの中に居るのだろう、胸元を握り締める骨張った指先は白く、辛うじて口にした“セシリア”の名も途切れ途切れに震えている。「っ、エバンズさん!しっかりして!!」矢張りこの場所は駄目だった。瞬時にそう思ったのだが、“瞳の色”にまで意識が向かなかったのは、今目前で苦しむ相手をどうにか落ち着かせたいと言う気持ちが強かったからか。抱き竦める様に背中に片手を回し、もう片方の手は意識を保つ為だろう、腕に深く爪を立てる相手の手に重ね、そのまま握り込む様に僅かに力を入れる。「大丈夫だから…っ、直ぐ楽になれるから、!」その体勢のまま相手の耳元で懸命に言葉を紡ぎ、その意識が落ちない様にと )




  • No.4974 by アルバート・エバンズ  2025-05-27 06:57:32 

 





( 上手く息が出来ず胸が押し潰されそうな苦しさの中で、懸命に呼吸を整えようとする。此の記憶に、苦痛に、呑まれてはいけない。けれど若葉のような明るく柔らかな緑色の瞳は、此の場所に倒れていたアンナの______あの日幼稚園で事切れたセシリアの、光を失った暗い瞳と結び付き恐怖と絶望を煽っていた。相手に身体を支えられながら、血が滲むほどに強く爪を立てた腕の痛みも感じない。朦朧とし始めた意識の中で、白い腕が此方に伸ばされる様子がフラッシュバックし、息が詰まる。床に溢れ出す血も、腕の白さも、瞳の色をきっかけに全てが鮮明に思い出された。「……っ、は…ぁ゛、許して、くれ…っセシリア、」手を握ってやれなかった事を、助けられなかった事を、幾度と無く繰り返した謝罪が溢れる。大きな負担が掛かった為か、鳩尾の痛みが強い。過去の記憶に支配され褪せた碧眼は暗く闇を携えて。額を滑った汗が握りしめた腕に落ち、ぐらりと身体が傾くと相手に支えられていたバランスが崩れてそのまま床に崩れる。その時点で意識を失っていたか、或いは既にしゃがみ込んだ体勢だったため衝撃こそ少なかったものの床に頭を打った事がきっかけか、抵抗の甲斐も無く意識を手放していて。 )








 

  • No.4975 by ベル・ミラー  2025-05-27 11:09:17 





( 幾ら呼び掛けても腕の中の相手の苦しみは取れない。鳩尾の痛みに耐え様とする身体には力が入り、必然的に呼吸も短く浅くなるのだがまともに呼吸が出来ない状態でそれは逆効果だ。あきらかに十分な酸素が脳に回らず酸欠状態に陥って居るだろうが、恐らくそれ以上の苦しみと痛みで意識が朦朧としている筈。涙声で何度も何度も懸命に紡がれる妹への謝罪に「許してるっ、…誰も責めてない!」と、引っ張られた感情をそのままに己もまた涙声で声を上げるのだが。__「……エバンズさん…?」その懇願の声がピタリと止み、腕の中にあった身体から力が抜けると同時に相手の身は床に倒れ込む様に崩れた。その際床に頭を打ち付ける鈍い音が響き、一瞬にして顔面は蒼白になる。___そこからはあっという間だった。震える指先で救急車を呼び、その後アダムス医師に相手の意識が無い事と救急搬送された事の連絡を。ストレッチャーに乗せられた相手は口元に酸素マスクが装着され直ぐにMRI室に運ばれた。その後、脳に異常が無ければ次なる処置に移行すると説明されたものの、医師の言葉も看護師の励ましも何処か遠い所を浮遊している感覚だった。ただ、相手の意識が回復する様に、無事であるようにと待合室の椅子に浅く腰掛けたまま祈る事しか出来ない時間が続き )




  • No.4976 by アルバート・エバンズ  2025-05-27 15:48:34 

 






( エバンズが救急搬送されたという知らせを受け、アダムスは急ぎ処置を行なっている部屋へと向かった。倒れた時に頭を打った可能性があるとの事だったがMRIの結果は問題なく一先ず安堵する。直ぐに入院での治療が必要な程に重篤な状態ではないものの、かなり負担が掛かっているのは間違いない。時折僅かに脈が乱れる症状が再び出ており、薬を点滴することでまずは心身の状態を安定させ、安静にする必要があると判断して。---待合室で待っていた相手の元に歩み寄ると「ミラーさん、」と声を掛ける。此方を見上げた相手の表情は不安げで、少しばかり憔悴したようにも見えるもの。安心させるように微笑むと「少し発作の症状が重かったようですが、一時的なものなので心配はいりませんよ。今は少し安静にして、捜査が終わればもう少し体調も安定するでしょう、」と告げて。“此の捜査が終わるまで”という彼の思いを尊重して直ぐに入院をと促す事はしないが、早く負担がなくなるようにと願わずにはいられない。「…診察室に行きましょうか。」と声を掛け相手を連れて自身の診察室へと向かうと扉を閉める。今はエバンズの事だけではなく、相手自身の話を聞きたいと思ったのだ。「……ミラーさんは休めていますか?」と、椅子に座り相手と向き合いつつ尋ねて。 )







 

  • No.4977 by ベル・ミラー  2025-05-27 20:25:25 





( 頭上から声が落ち、見上げると目前に居たのは穏やかな笑みを携えたエバンズの主治医。その姿を見ただけでも溢れ出した安堵は続けられた“一時的なものなので心配はいらない”と言う言葉によって確かな光となり胸中に広がった。「…ありがとうございます、」と、やや憔悴した表情ながら同じく微笑み礼を述べた後は促されるままに診察室へと行き。__背後で扉の閉まる音。キャスターの着いた丸い椅子に腰掛け、膝の上で鞄を抱える。先に口を開いたのは相手の方だった。エバンズの容態や捜査の話では無く尋ねられたのは己の調子。ほんの僅か考える間が空き即答こそ出来なかったものの控え目に頷く。「…大丈夫です。事件が事件なだけに十分とは言えないかもしれませんが、夜もちゃんと眠れているし、私は大丈夫。」“大丈夫”と2回繰り返したのは己への言い聞かせか、はたまた“本当に大丈夫じゃない人”に心が向いているからか。本日何度目かの力の無い微笑みを浮かべた後。「___ただ、」と唐突に言葉を落とすと目前の相手を見、直ぐに視線を僅か下方に落とし。「エバンズさんが何度か見せた表情が頭から離れないんです。…発作の原因が、私にあるんじゃないかって、」言葉少なに語ったのは懸念。考えたくは無い、勘違いであって欲しいそれはどんな時も終始付き纏い時折顔を覗かせたのだ。今回もまた、あのコテージで。相手が意識を失う程の発作を起こしたのは“視線が重なった後”だった )




  • No.4978 by アルバート・エバンズ  2025-05-28 17:38:35 

 




( 相手の言う“大丈夫”は、彼と比べれば、という狭い中でのものだろうか。自分自身に言い聞かせているようにも聞こえるその言葉を今は変に深掘りする事はせず小さく頷くと、続いた言葉に視線を向ける。彼が苦しむ原因が自分にあると考えるのは、いつもエバンズに寄り添い支えている相手にとっては辛いものだろう。意識を失うに至るほど酷い発作を起こした理由を知らない為「…何故、そう感じたんですか?」と静かに尋ねて。同時に“あまり不安にならないようにしてやってくれ”と、少し前にエバンズに頼まれた事を思い出す。嘘を吐いてまで安心させるつもりはないが、あれは彼の中に漠然としたものであれ、一抹の懸念があっての事だったのだろうか。彼が辛い状況に身を置きつつ仕事に必死に邁進する姿を隣で見ながら共に捜査を続けるというのは、少なからず相手にも負担が大きい事だろうと思わずにはいられない。 )






 

  • No.4979 by ベル・ミラー  2025-05-29 00:10:20 





___瞳の色が、セシリアさんと同じだから。
( 静かに紡いだ返事は自分でも驚く程に震えた。勿論エバンズから直接的に拒絶をされた訳でも“怖い”と言われた訳でも無い。それでもあの褪せた碧眼の奥が揺らいだ時、そこには“恐怖”の色が見えた気がしたのだ。「…偶然かもしれません。本当にたまたま、調子が悪い時と重なっただけかもしれない__確信は無いけれど…“緑の瞳”が過去と結び付いて、酷い発作を引き起こしてる気がするんです。」偶然、と言う単語を頭に持って来たものの、一度発芽した不安の種は消える事は無い。再び相手と重ねた瞳は不安定に揺れ。「…セシリアさんを重ねる事で落ち着けるのなら構わないんです。でも、逆に発作の原因になってしまうなら、私はどうすれば…っ、」己の持つ瞳は、悪夢に襲われ混乱した彼の意識を過去から掬い上げる事の出来る色。一瞬でも“妹”と彼が触れ合える色。悪い事の無かったその瞳が、今は逆にエバンズを苦しめているのなら。「もう、苦しんで欲しくないのに…、」吐き出した音も、息も、震えたまま。“緑の瞳”である事を、こんなにも恨んだ事は無かった )




  • No.4980 by アルバート・エバンズ  2025-05-29 23:47:31 

 




( 彼の妹と同じ色だという相手の瞳は、罪悪感と後悔の闇に沈んだ相手を今に引き上げる事が出来るものだった。けれど、その妹に瓜二つな被害者の遺体を見た事で一時的に記憶が上書きされ、事件の時に見た亡き妹の瞳と記憶が結び付いてしまった_____というのは十分に考えられる事だ。彼を掬い上げていた筈の、支えになってきた筈の瞳が彼を苦しめていると考えるのは辛い事だろう。『……今回の事件に携わった事によって、“緑色の瞳”が一時的に過去の辛い記憶と結び付いてしまった、というのは考えられない事ではありません。ただ、仮にそうだったとしてもあくまで一時的なものです。この事件から離れ心身の状態が落ち着けば、必ず此れまで通り彼の支えになる。これまで幾度となく、暗闇に突き落とされた彼を掬い上げて来たのはミラーさんです。』可能性はあると、相手の言葉を否定する事なく医師としての見解を伝えた上で、それでも悲観することは無いと伝える。『軽い鎮静剤を服用すれば、今のように過敏に反応してしまいフラッシュバックを頻繁に起こしてしまう状況は抑えられますが…感覚の鋭いエバンズさんからすると、普段と比べて思考が明瞭では無いと少しの違和感を感じるかもしれません。強い薬ではないですし、飲み合わせも悪くない。必要があれば処方は出来ます。』と、相手にひとつの提案を。この提案はどちらかと言うと目の前の相手の気持ちに寄り添ったもの。鎮静剤を使えば、瞳の色や特定の音など記憶と繋がる些細なきっかけで発作を起こしてしまうという事は減る筈だった。これ迄処方していなかったのは、鎮静効果で少しぼんやりして捜査に支障が出ると思ったからだが、相手の心を守り彼の負担を軽減する為の可能性の一つだと。 )







 

  • No.4981 by ベル・ミラー  2025-05-30 16:05:01 





( 静かに紡がれる見解を視線を下げ僅か下方を見詰める様にして聞いていたのだが。此方を安心させる“一時的”との言葉には自然と顔が持ち上がる。__不安だったのだ。今回の事件、被害者が彼の妹と瓜二つの女性であるとわかったその時から、胸中には消し去る事の出来ない大きな不安がべったりと張り付き、片時も離れなかった。エバンズはきっと大丈夫だと幾ら自分に言い聞かせても、捜査が進むにつれ苦しむ頻度が増え、眠れなくなる頻度が増え、安定剤や鎮痛剤もなかなか思う様に効果を発揮しない中。そうして“緑の瞳”が恐怖の対象となった可能性のある彼の意識は今無い。__けれど今、不安の全てが拭われた訳では無いが1人悶々と考え悩むより遥かに心が楽になった。やや憔悴し不安定に揺れていた瞳は再び“彼の隣に立つ”意志を呼び覚まし、心に灯った確かな明かりに背中を押される様に頷く。そうしてその明かりがより強さを増したのは続けられた1つの提案を聞いたから。最後まで聞き届けてから「…それは、捜査に影響が出る程なんでしょうか、」と問い掛ける。頻繁に起きる発作や恐怖心を少しでも減らし、彼の心身に掛る負担を軽減出来るのなら。個人的な気持ちは何の躊躇いも無くYESなのだが“思考が明瞭では無い”と言う部分が引っ掛かったのだ。それは今回の事件捜査が彼にとって物凄く重要である事を、アンナの無念を晴らしたいと言う強い気持ちを知っているから。「__“捜査を続ける為”にその鎮静剤を使う事が出来るなら…エバンズさんを説得します。」今回ばかりは問答無用で勝手に決断出来ないと悩んだ末、個人差があり確実な事は相手も言えないであろう事は理解しつつも、副作用の話、捜査続行の話をもう少ししたいと )




  • No.4982 by アルバート・エバンズ  2025-05-31 00:29:12 

 




アダムス医師


( 憔悴し不安げに翳っていた相手の瞳に、少しばかり普段の光が宿った気がした。『…捜査に影響がない、とは言い切れません。鎮静剤ですから、感覚を鈍らせ落ち着かせる効果があります。少しの眠気やぼんやりするような感覚、倦怠感は起こりやすくなるでしょう。無理をしにくくなる、というのはあるかもしれません。ただ同様の効果がある薬の中では効き方が穏やかで、比較的副作用は少ない部類の薬です。』相手に分かりやすいよう薬について説明しつつ、大きな負担が掛かる中で身体に鞭打つようにして立ち続けている彼を思う。『今、彼が捜査を行えているのは、謂わば精神力です。実際どれ程の負担が掛かっていて、張り詰めていたものが切れた時にどんな影響が出てしまうか、未だ分かりません。…それでも、今のエバンズさんに捜査を降りるよう言う事は…私にも出来ない。捜査を続ける為、その中でも掛かる負担を最小限に抑え、なるべく無理をした反動を小さくする為に…鎮静剤は効果的だと思います。』医師として正しい選択ではないかもしれないが、捜査を続けながらも反動が小さい方法を模索して。 )








 

  • No.4983 by ベル・ミラー  2025-05-31 10:01:35 






( 100%副作用の無い薬などある筈も無く、けれど丁寧に繰り返される説明は安堵に繋がる。__何時の事だったか、相手では無い医師に急遽処方して貰った鎮静剤は確かにエバンズの苦しみを取り除く役割は果たしたが副作用が余りに大き過ぎた事をまだ鮮明に覚えていた。鋭いまでの瞳は翳り、無気力状態の彼はまるで生きる屍のようだったのだ。__“捜査を続ける為”、相手のその言葉は“医師”としての他に“友人として”彼の意志を尊重したものに思えた。2つの角度から彼を心配し、心を寄せてくれる人の存在がまるで自分の事の様にこんなにも嬉しく感じるなんて。今度は良い意味で揺らいだ感情のままに頷くと「…私も同じです。最初はあんなにもこの事件に関わって欲しくなかったのに__今は他の誰でも無くエバンズさんに解決して貰いたい。」そう告げた後に「私個人の意思としては、鎮静剤の処方をお願いします。」と、頭を下げつつも、目を覚ました相手が鎮静剤の服用を直ぐに了承するとも思えずに )




  • No.4984 by アルバート・エバンズ  2025-06-01 13:27:15 

 





( 実際はエバンズ本人の了承を得ない限り薬の処方を決める事は出来ないものの、相手の気持ちは分かった。そして相手が説得してくれると言うなら、最終的にはエバンズも渋々ながら了承する事になるであろうことも、これ迄の経験上感じていて。『分かりました。処方の準備は進めておきますね。』と告げて。---エバンズが病室で目を覚ましたのは数時間後の事だった。目を開くと白い天井が目に入り、嗅ぎ慣れた薬品の香り。直ぐには状況を理解出来ずに僅かにみじろぎすると点滴の管が揺れ、此処が病院だと気付く。同時に自分は捜査の為に現場に居た筈だと思い出し、酷い発作に襲われ息を吐く事も出来ない程の苦痛に耐え切れず意識を失ったのだと思い至り。どれ程の時間が経ったかは定かではないが、投薬のお陰だろうか、身体はかなり楽になっていて。 )






 

  • No.4985 by ベル・ミラー  2025-06-01 14:00:08 





( アダムス医師が鎮静剤の処方準備を進めてくれている間、点滴の管に繋がれ眠る相手の脇にただ黙したまま座って居たのが数時間。___僅かに瞼が微動しゆっくりと持ち上げられ覗いた碧眼はまだ少し朧気に揺らいでいる様に見えるが、此処が病室であるとわかった瞬間に何があったのかを直ぐに察する事が出来ただろう。「…エバンズさん、」驚かせない様に相手の名前を静かに呼ぶ。視線が此方に向いたのならば「苦しくない?」と、今の体調を問い掛けつつ、相手の瞳の奥に“恐怖”が燻っていないかを確認すべくやや控え目にその瞳を覗き込んで )




  • No.4986 by アルバート・エバンズ  2025-06-02 01:01:49 

 





( 相手に名前を呼ばれて視線を向けると、心配げな相手と視線が重なる。薬のお陰で今は落ち着いて居る事もあり、相手の瞳を見て恐怖を感じる事はなかったものの、一瞬身構えそうになったのは先ほどのような前例があるからだろう。「……大丈夫だ、」と答えて時計を見上げる。現場に居たのは昼前頃、今は夕方という事は殆ど丸一日を無駄にしているという事だ。点滴の管が繋がる右腕には赤っぽい鬱血痕が残り、どうにか意識を繋ぎ止めようと爪を立てたその痛みを思い出す。「______悪かった、もうだいぶ楽になった。」と告げて枕に背中を預ける形で少し身体を起こし。今日出来ることはもう限られているかもしれないが、この時間であれば仕事に戻れると。 )







 

  • No.4987 by ベル・ミラー  2025-06-02 13:21:11 





( 点滴等の処置が効いているお陰だろう、瞳が重なっても相手が恐怖する事も発作を起こす事も無かった。これなら顔を見て話をする事が出来ると先ずは安堵を胸に「良かった。」と微笑み。__さて、目が覚め身体の調子が比較的良い状態の相手は眠っていた時間を取り戻すべく仕事に戻ろうと考えるだろうが、本題は此処からなのだ。ふ、と短く息を吐きやや背筋を伸ばす。「…エバンズさん、大切な話があるの。」相手を見詰める瞳も静かな声色も決して重たくは無いが真剣そのもの。何処から切り出すべきか考える僅かの間の後「…エバンズさんが眠ってる間にアダムス医師と少し話をしたんだけどね。…普段飲んでる薬と併用して、もう一種類、軽い鎮静剤も飲んでみない?」先ずは話の主となる鎮静剤の存在を伝えた後「勿論副作用は0では無いけど、頻繁に起きるフラッシュバックとか、エバンズさんの中にある恐怖心とかが軽減されるんだって。」“副作用”と言う単語は隠す事無く口にしつつ、果たしてどんな反応を見せるかと表情を伺って )




  • No.4988 by アルバート・エバンズ  2025-06-03 10:26:52 

 





