月の書室

月の書室

月  2016-09-03 18:33:52 
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元ネタ・オリのblが基本の小説集です。
著者は私、月のみですのでよろしく
荒らし・なりすまし・マナー違反はお止め下さい
ご意見感想等はend後にお願いします

では、始めます

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  • No.63 by 雪月桜  2017-02-19 01:19:56 

その言葉に織と糸は互いに視線をあわせ、小さなため息をつく。
「あのさ、糸、なんで此処に招いたお客さんは皆同じ事を聞くのかな?」
「しらねぇよ、俺に聞くな」
呆れたような表情で話す織と糸の言葉を聞き、銀色は疑問を浮かべる。
《此処の主》が願いを叶えてくれる者ならば、その人の名を知り、直接挨拶をしたい。
銀色の考えは正論と言えるだろう。
そんな銀色の真剣な瞳に答えたのは、織の方だった。
「緊張感を壊すようで悪いけど、此処の屋敷の主は僕らなんだ」
織の言葉に銀色は驚きを隠せない。
だが、そんな銀色の精神など無視し、糸が続ける。
「此処の主は僕達、黒衣織と黒衣糸。黒猫の妖人、黒衣兄弟の屋敷なんだよ」
苛立つように告げる糸の態度を銀色は見つめ、再び織を見る。

  • No.64 by 雪月桜  2017-02-19 02:46:35 

「つまり、君達が此処の主であり、願いを叶える力を持つ者っていうことか?」
「だから、そう言っただろう」
銀色の確認の言葉に糸は尾で苛立ちを表し答え、視線だけで織に話を進めるよう促す。
その様子に織もため息を混じらせ、銀色に聞く。
「他に何か聞きたい事は?」
織の言葉に冷静さを取り戻し、銀色は次の質問をする。
「願いを叶えてもらうために、俺は何をすればいい?」
詳細を聞かされていない銀色でも、都合良く簡単に願いが叶うとは思っていない。

  • No.65 by 雪月桜  2017-02-25 01:07:31 

なるべくなら願いを叶えてもらいたいが、対価によっては諦めるしかないだろう。
思考を巡らせる銀色に、織は微笑みを交え答える。
「そんなに慎重にならなくてもいいよ。簡単な遊戯に参加してくれれば良いだけだからさ」
織の言葉に銀色は、自身の名と同じ色の耳を僅かに伏せ疑問を表す。
「もう少し分かりやすく説明してくれないか?ただの遊びではないのだろう?」
銀色の言葉に痺れを切らしたのか、糸は急に立ち上がり不機嫌さをより強く表した。
怒らせてしまったのだろうかと銀色が思う中、糸がとった行動は掛け軸の前に置いてあった一冊の本を持ってくるというものだった。
その本には「楽しい遊戯の進め方」という、直筆による題名らしきものが書かれている。

  • No.66 by 雪月桜  2017-02-26 04:25:20 

「今から説明するから黙って聞いてろ。質問は後で纏めてしろよ」
銀色の前に本を置き、糸がページを開いていく。
「期限は無期限で、勝敗が決まるまで続ける。お前が勝てばお前の願いを叶えてやるが、俺達が勝てば俺達の願いをお前が叶える。願いは勝敗が決まってから内容を告げる。遊び方は簡単に言えば相手の願いを叶えても良い、または自身の願いが叶わなくなっても良いと思わせた方が勝ち、思った方が負けだ。だいたいこんな感じだが、何か質問あるか?」
簡潔だが、実に分かりやすい説明を聞き、銀色は最後に一つ質問する。
「参加を辞退したい場合はどうすればいい」
銀色の問いに答えたのは織だった。
「出来ないよ。そもそも遊技が終わるまで、君はこの屋敷から出る事すら叶わない」
お茶を啜りながら平然と告げた織の言葉に、銀色は恐怖を覚える。
辞退出来ないと言う事は、銀色が屋敷に訪れた時に既に遊戯が始まっていたという事だ。

  • No.67 by 雪月桜  2017-02-26 04:58:40 

織の言葉は穏やかだが、そこに先ほどの優しさはない。
後ろの道が途絶えたのなら、銀色が進める道は一つだろう。
「分かった、必ず俺はこの屋敷から出る」
銀色の瞳に恐怖は消え、決意の色に変わった。
その言葉に織は楽しそうに微笑み、糸は訝しげな目線を送る。
琥珀の瞳が銀色を捕らえる。
黒に映える琥珀の瞳は、今は見えない満月の色によく似ていた。

