きみと驚きに満ちた日々を

…だっ、大丈夫？怪我とかないかい？
（この声はもう届くことはなく部屋に戻ろうかと思った瞬間、背後で誰かの声と転んだ音が聞こえその体勢のまま顔だけ動かせば先程別れたはずの相手の姿が。驚いた表情で立ち上がると慌ててそちらまで近寄ると折角の真っ白な着物が土のせいで泥塗れになり、助けるため心配そうな声色でどこか痛いところは無いかと尋ねながら少し身体を前のめりにして相手の方へ手を差し伸べて）

うっ…いてて、いやぁ驚いた。まさか足を取られるとはな…俺も老いぼれってことか？
(盛大に転んでしまったせいで、彼の為を思い静かに退散するといったことは叶わずに彼に見つかってしまえば、慌てた様子で近寄ってきて。幸いにも何処かを怪我したという様子は無く、差し伸べられた手を頼りに立ち上がると“すまん、助かった”と苦笑浮かべながらも礼を述べ。人の身に慣れていないことをしたからなのか、それは分からないが冗談を交えて上記述べるとこれで怪我でもしていたら出陣した訳でも無いのに、と怒られていたところだろうと思っており)

人の身を得たばかりだから、まだ慣れてないだけだと思うよ。雨の日は特に滑りやすいから、次からは気を付けてね。
（怪我は無いかと言う問いに対して特に何も答えない様子に痛む箇所が存在しない事を察すれば内心ほっと安堵の表情を浮かべ、何かあってからでは遅いため怪我が無くて良かったと思って。冗談混じりの言葉にもフォロー染みた返答を返すと共に優しく注意を促せば土で汚れたまま放置するわけにもいかず、先に着替えた方がいいと部屋で着替えると畳が汚れる場合があるのも考慮して、この時間帯なら誰もいないためついでにお風呂に入ることもできるので下記を述べて）
取り敢えず着物が汚れてるから浴場に行こうか。今なら誰もいないし、お風呂に入れるよ。

次からはそうするぜ。にしても流石に汚れすぎたか…
(まだ人の身に慣れていないかららしく彼からの注意に素直に頷いて。土というよりもほぼ泥で汚れたせいもあり、これは手で払っただけではどうにもならないなと思っていると風呂に入るのを促されて。まさか本丸に来て早々風呂に入るとは思っていなかったが致し方ない。それに、まだ誰も入る時間帯でもないのも初めての風呂ならば人の身でどのように感じるのかゆっくりと満喫もしてみたいようで彼の言葉はとても魅力的であって、暫し悩んだ末に“そうだな！それなら言葉に甘えることにするか”と続けては落としてしまっていた道具を手に取り歩き出して。今度は彼に言われたこともあり気を付けながら歩き、倉庫に道具を戻して)

このカゴの中に脱いだ服を入れてね。じゃあ、僕は君の着替えを取りに行ってくるよ。
（道具を戻しに行った後、本丸の玄関から中へと入れば相手を連れて脱衣所に向かって。到着すると専用の洗濯カゴを見せて説明も挟んでは相手がゆっくりと湯船に浸かっている間に、自身はバスタオルと着替えを持ってこようと気配りできる性格故に親切心で上記の言葉を告げ。一度その場から立ち去ると相手の部屋へ行って）

何から何まで済まないな
(脱衣所に行けばそれなりに広く、物珍しげに辺りを見回していると彼が此処での説明を話し始めて。ふんふんと頷きつつ話を聞けば、どうやら彼が着替えなどは持ってきてくれるようで自身の失態とはいえここまで世話を焼いてくれるとは思っていなかったのか礼を述べて。彼が脱衣場を去ればその間に服を脱ぎ、言われたようにカゴの中へと入れては風呂場へと行き。それにしても刀だというのに風呂に入るとは驚きだと思っており。備え付けられているシャンプー等を物珍しげに使っていると泡立つのが楽しいのか“こりゃすごいな！”と言いながらまるで子供のように泡立てるのに夢中になっており)