( 真剣な口調で切り出された言葉に再び相手と視線を重ねる。服用する処方薬を増やす事で体調が安定するなら直ぐにでもと思ったものの“鎮静剤”という言葉が引っ掛かった。思い出されるのは、いつか別の医師に打たれた鎮静剤のこと。酷い発作を起こす事こそなかったが、強い薬は正常な思考さえも奪いその期間の事は殆ど覚えていない。もう一つは、捜査の指揮官を途中で交代せざるを得なくなった事件の事。精神力だけでは抗えない程に身体が辛く、眠気にも抗えず遂には捜査を続ける事が出来なくなったではないか。副作用がゼロではない、という事はまたあの時のように苦しい思いをする事になる可能性が高いという事だ。「_____鎮静剤は、事件に関わっている限りは飲みたくない。」とだけ答え、相手の提案を拒絶する。前のような状況になれば、此の捜査を途中で投げ出す事にもなりかねない。「点滴を外してくれ、休んだら落ち着いた。もう大丈夫だ。」と告げて、捜査に戻ろうと。 )






 

  • No.4989 by ベル・ミラー  2025-06-03 21:23:40 





__大丈夫じゃないよ。今は安定してるかもしれないけど、時間が経てばまた頻繁に発作が起きる。…私の目、見れなかったよね?
( 案の定相手はこの提案を拒絶した。ただその返事は想定内で捜査に戻ろうとするのも想定内。相手の中にある“鎮静剤”のイメージが最悪なのは過去の事例があるのだから仕方が無い事。けれど今回はその鎮静剤が相手を救うと思っていた。だからこそ“大丈夫”を首を横に振る事で否定した後、相手自身が“恐怖の対象”に気付いて居るかはわからないが、一拍程の間を空けて問い掛けた確認は切なさとほんの僅かの苦しげな表情を纏い__それも一瞬。今度は努めて柔らかな声色で「“あの時”みたいな事にはならない。エバンズさんが信頼する先生が処置する薬なんだから。__それに私も、もう勝手に指揮官を変えて欲しいなんて言わない。“事件を解決する為”に、少しだけ苦しいの取ろう。」相手が懸念する全ては何も起こらないと諭しつつ、点滴の管に繋がれる手の甲を親指の腹で緩く撫でて )




  • No.4990 by アルバート・エバンズ  2025-06-04 10:09:13 

 





( 相手の口から紡がれた問い掛けに、思わず言葉を失う。いつからか相手の瞳が過去の記憶と結び付き不安や恐れを感じるようになって居た事に、其の所為で無意識ながら相手と視線が重なるのを避けてしまっていた事に、相手は気付いていたのだろう。少なからず傷付いていた事を、一瞬翳ったように見えた表情から察するとそれ以上の拒絶の言葉は続かなかった。「……自分でもどうしようもないんだ、…意思とは関係なく、過去の記憶が呼び起こされる。気付いた時には、記憶の波に飲まれた後だ。」相手の言葉を否定する事なく、やがて視線を落としたまま言葉を紡ぐ。相手が悪い訳でも、自分がそれをコントロールできる訳でもない。些細なきっかけがフラッシュバックを引き起こし、何が起きたのか理解出来ないままに苦痛の中に突き落とされるのは、酷く辛い事だった。---事件を解決する為に鎮静剤を使う_______確かにこれまでのトラブルでは、自分の事をよく知らない医師による薬の処方が原因となっていた。主治医が、副作用が少なく気持ちを落ち着ける事が出来ると言うのなら、それに頼るのは悪い事ではないのかもしれない。現に頻繁に発作が起きコントロール出来ない状況には疲れ果てていた。手の甲を撫でる相手の指先を見つめながら、何と答えるべきか決めかねていて。 )








 

  • No.4991 by ベル・ミラー  2025-06-04 19:30:19 





( 沈黙の後、視線を落とし紡がれたのは否定では無かった。つまり互いに“緑の瞳”に思う所はあると言う事だ。責める事は勿論せず言葉を肯定する様に一度軽く頷き「わかってる、誰のせいでも無い。」優しい相手が罪悪感を覚える事の無い様に柔らかく微笑む。今、何よりも優先すべき事は相手の苦しみが僅かでも良い、軽減される事だ。骨張った手の甲を撫でている指の動きはそのままに、様々な事を考えて居るのだろう、沈黙を落とし続ける相手のやや伏せられた瞳を見詰める事数秒。「__思考が上手く働かない時は、もどかしいかもしれないけど私も一緒に考える。この捜査を担当してるのは私達2人だよ。…薬を飲んで、仕切り直そう。」此方まで薬の副作用に意識引っ張られ考え過ぎては、それを飲む本人はもっと不安になるだろうと、努めて普段通りの声色を心掛けつつ、“捜査を続ける”事を中心に置いた声掛けを )




  • No.4992 by アルバート・エバンズ  2025-06-04 22:13:15 

 






( 此れまで幾度と助けられて来たのに今になって“相手の瞳が怖い”だなんて。相手を傷付けるという事も分かっているのに、自分ではこの恐怖心をどうしてもコントロールする事が出来なかった。続いた相手の言葉は、変わらず自分を支えようとしてくれているもの。その上捜査を外れなくて済むようにという思いが籠っているもので、これ以上拒絶を続ける必要もないと思えた。やがて小さく頷くと「_______分かった、」と鎮静剤を処方して貰う事を了承して。---倒れた時に頭を打った事で少しズキズキとした痛みはあったものの身体は楽になっていて、主治医も今すぐに入院による加療が必要だという見解ではなかったようで捜査に戻れる事に安堵する。ようやく犯人に近づく事が出来たのだから、このまま解決まで導かなければならないと決意を新たにして。 )







 

  • No.4993 by ベル・ミラー  2025-06-04 22:58:38 





( 正直な所、数時間による説得も覚悟の上だった。それ程迄に相手が鎮静剤に良いイメージを持っていない事はわかっていたから。だからこそ100%の納得では無かったとしても了承してくれた事に大きな安堵を覚え。___MRIの結果も問題が無く、処方される事となった鎮静剤は朝食後に一錠飲めば夜まで効果が緩やかに持続する軽いもの。アダムス医師から相手へ、直接注意事項や現在飲んでいる安定剤や鎮痛剤と併用しても問題が無い事が告げられ、点滴終了後に病院を後にする事となり。___空は薄い雲と、隙間から漏れる夕日の橙がコントラストを描いていた。「点滴の効果が切れる前に、もう少し証拠を掴もう。」相手と共に車に乗りエンジンを掛けると、告げたのは家に戻り休む提案では無く、暗に署に戻ると言うもの。今が相手にとって一番身体が楽な時である事は明白で、事件現場で倒れ、何時間も捜査が出来なかったもどかしさを抱えて居るだろう事もわかっていた。だからこそ、今日はこれ以上休めと口煩く言うつもりは無く。車を発進させながら考えるのは明日以降の事。明日の朝飲む鎮静剤は、幾ら軽いものとは言え果たしてどれ程の副作用を相手に齎すのだろうか )




  • No.4994 by アルバート・エバンズ  2025-06-05 00:48:40 

 




( 倒れたのだから休むようにと言う事も無く、いつも通りに相手が署へと車を走らせた事はありがたい選択だった。時間を大幅にロスしている分、薬が効いて落ち着いている今は捜査を少しでも進めたい。自身の思いを、相手も主治医も少なからず汲んでくれている事は理解できて、礼を述べる事こそしなかったものの其れは信頼に繋がるだろう。---翌日、1錠増えた薬を朝食後に飲みいつも通り仕事へと向かう。薬が効き始めている事を感じたのはその数時間後。体調は安定していて、焦りや不安が胸の内にさざめく事もない。けれど倦怠感や頭がぼんやりするような感覚があり、少し身体が重い。報告書や資料に目を通すも、内容を理解し読み込むスピードが普段より遅いように感じた。「……ミラー、コーヒー淹れてくれ。」少しして相手に頼んだのはブラックコーヒー。少しでも頭を覚醒させたいと思っての事だった。 )






 

  • No.4995 by ベル・ミラー  2025-06-05 11:04:22 





( ___朝飲んだ鎮静剤が効果を発揮しているのか、唐突に響く物音や遺体の写真で発作を起こす事も無く、視線が重なっても相手の褪せた碧眼に恐怖の色が滲む事は無かった。けれど副作用もまた同じ様に顔を覗かせているのだろう。資料に目を通して居た相手からふいにコーヒーを所望されれば、頷き直ぐに給湯室へと向かい。__相手専用のマグカップの中に注がれた黒はその水面を揺蕩わせ香り良い湯気を生んだ。「お待たせしました。」と声を掛け相手にマグカップを手渡すと、「どんな感じ?」と問い掛ける。それは勿論の事、報告書や書類についてでは無く鎮静剤を服用した相手の体調、その副作用についてだ )




  • No.4996 by アルバート・エバンズ  2025-06-06 13:47:01 

 





( 身体が有無を言わさず休息を欲するようになるのも、鎮静剤の副作用なのだろう。以前も、そして今も、普段のように少しの無理をする事が出来なくなる。確かに此れまで鎮静剤を服用していた時のように身体が辛いという感覚は無いのだが、普段に比べて格段に情報の処理スピードが落ちる事はストレスだった。些細なきっかけが発作に繋がる事はなく、其処の“結び付き”も鈍くなる一方で他の感覚も鈍くなっているのだろう。相手から手渡されたマグカップを受け取り、コーヒーを口にしつつ「……内容が頭に入って来ない、」とひと言。思考が思うように働かない事に少なからず苛立ちを感じているのは明らかで、こめかみを抑えて。 )






 

  • No.4997 by ベル・ミラー  2025-06-06 20:14:35 





( アダムス医師が言った通り“違和感”は顕著に現れている様で、返事の端々に苛立ちの色が滲んでいるのを感じた。頭の回転が早く感覚が鋭い相手の事だ、もしかしたら他の人が同じ鎮静剤を服用した時に現れる副作用の倍の違和感を感じているのかもしれない。前程では無い…なんて言葉は相手にとっては何の慰めにもならないだろう。「…文字を追うより、映像として視覚に働き掛けた方がまだ頭には残るかも。」此処は書類と向き合うのでは無く、監視カメラ映像等の直接動き、音の出る物に意識を、と別の角度からの提案するも、“副作用”として現れる以上全て消し去る事は出来ないとも理解していた。そうして己に出来る事が殆ど無い事も。「__これ、気休め程度にしかならないかもしれないけど。何も無いよりは良い筈だから。」ジャケットのポケットから取り出したのは眠気防止のタブレット。強い清涼感のあるそれは、夜遅くまで捜査をした日の帰り道に運転に集中する為食べている物。ほんの僅かでも何か変われば良いと思っての事で )




  • No.4998 by アルバート・エバンズ  2025-06-07 02:18:39 

 





( 全てが何の犠牲も無く丸く収まる、という事は何事に於いても滅多に起き得ない。発作が頻繁に起きる辛い状態を脱するのと引き換えなのだから、少しの我慢が必要な事は分かっていたが、それでも不便さや違和感に苛立ってしまう。「…ああ、」と気のない返事ながらも大人しく相手が手渡してくれたタブレットを受け取り。---相手の提案通り防犯カメラの映像や、任意聴取をした時の録音などを再確認したものの、やはり情報の処理スピードの遅さは痛感させられる事となった。疑わしい人物としてマークしている為把握していたはずの複数の被疑者の内、名前と被害者との関係性、アリバイが結び付かず資料を確認する手間が増えた。倦怠感が纏わり付き、集中力がいつものように持続しない。夜になる頃には積み重なった苛立ちを分かりやすく醸し出す事となり。---『…ねぇ、警部補と何かあった?かなり虫の居所が悪そうだけど、』相手にこっそり話しかけて来たのは、隣の席のアンバー。彼が感情を露わにする時は相手が関わっている事が多い、という此れまでの経験を元にしたイメージのままに相手に尋ねる。『さっきもロドニーが、“要領を得た説明をしろ”って怒られてた。』と、肩を竦めて。 )







 

  • No.4999 by ベル・ミラー  2025-06-07 23:00:17 





( わかり易い程の気の無い返事に若干困った様な苦笑を浮かべるも、これ以上あれこれと言えば苛立ちが募り続けるだけだろうと軽く頭を下げ警部補執務室を出て。___夜になる頃には刑事課フロアに居る署員のほぼ全員が相手の苛立ちに気が付いて居た。フロアは何時にも増して静かで、何処となく微妙な空気も漂っている。八つ当たりをされたくないと、極力相手に話し掛け無いようにしている署員が居るのも傍目に感じていた。思わず溜め息が漏れた時、ふいに隣の席のアンバーが此方に身を寄せた事で顔を近づけると、尋ねられたのは矢張りこの空気を生み出して居る相手の事。彼の機嫌が悪い時、確かに己が関わっている事が多いのは認めるが、アンバーの中でもその認識だったなんて。今回は違うと思わず態とらしいジト目を向けるも直ぐに肩を竦め「捜査が思う様に進まなくてね。…さっきコーヒー頼まれたんだけど、お菓子も付けなかったから怒ってるのかな?」まさか体調の事や薬の事をあれこれ説明する訳にもいかず、捜査と言う無難な単語を出しつつも、不穏な空気を少しでも払拭すべく有り得ないと互いにわかる冗談を一つ。それから名前の上がったロドニーを一瞥する。少しばかり表情が暗いものだから「……エバンズさんと話してみるよ。」と、呟き視線を再びアンバーに向け小さく微笑んで )




  • No.5000 by アルバート・エバンズ  2025-06-11 03:59:30 

 




( 主治医の想定通り、鎮静剤を服用する事で体調は改善したと言えるだろう。この事件の捜査を始めてから大小こそあれど1日に何度も発作を起こすようになっていて、何が其の引き金になるかも分からなかった。けれど今は其の不安定さはない。正しい処置なのだろうと分かって居ながらも苛立ちを拭い切れないのは、今の状態があまりに自分の“理想”とかけ離れているからだろうか。真剣に向き合い解決しなければならない、被害者の無念を晴らさなければならないと何よりも強く願っているのに捜査の進展は遅く、自分の思考も追い付いていない。焦りばかりが先行して、自分の感情をコントロール出来ていないのだと少し冷静になれば分かるのだが。苛立ちを抑えられず集中力も持続していない今の状態で署に留まっても良い事はないと見切りを付け、仕事は持ち帰ろうと、普段よりも早い時間に執務室を出た。相手のスマートフォンに「帰る頃に連絡をくれ」とメッセージを入れたのは、相手が家に戻る時間まで別の場所で時間を潰そうと思ったから。未だ署員達もまばらに残っている時間帯、執務室の明かりが消えた事に驚きと少しの安堵が入り混じった表情で目配せをする者も居ただろう。 )








 

  • No.5001 by ベル・ミラー  2025-06-11 13:59:56 





( アンバーと相手の機嫌の話をし、折を見て様子を確認しようとしていた矢先。警部補専用執務室の扉が開き鞄を持った相手が出て来れば、身構えた署員達数名を筆頭にフロア内が一度わかり易い程に静まった。続けてデスクに置いたスマートフォンがメールの受信を知らせ、見れば普段よりも随分と早い帰宅を示す文面が。鎮静剤の効果で調子の悪さはかなり軽減されている中、仕事人間の相手がこんな早く帰ると言う事は矢張り副作用が大きく影響しているに違いない。そのメールに返信する事無くノートパソコンの電源を落とすと、カーディガンと鞄を引っ掴み、隣のアンバーに挨拶をして小走りに刑事課フロアを出て。___「…エバンズさん!、」相手の背中に声を掛けたのは署を出た所。小走りで駆け寄りその距離を縮めては「帰る頃になった。」さも当たり前の様に微笑んだ後「先に寄りたい所があるからちょっと付き合って。」と。___相手を助手席に乗せ車を走らせたのは街を抜けた静かな道。この道を以前も通った事はあるがその時はまだ昼間だった筈。やがて到着したのは相手の記憶にもあるだろう数回訪れた事のある海。昼間の様に海の青さを感じる事は無く、夜特有の暗く冷たい雰囲気こそ漂うが、騒がしくも無いこの場所は今必要な場所の様に思えたのだ。ライトを消しエンジンを切ると隣の相手に顔を向け「…少しだけ、寄り道しない?」と既に目的地に到着した後ながら提案をして )




  • No.5002 by アルバート・エバンズ  2025-06-17 13:11:33 

 





( 突然背後から自分の名前を呼ぶ声が響いて振り返ると、鞄を手にした相手の姿。つい先程、執務室を出た時には未だデスクに居たはずの相手がもう”帰る頃になった“と言って此処に居るのだから可笑しな話だ。自分に合わせて無理に急がなくて良いと伝えようとしたものの、付き合えと言われては其の言葉も飲み込み、ややして大人しく助手席へと乗り込んで。---車は町を抜け静かな道へと入り、やがて暗がりの中でも緑が目立つようになる。軽く倒した背もたれに身体を預け、何を語るでもなくぼんやりと車窓へと視線を送り、見覚えのある道だと気付いたのは随分と目的地に近付いてからだった。エンジンを切り静けさと波音ばかりが響くこの場所で徐に向けられた提案には「…普通着いてから言う事じゃないだろう、」と呆れたようにひと言告げたものの、その提案自体を無碍にする事はしない。帰ると言う事はせず、車内から海を眺められれば良いのか、或いは波打ち際の方まで行きたいのかと視線で相手に問い。 )






 

  • No.5003 by ベル・ミラー  2025-06-17 21:22:00 





細かい事は気にしない。…それにね、此処なら8割断られないだろうって自信があったんだ。
( 遅過ぎる提案に返って来たのは案の定呆れを前面に出した返事。全く細かい事では無いものの、悪戯に口角を持ち上げ肩を竦めた後、何処からそんな自信が来るのか今度は僅かはにかんだ笑みを送り。遠くに街灯はあるものの車のライトを消してしまえば辺りは闇に飲まれる。一度フロント硝子から外を見て考える間を空けたのは、静まった車内で視線で問われた選択に若干の遠慮をしたから。けれど本当に嫌な選択は選択肢から除外するだろう相手の事、此方に委ねてくれているのだと判断すれば「__近くまで行きたい。」と、言葉にし車を降りて。___吹き抜ける柔らかな海風はこの季節の蒸し暑さを消し去ってくれるようだった。砂浜を踏み締めた時の独特の感触が靴を履いていても足の裏に伝わる。暗い空と暗い海、一定間隔の波の音。「…暗いね、」なんて極当たり前、見たままを小さく呟くと軽く相手を見上げて )




  • No.5004 by アルバート・エバンズ  2025-06-20 17:18:40 

 





______着いてからじゃ断りようも無いだろう、
( 相手の言葉に対してぶっきらぼうな返答をしたものの、実際帰りたいと言う事もなくこの場に留まっている事がその証明とも言えるだろう。足元が見えにくいとか靴の中に砂が入るとか、多少なり日中の苛立ちを引きずっている状況で言いたい事は色々あるのだが、それを言葉にする事はせず波打ち際まで相手と共に向かう。海を眺めるのは嫌いではないのだ。「…夜だからな、」相手から落とされた言葉には、此方もまた至極当たり前の、そして相も変わらずぶっきらぼうな返答を。波が来ない場所に徐に腰を下ろして暗闇の中寄せては返す波に静かに視線を向けて。 )






 