  • No.68 by 雪月桜  2017-03-04 23:22:09 




   ー 弐話目 双黒の刻の始まり ー

  • No.69 by 雪月桜  2017-03-05 02:19:47 

銀色が屋敷に来て始めての朝がきた。
昨晩、あのあと説明を聞き終えた銀色は、糸と織に案内されて客間に通されたのだ。
客間は玄関の廊下を真っ直ぐ進み、突き当たりで右に進み、そのさらに奥の突き当たりの右の部屋だった。
外観からも大きな屋敷なのは分かっていたが、それにしても広い。
『所詮平屋だから、ただ広いだけだよ』と織は言っていたが、この屋敷の管理は相当大変だろう。
なにせ全ての部屋を見て回ろうものなら、一時間はかかりそうだ。
『掃除はしなくても自然と綺麗になる』と、糸が言っていた事が気になるが、今の銀色にそれは大した問題ではない。

  • No.70 by 雪月桜  2017-03-05 16:34:47 

「ここまでか…」
客間の障子を開けると、森の木々の間から朝の木漏れ日が優しく輝く。
柔らかく吹く風は、小さな庭に咲く花々の香りを運んで銀色に届けてくれた。
縁側には下駄があり、試しに進んでみると、庭には出られるようだ。
花にも触れられたが、植え込みの反対側には行けそうもない。
見えない壁、結界のようなものがあるようで、その先には行けない。

  • No.71 by 雪月桜  2017-03-05 18:36:32 

「それにしてもこの結界、随分強力みたいだな」
この広い屋敷を包むのには、随分な妖力が必要なはずだ。
ましてやあの立て札も普段から遠距離で隠しているらしいし、強度もかなりのものだ。
普通の妖人でもこれほどのものは難しい。
「黒猫の妖人は妖力が強いと聞いていたが、これは凄いな」

  • No.72 by 雪月桜  2017-03-12 02:40:31 

結界壁に右手を触れると、透明な壁に似た感覚を覚える。
ガラスにも似ているが、冷たさは感じない。
「変な感覚だな…」
右手を離し、空を見上げていると一陣の風が吹いた。
風は通り抜けられるのに、銀色は通れない。
通すものを選ぶ結界に、思いを浮かべていると背後の銀色の部屋から声が聞こえた。
「朝飯、出来たから、着替えて昨日の部屋に来い。早くしろよ」
糸の言葉使いは相変わらず悪いが、今は少しだけ彼の優しさが分かる気がする。
糸の右手には、銀色が此処に居る間の替えの服が抱えられていた。
糸は別に性格が悪いわけではない。
言葉使いは悪くても、性格は親切で優しさもある。
「ありがとうな、和服か。俺、和服って着た事ないんだよな…」

  • No.73 by 雪月桜  2017-03-12 09:44:32 

受け取った着物は濃緑の生地に、大柄な紫菖蒲と、銀の糸が流れるよう刺繍されていた。
帯は濃紺に、漆黒の糸が刺繍されていて、時折それが煌めいている。
渡されながら困惑する銀色に、糸は呆れつつ再び着物を手に取った。
「たく、仕方がねぇな。着せてやるから来い」
本人は否定するだろうが糸はやはり、優しい人のようだ。
微笑を浮かべ、銀色は急かされつつ部屋にあがる。
「悪いな、というか、この屋敷には和服しかないのか?」
「別に用意するのは簡単だけど、こっちの方が落ち着くんだよ」
銀色の前に立ち、時折腰を屈め着物を素早く丁寧に着せながら糸は疑問に答える。

  • No.74 by 雪月桜  2017-03-18 22:26:49 

繊細で丁寧な糸の指先の動きは、普段の慣れが見て取れた。
男にしては細く長い指先、日に焼けていない滑らかな肌が、銀色の瞳を捕らえてやまない。
「どうかしたか?」
その視線に気づいていなかったらしい糸は、着付けを終え銀色の様子を見つめる。
「いや、なんでもない」
糸の言葉に銀色は我に返り、視線を外す。
やましい気持ちなどはないが、どこか落ち着かない心を隠すには他にしようがなかった。
「きつくはないと思うけど、どうだ?」
「問題なさそうだ、ありがとう」
糸が帯を確認しながら訊ねた言葉に、銀色も作り笑いで礼を述べる。