（一方その頃、相手の部屋に入れば必要最低限の物は一通り揃っているため箪笥の中から一着の着物を取り出せばそれを抱えて。面倒見が良い方で何時ものように誰彼構わず、世話を焼きたくなる性格が出てしまった事に今更ながら気付き、少しばかり相手を何処か一振り目と重ねた部分もあった自覚はあるため"僕のこと迷惑に思われてないかな…"と誰も居ない室内でぼそりと呟き。今はそんな事を思っている場合ではなく、この着替えを持っていくのが最優先で部屋を出ては急いで脱衣場まで戻り。相手が上がってくる前にバスタオルと着替えの着物を下着用の収納カゴへ置いて。早めに洗濯した方が泥の汚れが取れるので今の内に洗濯カゴを持ってまたも出て行き）

(しっかりと髪や身体を洗った後は湯船にゆっくり浸かっており。人の身で感じる風呂がこんなにも気持ちのいいものだとは知るはずもなく、これはこれからの生活が楽しみだと伸びをしながらぼんやりと思い。しかし気になるのは燭台切光忠の事で、最初は自身を見てどこか狼狽えていたようだったがこの数時間でそれもあまり感じられることは無くなっていて。この本丸に居たであろう鶴丸国永に姿を重ねているのかは定かではないが、もしそれで彼の心にある靄が少しでも晴れるのならばそれでもいいかと思い。そんな事を考えているうちに長風呂になっていたのか、頭がぼんやりとしてきたなと思えば風呂場を出て。いつの間にか彼が服を取ってきてくれていたのだろう、ここには居ないが心中で感謝するとそれに着替えて脱衣場を出て)

（真っ白な着物を手動で綺麗に洗い終えた後、中庭に設置してある物干し竿に干せばふぅと額に滲む汗を服の袖で拭い。ふと空を仰げば段々と陽が沈み始めていく景色を眺めつつ、そろそろ厨当番は夕餉の準備に取り掛かる時間で最近まで部屋に引き篭る事が多くあまり手伝えておらず。元々厨当番なのだが迷惑や心配を掛けさせた分、せめて美味しい料理を仲間達に振る舞いたいという気持ちがより一層強く出て。今ならまだ間に合うので、急いで玄関から厨の方向に向かって歩き出し）

(風呂で火照った身体を冷ますのも兼ねて、一度自室に戻れば襖を開け放ち風を通すようにして。梅雨の時期の風はどうも湿っていて涼しいとは思えないが、それでも気休め程度にはなるようで。窓からぼんやりと中庭を眺めつつ、遠くから聞こえる恐らく遠征や出陣から戻ってきたであろう者達の足音や声に耳を傾けていて。先程まで夕焼けに染まっていた空も暗くなり、それに連れて何処からかいい匂いがしてきたと同時に腹が鳴っては首を傾げ。これは何だ、と思いながら立ち上がれば腹をさすりつつ廊下を歩き匂いのする方へと向かっていき)

（その後、厨当番の歌仙と短刀達に今まで部屋で篭りきりで中々手伝う事が出来なかった謝罪の言葉を述べると、自身も今日から加わる旨を伝えれば皆に優しい言葉を掛けられて。今夜の献立を聞くと歓迎会も兼ねて新しく相手が来た事で豪華な料理を作るそうで、歌仙から指示を受けると従うように返事を返しては早速調理に取り掛かり。やはり好きな事をしている時が一番何も考えずに済むようで、時折会話を交えながら料理を作っており）

ここから凄くいい匂いがするぞ！…って光坊、君もいたのか！
(廊下をすれ違う者達と挨拶をしていると、時々驚かれたり何処か言いたげな顔をされたりと皆表情は違うが歓迎はしてもらえているようでそれを感じつつ探し求めていた場所に辿り着けばひょっこりと厨の中を覗いて。そこには燭台切の姿もあり、どうやら彼らが何かを作っているようで他の者達が驚いているのを横目に厨へと入ってくると彼の肩越しにちらりと覗いてみて。匂いの正体は料理だったようで、成程と理解すると“光坊は飯も作れるんだな！何でもできるとは驚きだぜ”と彼を賞賛して)