  • No.5005 by ベル・ミラー  2025-06-20 22:19:12 





( 相手はそう言うが果たしてどうだろうか。本当に嫌だった場合、例え既に目的地に到着していたとしても“帰る”と主張し続けただろうし、まして波打ち際まで行くかどうかと言う選択肢を此方に委ねて来る筈が無い。ぶっきらぼうな返事の裏にある“別に良い”を勝手に抜き取り「確かにそうだね。」と頬を緩ませると相手と同じく隣に腰を下ろして。___返って来た当たり前の返事には小さな笑みを。その後互いに口を開かなければ聞こえるのは波の音だけ。酷く居心地が良く感じるこの時間で、職場での相手の苛立ちに此方から触れる事は辞めようと思った。その代わり海を見詰める端正な顔を、冷たい月の光を受ける碧眼を横から見「…帰ったら、何も考えなくて良い時間を作ろう。甘さ控え目のホットミルクと、アーモンドチョコで寝る前の贅沢な時間を満喫するの。今日は月が明るいから、電気点けないで過ごすのも良さそうじゃない?」語調こそ穏やかなものなれどやけに饒舌な理由は自分でも説明が出来ない。そうして静かに伸ばした手で相手の袖口を軽く掴んだその理由もまた、説明の出来るものでは無かった )




  • No.5006 by アルバート・エバンズ  2025-06-24 14:29:17 

 






( 普段なら執務室でパソコンと向き合っている時間。それなのに今は暗い海を前に波音を聞きながらこうして砂浜に腰を下ろしている。隣の相手も日中の自分の態度に対して思う事もあるだろうに何を言うでも無くこの後の過ごし方を提案されると、ややして「……偶には良いかもな、」と答えた言葉は、幾分棘の抜けた声色で紡がれて居ただろう。未だ夜更けでも無いのに少しの眠気を感じるのも薬の影響か。しかし相手と話している分には不自由を感じる事が無いため、確かに医師の言う通り副作用が最小限に抑えられた薬ではあるのだろう。「_____思考が不明瞭なのがストレスだ。…自分の思考に、意識が追い付いて来ない。」日中に感じていた苛立ちを静かに言葉にした。その背景には、一刻も早く事件を解決しなければならないのにという“焦り”ばかりがある事は自分でもわかっているのだ。 )





 

  • No.5007 by ベル・ミラー  2025-06-25 18:36:15 





( 静かに返された同意の言葉に微笑んだのは、そこに滲む僅かな穏やかさを拾ったから。袖口から手を離し意味を持たない直接的では無い触れ合いを終えて視線はまた暗い海へと向く。___波音と共に鼓膜を揺らしたのは静かに吐露された気持ちだった。再び隣の相手を一瞥し、そうして視線を前に戻す。確実に犯人逮捕まで近付いているこの段階で思考が不明瞭だと言うのは、相手自身が一番苛立つ事だろう。それを感覚の鋭さで敏感に感じてしまうから尚更の筈だ。「__焦らないでゆっくり…なんて悠長な事を言ってる場合じゃない事も、到底そんな気持ちになんてなれない事もわかる、」と、共に事件の捜査を担当しているからこその、そこの部分の共感を口にした後。「靄が掛かってる感じ?」相手の苦しみの部分を静かに問い掛けて )



  • No.5008 by アルバート・エバンズ  2025-06-28 13:35:01 

 






( 頭が上手く回らない此の感覚を、どう言葉にすれば良いのか分からなかった。相手に問い掛けられた事で改めて苛立ちの原因を冷静に分析すると、考えながら言葉を紡ぐ。「靄掛かっているのとも少し違う。……データを開く処理速度が遅いと言うべきか、…時々思考が途切れるような感覚が近い、」と言葉にして。考えたい事があり、いつも通りに色々な状況を頭の中で整理したいのに、パソコンが重くて一向にデータが開かない時のように思考が付いていかない。途切れそうになる思考を保とうと躍起になる事も、自分のペースで物事が進んでいかない事も苛立ちに直結するのだと。「……でも、確かに身体は楽だ。過去の記憶が強制的に引き出されるあの感覚が薄れている事に、助けられてる。」実際副作用と引き換えにずっと辛かった身体の状態が少し落ち着いているのだと正直に言葉にする。感覚が鈍っていると言うべきか、些細な事で発作を起こしていた苦しさから解放されている今の状況は大きい。医師の見立ては正しかったと言うべきだろうと、暗い海に視線を向けつつ小さく息を吐き出して。 )







 

  • No.5009 by ベル・ミラー  2025-06-29 10:52:12 





( “データを開く処理速度が遅い”と言うのは自然と想像の出来るわかり易い例えだった。急ぎの書類を作成しなければならない時、被疑者の勾留時間が残り僅かしか無いのに絶対的な証拠を見つけられない時、一分一秒も無駄に出来ない中で一向に開かないデータを前に募るのは間違い無く焦燥と苛立ちだ。「それは__物凄く腹が立つ。新しいパソコンに買い替えたくなるくらい。」100%全ての気持ちをそれで代弁出来る訳では無いだろうが、想像し眉の寄った険しい顔でそう静かな言葉を落とした後。それでも副作用と引き換えにした辛さが軽減されている、との素直な言葉には確かな安堵が生まれた。本来ならば何かと引き換えになどせずとも常に痛みからも苦しみからも解放されていて欲しいのに__。「……今はきっとエバンズさんに必要な物だよ。」捜査を降りる選択を決してしない相手に掛けた鎮静剤が“必要”と言う言葉。けれど心の奥底で燻る不安もある。事件解決後、心身に大きな負荷が掛かった相手に襲い来る何か嫌なものが具現化されそうな感覚。杞憂であって欲しいと願う反面、どうしても逃れられない気がしてしまうのだ。___吹き抜ける海風に冷たさが増した気がして隣に視線を向ける。「風、冷たくなって来たね。そろそろ帰る?」終わりの選択は相手に委ねようと問い掛けて )




  • No.5010 by アルバート・エバンズ  2025-06-29 13:06:50 

 





( 波が寄せては返す音を聞きながら涼しい風に当たり、相手の言葉を聞いている内にささくれ立っていた心が幾らか落ち着きを取り戻したのは確か。「______泣き言を言ってる場合じゃないな。此処まで捜査を積み重ねてきた、1日でも早く逮捕に踏み切れるように進めるのみだ。」決意を口にしつつ、“その先”の事は自分でも見通せない。必死に自分を奮い立たせ、心身に鞭打って立ち続けて来た今回の事件。ただ一つの目的はこの事件を解決する事、其れを達成した後の事は考えても居なかったが、今のように立っていられるだろうか。そんな珍しく弱気な考えが顔を出しそうになるのを振り払うと、「あぁ、戻ろう。」と頷いて立ち上がり、軽くスーツに着いた砂を払うと相手と共に車へと戻って行き。 )







 

  • No.5011 by ベル・ミラー  2025-06-29 14:54:28 





そうだね。私も悩んでる時間が惜しい。
( 相手が口にした決意は“らしい”もの。同意する様に真っ直ぐに海を見ながら頷いた後、少しの名残惜しさの様な感情の揺れを抱えたまま相手と共に車に戻り来た道を引き返し家へと帰って。___暗い海で話した通り、テレビも点けない静かな部屋の中で共にソファに座り蜂蜜入りのホットミルクとアーモンドチョコレートで穏やかな一時を過ごした。カーテンの隙間から射し込む月明かりが部屋の中をぼんやりと照らし、何処か神秘的な空間に染め上げる中でする会話は決して多くは無いが居心地の良い時間。多少特殊な上司と部下の関係を物語る一つのベッドで眠ると言うそれもまた、余す事無く安心へと繋がる。そうやってその日の1日を終え、翌日から変わらず一分一秒でも早い犯人逮捕を目指し捜査を続ける日が続いて )




  • No.5012 by アルバート・エバンズ  2025-06-29 19:26:34 

 





( ______事件解決までの道のりは長く、当初の想定よりもかなりの時間を要したと言えよう。しかし最終的に掴んだ証拠から容疑者として浮上した、カフェの客だった男の偽装されたアリバイを崩し、逮捕状を男に突き付けたのが今朝の事だった。“俺じゃない”と何度も無実を訴え喚いていた男だったが、隠蔽工作や偽装されたアリバイの証拠をひとつずつミラーが提示して行くうちに大人しくなり、その後『仕方なかったんだ!』と再び喚き始めた。犯行を認める言葉に深く息を吐き出した後、「……連行しろ、」と控えていた署員に指示すると暴れる男は手錠を掛けられ車に乗せられた。車がひと足先に走り去り、相手と2人になった家の前でもう見えない車の方向を向いたまま、終わったのかと妙に冷静に考えていた。喜びや達成感とは程遠い、犯人を逮捕しても尚胸の内に渦巻くのは虚無感に近い感情。犯人が明らかになり、身勝手な動機や浅はかな人間性を目の当たりにした事が寧ろ虚無感を増長させたと言っても良いかもしれない。“彼女”はこんな男の、一時の感情によって殺されたのか、と。外で吸う事は滅多に無いのだが、ジャケットの内ポケットに入れていた煙草を徐に取り出し火を点けると、犯人の家の敷地で階段に腰を下ろして煙を吐き出した。やりきれない感情をどうにかしたかったのだが、煙草の煙で身体を満たした所で気が晴れる訳でもない。「……事件は解決した。…犯人は裁かれ自分の罪を償う事になる、」相手にも労いの言葉を掛けられぬまま、自分に言い聞かせるかのように言葉を紡いで。 )






 

  • No.5013 by ベル・ミラー  2025-06-29 21:38:46 





( 散々無実やら身勝手な理由やらを喚き散らしていた男が連行され辺りは静かな住宅街の色を取り戻した。数台の警察車両に何事かと表に出て来ていた近隣住人の姿ももう無い。後に残るのは事件を解決しても尚残る重たい空気だけ。___追い風の微風に乗って香ったのは煙草の紫煙だった。振り返ると階段に腰を下ろした相手が煙草を燻らせていた。寝付きが悪く気持ちを落ち着かせる時など、たまに部屋の中で吸っている姿を見る事はあれどこうして仕事中、外で吸っている姿を見たのは恐らく初めての筈。煙に続いて吐き出された言葉はきっと己に向けたものでは無く、言うなれば相手が相手自身に言い聞かせる為に落とした言葉の様に聞こえた。「…そうだね。出来る限りの重い刑で、一生償い後悔し続ければいい。」相手の隣に腰を下ろし、低く冷たい声色でそう答えれば、一度深く息を吐き出し。「__…やりきれないね、」続けたのは短い素直な気持ち。犯人は逮捕されたがだからと言って彼女が生き返る事は無いのだから )




  • No.5014 by アルバート・エバンズ  2025-06-29 22:20:18 

 





( この事件をなんとか、自分の手で解決しなければと必死になって来た筈だった。犯人逮捕だけを目標に、正に捜査に心血を注いだ筈だった。けれど其の悲願を達成しても晴れる事のない気持ちを抱え、中途半端に取り残されてしまったような、虚無感にも似た感覚ばかりが纏わり付いている。相手も似た気持ちを抱えているのだろうと思えば、その言葉には小さく頷く事で同意を示し。座り込んだ場所から立ち上がるのが酷く億劫に思えたが、一番に向かうべき所はあのコテージだろう。短くなった煙草は家の前にでも捨ててやろうかと思ったものの、余り使われず新品同様の携帯用灰皿へとしまい立ち上がる。「…コテージに行こう。彼女に報告したら署に戻る、」と告げて、車へと歩き出し。 )






 

  • No.5015 by ベル・ミラー  2025-06-29 22:52:35 





( 正直な気持ち的には再びコテージに行く事に一抹の不安があった。例え事件解決の報告であってもあの場所は“思い出す”には十分過ぎる場所だからだ。けれど同時に心身を擦り減らし此処まで来た相手だからこそ、報告をすると言うのは矢張り必要不可欠な事だとも思うのだ。それは刑事としてだけでは無く1人の人として。___車を走らせ辿り着いたコテージは相変わらず鳥の鳴き声と風が葉を揺らす耳心地の良い音が聞こえる静かな場所だった。この場所で悲惨な殺人事件があったなどと、言われなければ誰も信じないだろう。___エンジンをきって車を降りる。落ち葉を踏む音がやけに大きく聞こえる中、相手の斜め後ろを歩きその背を見詰める。余りに大き過ぎる苦しみを背負い、それでも立ち続ける相手が何時か消えてしまう様な、そんな漠然とした不安を此処最近感じる様になっていた。手を伸ばし、その腕を取り、もう良いのだと言う事が出来れば…否、例え出来たとしても相手の歩みは止まらないだろう。「…痛みを感じた時間が、ほんの僅かであって欲しい。」中へと足を踏み入れた開口一番はそれ。即死では無かったのだから、どうしたって痛みも恐怖も感じてしまっただろう。それならばせめて、と。外の澄み切った空気とは違い、コテージの中は酷く重たく“死”を強く感じた気がした )




  • No.5016 by アルバート・エバンズ  2025-06-29 23:24:06 

 





( 此の場所は記憶を色濃く甦らせる。少しでも気を抜くと過去に意識を奪われるという恐怖心は少なからずあり、目の前の物だけを見据えて中へと足を進め。彼女が死の間際何を思ったかは分からないが、相手の言う通り痛みや苦痛、悲しみと言った負の感情を感じる時間が少しでも短ければ良いと思ってしまう______実際そうで無くても、残された者はそう願い続ける。---彼女が倒れていた場所は暖炉の近く、絨毯の上。其の光景が鮮明に甦りそうになり軽く目を閉じて再び開く。その場所で静かに手を合わせるも、犯人を逮捕した事を彼女が“喜んでいる”と思う事が出来なかった。自分の行動を悔いている訳でもない愚かしい犯人を逮捕してその目的が少なからず果たされた途端、進む道が途絶えてしまったかのようだった。「……犯人を逮捕するために、必死になっていた筈なのに…あの男を逮捕しても、虚無感ばかりが残る。事件を解決すれば、何かが変わると思った______でも、何も変わらない。セシリアも、アンナも、生き返らない。」事件を解決した事を喜び、いつものように相手の働きに感謝の言葉を述べる事も今はままならず、どうしたら良いのか分からない不安定な思いが溢れていて。 )







 

  • No.5017 by ベル・ミラー  2025-06-29 23:57:55 





( 相手の隣で視線を絨毯の敷かれる床へと落とす。広がる染みが何かなど考えるまでも無い。艶やかな髪の散り具合も、寸前まで恐怖を宿していてだろう光を失った緑眼も、これだけの日数が過ぎても昨日の様に思い出す。___不安定に揺れる静かな相手の声が静まり返ったコテージの中で大きく聞こえた。刑事に出来る唯一の事は犯人を逮捕し事件を解決する事。それが被害者が天国で喜んでくれる事に、残された遺族の心の痛みを僅かでも軽減する事に繋がるだろう。そう信じるしか無い。だが、実際どうだろうか。犯人逮捕は勿論望まれる事だ。だがそれを果たしたとて、亡くなった人が戻る事は決して無いのだ。遺族が、被害者本人が心の底から望む事はたった1つ、“今まで通りの日常”であろう。それを叶える事はどうしたって出来ない。「……私達は、無力だね。」相手の言葉を聞き、思わず漏れたのは余りに苦しい現実。「…身勝手な理由で奪って良い命なんて、そんなのある筈無いのに。…昨日まであった日常が急に消えて、それが、その傷が、簡単に癒される筈なんて無いのに__何で…そんな簡単な事もわからないで、」絨毯を見詰めたまま続けた言葉は途中喉に引っ掛かり、音を止めた。拳を握り締めた掌に爪が食い込み、その痛みが心の痛みと繋がる。相手は今、どんな顔をしているだろうか。見上げる事が何故か躊躇われ、深く息を吐き出した後、拳の解いた手を隣の相手の背に軽く添えて )




  • No.5018 by アルバート・エバンズ  2025-06-30 00:19:03 

 





( 自分たちに出来るのは、起きてしまった事件の真相を突き止め犯人に裁きを受けさせる事。多くの場合、未然に事件を防いだり人の命を救う事は叶わない。だから相手の言う通り“無力”なのだ。日常が壊れた後にしか、自分たちは動けない。背に添えられた相手の掌の温度を感じて、視線を落としたまま静かに息を吐き出す。やりきれない思いを抱えているからと言って、幾ら泣き言を言っても何も変わらない。またいつものように、刑事として進んでいく______其れが自分の望んだ道だ。「……今回は、色々とお前に助けられた。感謝してる。」それ以上弱音を吐く事は選ばず、普段の毅然とした態度でそう言うと署に戻ろうと相手を促しコテージを後にする。このままやるせない気持ちを抱えながらもいつも通り次の仕事が舞い込んで来て、捜査に赴くのだと、この時は思っていた。 )






 

  • No.5019 by ベル・ミラー  2025-06-30 00:42:36 





( 紡がれたお礼に返したのは首を横に振ると言うそれだけ。犯人逮捕に全力を尽くした事は事実、けれど事件と並行して“相手の心”を助ける事が出来たかは別だ。事件に集中しなければならないと、それが刑事である己の務めだとわかっていても心をそれだけに向ける事など出来ないのだ。例えFBI失格だと言われても。___相手に促されコテージを出る前、最後にアンナが倒れていたその場所に視線を落とす。笑顔の彼女の姿だって確りと覚えている。誰も居ないそこに一度だけ軽く頭を下げてコテージを出れば相手と共に署へと向かって。___それから2日後、出張に出ていた警視正が帰って来た。報告書の提出と共に口頭での事件解決の報告や詳細を伝える為先に警部補専用執務室の扉を開ける。「エバンズさん、準備出来ました。」仕事の区切りをつける事が出来、警視正の元に行けると伝え。___この2日間、相手に対して“違和感”を感じていた。それは何か説明の出来ない程の小さなものだったが、確かに頭の奥で警告を鳴らす様な違和感。それが何か、この時はまだわからずにいて )




  • No.5020 by アルバート・エバンズ  2025-06-30 01:53:17 

 





( 事件を担当する上で感じる虚無感や無力感というのは、刑事であれば誰もが通る道。其れは時間の経過や仕事に追われている内に徐々に薄れ行くのが常なのだが、今回は何故だろうか。日ごとに虚無感が深く根を張り心を絡め取られるような感覚があり、仕事に向き合う事が出来なくなっていた。“糸が切れた”と表現するべきか、あの事件で犯人を逮捕した瞬間から捜査に対する情熱のようなものが消えてしまった気さえするのだ。精神力だけで立っていた物が崩れつつあるのか、今は体調が酷く悪いと言う訳では無かったが身体が重たい感覚があり、鎮静剤の効果も相まってか仕事に向き合う事が億劫に感じられた。こんな状態では捜査に当たる事は愚か、刑事たちの上に立ち業務を遂行する事さえままならないと言えよう。---相手の声掛けに顔を上げると「…あぁ、今行く。」と答えて立ち上がる。胸の内は空虚なのだが、身体も未だ持ち堪えていた為、ここ数日普段通りに振る舞う事は出来た。この感情を、言い様のない苦しさを、相手に話す事はしていない。此れから警視正に話そうとしている事を相談する事も。警視正の部屋をノックし相手と共に入室すると、捜査報告書を手渡し「_____容疑者のアリバイ捏造や証拠の隠滅などもあり、想定よりもかなりの時間を要しましたが容疑者の逮捕に至りました。」大まかな捜査の流れや鑑識との連携の改善点などを交えながら、今回の捜査の報告を行い。 )







 