  • No.75 by 雪月桜  2017-05-03 21:52:45 

「別に礼とかはいらねぇよ。ほら、冷めないうちに朝飯にするぞ」
訝しげに銀色を見つめ立ち上がると、糸は廊下へ続く襖を開け振り向く。

  • No.76 by 雪月桜  2017-05-04 00:28:35 

糸の数歩後ろを歩きながら、銀色は先ほどの結界について聞いてみた。
「あのさ、さっき庭に出てみたんだけど、結界みたいなものがあったんだ。結構頑丈に出来ているみたいだったけど、あれは誰が作っているんだ?」
銀色の問いに振り向いた糸の瞳には、呆れの色が見える。
「お前、やっぱり頭悪いだろ。あんなに強くて広くて濃い結界が一人で作れるわけないだろう。あれは簡単に言えば俺と織、二人の妖力から出来ている」
話しながら歩みを進めていたせいか、糸と話している間に目的の部屋についてしまったようだ。
糸が襖を開けるとすでに織は席についており、おひつのご飯を三人分の茶碗によそっていた。
「おはよう、銀色君。話は朝食を食べながらにしよう」
織の優しい声に従い、銀色も昨日座った席につく。

  • No.77 by 雪月桜  2017-05-05 01:40:39 

卓袱台の上には三人分の朝食が並べられていた。
焼き鮭に大根おろし、だし巻き卵にこまつなのお浸し。
味噌汁の具が葱と豆腐という事は、彼らが葱科の食物を食べれる証明と言えそうだ。
「いただきます」
丁寧に手を合わせる銀色を織は微笑み、糸は意外そうな表情で見つめる。
「銀色君って、以外と礼儀正しいんだね」
焼き鮭を摘みながら織は思った事をそのまま言葉にした。

  • No.78 by 雪月桜  2017-05-06 01:21:54 

「そうか?そんなつもりは特にないけど」
首を傾げ、だし巻き卵を摘む銀色を、織は満足そうに見つめた。
そんな二人を見つめ糸が先ほどの話を、食卓に交える。
「さっきの結界の話だけど、詳しく説明しておいた方がいいか?」
糸の言葉に一瞬の間を置き、銀色は頷いた。
あれだけの話では今一要領が得ないし、可能なら聞いておくに越した事はないだろう。
しかしその説明は糸の口から説明されず、その隣に座る織から告げられた。

  • No.79 by 雪月桜  2017-05-06 01:45:22 

「それについては僕から説明するよ。先ほど糸から聞いたのは、どこまでかな?」
食事の合間に話すのはあまり行儀が良いとは言えないが、屋敷の主が承諾しているのならば問題はない。
銀色は味噌汁を一口啜り、先ほど糸に聞いた話を簡潔に織に言った。
箸を進めながら銀色の話を聞いた織は、食後のお茶を啜り結界についてさらなる細かい説明を銀色にする。
「確かにあれは僕と糸の妖力を元にしているけど、それはこの屋敷の力を利用しているからなせる技なんだよ」
「屋敷の力?」
銀色の疑問に織は小さく頷き、説明を続ける。
「この屋敷は契約した主の力を増幅し、屋敷内のすべてを支配する事が可能になる。だからその力を行使する事で、屋敷の管理から強結界の発動、維持も可能っていう事なんだよ」

  • No.80 by 雪月桜  2017-05-06 01:51:35 

世間話でもするかのように発せられる織の話は、銀色を驚かせるには十分だった。
だがそれとともに、銀色の中には小さな疑問が生まれる。
「確かにそれならあの結界の事も、掃除が不要な事も納得できる。だけど、それにはそれに見合うものが必要だろう?」

  • No.81 by 雪月桜  2017-05-21 02:56:56 

銀色の問いに数秒の間を置き、それに見合う答えを発したのは、使用済みの食器を片づけていた糸の方だった。
「代償は俺達自身だ」
糸の言葉に耳を傾げる銀色に、織が続けざまに説明を足す。
「この屋敷はね、妖人の力を何百倍にも増幅させる力があるんだ。でも、屋敷は少し寂しがり屋で、力を貸す代わりに契約者を此処に時間ごと閉じこめてしまうんだ。で、俺達はこの屋敷に力を借りる代わりに、この屋敷から出る事をしない。そういう約束なんだよ」
縁側に続く襖を指先で撫で、愛しそうに、でもどこか寂しそうな織を見つめ、銀色の心が揺れる。
彼らに願いを叶えてもらえば、銀色は屋敷を出られるだろう。
でも銀色がいなくなった後、織と糸はまた二人だけになる。
見た目が若く見える彼らの時が、本当に止まっているのなら、彼らはどれほどの時を止められてきたのだろうか。
どれほど外の世界に触れていないのだろうか。