…び、びっくりした…
（黙々と手を止めることなく一品が完成すると、他の皆も次々と料理が出来上がったようで最後に作るのは"彼"が好きだったもの。この品はただ自身が作りたかった為で正直気に入って貰えるか等その時にならないと分からないが、密かにそうであって欲しいとも心中で思っている部分もあり。冷蔵庫から食材を取り出せば料理に集中していたため突然背後から声が聞こえ小さく肩揺らし、小声でボソッと呟くも一拍置いた後に"何でもってわけじゃないけれど、僕が料理できるのは政宗公の影響だと思うよ。彼は料理が好きな人だから"と手元を見ながら返答を返して）

いいじゃないか、元の主の影響であろうとその人間が何を感じていたのか今なら分かるって事だ。いやぁ、驚きがいっぱいだな！
(自身は様々な人の手や土地を渡ってきていたせいか、彼のように元の主の影響を受けているということは無くそこは羨ましいと思えるところでもあり。彼の手元を見ていると、不意に短刀たちから声をかけられたと思えば燭台切の作る料理は頬が落ちるくらいに美味いらしくそれを聞いては“頬が落ちる？それは楽しみだ”と笑み浮かべ)

…よし、出来た！ご飯が出来たから広間に運んでくれるかい？
（確かに相手の言う通り、刀で在った頃はまさか元の主と同じように料理を作って誰かに振る舞うなんて事をするとは思わず。それは人の身を得たからこそ出来るわけで今と前の主に感謝しながら二品の料理が出来上がり、お皿に盛り付けては広間に運んでもらおうと短刀達に向かって首を傾げて頼んでは"はーい！"と元気よく返事してくれて。出来立てホカホカで湯気も漂っているので、ゆっくりとお皿を渡しながら熱いため気を付けるよう注意を促して。自身はと言うと手短に後片付けを済ませていき）

(見ているうちにいくつかの料理が出来上がり、感嘆の息をついて。元気よく料理を運んでいく短刀達を微笑ましく眺めては“なぁ光坊、 俺にも手伝えることはないかい？”と尋ねて。どうやら見ているだけでは嫌になってきたのか、なにか手伝いたいようでそう言えばお盆を持ってきて)

…じゃあ、鶴さんにはこれを運んでもらおうかな。
（手早く使用した調理道具の数々を洗い終え、ご飯は歌仙が持っていったのであとは飲み物とコップにお箸や取り皿を運ぶのみ。キッチンタオルで手を拭いていると不意に相手が手伝いを申し出てきて、これは彼の為の歓迎会を兼ねた宴会。流石に主役の相手に手伝ってもらうのは駄目だろうと思い、そちらへ振り返ると手にはお盆を持っていて。目に止まったそれと、相手の金色の眼を見れば断ることも出来ずに棚に近付いて取り皿と箸立て、コップを置ける分だけ置いて）

これを持っていけばいいんだな？任せてくれ！
(本来ならば勝手も分からぬ自身は広間で食事が来るのを待つべきなのだろうが、何よりじっとする事は苦手な性分な所もあり彼を期待の眼差しで見つめていると取り皿と箸立てなどをお盆の上に乗せられては早速それを手に厨を出て広間へと向かい)

みんな遅くなってごめんね。
（どこか嬉しそうに厨を出て行った後ろ姿を見た後、冷蔵庫に冷やしてあるお茶と数本の酒瓶を取り出しては片方ずつ持ちながら広間に向かって。ざわざわと仲間達の話し声が廊下まで聞こえ、静かに広間の障子を開けると同時に遅れた事を謝ってから豪華な料理が並べられた長めのテーブルにお茶と酒瓶を置いて。近くに居る者達がコップにお茶や酒を好みで前と隣同士で注いでは代表で近侍が乾杯の音頭を取ると全員で"かんぱーい！"とコップを上に上げて言った後食事を始めて）

光坊！驚いたぞ、今日は俺の歓迎会だったんだな？
(広間へと行けば、お盆を手にした自身を見ては可笑しそうに笑われ、何か変なのだろうかと首を傾げていると“今日の主役が手伝いをしてるのか”などと言われては、笑われた理由も分かったようで僅かに赤面しながら“別にいいだろ”と返して。広間には縁のある刀達も数振り居て、久々の再会をしたりしていると空いた場所へと促されそこに座って。燭台切が来て全員が集まれば乾杯の音頭を取り各々が食事を始めて。自身の近くに座っていた彼に気付けば何処か嬉しそうにそう言って)