  • No.5021 by ベル・ミラー  2025-06-30 11:03:37 





ウォルター警視正



( 相手から手渡された報告書にザッと目を通した警視正は、同時に口頭で紡がれる捜査報告を時折相槌交え聞き終えた後『__改善すべき点がお前達の中で確りとわかっているのなら問題は無い。ご苦労だった。』と、両者に順番に視線を向け労いの言葉を掛けた。それから受け取った報告書をファイルの中に仕舞い込み、別のファイルから一枚の書類を取り出すとそれを相手に差し出しつつ『…2人にはパインストリートに向かって貰いたい。近隣住人から不審者を見たとの通報があってな、勿論地元警察も巡回は強化すると言っているが__どうにも心配性なご年配女性がFBIに、と譲らないらしい。』若干の困った様な苦笑いと共に次なる仕事を告げ。それは相手の心身に今何が起こって居るのか、それに対して相手がこれから話そうとしている事を知らないからこそで )




  • No.5022 by アルバート・エバンズ  2025-06-30 14:44:27 

 





( 労りの言葉に軽く頭を下げ、報告が以上であれば引き続き警視正と話を、と思ったものの次の捜査依頼と共に資料を差し出されると、その紙に視線を落としたものの受け取る事のないまま動けなくなる。次の仕事を受けるのは簡単だ、いつも通り資料を受け取り内容を確認して現場に赴けば良い。それも重大な事件性が有るものではないため負担も少ない。けれど。結局其の紙を受け取る事はせずに顔を上げると「_____警視正、少しお話があるのですが。」と言葉を紡いで。本当は相手が席を外した状況で話そうと思っていたのだが、自分たちに捜査を依頼されている状態で今から退室を促すのも可笑しいだろう。「……少し、休みを頂けませんか。次の捜査も依頼いただいている状況で申し訳ありませんが、少し勤務日数を減らしたいと考えています。」特別具合が悪そうな様子も、憔悴した様子も見せずいつも通りと言えばいつも通りの毅然とした態度ながら、願い出たのは非常勤での勤務。「管理業務はなるべく影響の出ないように行います。事件の捜査に関しては…暫く、別の刑事に。_____中途半端な勤務が支障を来たすようなら、休職も視野に入れています。」表向きはいつも通りを装っていても、心の穴は広がるばかり。張り詰めていた糸が切れた今、そう時間を要さずに“前借りしたもの“のツケが回ってくる。いつ内側から崩れ始めるか分からないような不安定な状態を、自分自身は感じていた。 )







 

  • No.5023 by ベル・ミラー  2025-06-30 20:18:13 





ウォルター警視正



( 相手の手に渡らない資料を挟み3人が微動だにしない静かな時間が数十秒続いた。明らかに変わった空気に警視正は怪しむ様に僅か眉を寄せ、ミラーは隣に立つ相手を神妙な面持ちで見詰める。__と、その静寂を破ったのもまた相手だった。その口から出た休みの所望に今度は警視正は一瞬目を見開き、ミラーは思わず「え、」と声を漏らし表情に隠し切れない驚愕と不安を滲ませた。それはそうだろう、何があっても仕事を優先させ幾ら此方が休めと言った所で聞く耳を持たない事が常な相手が自ら非常勤での勤務を望み、更には休職も視野に入れているとまで言い放ったのだ。理由など聞かずともわかってしまう。それだけ調子が悪い…否、限界だと言う事だ。一瞬にして顔色が悪くなったミラーを一瞥し、一度は相手に手渡そうとしていた資料を引っ込めた警視正は『…わかった。』と、悩む素振り無く相手の望みを聞き届けた後『休職に関して、此方から何かを言うつもりは今の所無い。非常勤でも難しいと感じたその時、お前の口から教えてくれ。』休職の事は一先ず置いておくと保留を持ち出し。再び訪れた沈黙はまた数十秒。俯き視線を落とすミラーの表情は翳ったまま。『……限界か?』相手を真っ直ぐに見据え、その口から今の気持ち、状態を聞いておきたいと静かな口調でみじかい問いを投げた警視正の表情もまた、真剣な中にやるせなさの様な色がうっすらと入り交じっていた )




  • No.5024 by アルバート・エバンズ  2025-06-30 22:36:42 

 






( 2人の反応はもっともだ、自分が余りにも急に周囲に迷惑を掛ける事を願い出ている自覚はあった。けれど長い沈黙の後、非常勤での勤務を許可する言葉を警視正が紡いだ事に安堵する。日数を減らし療養しながらの仕事であれば、少しずつ心身の状態は元に戻って行くかもしれない。正直な所今休職を選択する事には、戻れなくなってしまうかもしれないという一抹の不安もあったため続いた警視正の言葉に頭を下げて感謝を示す。たったひと言、問いかけられた言葉に目の前の警視正の瞳を真っ直ぐ見詰め、少しして小さく頷くと「_______恐らく、」とだけ言葉を紡いだ。恐らく、この状態を”限界“と言うのだろう。胸の内に渦巻く苦しさを何処へも追いやれない。どういう訳か捜査に一切の熱を持てず、ただ全ての事件から離れた所に居たいと感じた。間も無く手持ちが切れる鎮静剤を服用しなくなれば、たちまち体調を崩す可能性もある。恐らく限界なのだ、自分の心身は。 )







 

  • No.5025 by ベル・ミラー  2025-06-30 23:22:23 





ウォルター警視正



( その一言に全ての気持ちが籠っている気がした。『…わかった。』と、先程と同じ言葉を返した警視正は、尚俯いたままで居るミラーの名前を呼び相手に手渡す予定だった書類を渡し『この捜査はお前に任せる。スミスが今何の捜査も請け負っていない筈だ、彼と行ってくれ。今直ぐにだ。』と、或る意味での退室を促し。若干の戸惑いを見せたものの、命令に背く事無く頭を下げミラーが部屋を出て行くと残されたのは2人。改めて相手を真っ直ぐに見据え、深く長い息を吐き出してから少しばかり表情を緩めると『お前の選択はきっと正しい。非常勤であっても、例え休職する事になったとしても、居場所が無くなる事は決して無い。…頼られる事を望む人が近くに居る事を忘れるなよ。』刑事に拘る相手が抱えるだろう不安を少しでも払拭出来たらと言う思いでの前者を、そうして暗に自分もその内の1人なのだと含ませた後者を告げつつ、『話しておきたい事は他にあるか?』と問い掛けて )




  • No.5026 by アルバート・エバンズ  2025-07-01 00:01:40 

 






( 捜査を命じられた相手が部屋を出て行くのを見届けると、警視正に向き直る。続いた言葉には迷惑を掛ける事への申し訳なさも募るのだが、“居場所はなくならない”という言葉は漠然とした不安を和らげてくれるものだった。「……犯人逮捕だけを目指して捜査に心血を注いで来た筈なのに、男を逮捕した後に残ったのは虚無感だけでした。其処で、“糸が切れた”のだと思います。少し足を止めないと、これ以上前に進めない気がして、」自分が休みを貰いたいと申し出るに至った感情を、あくまで理性的に伝える。薬を飲まなくなれば、嫌でも無理をした皺寄せが来るだろう。心が壊れてしまう前に、少し休む時間が必要だと自分自身で感じていた。「迷惑をお掛けしますが、非常勤で出来る事はきちんと熟すつもりです。」と告げ、それ以上今話す事は無いと首を振り。 )





 

  • No.5027 by ベル・ミラー  2025-07-01 09:28:20 





ウォルター警視正



___今回の事件の被害者の顔は、私も確認している。心身にどれだけの負荷が掛かるものだったかは想像に容易い。…心が壊れる前に、お前自身が気付けて良かったよ。
( 目前の相手が語る言葉は普段通り理性的で、その表情や声色にも特別大きな不調が見える訳では無かった。だが、今は逆にそれが恐ろしいと感じた。まるで嵐の前の静けさの様な。出張から戻って来て直ぐに2人が請け負った捜査の被害者と犯人を確認して絶句したのは今朝の事だった。被害者が余りに見覚えのある顔___勿論記憶にある女性とは別人だと理解していたが似過ぎていたのだから。背凭れに体重を掛ける様に重心をずらし座り直すと、首を振る相手に頷き『では、もう戻って構わない。仕事の日数や時間は任せる。』と、勤務のやり方は相手に委ねる形を取り。___一方スミスと共に指定された場所の巡回をしていたミラーの心は酷く不安定だった。勿論それをおくびにも出さず平静を装いはしていたが、あの相手が自分から非常勤を願い出て休職を視野に入れているとまで言ったのだから当然と言えば当然だ。アダムス医師から臨時処方されている鎮静剤の残りは後僅かの筈、当然飲まなくなれば副作用が現れるのは時間の問題だろう。思わず漏れそうになった溜め息を飲み込み、近隣に住むご婦人に“FBIが巡回した”事を、地元警察も巡回を強化する事を伝え、また何かあれば連絡を、とスミスと共に署へと戻って行き )




  • No.5028 by アルバート・エバンズ  2025-07-01 16:38:12 

 





( その後、月水金の3日を勤務日とする事が決まり、其の日に纏めて報告書などを確認する事となった。翌日の休みに備えて既に上がって来ている報告書に目を通しているうちに気付けば夕方になっていた。鎮静剤の効果で、矢張りまだ意識が途切れるような感覚があるものの捜査のように頭をフル回転させる必要のない業務では、そこまで大きな不便さを感じる事は無い。寧ろ鎮静剤が切れた時、また以前のようにほんの些細な事で頻繁に発作を起こす状態に陥る事が怖かった。報告書に目を通し終えると眼鏡を外し、中身の冷たくなったマグカップを手にしてコーヒーを啜る。ちょうど相手とスミスが出先から帰ってきたのだろう、窓の向こうで部屋の外の人の動きが目に入るとそちらに視線を向けたものの、相手に声を掛ける事は選ばなかった。 )






 

  • No.5029 by ベル・ミラー  2025-07-01 22:49:45 





( 署に戻り直ぐ警視正に近隣住人の不安を落ち着かせる事が出来たとの報告はしたが、そこで相手の願い出た非常勤の話を聞く事はしなかった。警視正もまたその話題に触れる事は無く、刑事課フロアに戻ればスミス捜査官とは互いに別れ自席へと。___頭の中にあるのは勿論先程の相手と警視正の会話だ。鎮静剤の服用が無くなった後の副作用については勿論懸念していた。けれどそれよりも前の段階で、相手を襲っていた虚無感の大きさを見誤って居たのが正直な所だ。この後の反動の大きさも、最早想像が出来ない。険しい面持ちで席を立ち警部補専用執務室の扉をノックする。中から入室の許可が来れば扉を開け、その表情は意識的な微笑。「戻りました。そろそろ熱いコーヒーが必要な頃かと思って、」手を伸ばし、マグカップを受け取る姿勢を見せて )




  • No.5030 by アルバート・エバンズ  2025-07-01 23:21:21 

 





( 部屋に入って来た相手が先程の事を意識してか、いつもよりほんの僅かにぎこちない微笑を浮かべた事に気付く。コーヒーを淹れると暗に言われると「…よく分かったな、」と、先ほど空になったばかりのマグカップをおとなしく相手に手渡して。熱いコーヒーをマグカップに淹れて戻ってきた相手に礼を述べひと口其れを啜ると「不安がってる地域住民は大丈夫だったのか、」と先程の捜査の事を尋ねて。お互いに本質に触れぬよう出方を窺っているような状況だとも思う。「_____休みの日は、家に居ても良いか?」と徐に尋ねたのは、相手が仕事に出て自分が休みの時他人を家に残す事を相手が快く思わない可能性を考慮しての事。近場のホテルにも空きはあったと付け足し、必要ならそちらに移ると。なんだかんだで相手の家に居座っている状況も、そもそも何とかしなければならないのだろうが。 )







 

  • No.5031 by ベル・ミラー  2025-07-01 23:45:50 





( 熱いコーヒーを淹れたマグカップを相手に手渡し、そこで再び自席に戻る事は選ばなかった。執務室の扉を閉め備え置きのソファに腰掛けると問い掛けられた捜査状況に「一先ずは問題無いかな。地元警察の巡回強化の説明もしたし、納得してくれたと思う。…スミス捜査官が凄い親身でね、結構頑固なお婆さんって聞いてたんだけどすっかり打ち解けて、今度お茶でもって誘われてた。」後半先程のぎこちないものでは無い、普段通りの屈託のない思い出し笑いと共にそう答え。___と、先に“本質”に繋がる部分に触れたのは相手の方だった。流れる空気が僅かに変わったが、それは決して悪いものでは無い。「勿論。」と、僅かの間を空ける事も無く了承する。「寧ろ今更ホテルに泊まられる方が嫌。もう1人で眠れる自信無いし、いっその事このまま一緒に住めば良いとさえ思ってるくらい。」念の為声量こそ落としたものの、淀見なく紡ぐ言葉の数々は勿論心の底から思っている事だが相手には戯言くらいの軽さで捉えられるだろう。言い切ってから一つ息を吐き出した後。沈黙を置いてから「__今は苦しくない?」と、今度は此方から“本質”に繋がる問い掛けを )




  • No.5032 by アルバート・エバンズ  2025-07-02 08:58:34 

 





( 相手の言葉にスミス捜査官の性格を思い、今回のような件には適任だろうと納得する。仮に依頼通り自分が行っても、住民と打ち解ける事は到底出来ない。本当の意味で住民を安心させ信頼を勝ち得る事が出来たのは2人の功労だろう。相手から返ってきたのは了承の言葉。このまま一緒に住みたい、という冗談めいた言葉には呆れたような反応を示しただけで。いつも通りのやり取りの中で、相手から紡がれた問いに再び視線を持ち上げる。「…体調は問題無い、」と答えたものの、胸のうちに広がる苦しさのようなものは容疑者を逮捕したあの日から心に纏わり付き、気力を削いで行くようだった。「_____事件を解決してからの方がしんどい。…目的を持って捜査をしている時は、突き動かされるように動けて居たのにな。」と言葉を落として。かなりの無理をして捜査を続けた結果にもたらされた虚無感に絶望した、精神力が切れたというような事なのだろうが、この苦しさを取り払う事が出来ないのだ。何も考えずに眠り込んでしまいたいとさえ思った。 )





 

  • No.5033 by ベル・ミラー  2025-07-02 13:33:00 





( 案の定返って来た言葉の無い呆れた表情に態とらしくにっこりと微笑み終了を。鎮静剤や鎮痛剤のお陰で物理的な痛みや苦しみに襲われはせずとももっと別の___自分自身では何処にやる事も出来ない虚無感にまるで全身を覆い尽くされ、内側からじわじわと侵されて居る感覚があるのだろうか。そうしてそれは事件解決と共に多くの“氣”を奪い去って行った。正しくそれが“糸の切れた状態”だろう。「…本来立ち止まるべきだった時に、薬を使って強引に進んだからね。沢山の無理と沢山の気持ちが溢れて、きっと少し疲れちゃったんだよ。身体が、休むのは今だよって教えてくれてるんだと思う。」抱える虚無感を取り除く事はどうしたって己には出来ないだろう。それでも静かに紡いだ言葉はあくまでも穏やかなもの。「後の事は何も心配しないで。確りやるから。」と続けてから、「…鎮静剤、後何日分残ってる?」もう1つの、次はそれが無くなった後にも来るだろう副作用の心配からそう問い掛けて )




  • No.5034 by アルバート・エバンズ  2025-07-02 15:52:26 

 





( レイクウッドに赴任し相手と共に捜査を始めた当初は、殺人事件の捜査経験もない新人さながらの捜査官で戦力になるどころかお荷物だとさえ思っていた訳だが、今はどうだろうか。“心配しないで”という言葉を何の違和感もなく受け入れている自分が居た。「…お前もそろそろ、独り立ちできそうだな。」相手の頼もしい言動と捜査経験を鑑みれば、小さな事件からであれば任せられる日も近そうだと純粋な感想を述べたのだが、今の相手を不安にさせるものだっただろうか。鎮静剤は今朝飲んだ時点で残りが2錠だった事を思うと、休みの明日は飲まずに翌日の仕事の為に取っておくべきかもしれないと考えつつ「あと2日分残ってる。必要な日の為に取っておくべきかもな、」と告げて。 )






 

  • No.5035 by ベル・ミラー  2025-07-02 20:23:48 





( 何も心配する事無く、自分自身の心と身体を一番に考えて確りと休める様に。そんな想いで自信満々に送った笑顔と言葉だった。だからこそ相手からの返事は望ましいもので認められた気持ちに本来喜びこそ湧けどこんな…心臓が嫌な脈打ち方をする筈が無いのに。何故だか何処から溢れたのかわからない恐怖心に身体が固まる。言葉を間違えた訳でも、返事が意味深だった訳でも無い。それなのに___「っ、勿論、エバンズさんの直属の部下だからね。でも…やれるのは今回だけ。エバンズさんが休んでる間だけで、今まで通りの勤務に戻ったら、また隣に立ってくれなきゃ、」相手に見えている表情は焦燥や、恐怖や、不安が入り交じったものなれど自分自身ではどんな顔をしているかわからなかった。ただ、やけに必死に訴えた言葉がFBI捜査官として甘ったれたものだと言う事だけは頭の片隅で気付いたのだが、それ以上に不安感が勝ったのだから仕方無い。鎮静剤の残り数は思ってた以上に少なく、取っておく、との言葉には同意を示す様に頷きつつも「家で1人の時、もし苦しくなったら躊躇わずに飲んで。」仕事の時を思って耐えるのは駄目だと念を押して )




  • No.5036 by アルバート・エバンズ  2025-07-02 22:15:23 

 





( 相手の働きを認める意味で発した自分の言葉に対して、相手は不安や焦りの入り混じった表情を浮かべた。今の状況で相手を一人前と認める事は、相手を置いて自分が居なくなる事を連想させたのだろう。正直な所、暗に自分が居なくても相手は大丈夫だと言葉にしておきたかったという気持ちが、微塵も無い訳ではない。内側から崩れて行きかねない不安定さを抱えたままでは、“万が一”を考えてしまう。万が一自分が刑事である事を諦めたら、相手は1人でやっていかなければならないのだ。けれど相手の表情を見て、其れを言葉にする事は選ばなかった。「お前が待ち構えてると思うと、気が休まらない。」と言いつつ呆れた表情を浮かべて。辛かったら鎮静剤を飲むようにという言葉に頷きながら「…もうすぐ片付く。」と徐に告げ、然程遅くならずに帰れる事を伝えて。 )






 

  • No.5037 by ベル・ミラー  2025-07-02 23:10:49 





( 己はもう捜査1つ請け負った事の無い新人さながらの捜査官では無い。まだまだ未熟な面は多々あり日々反省の毎日ではあるがそれなりに経験も積んだし、様々な人や事件とも向き合って来た。相手が居なければ何も出来ない、なんて甘えは許されない筈だと言うのはわかっているが、一度相手の儚さに触れてしまった心はその恐怖を直ぐ様思い出す様になってしまっていたのだ。悪夢に魘され苦しんだ夜が明け空が白み始めた頃、漸く発作が落ち着いた相手の瞳に大きな疲労と空虚な色が宿っているのを何度も見た。眩しい程の月明かりの下、その光を集めた碧眼が切なそうな、寂しそうな色を宿したのも何度も見た。何時か__何かのタイミングで、居なくなってしまうのでないかと言う漠然とした不安が付き纏い続けていた。相手が返した言葉は何時も通りの色を纏ったもので、表情もまた見慣れた呆れ顔。「何それ。私の事ストーカーか何かだと思ってるの?」と、じっとりとした瞳を一瞬向けたがその口元には明らかな安堵を宿した笑みが浮かび。___仕事を終えた相手と共に署を出たのは30分程が経ってから。帰宅後、部屋着に着替えソファに座る相手を一瞥し寝室に行くと、戸棚の引き出しの奥から一つの鍵を持って戻って来る。「…エバンズさん、これ。」それを相手に差し出しながら「この部屋の予備の鍵、持ってて。私が仕事でも自由に外に出られるように。」鍵を渡す理由を説明しつつ、軽くはにかんで見せて )