  • No.82 by 雪月桜  2017-05-28 01:05:44 

「それでも、前の主よりはマシだけどな。前の主は俺達と違ってずっと一人だったらしいけど、俺達は二人で過ごせてる。だから、屋敷の外には出れなくても、寂しい思いをしないでいるからな」
銀色の寒空のような意識を暖めたのは、糸の日溜まりのような言葉だった。
糸自身は食器を片づけ、卓袱台を布巾で拭くついでに口走っただけなのだろう。
それでも、糸の言葉に救われた銀色は、内心で糸に感謝していた。
そんな会話を交わし終え、糸が台所に食器を片づけようと部屋を出ようとした時、銀色の視線は織を捉えた。
その時一瞬、織の瞳が冷たく感じた。
僅か数秒の事。
きっと気のせいだろう。

  • No.83 by 雪月桜  2017-06-11 01:34:42 

その証拠に銀色の視線に気づいた織は、昨晩と変わらない笑みを浮かべ、優しく見つめ返している。
縁側にかかる木漏れ日の笑みを持つ織が、氷の刃のような視線を浮かべる事などあるわけがない。

  • No.84 by 雪月桜  2017-06-17 01:53:58 

頭を振り銀色が精神を落ち着かせると、織と視線が交わる。
「どうかした?」
銀色の仕草に疑問を浮かべ、織が柔らかな声をかけた。
しかし銀色はその言葉に苦笑を浮かべ、織と自身へ言葉を発する。
「いや、何でもないんだ。気にしないでくれ」
「そう?なら良いんだけど」
銀色の言葉に追求をせず、それとなく心配してくれる織に、銀色は安堵と僅かな違和感を覚えた。

  • No.85 by 雪月桜  2017-06-18 00:58:19 

その様子を眺めていた織は、静かに立ち上がり、縁側に続く襖に触れた。
「そういえば、まだ庭を案内していなかったな」
織の落ち着いた声は、銀色の違和感をかき消す。
穏やかな視線を銀色に注ぎ、僅かな間を置いた後に織の指先が襖を開けはなつ。
結界の向こうから流れる風が、室内に注がれていく。
その風に首輪を引かれるよう、銀色は織の隣に立ち止まった。
「客間とは違う作りなんだな」
ようやく発した銀色の言葉に、織は微笑し説明を始める。

  • No.86 by 雪月桜  2017-06-18 09:13:16 

「客間の方は庭が狭いから、竹垣や菖蒲で纏めるくらいしか出来ないけど、ここはもう少し楽しめるよ」
織は庭先用の草履を二足靴棚から取り出し、言葉を紡ぎながら石畳にそっと乗せる。
「案内、と言うほどでもないかな。それでも、軽い説明で良ければするよ」
「そうだな、よろしく頼む」
先に草履に足を通した織が、ふわりと風を纏うよう銀色に微笑む。
そんな織に重なるよう、銀色もまた笑みを浮かべた。

  • No.87 by 雪月桜  2017-06-18 09:37:21 

初めて履いた草履の感触に、銀色が抵抗を覚えたのは数分だった。
馴染んでしまえば何て事はなく、むしろこちらの方が過ごしやすさすらも覚える。
「この小さな池には鯉もいるんだよ。あ、でも、食用じゃないから食べちゃ駄目だよ?」
「いや、いくら俺でもそのくらいの分別はあるから」
織のからかうような言葉に苦笑を浮かべ、銀色は池の内側に視線を向けた。
織が小さいという池のサイズは襖半分程で、その中には錦鯉が二匹悠然と泳いでいる。
鮮やかな鯉達はどこか屋敷の主達を思わせ、銀色の心に切なく響く。

  • No.88 by 雪月桜  2017-06-24 21:23:11 

一陣の風が織と銀色の間を緩やかに抜けた時、不意に銀色の袖が僅かに揺れた。
腕に触れたその感覚が、銀色の思考を引き戻す。
「確かに綺麗だけど、見とれすぎだよ」

  • No.89 by 雪月桜  2017-06-25 11:41:26 

銀色の袖に触れていた織が苦笑を浮かべていた。
振り向いた銀色の視線は織の表情から、彼の右手握られていた【良く食べる鯉の餌】の箱へと流れていく。
「今日はまだ餌をあげていないんだ。良かったら銀色君もどう?」
「やったことはないが、楽しそうだな」
鯉の餌の箱を揺らし、餌やりの誘いを受けた銀色は小さく頷いた。
銀色の言葉に嬉しそうな笑みを浮かべた織は、箱の中から一日分の餌を取り出し、その半分を銀色の手のひらに乗せる。
薄茶色い餌は小粒で、手のひらに包み込めそうな量だ。
先に一歩前に出た織に習い、銀色も池により近づく。
織の愛しげな視線は、落とされた餌を食べる二匹の鯉に向けられている。

  • No.90 by 雪月桜  2017-07-08 01:00:56 

言葉を発さない二人の間に響くのは、水面に散る餌と、それを求める鯉が発した水音だけだった。
「…辛そうだよね、この子達」
柔らかに吹き抜ける風にかき消されそうな織の声は、銀色の耳に静かに響く。
「そうか?俺には、よくわからないな」
銀色に返せる言葉は、他に思いつかない。
餌をすべて与え終えた織は、同じく餌やりを終えた銀色を見つめ微笑む。
その笑みには微かな哀愁が滲んで見える。
「そっか。でも、僕には辛そうに見えるんだよ。限られた場所に閉じこめられて、たった二匹で生きるのって、少し辛そうだ」

  • No.91 by 雪月桜  2017-07-08 13:57:22 

織の言葉は鯉か織と糸、どちらに向けたものなのだろう。
風が肌寒くなり、織と銀色が各々自室に戻ったのは、そのすぐ後の事だった。
『少し疲れたから休んでくるよ』と言って立ち去った織を思い、銀色は客室の庭を見つめる。
やはり、織は寂しいのだろうか。
もしかしたら糸も、そう思っているのかもしれない。
もし銀色が此処に残れば、その寂しさは僅かでも埋まるのだろうか。
屋敷の中から出ることが叶わなくても、少しでも彼らの心が満たされるならそれでも良いかもしれない。
ぼんやりと考えていた銀色に、睡魔が訪れていく。
瞼が重くなり、静かな眠りが銀色の思考を隠すのにさほど時間はかからなかった。

  • No.92 by 雪月桜  2017-07-15 00:48:29 

「……っ…ぃ」
遠くに声が聞こえた気がする。
ぼんやりとした思考の中で、銀色は薄瞼を開けた。
肩に何か触れたような気もするが、未だ意識が朧気の銀色は指先を動かすしか出来そうもない。
「…ん、何だ…」
少しずつ覚醒する意識とともに、銀色の瞼が開いていく。
それと同時に肩に触れているものが、銀色の左手が重なる。

  • No.93 by 雪月桜  2017-07-15 02:59:56 

触れたものが誰かの手である事は、その手が銀色の左手から早急に逃れた時に気づいた。
そしてその手が誰の手かは、次の瞬間すぐ判明する。
「おい、寝ぼけてないでいい加減起きろ。夕飯の時間だぞ」
この声と言葉遣い、そして銀色の瞳が捉えた姿。
銀色の隣に座り声をかけていたのは、不機嫌そうな糸だった。
というか、今の時刻が夕飯時とはどういう事だろう。
銀色が眠りについたのは、おそらくお昼少し前。
銀色が寝ぼけながら腰を起こすと、自身に毛布がかけられていた事に今更ながら気づく。
「この毛布…」
「何も羽織らないで寝てたからな。俺がかけておいた」
毛布の裾を掴む銀色に、糸は呆れた顔を見せ答える。

  • No.94 by 雪月桜  2017-07-16 00:41:27 

「昼飯の時間に声かけにきたら、お前寝てたから…。さすがに昼飯食わなかったから腹減ってるだろ」
視線を逸らす糸の頬は少し赤い。
照れているのだろうか。
そんな事を考える余裕が出てくると、身体の動きも軽くなり、自身が空腹な事にも気づいてくる。
「そうか、ありがとう。それじゃ、冷めないうちに行くか」

  • No.95 by 雪月桜  2017-07-16 02:19:39 

立ち上がり銀色が毛布を畳むと、糸はそれを受け取り部屋の角に置く。
どうせ今晩使うのだろうから、そのままにしておけとの事だろう。
「いくぞ、飯が冷める」
糸の言葉に頷き、どちらともなく部屋を後にする。
ふと、曲がり角の前、銀色の部屋と反対の廊下の奥の部屋から明かりが漏れていた。
「あの部屋、明かりがついてる」
銀色の指摘に、廊下を曲がった糸が数歩後ろに歩く。
「あぁ、良いんだよ。あの部屋は織の部屋だから。さっき夕飯は部屋で食うっつうから、膳も置いてきたしな」
糸の言葉を聞きあの部屋が織りの部屋で、糸と織は別の部屋で過ごしており、今夜の夕飯の席に織はいないという事を、銀色はゆっくりと理解していった。