  • No.5038 by アルバート・エバンズ  2025-07-02 23:51:16 

 






( 相手の家に戻りソファに身体を預けていると、寝室から出て来た相手に“何か”を手渡される。視線を落とせば、それは銀色の鍵。相手の家の合鍵だと理解すると、少し驚いたように再び視線を相手に戻したものの何を言おうか迷って言葉は出なかった。自分を気遣っての事だと言うことは分かるのだが、仮にも女性の部下の家の合鍵を受け取るのは如何なものかと考え、同時にこの状況も端から見れば十分問題だと思い直す。再び視線を手元の鍵に戻し、頭の中には色々な思考が入れ替わり立ち替わりしていたのだが、ようやく「……悪いな、落ち着いたら返す。」と言葉を発し、今は受け取る事として。身体は疲れて居るのだが、相変わらず眠る事が怖かった。鎮静剤の効果で落ち着いている日もあったのだが、今夜はまた夢見が悪いかもしれないと思いながら眠りに着くのはどれほどの月日が経っても慣れないものだ。今夜は睡眠薬を飲んで眠ろうと、錠剤を取り出すとキッチンで水を汲み其れを飲み込んで。 )







 

  • No.5039 by ベル・ミラー  2025-07-03 00:25:06 





( その反応は至極自然なものだろう。少しの驚きを表情に此方を見たり手元の合鍵を見たりを繰り返す相手の姿を緩い笑みのまま見詰め、ややして漸く受け取る気を見せた様子に口元の笑みを色濃いものにすると「返さなくても良いよ。何時かエバンズさんが此処を出て行った後も、何時でも泊まれる様に。」何の躊躇いや淀み無く、これまた絶対に相手は困惑するだろう返事を返しつつ、その表情を見たいと言う若干の意地悪心を持ちながらも、敢えて何事も無かったかのように相手に背を向け部屋着に着替える為寝室に戻り。再びリビングに来た時、相手は丁度錠剤を飲み込む所だった。それが安定剤か睡眠薬かまでを一瞬の判断で出来る訳も無かったが、何方にせよ眠る事に少なからず恐怖心を抱いている事は間違い無いだろう。人が身体を休める為、当たり前に訪れるその時間が、相手にとっては恐怖や苦しみの時間となる事が酷く心を締め付けた。「…ラベンダーの香りは苦手?」唐突にそう問い掛け相手を見上げる。「新しくアロマを買ったの。強い香りじゃないし、もし苦手じゃなかったら寝室に置こうかなって。」ストレスを緩和してくれる香り、なんてそんな物で楽になるなら誰も薬など飲まないと思うのだが、“そう言うもの”を少しだけ取り入れるのも悪くは無いと思ったのだ。気休めでも、何だって。軽く相手の背に触れ、その手を緩やかに動かす事で言葉の無い“大丈夫”が少しでも届くと良いと )




  • No.5040 by アルバート・エバンズ  2025-07-03 02:33:13 

 






( さも自然な事かのように紡がれた言葉に、再び相手に視線を戻す事となる。一緒に住んでいる訳でも、家族でもない、謂わばただの上司である自分が相手の家の合鍵を持っていていつでも出入り出来る、なんていう状況はどう考えても可笑しい訳で返答に困った事でやや眉間に皺が寄り。結局言葉を発するよりも前に相手は寝室へと戻っていき、鍵に視線を落とすと大人しく其れを鞄へとしまい。リビングへと戻って来た相手からの突然の問い掛けには少し首を傾げたものの、ラベンダーの香りのアロマを、という言葉に納得して軽く頷く。「強い香りじゃなければ大丈夫だ。」と答えて。やがて仄かなラベンダーの香りが室内に漂うと、確かに気持ちを落ち着ける効果はありそうだと思いつつベッドに横になり。 )






 

  • No.5041 by ベル・ミラー  2025-07-03 07:32:11 





( 部屋の中に漂うラベンダーの柔らかな香りを感じながら相手の隣に横になる。先程飲んでいた錠剤が効果を確りと発揮し朝まで静かで安らかな眠りを相手に齎す様に、と願うのだがそれが幾度となく裏切られて来た事も知っていた。だからこそ相手の恐怖は消えないのだ。此方に向けられる背に先程と同じ様に掌を当て優しく擦りながら「__何かあったら私を起こしてね。」と告げて目を閉じる。それから暫くの間眠る事は無かったものの、やがて背を擦る手の動きがゆっくりとしたものに変わり、ややしてその動きが完全に止まった頃静かな寝息をたて眠りの淵へと落ちて行き )




  • No.5042 by アルバート・エバンズ  2025-07-04 01:49:06 

 





( 睡眠薬は深い眠りをもたらした。夢を見るよりももっと深い場所に沈んで眠っているような、遠くで何かの夢を見ているような、そんな感覚だけがあったが内容までははっきりと認識できない。いつもは睡眠薬を飲んでも悪夢を見て眠りから引き摺り出される事が多々あったが、今は落ち着いているようだった。---鎮静剤によって抑えられていた物が、その抑えを押し退けて浮かび上がろうとしているかのうように遠かった夢がやがて少しずつ鮮明になり、”何の夢か“に気付きそうになった事で目が覚める。少し呼吸が上擦り鼓動が速くなっていた。未だ外は暗く遠くの空が青みを帯び始めた夜明け前。相手が隣で小さく寝息を立てているのを見ると、音を立てないようにそっとベッドを抜け出してキッチンへと向かって。無理をしていたにも関わらず此の所体調が落ち着いていたのは、間違いなく鎮静剤のお陰だろう。副作用も少なく効果が緩やかだと言って処方された薬だが、あくまで一時的な対処法。この薬も長く連続服用する事は出来ず、楽だからと言って大量に処方して貰える物でもない。そして其の鎮静剤の効果が切れかけている事で、身体の不調や夢見の悪さが程なく戻って来る事も感じていた。其れが怖くて、少しでも長く安寧の中に居たくて、睡眠薬をもう一錠飲みベッドに戻る。やがて少しずつ微睡み始め、相手が目を覚ます朝になっても身体を丸め眠り込んでいて。 )






 

  • No.5043 by ベル・ミラー  2025-07-04 08:50:38 





( ___目が覚めたのは携帯のアラームが鳴る数分前。鳴り出す前にOFFのボタンを押し隣を見れば珍しい事に相手は静かな寝息をたて未だ眠っていた。普段は相手の方が先に目覚める事が多く、こうして寝顔を見るのは此処最近ではとても珍しい事。表情は苦しげでは無いものの、それはきっと薬が効いてるからだろう。その寝顔を暫し見詰めながら起こさない様に柔らかな焦げ茶の髪を緩く撫でる。起きている時には出来ない行為ではあるが、例え上司とて愛おしいと感じる時は思わず抱き締め撫でたくなるのだ。このまま悪夢の無い眠りの中に少しでも長く居て欲しいと、相手を起こす事は選ばずリビングに行き身支度を済ませて。___家を出る迄の残り時間は紅茶と共に過ごす事にした。ソファに座り少し濃いめに淹れた紅を飲みながら、音量を小さくした情報番組を見る。この地域への台風接近、数日後には直撃を知らせるニュースと、少しばかり強くなった風が窓ガラスを叩いたのは同時だった。数日は晴れの空を見る事は出来ないのかと小さく息を吐き出し、その後続く番組をぼんやりと眺めながら、それでも頭の片隅にあるのは相手の日々の過ごし方や体調の事で )




  • No.5044 by アルバート・エバンズ  2025-07-04 13:21:06 

 





( 睡眠薬が手伝った深い眠りから呼び覚ましたのは、窓の揺れる音だった。弾かれるように肩が揺れ眠りから引き摺り出されたものの、其れが何の音かは分からなかった。ベッドに身体を起こし、随分と長く眠っていたようだと思いつつ手近にあったカーディガンに袖を通して。鎮静剤の効果は既に切れているだろう、倦怠感が身体に重たく纏わりついているのだが睡眠を取れた事が体調を幾らか安定させていた。寝室を出て、ソファに座っている相手に「…おはよう、」と声を掛けつつキッチンで相手が沸かしたお湯を使い紅茶を淹れて。時折強まる風が窓を叩くのだが、やけにその音が大きく聞こえて頭に響く。頭痛を引き起こしそうな不快感があって窓の外へと視線を向けると「…随分風が強いな、」と言葉を落として。テレビから聞こえて来る声も妙に反響しているような気持ち悪さがある。ソファではなくテレビから少し離れたダイニングテーブルの椅子に腰を下ろすと、紅茶をひと口啜って。 )






 

  • No.5045 by ベル・ミラー  2025-07-04 13:51:54 





( 台風の直撃に備え今から準備を、と警告を促す気象予報士の言葉を聞きながらマグカップの底の紅を飲み干したその時。寝室の扉が開き目を覚ました相手の声が聞こえれば頭を其方に「おはようございます。」と微笑んで。普段ならば飲み物を淹れた後相手が座るのはソファ。けれど今日は何故か角度的にテレビも見辛いだろうダイニングテーブルの椅子で、その本来気にする事も無い些細な変化に一瞬不思議そうに目を瞬かせたのだが。此方が疑問を投げ掛ける前に再び強い風が窓を叩き、自然と視線は移動する。窓を見詰めたまま「…台風が近付いてるんだって。予報では明後日に直撃らしいよ。」と、溜め息混じりに答え。それからを相手に向き直ると「家を出るのが億劫になる、」軽く肩を竦めつつ、中身の無くなったマグカップをシンクで濯いで )




  • No.5046 by アルバート・エバンズ  2025-07-04 16:12:55 

 





( 窓を揺らす風の音に肩が跳ねそうになる。これ程の強風では外に出るのも危ないのではないかとさえ思い「…大丈夫か?出勤停止という事は無いと思うが、風に煽られないように気を付けろよ、」と、警報級の悪天候時の対応は適用されないかもしれないが今日は注意した方が良いと告げて。マグカップを洗う水の音は嫌な大きさで反響するような感覚があった。今日は色々な音がやけに耳障りに思えて眉を顰めつつ眉間を解して。相手が出勤するのを見届けたらもう少し休もうと思いつつ紅茶を飲み干して。 )






 

  • No.5047 by ベル・ミラー  2025-07-04 19:33:53 





ありがとう。落ち着いてるようだったら早めに帰って来るから。
( 心配と注意に素直に頷き鞄を肩に掛ける。普段より数十分早い出勤だが、この悪天候では何があるかわからない為時間に余裕を持った方が良いだろうとの判断で。___案の定仕事は落ち着きを見せていたが、それに反比例する様に天候は悪くなり続けていた。朝はまだ風だけだったがお昼を過ぎた頃から風の強さは勿論、大粒の雨も降り出す様になっていて、これ以上酷くなる前に帰れる者は帰る様にと促しに来た警視正の言葉で、己を含めたフロアの殆どの署員が帰宅をしたのが16時過ぎの事。道路は雨によって溜まった水が浅い川の様に続き、ワイパーを最大で動かさなければ視界不良で事故の危険性がある程だ。無意識に寄った眉間の皺をそのままに車を走らせ、無事駐車場に車を停めた時に安堵の息を吐き出す。それから足早に階段を駆け上がり玄関の扉を開け部屋に入るや否や、「…外すごいよ!明日には上陸するんじゃないかな、」と、開口一番、挨拶もそこそこに外の現状報告を。この時はまだ朝少し触れた相手の違和感の正体に気が付けていなかった )




  • No.5048 by アルバート・エバンズ  2025-07-04 20:20:00 

 





( 相手が出勤して部屋に1人になってからも“音の感じ方“への違和感は増すばかり。徐々に、耳を塞ぎたくなるような不快感と頭痛に襲われるとベッドに横になり。少し微睡んでも、雨風の強い外から聞こえる音に意識を引き戻された。昼過ぎに音をきっかけに発作を起こした事で、まるで抑え付けられていたものが外れたかのように些細なきっかけで過去がフラッシュバックする状況に再び陥っていた。夕方には一層外の状況は悪くなり、耐え難い騒音に苛まれる事となる。扉が開く音がして相手の声が聞こえたものの、その声もいつも以上に頭に響く大きな声に聞こえる。横になっていたものの、相手が自分の姿を探して寝室にやって来ると「______少し声量を落としてくれ、」と告げて。 )






 

  • No.5049 by ベル・ミラー  2025-07-04 20:52:55 





( 寝室の扉を開け最初に目にしたのはベッドに横になる相手の姿。追う様にしてやや掠れて聞こえる声で要望が来れば反射的に「あ、ごめんなさい。」と謝罪を口にするのだが。実際叫んだ訳でも無くあのくらいの声量であれば相手は幾らでも聞いた事があった筈。それが今の相手にとって引っ掛かるものになるのであれば___「…頭痛い?」体調が悪い…頭痛に苦しめられていると考えるのが一般的。開けた扉の前から動かずに先程よりも遥かに落とした声量で以てそう問い掛けてから「薬持って来ようか、」と。この会話の最中も強まる雨は容赦無く窓ガラスを叩き、隙間を縫うような風音は何処か不協和音の様な響きを晒して )



  • No.5050 by アルバート・エバンズ  2025-07-05 12:52:14 

 






( 鎮痛剤を飲めば少しは楽になるだろうか。相手の問いに頼むと小さく頷いたものの、強い風によって外で誰かの自転車でも倒れたのだろう。隙間風の音に加えて、ガシャンと大きな音が鳴ると突然意識は過去に引っ張られた。窓ガラスの割れる音、悲鳴、銃声______過去の記憶と反響する音とが繋がり、途端に呼吸は不安定なものに変わっていて。「……っ、はぁ…ッ、は、」上擦った呼吸が苦しいのだが、乱れた自分の呼吸音さえ酷く頭に響くように感じて思わず頭を抑える。反響するように聞こえる強弱のある風の音は人々の声のようにも聞こえて、野次馬が大勢集まる中幼稚園を出た時の此方を見る冷めた視線と囁き声、責任を問い詰める記者たちの声が思い出された。 )






 

  • No.5051 by ベル・ミラー  2025-07-05 13:32:36 





( 薬を所望されれば直ぐに頷き寝室を出ようとしたのだが。それよりも先に風の音に混じり窓の外で何かの倒れる音が鳴り、同時に横になっている相手の唇からは発作を示す不安定に乱れた呼吸が漏れた。「!、エバ__、」不味いと咄嗟に相手の名前を呼ぼうとしたのだが、頭を押える仕種に数秒前の遣り取りを思い出し言葉は止まる。相手が今“音”に反応しているのは間違い無く、それが頭痛や発作に繋がってしまったのもほぼ確定だろう。しかしながら外の天気が一瞬にして回復する筈も無く、完全防音では無いこの部屋の中で、周囲の音を完璧に遮断する事は不可能なのだ。加えて発作中は薬を飲む事も出来ないだろう。先ずはどうにか落ち着かせなければならないと静かに近付き、驚かせない様にベッドの端に座り。それから足元にある掛け布団を持ち上げ徐に相手の頭から爪先までを覆う様に掛ける。こんな事で音の遮断が出来るとは思わないが、何かが変われば良いとの思いだった。「…大丈夫、大丈夫、」と、殆ど囁き声に近い声量でゆっくりと繰り返しながら、掛け布団の上から相手の背中を擦り続けて )




  • No.5052 by アルバート・エバンズ  2025-07-08 14:43:43 

 





( 布団が掛けられた事で、ほんの僅か反響する音が遠かったような気がした。それでも頭痛と記憶のフラッシュバックはそう簡単には消えて行かない。浅い呼吸を繰り返しながら背中を丸めるようにして布団の中に縮こまり、落ち着くまでに数十分は要しただろうか。ここ暫く落ち着いていた発作が今日だけで数回起きている為、身体は酷く疲弊していた。未だに嫌な響き方をしているものの幾らか呼吸が整うと「…鎮痛剤を貰えるか、」と頼んで。相手が戻って来ると薬を受け取り、水で流し込む。未だ窓を揺らす風の音は頭に響いていて、その度に不安定に心が揺らぐのを感じた。「_____音が、異様な程に反響して聞こえる、」と、今感じている症状をぽつりと溢して。 )






 

  • No.5053 by ベル・ミラー  2025-07-08 20:43:44 





( ___その姿は今布団に隠れ見えない。けれどどんな体勢をしているかは容易に想像が付く。痛みや発作を抑え込む為__もしかしたら外部から晒される様々な“負”に耐える為、これまでも幾度と無く見て来た背を丸め身体を縮こませる体勢で居る事だろう。そうしてその姿は酷く心を揺さぶるのだ。それはきっと周囲からの非難や罵倒を真正面から受け続け、自分は責められて当然の人間だと何も言わず痛みに蓋をし心に氷を張り続けた相手が、苦しみの中無意識の内に心を懸命に守ろうとしている姿の様な、そんな気がするからだろう。___鎮痛剤を飲み、それでも翳った表情の相手が徐に漏らした症状に思わず僅か眉が寄り険しくなる。「…それって、鎮静剤を飲まなくなった副作用?」相手に問うた所で完璧にそうだとわかる訳では無いかもしれないが、今思い当たるのはそこで )




  • No.5054 by アルバート・エバンズ  2025-07-17 03:31:05 

 





( 相手の問いには分からないと首を振る。「…薬を飲むようになる前も、こんな症状は無かった。…音が響いて辛い、」鎮静剤を飲み始めてから確かに発作の症状は落ち着き、感覚が鈍くなるのを感じた。けれど薬を飲まなくなったからと言って逆に感覚が鋭くなり過ぎる、なんて事があり得るのだろうか。薬を飲んでいなかった以前も、此処まで過敏に音に反応する事は無かった。何はともあれ、台風が近付いているというこの状況では外の騒音はそう簡単に静かにはならないし、明日になればいつものように出勤しなければならない。慣れるしかないのだろうと思いつつも、大きな音が外で鳴る度に言い様のない恐怖心が掻き立てられ、心が不安定に揺らぐのは辛いものだった。 )






 

  • No.5055 by ベル・ミラー  2025-07-17 22:32:27 





( 鎮静剤を飲まない副作用として現れた症状である可能性も高いが、そもそも無理をした結果、糸が切れた事による反動の可能性も十分考えられた。普段滅多に弱音を吐かない相手が素直に口にする感情にはどうしたって心が揺さぶられる。「…理由については、今は深く考えないようにしよう。」音が騒音となって聞こえる中で、症状の解明にこれ以上思考までもを負に落とすのは苦しみを倍増させるだけだと思えば、そう静かに告げてから、ふ、と思い付いた事が1つ。「__駄目だったら別々に寝れば良いから、試してみない?」一度己の胸に軽く手を当てる仕草の後の提案は、相手が聞こえる音の多くを心音で占める事。何時かの日、ゆっくりと刻む心音で相手が落ち着きを取り戻した記憶があるからなのだが、その時は今の様に音に敏感だった訳では無かった。今はそれすらも不快に響く可能性があるものの、何もせず外を吹き荒れる雨風の音に耐え続ける夜を過ごすのを見るのは辛い。軽く両手を広げ、所謂“ハグ”の動作と共に緩く首を擡げてみせて )