  • No.96 by 雪月桜  2017-07-16 20:03:22 

十数歩進むと、目的の部屋に着いた。
室内には二人分の食事が用意されており、銀色は手前に、糸は奥の席に腰をおろす。
「いただきます」
銀色の言葉に頷き、糸も箸をあわせる。
数分間の無言の時に銀色は耐えきれず、いくつかの話を振ってみた。

  • No.97 by 雪月桜  2017-07-29 03:10:34 

「あのさ、お前達の前に、この屋敷の主をしていた人はどんな人だったんだ?」
銀色の言葉に糸は少し驚きを見せたような気がしたが、すぐにその気配は消え、糸が言葉を綴る。
「そうだな…先代の主は、優しくて孤独な人だったらしい」
糸の言葉はどこか遠く聞こえた。
冷たくもなく暖かくもない、透明な声。
そんな糸にかける言葉が見つからず、銀色は別の質問をする。
「そっか。ところでさ、朝も思ったんだけど、この食事は糸が作ってるのか?」
「そうだけど、何か不満でもあったか?」
糸の言葉には僅かな疑問が滲む。
「いや、美味しい食事だと思う。ただ、一人で食事の支度をするのは大変じゃないか?」

  • No.98 by 雪月桜  2017-07-29 03:24:01 

「料理は好きだから苦にならねぇよ。それに織は家事関係の作業が苦手だからな。俺が作るのは自然だろう」
銀色の言葉に苦笑し、糸は綺麗な所作で料理を口に運ぶ。
その後も雑談を交え食事を終え、食後のお茶を飲み終えたあとに『俺は片づけてから部屋に下がる』という糸の言葉を聞き銀色も自室に戻ることにした。

  • No.99 by 雪月桜  2017-08-13 03:25:11 

(この屋敷に来てから、なんか違和感があるんだよな…)
なぜ銀色のような平凡な青年が気に入られたのか。
なぜ織と糸の関係に違和感を覚えてしまうのか。
そしてなぜか最近銀色は、自身の『願い』に固執しなくなってきている。
あんなに取り戻したかったはずなのに、なぜ今はその思いに霞がかかるのだろう。
そんな事を考えていると、すっかり眠気は消えてしまった。
「お茶でも飲みに行くか」
確か、普段食事をする部屋にポットも茶場もあったはずだ。
お茶の道具の扱いぐらいは銀色にも出来るし、台所の位置も把握済みである。
朝にでもお茶を飲んだ事を告げれば、彼らも怒りはしないだろう。
「よし、行くかな」
寝間着の上に羽織をかけ、銀色は部屋を後にした。

  • No.100 by 雪月桜  2017-08-14 02:53:24 

静まり返った薄暗い廊下は、銀色の歩く気配しかない。
家鳴りもしない廊下は、足音をさせないし、頼りになるのは月明かりだけだった。
いや、廊下の奥の方、夕飯時に聞いた織の部屋から、僅かに明かりが漏れている。
織がまだ起きているのだろうか。
もし起きているならお茶に誘ってみようと、銀色は廊下を曲がらず、織の部屋へと歩みを進める。
「…っ…で…糸は…ゃないのかよ!」
争いのような声は織のものだろうか。
糸の名が出たなら、二人はともに部屋にいるのかもしれない。
部屋の前に立つとより明確に二人の声が聞こえた。
「やっと、主様が見つかったんだぞ!?それなのに、糸は帰ってきてほしくないのかよ!」
障子の向こうで、織は糸に掴みかかっていた。
「俺は、主様がこの屋敷に戻ってくれることより、主様の幸せを優先してほしい」
糸の声は、悲痛に響く。

  • No.101 by 雪月桜  2017-08-23 02:10:26 

主様という言葉に、銀色は僅かな頭痛と何か記憶の靄が晴れるような感覚を覚えた。
『……主様…ぉ…、…らず、……ら…』
かつて銀色はその名を誰かに呼ばれたような気がする。
遠くに聞こえたあの声は、いったい誰の声なのだろう。
頭痛の痛みと、記憶を辿る事に意識が逸れていた銀色を現実に戻したのは、障子の向こうに響いた何かが壊れたような、鈍く激しい騒音だった。
「何があったんだ!織!糸!」
驚いた銀色は自身が立ち聞きしていた事を忘れ、形振りを構わず織の部屋に駆け込む。
だがその様子に驚いたのは糸だけで、織の方は微かな反応もない。
その仕草は織が予め銀色の存在に気づいていたという事だろう。
だが銀色はそんな織よりも、壊れた奥の障子に叩きつけられた糸の方へ視線を向ける。

  • No.102 by 雪月桜  2017-08-25 03:34:30 

部屋にいたのは織と糸だけで、誰が突き飛ばしたのかは明確だった。
「織、何でこんな…っ」
織に話しかけた瞬間、再び銀色は頭痛を覚える。
室内は今まで見たどの部屋とも違い、畳二十畳はありそうだ。
そのうち右の三分の一のスペースは、横幅の広い簾がかかっていてよく見えない。
見たことのない部屋のはずなのに、なぜか懐かしい。
鋭い痛みは銀色の意識を奪う。
(あぁ、思い出した、俺は……)
「おい、どうしたんだ!」
「銀色君、起きて!」
混濁する意識の中、遠くに織と糸の声が聞こえた気がした。
そう、愛しい銀色の二つの双黒の声が…。
そして思い出す、すべての始まりが起きた170年前の出来事を……。

  • No.103 by 雪月桜  2017-08-27 00:50:06 






   ー 参話目 銀の主と孤独 ー

  • No.104 by 雪月桜  2017-08-27 23:31:49 

思い出したのは170年ほど前の事。
銀色、別名『銀の主』は、一人縁側にて微睡んでいた。
「……むなしい」
空を見上げる銀の主の瞳には、寂しげな色が滲んでいる。
銀の主が住むこの屋敷は、元は森にある普通の古屋敷だった。
それを買い取り、魔力を増幅させる屋敷に変えたのが銀の主である。
銀の主がここに住んでいたのには訳があった。
妖人が住むこの世界では、妖力の強弱が重要となる。
そして銀の主の種族である『銀狼(ギンオオカミ)』は、妖力の強いと噂の黒猫を凌ぐと言われていた。
だがそれが銀の主は不満だった。

  • No.105 by 雪月桜  2017-09-01 23:56:53 

銀狼の種族は、強い種族であるという概念は『ある種の孤独』とも言える。
強き種族が、弱みを見せるわけにはいかない。
強き種族は、平等である必要がある。
と、銀の主は考えていた。
弱みを見せれば、それを利用される事もあるだろうし、何者かに荷担すれば、それは大きな戦火になりかねない。
それゆえ、銀の主は自ら孤独を選ばざるえなかったのだ。

  • No.106 by 雪月桜  2017-09-03 00:28:50 

しかし銀の主にも感情があり、人と接すれば情が生まれる。
ならば人と関わらず、力を制限すればいい。
そのために人の滅多に来ないこの森で、妖力の増幅を可能とする屋敷にほとんどの力を注ぐ事でそれらを可能としたのだ。
つまりこの屋敷は『妖力を増幅』させるのではなく『銀の主の妖力を一定量吸い取り、蓄えている』屋敷な訳である。
だがどんなものにも限界はあり、それはこの屋敷も例外ではない。
器の限界を越えた中身は、そこから溢れ出す。
それらを解決するため銀の主は、この屋敷を『願いが叶う屋敷』として気まぐれに客を呼ぶ事にした。
あくまで叶える願いは妖力で可能なものだけだが、力や不老長寿、呪いの解呪に異性を魅了する能力等は基本的に出来る。
地位や名誉は妖力の強さで買える物ばかりだし、力を発揮すれば財産等も増やせる。
出来ない事は命に関わる事や、例外的なものだけなので、願いが叶うというのも嘘にはならないだろう。
「そろそろ、最初の客を呼ぶかな」

  • No.107 by 雪月桜  2017-09-05 22:16:51 

銀の主はそう呟くと、予め狙いを付けていた、一人の黒い猫の妖人を屋敷に近づける手筈を整える。
銀色の狙う妖人はまず第一に、強い願いを持つ者だ。
強い願いは人を動かして、冷静さを殺ぐ。
たとえ誰が聞いても怪しいと判断する森の屋敷でも、なにものに代えても叶えたいと思う願いはその判断すらも狂わすものだ。
そして第二に、願いは純粋なものが良い。
別に汚れた欲に駆られた願いも、叶えられないわけではないが、そんな願いは好きじゃない。
どうせ同じ叶えるなら、純粋で清らかな願いを叶えたいと銀の主は思う。
そして第三に、叶えてやる相手は見目麗しい妖人が良い。
これは今回の客にだけ必要な事なのだが、銀の主はあわよくばその黒猫を、側使いとして屋敷に置こうと考えていたのだ。
広い屋敷の管理は銀色の妖力でも特に問題はないのだが、やはり人の手のかかる事はあるし、あまりにも退屈すぎる。
そのため、最初の客と遊戯をして勝ち、お手伝いとして屋敷に閉じこめる事にしたのだ。