  • No.5056 by アルバート・エバンズ  2025-07-18 01:45:10 

 





( 嵐の音は心を不安定に騒めかせても、相手の鼓動の音なら嫌な響き方はしないかもしれないと思えた。相手の提案を拒否する事はせず、促されるままに相手の直ぐ近くまで身体を寄せる。鼓動の音は確かに普段よりも大きく聞こえる気がしたものの、頭に響くような騒音ではない。相手がベッドの窓側に居ることで、外からの音も1人で横になっていた時よりも聞こえにくくなっている気がした。騒音と頭痛、いつまた発作が起きるか分からない恐怖心から強張っていた身体から漸く少し力が抜けると「……此処に居てくれ、…」と目を閉じたまま言葉を紡ぐ。漸く訪れた束の間の安寧。相手は未だ夕食を取っていない筈だ、それに気付く事も出来ず鎮痛剤が効き始めた事も手伝って再び微睡み始めていて。 )







 

  • No.5057 by ベル・ミラー  2025-07-18 18:10:48 





( 然程考える間も空けず身を寄せて来た相手を緩く腕の中に閉じ込める様にして抱き竦める。相手を苦しめるものは何も無いと、この腕の中に居れば安全だと、実際はそんな事は勿論無いのだが今この一瞬だけで良い、僅かでもそんな錯覚を覚えてくれたらどれ程嬉しいか。胸元付近で落とされた小さな小さな願いに微笑み相手の肩付近を擦ると「…大丈夫、何処にも行かない。」と、安心出来る様に静かに答えつつ、恐怖無く相手が眠りに落ちるまでその手を動かし続け。お腹が小さく鳴ったのは数分後の事。その音で夕飯を食べていなかった事に気が付いたのだが、この腕を解き寝室を出る気にはなれなかった。何もかもが明日の朝で良いと思ったのだ。それよりも何よりも、相手が目を覚ましていないかの方が肝心だ。息を潜め、僅か視線を下げるも暗がりと位置的に表情は見えない。相手が眠り続けているのならば、安堵の息を小さく吐き己もまた眠りにつき )




  • No.5058 by ベル・ミラー  2025-07-18 18:10:48 





( 然程考える間も空けず身を寄せて来た相手を緩く腕の中に閉じ込める様にして抱き竦める。相手を苦しめるものは何も無いと、この腕の中に居れば安全だと、実際はそんな事は勿論無いのだが今この一瞬だけで良い、僅かでもそんな錯覚を覚えてくれたらどれ程嬉しいか。胸元付近で落とされた小さな小さな願いに微笑み相手の肩付近を擦ると「…大丈夫、何処にも行かない。」と、安心出来る様に静かに答えつつ、恐怖無く相手が眠りに落ちるまでその手を動かし続け。お腹が小さく鳴ったのは数分後の事。その音で夕飯を食べていなかった事に気が付いたのだが、この腕を解き寝室を出る気にはなれなかった。何もかもが明日の朝で良いと思ったのだ。それよりも何よりも、相手が目を覚ましていないかの方が肝心だ。息を潜め、僅か視線を下げるも暗がりと位置的に表情は見えない。相手が眠り続けているのならば、安堵の息を小さく吐き己もまた眠りにつき )




  • No.5059 by アルバート・エバンズ  2025-07-19 12:15:19 

 





( 夜中数回目を覚ましたものの、酷い発作を幾度と起こす事にならなかったのは一重に相手のお陰と言えるだろう。朝いつもより少しだけ早い時間に目を覚まし、身動ぎをすると窓がガタガタと風で音を立てている事に気付く。相変わらずその音は頭に響き耳を塞ぎたくなるような騒音なのだが、相手が側に居た事で眠っている間はそれに邪魔される事なく、比較的穏やかな睡眠を取ることが出来ていた。身体を起こしリビングへと向かうと、鎮痛剤を流し込む。これで頭痛を抑える事が出来れば良いのだが、音に敏感なこの症状は鎮痛剤ではどうしようもない。今日の仕事に支障が出なければ良いと思いつつ、コーヒーを淹れて。 )







 

  • No.5060 by ベル・ミラー  2025-07-19 19:27:20 





( ___目が覚めたのは相手が起きてから数十分後。枕元の携帯を開けば台風のスピードが想定より速く、今日の夕方頃には直撃となるであろう速報が入っていて、軽く寝返りをうち窓の外に視線を向ける事数秒。静かにベッドから降り寝室を出ればリビングに広がるコーヒーの香りと、相手の姿。「おはようございます。」と送った挨拶は普段よりもずっと声量の落ちたもので。洗面台で顔を洗い歯を磨き、朝の準備を終えた後は再び寝室へと戻る。そうしてリビングに戻って来たその手には冬に使う紺色のイヤーマフラーが握られていて、徐に相手の傍に寄るや否や、躊躇無くそれを相手の両耳を隠す様に頭に付け。「__少し変わる?流石に仕事中つける訳にはいかないけど、家に居る時は私しか居ないんだから。ね?」急遽の応急処置にしかならないかもしれないが、一先ず職場に行くまでのこの朝の時間が少しでも相手の気持ちを楽にするものであればと )




  • No.5061 by アルバート・エバンズ  2025-07-24 03:06:22 

 





( 起きて来た相手と挨拶を交わし、相手がリビングを離れている間に相手のマグカップにもコーヒーを淹れておく。2つのマグカップを手にソファに向かい腰を下ろすと、片方をテーブルに置き自分のコーヒーを啜って。不意に耳に何かが当たる感覚と共に響いていた音が遮断される。驚いて顔を上げれば、相手の言葉から冬に使うイヤーマフラーが着けられている事に気づき。冬でもイヤーマフラーを着ける事が無いため初め違和感があったものの、頭に響く嫌な音は確実に小さく感じられ聞こえ方は楽だった。「…助かる、音が遮断されて幾らか楽だ、」と答えて。---いつもの時間に出勤したものの、多くの署員が行き交うフロア内は想像以上にきつかった。タイピングや電話のコール音、紙を捲る音などほんの些細な物音が嫌に反響して頭痛を引き起こす。執務室に居れば幾らかマシではあるものの、音に異常に敏感な今の状態はかなり精神を擦り減らすものだった。 )





 

  • No.5062 by ベル・ミラー  2025-07-25 16:20:35 





( ___フロア内は直撃した台風の話題と仕事の話題が大半を占めていた。こんな日に強盗なんて空気を読めだとか、何故大人しく家に居てくれないんだとか。兎に角相手が非常勤勤務になった事は知って居たがその理由、今の症状までもを知る署員は居らず、唯一感じてる事と言えば“警部補の機嫌が余り良くない”と言う事だけ。そしてそれは最悪のタイミングで訪れた。数日前に担当した事件の報告書を相手に提出し、執務室を出る為扉を開けた丁度その時。給湯室から出て来た署員と、別の事に気を取られ視野が狭くなっていた署員が衝突し、持っていたマグカップが硬いフロアの床に落ちた。当然マグカップは音を立て割れ、中の紅茶は広がる。後を追う様にして『すみません!』と言う2人の謝罪と、少しの騒めき。___驚きこそすれど稀にある事。けれど“今の相手”はどうか。反射的に執務室の扉を閉め背後の相手を振り返り )




  • No.5063 by アルバート・エバンズ  2025-07-29 00:43:25 

 





( 扉が開く度に署員たちが働くフロアの騒めきが響き、書類の提出や捜査の報告などに訪れる署員の声は皆一様に大きく頭痛を引き起こす。騒音の中に身を置き、午後にはかなりの疲労を感じるようになっていた。相手と言葉を交わし、受け取った報告書をトレイに入れた時。不意に耳をつんざくような音が響き、一瞬にして過去の記憶が押し寄せる。いつか防犯カメラの映像を確認している時に聞こえた銃声にフラッシュバックを起こした事もあったが、大きな衝撃音は十数年前の記憶に直結してしまうのだ。銃声と悲鳴、赤黒い血、______その光景が一瞬で甦り、呼吸が上擦る。身体を支える為にデスクを掴んだ手には指先が白くなるほど力が籠るのだが、浅い呼吸は意味を成さないものに変わり鳩尾に鋭い痛みを感じて。「……っは、ぁ゛……ッ、あ」自分の荒い呼吸さえ反響するような感覚。此処は署内で、扉をたった1枚隔てた先には大勢の署員が居るというのに意識は過去へと落ち掛けていて苦しげな呼吸ばかりが響き。 )






 

  • No.5064 by ベル・ミラー  2025-07-29 11:07:19 





( 扉を閉めた事でフロア内の騒ぎは僅か音を潜めたが“衝撃音”として認識された音は相手の意識をあっという間に今から離した様だった。浅く狂った呼吸と共に苦しげに上下する背中は痛みも引き連れて来ているのだろう。「っ、」他の署員が何らかの用事でこの部屋を訪れた時に不審に思う可能性もあったが、言い訳は後で幾らでも考えると先ずは扉を施錠し、続いてフロア内と繋がる窓のブラインドを降ろして外から中の様子が見えない様にする。そうやって相手の斜め後ろに立ち、腰を折る体勢で背中に掌を添えると「大丈夫です、ゆっくり呼吸して。」頭に響かないよう小声で声を掛けながらその掌を何度も動かし。そんな時間を凡そ数分、未だ整わない呼吸を繰り返す相手の背中から一度手を離し、両手で相手の両耳を塞ぐ形で顔を持ち上げ視線を強引に合わせると、「此処はエバンズさんの良く知る署内で、さっきの音はマグカップが割れた音。怖い事は何も起きてない。…ね?」口の開閉を敢えて大きく、一言一言をゆっくりと、大丈夫なのだと擦り込む様に努めて穏やかに伝えて )




  • No.5065 by アルバート・エバンズ  2025-07-31 16:28:33 

 





( フラッシュバックの合間に相手の声が聞こえた。過去と現在が綯交ぜになったような状態でどちらにも引っ張られ、視界が揺らぐ。引き攣れた呼吸は一向に落ち着かず、徐々に姿勢を保っている事が難しくなり身体を支える為にデスクに着いた手に力がこもり。不意に顔を持ち上げられ相手と視線が重なるのだが、此方に呼び掛ける相手の声が、乱れた自分の呼吸音に阻害されて聞こえ辛い。先程銃声と認識しトリガーとなったあの音は、マグカップの割れた音。相手の声と唇の動きを自分に刷り込むように過去から意識を引き剥がし、懸命に呼吸を立て直そうとして相手の瞳に意識を向けて。 )






 

  • No.5066 by ベル・ミラー  2025-07-31 19:32:10 





( 荒く狂った呼吸の中、それでも碧眼が確かに己を真っ直ぐに見詰めていれば、嗚呼、意識の全てが過去に堕ちてしまっている訳では無いのだと。懸命に浮かび上がろうとしているのだと知る。「__そう…ゆっくり、上手です。」重なる相手の瞳に映る己の表情が焦燥を纏ったものでは無い様に、安心出来る様にと微笑みながら親指の腹で相手の頬を緩く撫で続け。___時間にしてどれ程か。最初より幾らか落ち着きを取り戻した事を継続的な呼吸音で知ると、そこで漸く両の手を離し。「署内もこの天候で落ち着いてるし、少し早めに帰って休もう。…何か、食べ易そうな物作るから。」台風の影響で事件も無くこれ以上確認しなければいけない報告書があがって来る事も無いだろうと帰宅を促し、朝から飲み物こそ飲む姿は見れど殆ど食事をとってる姿を見ていなければ食欲が無いのだと理解しつつの提案を付け加え。この時はまだ知らなかった。“糸が切れた”相手を襲う不調が、音の聞こえ方の変化だけでは無い事に )




  • No.5067 by アルバート・エバンズ  2025-08-07 00:55:41 

 





( 時間を掛けて幾らか落ち着きはしたものの、背中は汗に濡れ顔色も良くはない。もう少し時間が経たない事には、顔を合わせた署員にも不調に気付かれてしまうだろう。少し早めに帰ろうと言う相手の言葉にも、自分でもそうすべきだという思いがあった為か拒否する事もなく「……あぁ、そうする。」と軽く頷いて。---次の勤務日まで持ち越す事の出来ない急ぎの書類を片付け夕方頃には退勤すると、家に戻り早々にベッドに横になった。身体から怠さが抜けず、ひと言で言えば体調が悪い。決められた薬は飲んでいる為これ以上出来る事もないのだが、1日のデスクワークさえまともに出来ない程調子が良くないとは自分でも想定していなかった。少し微睡んでは外の物音で意識を引き戻され、という事を繰り返していて。 )







 

  • No.5068 by ベル・ミラー  2025-08-07 22:18:20 





( ___帰宅した後、結局相手は何かを胃に入れる事も無く眠りについた。周囲の音を過敏に拾ってしまう症状も勿論だが“糸が切れた”その不調自体がどの程度続くのか、医師に診て貰った方が良いのか、何もかもがわからずじまいだ。そして相変わらず勢いを緩めない雨風の音に僅かな睡眠をも邪魔される相手が目を覚ました夜中、軽く背中に掌を当て「少し起きる?」と問い掛けたのが数十分前。間接照明だけを点けたリビング、ソファに腰掛ける相手に手渡したのは何時もより少しだけ蜂蜜を多めに入れた甘いホットミルクで。このまろやかな白が相手の苦しみの全てを取り除くとも、静かな空間に導いてくれるとも思わないが、ほんの僅かでも気持ちが落ち着いて欲しいと願っての物。相手の隣に深く腰掛け同じ白の注いだマグカップの端に静かに唇を付けて )




  • No.5069 by アルバート・エバンズ  2025-08-08 03:24:15 

 





( 雨風が窓を揺らす音が絶えず大きく響く事で、漠然とした不安のようなものが胸の内に広がっているのを感じていた。目を覚ましベッドに身体を起こすと、少しして相手に促されるままに一度リビングへと。手渡されたマグカップからは柔らかく甘い香りが漂い、包んだ掌に伝わる温もりと共に気分を落ち着けてくれるのだが。少し冷ますように息を吹きかけてからゆっくりと飲んだホットミルク______それが胃に落ちるよりも前に感じたのは“苦味”だった。思わず反射的にマグカップを口から離す。見た目と、香りと、味と、全てが乖離している状況が飲み込めず隣の相手を見遣ると、何かあったのかとばかりに不思議そうな表情を浮かべて此方を見る相手と目が合った。相手も確かに同じホットミルクを、今此処で口にしていた。普段であればまろやかな甘みと共に落ち着きと眠気を運んでくるはずのホットミルクは、どういう訳か“鋭い苦味を持った温かい液体”に成り下がっていた。「……作り方を変えたのか、?」と、仮にそうだったとしても此の味になる筈がないと思いながらも相手に聞かずにはいられなかった。 )





 

  • No.5070 by ベル・ミラー  2025-08-08 08:49:42 





( まろやかな白が胃に落ち、鼻に抜ける様な甘く優しい香りに包まれながら思わず深く息を吐き出すも相手は正反対の反応を見せた。更には“作り方を変えたのか”との予想外の問い掛け。思わず自身の持つマグカップに視線を落とすのだが何か特別な作り方をしたつもりは無い。再び視線を持ち上げ隣の相手を見「…変えてないよ?」と不思議そうな声色で答えるのだが此処で唯一思い当たる事があった。「__もしかして甘過ぎた?何時もより少し多めに蜂蜜入れちゃったんだ。ミルク足そうか、」普段はスプーン一杯の蜂蜜を溶かすのだが今日は優しい甘さの余韻に少しでも長く浸って欲しいと一杯半ほどに増やしたのだ。もちろん相手が感じているのが“苦味”だとは思わない為、やり過ぎてしまったかと苦笑いを浮かべつつ、淹れ直すと片手を伸ばしマグカップを受け取る意思を見せて )




  • No.5071 by アルバート・エバンズ  2025-08-08 19:20:46 

 





( 作り方を変える事はしていない、寧ろ普段よりも多めに蜂蜜を入れたのだと言われれば再び手にしたマグカップに視線を落とす。いくら蜂蜜を多くしたからといって、甘みどころかこんなにも苦味を感じる筈がない_____とすれば、可笑しいのは味ではなく自分の味覚なのかもしれないと。「いや、……」と曖昧な返答で入れ直す必要はないと暗に告げるのだが、この味では飲み進める事は困難だった。正直に味への違和感を告げるべきか、黙っておくべきか悩みもう一度ホットミルクを少し啜ったものの結果は同じだった。ややして「……すごく、苦く感じる、」と正直な感想を言葉にしたものの、相手の淹れ方が悪いと言いたい訳ではないのだと言い訳をするように「薬が、口の中に少し残っていたのかもしれない。」と続けて。 )






 

  • No.5072 by ベル・ミラー  2025-08-08 20:32:47 





( 相手は歯切れの悪い何とも曖昧な返事でマグカップを此方に渡す事をしなかった。もう一口中身を啜るその様子を見詰めたが矢張り相手はそれ以上飲み進める事はせず、また何とも言えない微妙な空気と共に間が空く。「__無理に飲まなくても、」と、甘過ぎるのに我慢してまで飲む必要は無くただ淹れ直せば良いだけの話だと伝える言葉は最後まで続かなかった。それはマグカップを渡されたからでも“甘い”と言われたからでも無い。「…え、苦いの?」告げられたのが余りに予想外の言葉で思わず聞き返してしまった訳だが、こんな嘘を相手がつく筈も無いし、かと言って“薬が残ってた”と言う言葉が此方を気遣う言い訳だと言う事を察する事が出来ない訳でも無い。「一口飲ませて。」相手のマグカップを受け取り控え目に中身を啜る。胃に落ちた白から苦味を感じる事は無く、自分のには蜂蜜を一杯、相手のには一杯半入れた訳だから寧ろ今まで飲んでいたやつより僅かに甘く感じる程。「……薬、残ってたのかな。」直接的に苦くない、とは言わなかったが言葉を借りたその返答は暗にそういう事。けれども相手の感じた違和感を疑う気はこれっぽっちも無く緩く微笑むと「今夜は水にしようか。」と、これ以上は飲めないだろうと判断し中身の入ったマグカップをシンクに下げてから、別のグラスに冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを注ぎ今度はそれを手渡して )




  • No.5073 by アルバート・エバンズ  2025-08-09 02:28:55 

 





( 相手の反応から察するに、やはり此のホットミルクの味が可笑しい訳ではないのだろう。ミネラルウォーターを手渡されるとまた苦味を感じたらと僅かに警戒した様子ながら少し口に含むと、苦味を感じる事はなく安堵する。何が原因か明確な事はわからないが、物を口に入れる事、味のあるものを食べたり飲んだりする行為自体に少しばかり気が引けてしまい「…今日は夕食はいい、」と告げて。何も胃に入れる事なく眠っていた為もう一度眠る前に少しでも何か食べようかと思ったものの、その気は失せてしまっていた。明日の朝目を覚ましてから少し食べれば良いだろうと考えて。---けれど、音によるストレスと異常な味覚の変化による食欲の減退は、少しずつ、けれど確実に身体を蝕むものだった。神経が過敏になっている上に栄養が不足している状態は、非常勤で確保した休息を上回る勢いで心身を追い詰めた。薬を飲んでいなくても苦味を感じる状態は続き、食は一層細くなって数日で体重が少し落ちるに至り。『…ねぇ、ベル。警部補少し痩せた感じしない?最近顔色良くないよね、』と、署内でフロアに出て来ていたエバンズの姿を見たサラが、相手に声を掛けて。 )