  • No.108 by 雪月桜  2017-09-07 01:53:21 

最初の客に選ばれただけで側使いにされる可能性があるというのは酷い事かもしれないが、銀の主も百年近く一人で過ごしていると退屈すぎて嫌気がさしていた。
誰か一人くらい話し相手がいても、許されるだろう。
そして同じ話し相手なら、妖力がある程度あり、容姿が整っていた方が良い。
「ごめんね、黒猫さん」
苦笑を浮かべた銀の主は、苦笑を浮かべ黒猫が通う飲食店に噂を流すよう、妖術にて作り出したネズミの妖人に使いを出した。
これで準備は整ったと、銀の主は客を迎える用意を始めた。

  • No.109 by 雪月桜  2017-09-08 07:37:27 

数日後の深夜、満月の夜の事。
黒猫の妖人は、森で捜し物をしていた。
「本当に看板なんてあるのかな?あの願いが叶うって言う話、嘘だったんじゃないかな」
足に疲れを感じて嫌気がさしてきた黒猫の妖人が歩みを進めると、前方に木製の看板が見えた。
「あった!えっと『願いが叶う屋敷、この先まっすぐ北へ。徒歩にて、五分程』か、……怪しい看板だけど、行くしかないよな」
目的の看板を見つけ内容を確認すると、黒猫の妖人は森を早足で進んでいく。
そうして五分後に辿り着いたのは、古風な一軒の屋敷だった。 
その屋敷は森にあるわりには外装が綺麗で、黒猫の妖人は訝しさを感じてしまう。
屋敷の主は一人暮らしと聞いていた。
それなのに、庭の手入れや外装の掃除が行き届きすぎている。
いったい此処の主とは、どのような人物なのだろう。
不安を抱き黒猫の妖人は屋敷の扉に手をかけた。

  • No.110 by 雪月桜  2017-09-09 00:54:14 

「すいません、誰かいらっしゃいますか?」
扉を開けて中を覗くと部屋の明かりはついているが、肝心の人がいない。
困り果てていた黒猫の妖人の背後から、不意に声が囁かれた。
「ようこそ、願いが叶う屋敷へ。俺がこの屋敷の主で、銀色。別名銀の主という者だよ」
背後に振り向くと、そこには美しい銀の狐が立っている。
月に照らされた銀の主は、その艶やかな尾を揺らし軽い自己紹介をして見せた。
数秒惚けていた黒猫の妖人だったが、すぐに我に返り自身も名を名乗る。
「僕の名前は黒衣織、叶えてほしい願いがあってきたんだ」
簡潔に分かりやすく話す織を見て、銀の主は室内の応接用の客間へと案内をする。
目的の部屋は玄関から近く、室内には大きなテーブルと座椅子が二つあるだけのようだ。
「さて、それじゃあ早速だけど、織君の願いとやらを聞かせてもらえるかな」

  • No.111 by 雪月桜  2017-09-10 00:40:29 

絡めとるような声で銀の主が問う。
「僕の双子の弟を探してほしい。弟は二年前に出かけたあと、消息を絶ったんだ。すぐに帰るって言ってたのに、今だに帰ってこない…」
苦しげに発する織の声を聞き、銀の主は名案を思いついた。
「本当は、遊戯で君が勝ったら願いを叶える決まりなんだけど、実は今俺も困ってる事があるんだよ。だから、今回は交渉にしない?」
銀の主と屋敷の力を使えば、探し人などすぐに見つけられるだろう。
だが、こちらとしてはこの黒猫がほしい。
本来ならこの黒い猫を遊戯で負かし、銀の主の願いを叶えれば良いだけだが、どうせなら双子の黒猫を両方囲うのも一興と言える。
それに猫は二匹纏めて飼った方が退屈しないだろう。

  • No.112 by 雪月桜  2017-09-13 01:28:56 



これまで読んで下さった方へ。

今回途中で打ち切る事になってしまい、誠に申し訳ありませんでした。
今後しばらくは別サイトにて書いておりますので、縁があれば読んでみて下さい。

なお、復活はいずれするかもしれませんので、その時はまたよろしくお願いします。
それでは失礼いたしました。

  • No.113 by 匿名  2019-08-29 04:01:20 

上げ

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