 

  • No.5074 by ベル・ミラー  2025-08-09 12:28:23 





( ___ミネラルウォーターを口にした相手から再び違和感を訴えられる事は無かった。“味のあるもの”が苦味を引き連れて来るのかと可能性を考えている中で相手は結局夜に何も口にする事無く眠り、それは翌日の朝も、夜も、また次の日の朝も……数日続いた。___元々細身の相手、ストレスに加えて食欲減退でみるみるうちに痩せ顔色も悪くなった事はフロア内の署員数名も気が付いていた様で、そこには比較的観察眼の鋭いアンバーも勿論含まれていて。「…最近まともに食事をしてるの見てないんだよね。」エバンズを一瞥し、直ぐにアンバーに向き直ると軽く頷きつつ声を潜める。話す事を僅か躊躇うが、このままの状態が後数日、数週間と続けば倒れてしまう事は目に見えているものだから、エバンズが執務室に戻ったタイミングで「__此処だけの話にして欲しいんだけど、味覚に違和感を感じてるみたいなんだ。…甘さも苦味として感じるって、」周囲には聞こえない様アンバーだけにそう告げたのは、彼女の誠実さや口の堅さを知っているから。「…ストレスが大きく影響してるんだとは思うんだけど…、」と、視線を落として )




  • No.5075 by アルバート・エバンズ  2025-08-09 22:12:13 

 



サラ・アンバー


( エバンズが執務室に戻った後、声を潜めて告げられた言葉に思わず数度瞬きをする。そして勿論他言はしないと頷いてから執務室の方を一瞥し『…味覚が可笑しい時は亜鉛のサプリなんかが良いってよく聞くけど、ストレスから来る物だとあんまり効果が出ないかな、』と呟いて。エバンズと言えば元々痩せ型で、署内で食事を摂っている所を目にする事も少ない。普段以上に食べる量が減っているとなれば少し痩せたように思えるのも当然だろう。『食べられないのは心配だよね。元々味が薄いものとかだったらどうかな。パンとか豆腐、温野菜とか。』と、食べられそうなものを提案して。『最近非常勤になったし、あまり体調が良くないんじゃないかって心配してたの。いつかベルに頼まれて、仮眠室に水を届けに行った事があったけど…警部補が貧血持ちだった覚えがあって。ベルもあんまり悩みすぎないでね、警部補が元気ない時はベルも元気ない事が多いから。』彼の事も、相手の事も心配しているのだと、あまり重くなりすぎないような言葉選びで伝えて。 )






 

  • No.5076 by ベル・ミラー  2025-08-10 12:52:37 





サプリ…___それかもしれない。ほら、例え亜鉛が効かなくても、それなら多少の栄養は補えるだろうし苦味を感じ辛いかも。
( その言葉に今度は此方が瞬く。“食事”と言う事ばかりを考え視野が狭くなっていたが、味のしない錠剤を飲み込むだけであれば何も食べないよりはまだマシなのでは、と。けれど本来サプリメントは補う役割しか果たさない事も知っていた。食べ物を咀嚼する、と言う行為が人間にとってどれ程大切な事かも。だからこそ続けられた提案を聞く表情は真剣そのもので「…確かに元々の味が薄ければ、仮に苦味を感じたとしても僅かかもしれないよね。…今は、どの可能性も試したい。」相槌を数度、それは続けられた彼女の優しい思い遣りにも返したもの。エバンズに水を持っていった事を覚えていて、少なからず彼の身を案じていて、更には彼が元気の無い時の此方の状態までもを確りと見ている__こう言った思い遣りを向けられた時、むず痒い気持ちと共に心には明るさが蘇る。尽く、自分は沢山の人達に助けられているのだと実感する。「…ありがとう、サラ。」やや眉の下がった緩い微笑みと共にお礼を述べた後「……痛みからも、苦しみからも、ずっとずっと遠い所に居て欲しい、」と、思わず溢れた言葉は決して言おうと思ったものでは無かった。けれど、何時だって感じている事。遅れて返事に困らせてしまうだろうかと過ぎれば「難しい事だけどね。」と微笑み直して )




  • No.5077 by アルバート・エバンズ  2025-08-11 11:21:39 

 




( きっと相手はエバンズの事を誰よりも大切に思っていて、誰よりも幸せになって欲しいと願っている。普段から其れは感じていたけれど、少し困ったような微笑みを見て、その言葉を聞いて矢張りそうなのだと知る。彼が抱えている物が何か、極断片的にしか知らないものの相手はその傷に寄り添い続けている。『…好きな人の幸せを願うのは当然の事だよ、』と微笑んで。---味覚の異常により食が細くなってからは、当然ながら貧血のような症状が起きる事も増えていた。何か食べなければという思いはあるものの、味が分からないもの、苦味を感じるものを“食べる”という行為が苦痛で食が進まない日が続いていた。執務室で鎮痛剤を飲もうとした時、普段は何の滞りもなく薬を摂取出来るのだがこの日は何故か______喉に引っ掛かるような違和感を覚え、思わずえずきそうになる。水を飲み込み、口の中には錠剤が残ったまま。もう一度水を口に含んだものの、錠剤を飲み込もうとすると結果は同じだった。薬が飲めない事などこれまで一度も無かったと一抹の不安を抱えつつ、口の中で溶かした其れをなんとか飲み込む。しかし酷い苦味が残り、急に気分の悪さを感じて部屋を出るとトイレへと向かって。個室に入り、咳き込むようにして戻してしまうと、ハンカチで口元を抑える。食事も満足に取れない状態で薬や水さえ吐いてしまっては、其れこそ飢餓状態に陥っても可笑しくない。徐々に足元が崩れていくような不安を覚えつつも、軽く水で口を濯いでから執務室へと戻り。 )






 

  • No.5078 by ベル・ミラー  2025-08-11 12:13:28 





( “好きな人”と言うアンバーの言葉に返したのは微笑み。寄せる想いはこんなにも心を揺るがす。___エバンズが錠剤を飲み込む事が出来なくなっている事を知らない中、アンバーと別れ先に向かったのは自身のデスク。鞄の中から新品のミネラルウォーターと、普段定期的に飲んでいるビタミンのサプリの袋を取り出し次に向かったのは警部補専用執務室で、扉をノックし中から入室の許可が出れば部屋へと入り。青白い顔が目下の隈をより濃く見せていて、普段から細身の身体は一層線が細くなっている。一目見ただけでも調子の悪さがわかる様子に自然と眉は下がり、ペットボトルを相手のデスクに置いてからサプリの袋を差し出すと「…今はこれしか無いけど、何も口にしないよりは良い筈だから。…試しに飲んでみて?」これがもし苦味を感じないならば、多少の栄養を補う役割は出来る筈だと )




  • No.5079 by アルバート・エバンズ  2025-08-11 12:27:38 

 




( 執務室に入ってきた相手が手にしていたのは、捜査の書類ではなくミネラルウォーターとサプリメントの袋。仕事の用件ではなく、自分の体調を案じて此処を訪れたのであろう事は容易に想像が付いた。けれどタイミング悪く、今は相手を安心させる事は出来ないだろう。錠剤を飲み込む事で吐き気が催される恐怖は、薬やサプリメントさえ遠ざけた。「…助かる。後で飲んでおく、」到底飲む気にはならなかったものの相手を不安にさせないよう、今この場ではなく後で飲むつもりがあるのだと言葉にすると有り難く受け取る姿勢を見せて。 )






 

  • No.5080 by ベル・ミラー  2025-08-11 12:40:15 





( 拒否されなかった事で微笑み軽く頷くのだが。__何故だろうか、特別な理由がある訳では無いし相手の言動に違和感を感じた訳でも無いのに、無性に心が変な騒つきを感じて動きが止まった。何かを言う事も、部屋を出て行く事もせず相手を見詰めたままの時間が数十秒。「……もしかして、もう試して駄目だった?」漸く口を開いた問い掛けは、“錠剤自体が飲み込めない”と言う事からは少しズレたもの。既に何らかのサプリを試し、結果それも“苦味”に繋がり結局飲めなかったのでは、と言う推測で )




  • No.5081 by アルバート・エバンズ  2025-08-11 15:08:28 

 




_____少し、苦味は感じた。
( 相手は自分の言葉に納得して出ていく事はしなかった。相手は勘が良い、何らかの違和感を感じての言葉だったのかもしれない。どう答えるべきか少し悩んだ後、“苦味”の所為であまり積極的に飲みたい物ではないのだと言い訳をする。錠剤自体が上手く飲めないとは、心配しているであろう相手に言う事は出来なかった。「…でも飲めない程じゃない、少し落ち着いたらもう一度試してみる。」と告げて。 )





 

  • No.5082 by ベル・ミラー  2025-08-11 17:35:41 





( 今回は“飲めない程じゃない”と言う言葉を信じた。それは素直に苦味を感じた事を伝えて来たからか、はたまた前向きな言葉で締め括られたからか。何にせよ「わかった。駄目だったらまた考えよう。」と此方もまた前向きな返事を返し今度こそ執務室を出て行き。___夜になる頃には直撃していた台風は過ぎ去っていた。雨は相変わらず降っているものの豪雨と言える程では無く、風も比較的緩やかになった。とは言え相手を悩ませる騒音の一部が落ち着いただけであって周囲に音は山ほど溢れている事には変わりない。___ある程度の仕事を終わらせ共に家に帰る。今日の夕飯は昼間アンバーに提案された温野菜。ドレッシング諸々をつける事はせず、それだけを夕飯として出すのは普段ならば絶対に有り得ないが、今は食べられる物を見付ける事が最優先で。「もし苦くて食べられなかったら、悪いなんて思わないで残してね。」相手が此方に気を遣う必要が無いように先にそう声を掛け向かいの椅子に腰掛けると、一先ず自分の分も作った鮮やかな色の人参を口に運びつつ、視線を向けて )




  • No.5083 by アルバート・エバンズ  2025-08-11 19:13:37 

 




( 夕食に出された温野菜の中から、小さなブロッコリーのかけらを口に入れる。実際美味しいと思えるような味ではなかったのだが、他の物に比べると苦味は弱く少しなら食べられるかもしれないと、小さく切った野菜を少しずつ口にして。野菜を飲み込む時にも、昼間錠剤を飲み込む時に感じた引っ掛かるような感覚や吐き気は無く、僅かながら安堵していた。ドレッシングなどが掛かっていなかった事も、苦味を感じにくかった要因だろう。「……少しなら、食べられそうだ。」目の前に座る相手にそう伝えて。 )






 

  • No.5084 by ベル・ミラー  2025-08-11 20:11:04 





( 比較的味が薄く余計な味付けをしていなければ多少なら食べられる事がわかり、その量の少なさで体重を増やす事は出来ないだろうが少なくとも何かは胃に落とせる事に安堵する。「良かった。もしかしたら白米も食べられるかもしれないね。…勿論、ドロドロじゃないやつ。」ホッと息を吐き出し今瞬間的に思い付いたのは日本人の主食。お米単体ならば味も然程しない為に可能性はあるかもしれないと提案しつつ、何時かの日、入院している相手にお見舞いとして持って行ったはいいが“食べない”と一蹴された所謂“お粥”の話も少しの冗談交じりに付け足し。グラスにミネラルウォーターを注ぎ相手の前に置いたタイミングで「…安定剤飲んでおく?」と、問い掛けたのは今回ばかりは凶だろう。比較的落ち着けている今の内に飲み少しでも夜の睡眠を安定させられたら…との提案だったが、そもそも錠剤を飲み込めない事を知らないからのそれで )




  • No.5085 by アルバート・エバンズ  2025-08-11 21:51:02 

 





( 相手から出た“白米”のワードには微妙な表情を浮かべる。ドロっとしたお粥でなければ未だ良いが、然程馴染みもない為好き好んで食べるかと言われればそうではない。「…それならパンで十分だ、」と告げておき。グラスに水が注がれ、薬の話が出ると昼間の事を思い出す。喉に引っ掛かったような感覚と気分の悪さが、あの瞬間だけでなく薬を飲もうとする度に起きるかもしれないと思うと、未だ飲む気にはならなかった。固形の食べ物も少量であれば食べることが出来るのに、何故錠剤が上手く飲めないのかは分からない。「……いや、今は良い。後で飲んでおく。」と答えて。 )





 

  • No.5086 by ベル・ミラー  2025-08-11 22:11:24 





( どうやら“お粥”が嫌いな訳では無く“米全般”を余り好んでいないのかもしれないと思えば「じゃあ明日の朝は食パンかな。」と頷き。署内でのサプリメントといい、安定剤といい、何かと先延ばしにしている様な感じがするのは相手の体調に敏感になってる為の所謂疑心暗鬼だろうか。「…そっか、」と答えたものの納得している訳では無く微妙な沈黙と共に皿に残った温野菜を食べ終えて。__些細な音が今の相手にとっては騒音となる為、テレビの点いていない部屋の中は静かなもの。時計の秒針の音や時折窓の外から聞こえる僅かな雨の音だけが何時もよりハッキリ聞こえるだろうか。相手がまだ飲まない、と言うならばそこまで口を出す必要は無いし、過剰に心配をすれば逆に不安にさせたり、居心地悪い思いをさせるだけだと思えば「…台風、思った以上に早く過ぎて良かったね。きっと徐々に音も気にならなくなるし、味覚も元に戻るよ。ずっとは続かない。」重たくならない様な声色でそう告げ、お皿をシンクに下げる際に座る相手の肩に軽く手を置いて )




  • No.5087 by アルバート・エバンズ  2025-08-11 23:50:39 

 




( 少しの温野菜を口にして、夕食の時間は終わりを告げる。皿同士がぶつかる音が出ないように気を遣いながら皿を下げる相手から告げられた言葉には軽く頷き「……そうだな、」とひと言。台風による音が収まり徐々に自分の聴覚や味覚も正常に戻る事を願わずにはいられない。---相手がシャワーを浴びている間、ようやく重い腰を上げて薬を飲むためにシンクへと向かい。ミネラルウォーターをいつもよりも多めにグラスに注ぎ、安定剤を2錠掌に乗せる。それを口に入れて水を飲み____喉につかえるような感覚と共に吐き気に襲われ、やはり飲み込む事は出来なかった。薬を奥歯で砕いてから更に水を口にしたものの結果は変わらず、トイレに向かうと咳き込んで。吐いてしまうのが苦しいのだが、薬を飲めないまま夜を迎える事も怖かった。 )





 

  • No.5088 by ベル・ミラー  2025-08-12 00:32:52 





( ___シャワーの時間は凡そ20分程。脱衣所で髪の毛の水分を何時もの倍時間を掛けてタオルに吸収させるのは、ドライヤーの音が鳴る時間を短縮させる為。そうやって早急に乾かした髪を後ろで一つに括りリビングに戻って来るのだがそこに相手の姿は無く、視界に映ったのは台所に置かれた中身の入ってない安定剤の空シート2つ。先程感じた違和感は矢張り疑心暗鬼になっていたせいの勘違いだったのだと一瞬の安堵は、トイレから聞こえた空咳とは違う苦しそうな咳によって一瞬にして散った。足早に向かえば急いでいたのかトイレの扉は半開きになっていて、そこには背中を丸めた体勢で背を向ける相手の姿があり。前にも一度だけ見た事のあるこの姿。調子が悪くなっているのは一目瞭然で、驚かせない様に小声で相手の名前を呼んだ後、傍らに膝を着き背中に掌をあてがうと「…苦しいね、」その手を大きく動かし背を擦りながら、大丈夫を繰り返し。けれど安定剤は吐き出してしまっているだろう。飲めないまま夜を迎える不安は相手と同じ様に感じていて )




  • No.5089 by ベル・ミラー  2025-08-12 00:39:57 




( ___シャワーの時間は凡そ20分程。脱衣所で髪の毛の水分を何時もの倍時間を掛けてタオルに吸収させるのは、ドライヤーの音が鳴る時間を短縮させる為。そうやって早急に乾かした髪を後ろで一つに括りリビングに戻って来るのだがそこに相手の姿は無く、視界に映ったのは台所に置かれた中身の入ってない安定剤の空シート2つ。先程感じた違和感は矢張り疑心暗鬼になっていたせいの勘違いだったのだと安堵するも、それはトイレから聞こえてきた空咳では無い苦しそうな咳によって一瞬にして散った。足早に向かえばトイレの扉は半開きになっていて、そこには背中を丸める体勢で背を向ける相手の姿があり。過去に一度だけ見た事のあるその姿。調子が悪い事は一目瞭然なものだから、驚かせない様小声で名前を呼んでから傍らに膝を着き背中に掌をあてがう。「…苦しいね、」その手を大きく動かしつつ、大丈夫、を繰り返すも、安定剤は吐き出してしまっているだろう。薬を飲めない状態で夜を迎える不安は相手と同じ様に感じていて )




  • No.5090 by ベル・ミラー  2025-08-12 01:01:45 





( ___シャワーの時間は凡そ20分程。脱衣所で髪の毛の水分を何時もの倍時間を掛けてタオルに吸収させるのは、ドライヤーの音が鳴る時間を短縮させる為。そうやって早急に乾かした髪を後ろで一つに括りリビングに戻って来るのだがそこに相手の姿は無く、視界に映ったのは台所に置かれた中身の入ってない安定剤の空シート2つ。先程感じた違和感は矢張り疑心暗鬼になっていたせいの勘違いだったのだと安堵するも、それはトイレから聞こえてきた空咳では無い苦しそうな咳によって一瞬にして散った。足早に向かえばトイレの扉は半開きになっていて、そこには背中を丸める体勢で背を向ける相手の姿があり。過去に一度だけ見た事のあるその姿。調子が悪い事は一目瞭然なものだから、驚かせない様小声で名前を呼んでから傍らに膝を着き背中に掌をあてがう。「…苦しいね、」その手を大きく動かしつつ、大丈夫、を繰り返すも、安定剤は吐き出してしまっているだろう。薬を飲めない状態で夜を迎える不安は相手と同じ様に感じていて )




  • No.5091 by ベル・ミラー  2025-08-12 01:10:55 





( ___シャワーの時間は凡そ20分程。脱衣所で髪の毛の水分を何時もの倍時間を掛けてタオルに吸収させるのは、ドライヤーの音が鳴る時間を短縮させる為。そうやって早急に乾かした髪を後ろで一つに括りリビングに戻って来るのだがそこに相手の姿は無く、視界に映ったのは台所に置かれた中身の入ってない安定剤の空シート2つ。先程感じた違和感は矢張り疑心暗鬼になっていたせいの勘違いだったのだと安堵するも、それはトイレから聞こえてきた空咳では無い苦しそうな咳によって一瞬にして散った。足早に向かえばトイレの扉は半開きになっていて、そこには背中を丸める体勢で背を向ける相手の姿があり。過去に一度だけ見た事のあるその姿。調子が悪い事は一目瞭然なものだから、驚かせない様小声で名前を呼んでから傍らに膝を着き背中に掌をあてがう。「…苦しいね、」その手を大きく動かしつつ、大丈夫、を繰り返すも、安定剤は吐き出してしまっているだろう。薬を飲めない状態で夜を迎える不安は相手と同じ様に感じていて )




  • No.5092 by ベル・ミラー  2025-08-12 01:27:54 





( ___シャワーの時間は凡そ20分程。脱衣所で髪の毛の水分を何時もの倍時間を掛けてタオルに吸収させるのは、ドライヤーの音が鳴る時間を短縮させる為。そうやって早急に乾かした髪を後ろで一つに括りリビングに戻って来るのだがそこに相手の姿は無く、視界に映ったのは台所に置かれた中身の入ってない安定剤の空シート2つ。先程感じた違和感は矢張り疑心暗鬼になっていたせいの勘違いだったのだと安堵するも、それはトイレから聞こえてきた空咳では無い苦しそうな咳によって一瞬にして散った。足早に向かえばトイレの扉は半開きになっていて、そこには背中を丸める体勢で背を向ける相手の姿があり。過去に一度だけ見た事のあるその姿。調子が悪い事は一目瞭然なものだから、驚かせない様小声で名前を呼んでから傍らに膝を着き背中に掌をあてがう。「…苦しいね、」その手を大きく動かしつつ、大丈夫、を繰り返すも、安定剤は吐き出してしまっているだろう。薬を飲めない状態で夜を迎える不安は相手と同じ様に感じていて )




  • No.5093 by アルバート・エバンズ  2025-08-22 05:18:10 

 





( せっかく少し口にする事が出来た夕食も身体に栄養を届けるには至らなかったかもしれない。浅く背中を上下させつつ、首筋に薄らと汗が滲む不快さを感じていた。相手の声がして僅かに肩が跳ねたものの、背に触れる掌の感覚に驚く事はしなかった。「_____上手く、錠剤が飲み込めない、…」背を僅かに丸めた状態のまま、言葉を紡ぐ。やがて幾らか気分の悪さが落ち着き動けるようになると、水を流してゆっくりと立ち上がる。安定剤も何も飲めていなかったが、これ以上無理に薬を飲み込もうとする方が辛いと判断しベッドで休む事を告げ。 )







 

  • No.5094 by ベル・ミラー  2025-08-23 11:39:28 





( その言葉で漸く今相手の身に起きている“次なる症状”を理解した。あの時サプリメントを直ぐに飲まなかったのもそれが錠剤だったからなのだろう。音の嫌な反響、味覚の異常、それに加えて嚥下困難なんて。___次々に襲い来る不調の数々に膨らむ不安を胸の内に抱えながら、酷く憔悴している相手の言葉に小さく頷き立ち上がり。「…わかった。…錠剤が飲めなくても方法は幾らでもある。明日一番いい方法考えよう。」重たくならない声色を心掛けながら寝室に行く相手を見送った後。相手の鞄の中から2錠の安定剤を取り出すと、それを以前買ったきり使用していなかった小さなすり鉢で粉末状に砕く。なるべく音をたてない様に慎重に慎重に…。粉末状にした事で次は苦味を多く感じ結局飲む事は出来ないかもしれない、それでも可能性があるならと )




  • No.5095 by アルバート・エバンズ  2025-08-24 01:24:49 

 





( ベッドに身体を横たえると、重たい疲労感に襲われる。まともに栄養を摂っていないのに、体力ばかりが削られ薬も飲めない。自分が“負の連鎖”に陥っているのは分かっていたが其処から這い上がる術までは見出せず、相手が寝室に来るよりも前に意識を手放していて。---夢の中で、幾度と繰り返したあの日のあの場所に立っていた。園児を抱きしめた妹の姿も、助けを乞う教諭たちからの視線も、控えている刑事の姿も、いつも夢で見るものと同じ。けれど、何故か周囲はスローモーションのように見えていて、自分が真っ直ぐ歩みを進めているのはライフルを持った犯人の元だった。報道で幾度と目にした写真ではあるものの、これほど鮮明に犯人の顔が思い出される事は、夢の中で妹ではなく犯人に視線が向いている事はこれまで無かったと言えよう。当然夢の中ではそんな事に気付くはずもなかったが、至近距離で向き合った犯人に強い殺意が湧き起こったのは確かだった。犯人が手にしたライフルを奪い取り、今この場で、この男を撃てば。そんな事を頭の片隅で考えたものの、まるでタイムリミットだとばかりに銃声が響き夢の世界は崩れていく。一気に意識を引き戻され、呼吸が浅くなるのと同時に強い痛みが鳩尾に走った。痛みが増大しないようにゆっくりと呼吸をしたいのだが、一度喉に張り付いた呼吸はペースを乱し徐々にに浅く苦しげなものに変わっていき。 )






 

  • No.5096 by ベル・ミラー  2025-08-24 12:16:59 





( 安定剤に続いて睡眠薬や鎮痛剤も粉末状にし、終わった頃には僅かあった眠気が覚めてしまっていた。そうなると意識は矢張り相手の不調やこの先の事に向き思考を占領する。ソファに深く腰掛け暗闇に慣れた瞳をぼんやりと点いてもいないテレビに向けながら過ごした時間は果たして数十分かそれ以上か。流石に眠らなければと寝室に行き眠る相手を起こさない様に慎重に隣に潜り込むのだが、直ぐに眠れる訳も無く目だけは閉じるものの意識は今に残ったまま。___隣で眠っていた筈の相手が身動ぎと共に苦しげな息を吐き出した。「…エバンズさん、」と声を掛けてからベッドサイドの間接照明を点ける。身体を丸め蹲る様な体勢で、浅く荒い呼吸を繰り返すその姿を見るのは当たり前ながら慣れる事は無く胸が締め付けられるのだ。「待ってて、」一度寝室を出てキッチンで用意するのはグラスに3分の1程注いだミネラルウォーターの中に粉末状の安定剤と鎮痛剤を入れたそれ。飲み切れる保証は無い。「__錠剤じゃない。水に溶かしてあるから…飲んで?」片手で背を擦りながら、グラスを口元に近付けつつ顔を覗き込んで )




  • No.5097 by アルバート・エバンズ  2025-08-29 07:48:22 

 




( グラスが差し出されると、それを受け取り少量を口に含む。酷い苦味が口に広がったものの、錠剤を飲めていない以上少しでも飲まなければと飲み込んで。苦味の余韻と共に、反射的に吐き気を感じたもののややしてそれは落ち着く。結局時間を掛けて数口は飲んだものの、半分以上残った水はそれ以上飲み進められず、同時に身体の痛みが強まった事で相手にグラスを戻して。ベッドの上に蹲るようにして背中を丸め痛みに耐えていたものの、身体を横たえる事さえままならない程に痛みが強まっていて、思わず縋るように相手に手を伸ばす。深く息をする事は痛みに繋がる為、呼吸は極浅いもの。首筋や背中には汗が滲む。「……っ、…痛い、…」どれ程の時間を耐えれば良いのだろうかという不安が渦巻く中、相手の片方の手を握り締め懸命に痛みをやり過ごす。少しずつ、それでも確実に、あの事件捜査以降悪い方へと引っ張られ足場が崩れて行く不安定さを自分自身が痛感していた。 )







 

  • No.5098 by ベル・ミラー  2025-08-30 13:13:15 





( 懸命に嚥下する最中は背中を擦るも、相手の胃に落ちた水の量は極僅か。直ぐにグラスを返されそれをベッド脇のサイドテーブルに置き今度は掛け布団を掛けようとするのだが。ふいに縋る様に伸ばされた手が己の手を握り締めれば痛みの中の加減を知らぬ強さに思わず目を見開き。骨張った指先は酸素が確りと巡っていないせいか冷たく僅か震えている。“痛い”と、そう訴える相手の声が余りにも苦痛を纏っていて息を飲んだ。痛くない筈がない、苦しくない筈がない。まともな量の鎮痛剤を飲めない以上相手の身体を襲う痛みはそんな簡単に消える事は無いだろう、夜中いっぱい耐え続け意識を失えたら本望だとすら思うだろうか。「…っ、」奥歯を噛み締め、汗の滲む熱い背中を擦る事しか出来ない事の、一秒でも早く痛みが消える事を願うだけのなんて無力な事か。共に分け合える痛みなら、苦しみなら、何の迷いも無く貰い受けるのに。__視界が滲み、緑の虹彩から溢れた涙が己の手を握り締める相手の手の甲に落ちた。震える息を抑え付け、相手の手を僅か持ち上げ己の額に押し付ける。「__何で…エバンズさん、悪い事何もしてないのにねっ…、」何時だって相手ばかりが苦しむ。楽になる事を許さないとばかりに降り注ぐ絶望の数々を受けるのは本来相手では無いのに )




  • No.5099 by アルバート・エバンズ  2025-09-02 16:27:04 

 





( 相手の涙が手の甲を濡らした。自分の痛みをまるで自分の事のように悲しみ怒ってくれる相手は、行き場のない自分の感情を代弁してくれているかのようだ。痛みに耐え、やがて意識を失うようにして眠りに落ちる。けれどその状態が直ぐに解消される事はなく、非常勤で休みを十分確保しているにも関わらず幾つもの不調に日に日に追い詰められていく事となり。---エバンズの様子が普段と違う事には、数日前までよりも多くの署員が違和感を感じ始めていた。しかし特別捜査に追われているという訳でもなく、寧ろ休みを取っているタイミングだけにアダムス医師にまた無理を言って点滴を打って貰う訳にはいかない。薬を上手く飲めない事も伝えてはいなかった。自己都合で多くの休みを貰っているのだから、せめて出勤している時は自分の仕事をこなさなければという思いに駆られていて。夢の中だけで現れていた幻影が、徐々に現実世界にも侵食し始めている事には、自分自身でさえ未だ気付いていなかった。 )






 

  • No.5100 by ベル・ミラー  2025-09-02 22:06:13 





( ___薬を飲み込む事が出来ず嘔吐く姿を、夜中に悪夢に魘され涙を流す姿を、果たして何度見ただろう。日に日に痩せ線の細くなっていく身体と比例する様に濃さを増す隈は、碧眼に宿る命の灯りすらも消してしまいそうで膨れ上がる恐怖心は僅かも消える事は無かった。___そんな現状が好転することも無いままに数日が経った今日。器物破損と傷害の疑いで事情聴取を受け終えた若い青年が、女性捜査官に連れられて署内の廊下を歩いていた。真一文字に口を結んだ不機嫌そうな男の表情は先の聴取も何もかもが納得がいかないと物語っており、床を踏み付ける足音も何処か荒々しい。そんな状態で周りに視線を向ける事も無くただ真っ直ぐ前を見詰めたまま、丁度刑事課フロアを出た直後の相手の目の前を通り過ぎようとして )




  • No.5101 by アルバート・エバンズ  2025-09-02 22:46:15 

 





( フロアを出るタイミングで視界が揺らぎ眩暈を起こした、と思った。バランスを崩す事こそ無かったものの、一瞬眩んだ視界が元に戻った時最初に目に入った廊下を歩く男の顔。捜査官に連れられて歩く男は、黒い服を着ていた。たったそれだけ。背格好は近しいものがあったかもしれないが、特別顔が似ている訳でもない。_____けれど、数日前に見たあの夢が思い出された。あいつを殺さなければ、と思ったあの時の焦燥が湧き上がる。一度瞬きをすると、目の前を通過して行った不機嫌そうな男の顔が犯人のものに変わった。十数年も前の事件の犯人が、其れも自分たちの目の前で命を絶ったあの男が生きている筈がない。正常な思考であればそう考えた筈だが、立ち止まる事は最早出来なかった。何を見ているのかと気怠げに向けられた視線、其れを、此方を煽るような嘲笑と錯覚したのと同時に、男の襟首を背後から掴み殴り掛かっていた。ただ、胸の内が焼き切れそうな程の怒りと、憎しみと、やり場のない感情に支配されていた。大きな音と共に男が地面に引き倒され、悲鳴が上がる。「_____っ、殺してやる!!!お前の所為でセシリアは死んだ!!」何が起きたのか理解出来ていない男に怒声を浴びせると半ば馬乗りになるようにして掴み掛かっていて。 )







 

  • No.5102 by ベル・ミラー  2025-09-03 11:14:19 





( 男と捜査官が相手の前を通り過ぎ__また今日と言う日常が始まり出すと思っていた、のだが。何の躊躇も無い力で殴られた男が床に崩れる音と共に彼を連れていた捜査官の悲鳴と、廊下を歩いていた他の捜査官や事務員の悲鳴が重なった。それに被せる様にして誰よりも大きな相手の怒声が響き渡り一瞬にして場は混乱と混沌を生み出した。相手に殴られた男は床に尻餅をついたまま自分の上に馬乗りになる相手を驚愕と恐怖の入り交じった表情で見詰めたまま、わなわなと動かす唇からは結局何か声を発する事が出来ず。__「ッ、!」刑事課フロアから飛び出した己とスミス捜査官はほぼ同時だった。他数名の署員達が扉から顔を覗かせ騒めく中、男に馬乗りになる相手をスミス捜査官が脇に両腕を入れる形で背後から強引に引き剥がし、状況を把握出来ず床に座り込む男を別の捜査官が無理矢理立たせ、相手と距離を取らせる為に足早にエレベーターの方面へと引っ張って行き。「…エバンズさん!…っ、警部補!!」未だ強い強い怒りを瞳に宿し完全に我を忘れている相手の名を、役職を、焦燥の滲む表情と声色で叫ぶ様に呼ぶ。__相手が男に殴り掛かった直後、確かに聞こえた“セシリア”と言う名前。それが胸の奥に残り続け )




  • No.5103 by アルバート・エバンズ  2025-09-03 22:02:10 

 





( 背後から羽交締めにされるようにして男から引き離されたのだが、胸の内に生まれた激しい怒りは直ぐに落ち着く事はなかった。「______っ、離せ!あいつの所為でセシリアは…!」あの男だけは自分の手で制裁を下してやらないと気が済まないのだと、自分を抑えているスミス捜査官の腕を振り解こうとする。ただ怒りと憎しみの衝動に突き動かされ、周りなど見えていなかった。しかしまた不安定に視界が揺らいだ事で動きが緩み、再びエレベーターの方に居る男と視線が重なった時、犯人とは全く似ても似つかないその顔に思わず言葉を失い動きも止まる。確かに、今の今まであの事件の犯人が目の前に居て、此方を嘲笑したではないか。けれど目の前に広がる光景は、ほんの数十秒前まで自分が見ていた物とは全く違っていた。口の端が切れ怯えたような表情を向ける男と、不安そうに此方の様子を伺う幾つもの視線。理解が追い付かず、一体何が起こっているのかと半ば放心状態で廊下に座り込んだままで居たものの碌な栄養を摂っていない中で暴れた事による反動だろう。突然意識が遠退くのを感じ、誰かの別の悲鳴を聞いたのを最後に意識は途絶えていて。 )






 

  • No.5104 by ベル・ミラー  2025-09-03 22:43:28 





( ___当たり前ながら呼ばれた救急車は意識を失った相手を乗せレイクウッドの総合病院へと向かって行った。騒ぎを聞き付けた警視正がミラーとスミス捜査官を含めた数名の署員達、それから現場を最も良く見ていたであろう男を先導していた女性捜査官に詳細を聞き、重たい溜め息を吐き出したのは救急車のサイレンが聞こえなくなってから。“言葉1つ交わしていないのに警部補が急に男を殴った”と言うのが皆の証言であるものの、それはあくまでも“セシリア”が誰なのかを知らないから。相手の見続ける悪夢を知らないから。謹慎という名の療養で暫く休職してもらう、と言うのが相手自身にはまだ伝えていない警視正の判断となり。___意識の無い相手に最初に施されたのは点滴による栄養補給だった。痩せて酷い顔色の相手が運ばれて来た時、まさか此処まで状態が悪いとはアダムス医師も思っていなかった。勿論相手からの連絡も無かったし、診察に来る事も無かったのだから気付く事が出来ないのはある意味当然なのだが、これでは先に身体が悲鳴をあげてしまう。___その後、遅れて病院に来たミラーから此処数週間の相手の状態、それから倒れる前の状況を伝えられ“セシリア”と口にした事から恐らく幻覚を見た可能性が高いと判断したアダムス医師は、点滴に安定剤も足して。___病室のベッドの上、白い布団を掛けられ眠る相手の姿を何度見たか。閉じられた瞼に掛かる焦げ茶色の前髪を軽く払い、白く骨張った片手を両の手で握り締める。“あの日”犯人が自殺をした事で相手の胸の内にある怒りも、悲しみも、絶望も、ぶつける先を失ったのだろう。けれどそれらは決して消える事無くふつふつと煮えたぎるマグマの様に常に相手の中にあり続け、それがきっと爆発した。“殺してやる”と、そう叫んだその言葉こそが嘘偽りの無い相手の感情だ。大勢の人達の命を奪い償う事無く自殺など、余りにも無責任で、余りにも残酷ではないか )




  • No.5105 by アルバート・エバンズ  2025-09-04 19:13:28 

 





( 目を覚ました時、視界に広がる白い天井を見て直ぐに病院だと理解した。点滴によって薬を投与されているからだろう、ここ最近の調子が悪過ぎたのだが今はだいぶ身体が楽で思考もクリアな状態だ。当然最後の記憶である騒動についても忘れては居なかった。ゆっくりと横に視線を向けると相手が座っていて、自分が目を覚ました事に気が付くと立ち上がる。此方を覗き込みつつ、意識が戻った事を伝えるべくナースコールを押そうとした相手の手を掴み制止して。相手に、何よりも先にまず聞かなければならない事があった。「_____俺が殴ったのは…誰だった、?」覚えているのだ、確かに”あの男“が自分の目の前を通り過ぎ、此方を振り向いて嘲笑した事を。その顔は紛れもなく、幾度と夢に見た、あの事件を引き起こし身勝手にも逃げ仰せたあの男だった。現実的に考えればそんな筈が無いと分かっていても、其れが間違いなく自分が目にした光景だった。近くに居た相手が其れを否定するなら、自分が”可笑しくなっている“のだと。 )






 

  • No.5106 by ベル・ミラー  2025-09-04 21:31:06 





( 思わず双肩が跳ね驚きに目を見開いたのは、まさか制止が掛かると思っていなかったから。続けられた問い掛けは数時間前の署での騒動を確りと覚えているものなれど、“誰だったか”と問う辺り“見た”男の顔は__そう言う事なのだろう。掴まれた手を引く事無く再び椅子に腰掛け直し、相手を真っ直ぐに見る瞳には真剣さと少しの困惑の様な色が入り混じる。「昨晩起きた事件の重要参考人として聴取を受けていた男性です。…エバンズさんと面識は無いかと、」一度軽く息を吐き紡いだ言葉は誤魔化すでもない正直なもの。“あの事件”には全く無関係の男なのだと言い切った後。「…此処数日の不調で、いっぱいいっぱいになってたのが溢れちゃっただけ。」それでも付け加えたのは相手にとって納得のいかない気休めにすらもならない慰めになってしまっただろうか。男は何もしておらず、過失は100%相手自身にあるのは己も相手自身もわかっている事なれど、どうしても擁護したいと思ってしまうのは相手の心にある感情に触れたからか )




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