白む空に燻る紫煙　---〆

　







（　電話の先には自分たちに夫について、またエミについて話した時とは違った空気を纏ったロレインが居た。「…有罪を裏付ける確実な証拠が欲しい。」と、相手の言葉に対してもう少し粘りたいのだという思いを口にして。暫く会話をしていた親子だったが、エミが『警察だって私たちを怪しんでる。自供しなくてもバレるのは時間の問題だよ！』と声を荒げると『私が殺した証拠なんてない。元々は自殺として処理されるはずだったの。弾の位置が悪かった所為で事件性を疑われているんでしょうけど、あの人がうつ伏せで寝てたからああやって撃つしかなかったのよ。』と投げやりな言葉が続いて。　）






　

( 事件を早く解決したいという気持ちは互いに同じ中、粘りたいと言う相手の言葉に従うように一つ小さく頷くだけで。＿＿やがて聞こえる2人の声色に変化が訪れた。先に声を荒げたのはエミでそれに釣られる様にしてロレインも感情的な言葉を投げたのだが、その言葉の中に“決定的”な自白を拾う事が出来た。つまり捜査当初問題となった事件か自殺か、と言う点はロレインの思惑通りだった訳だ。結果的に銃創の痕が自殺の線を遠ざけ、ロレイン自身の首を絞める事となった。100%犯人はロレインである事がわかった事で相手に顔を向けては「行こう！」と、声を掛けて )

　






（　“ああやって撃つしかなかった”という言葉は自分自身が引き金を引いた事を裏付ける明確な自白だった。相手の言葉に頷くと2人がいるホテルの部屋に入り、まずはエミを相手に保護させる。ロレインは何が起きたのか分からない様子だったが、何度も顔を見ている自分たちが来た理由を直ぐに察するだろう。幸いにも彼女は拳銃を手にはしておらず、エミを言いくるめて罪を逃れようとしていた事が伺えた。“私を殺そうとしている”とエミ自身が言っていたほど安易に実の娘を手に掛けるような事は考えていなかったのだろう。それでも母親としてなんとか娘を自分の側に引き込もうという身勝手な行動だった。エミが警察と通じていて自白を引き出された事にショックを受けた様子だったものの、ロレインは必死に弁明するような事も無く項垂れて。「自白の証拠はあります。署まで同行願います。」と告げ。　）






　

( ホテルの部屋の扉を勢い良く開ければそれに驚いた2人が一斉に振り返る。そんな中で最初に安堵の表情を浮かべたエミの腕を取りロレインとの距離を離すべく扉の方へと引くのだが。ロレインはエミに危害を加える様子も抵抗する様子も無く相手の言葉に項垂れたまま『……わかりました…。』と振り絞る様な声で応えた。ロレインはエミと共に2人で逃げて新しい生活を始めたかったのか、それとも母娘の間にある確執の様な溝は傍から見る分以上に深く、自分に都合の良く利用しようとしたのか。この様子であれば夫の殺害理由も確りと話すだろうと思えばエミも無事だった事も相まって人知れず安堵の息を漏らし。＿＿取り調べ室で向かい合い座るロレインは意気消沈している様子だが何も答えない様な雰囲気では無い。『…エミは…娘は、』との言葉に「大丈夫ですよ。」と答えれば彼女は小さく頷き、続いて相手の顔をちらりと見上げて )

　





（　_____ロレインは事件当日の夕食に出したというポテトサラダに睡眠薬を混ぜていた。ジェイドは味に異変を感じてあまり食べなかったがエミはそのまま眠ってしまい、彼女が眠っている隙にジェイドの寝室に行くと彼はうつ伏せの状態で眠っていたため後頭部を撃った。銃声に驚いて寝室に来たエミに嘘の証言をさせ、密室状態だった事を裏付ける為に鍵に細工をしてわざと隣人を呼んで開けてもらったり、前々から用意していた引き金に細工がされた銃を部屋に隠して夫に自殺願望があった事を伺わせるかのような演出をした事を、時間を掛けてロレインは語った。夫が浮気をしていると思い込み、そこから関係が悪くなってすれ違いが増えたと言う。別の男性と新しい人生をやり直すには夫が邪魔だった。エミさえ黙っていてくれれば完全に自分は逃げ切れると思い、それを裏切って警察に証言された事でカッとなりエミに罪をなすりつけようとした事も自分の口で話し。---あまりにも身勝手で、一般的な感覚で言えば殺人を犯すほどの事でもない、一人で暴走した末の犯行とも言える事件。事件の可能性を探り始めてからかなりの時間を要してようやく終焉を迎える事となり。取り調べ室から出ると深く息を吐き出し「…ようやく終わったな、」と告げて。　）







　

( ＿＿彼女が語った余りに身勝手で暴走しきった動機につまりエミは巻き込まれた事となる。ジェイドに浮気の証拠は無く完全にロレインの思い込みによる最悪の結末だと言う訳だ。ロレインを別の刑事に引渡し取り調べ室を出ては重たく言葉を落とした相手を一瞥し「…だね。」と同意を。当初この事件捜査は己ともう1人別の刑事だったのに“自殺”か“他殺”かで意見の食い違いが起きたせいで相手が駆り出される事となり、結果的に点滴を打つまでになったのだ。「身体は平気？」つ、と頭を持ち上げ相手を見上げ体調の心配をしつつ、続いてその視線をスーツに隠れて点滴の痕が見えない腕へと落として )

　






（　自分で事件を担当すると名乗りを上げておきながら、体調が優れず思うように捜査を進める事が出来ないもどかしさを感じる事となった今回。朝打った点滴のお陰で今不調を感じる事は無かったが、薬が切れれば再び体調の悪さは顕著な物になるだろうか。捜査が終われば点滴での処置は出来ないと医師からも言われているだけに不安はあるのだが、現時点で辛い訳でも無ければ「…問題無い。」と相手の問いに頷いて。今日は薬が切れる前に早めに帰るようにしようと思いつつ「前任の捜査官にも結果を伝えておけ。あの銃創の位置は可笑しかった。」と、捜査から外したモラレスにも他殺で犯人を逮捕した事を伝えておくよう指示して。　）






　

( その“問題無い”は恐らく点滴が未だ力を発揮しているからの事。薬が切れた夜は普段と変わらずまた悪夢に魘され体調の思わしくない時間が続くのだと思えば自然と視線は下がり「良かった、」なんて今この瞬間にしか当てはまらぬ言葉が口をつき。その視線を持ち上げさせたのもまた相手の言葉だった。「わかりました。」と軽く頭を下げモラレス捜査官に事件解決の知らせをすべく踵を返して＿＿思い付いた様に再び数歩の歩幅で相手との距離を詰める。「…今日お泊まりしても良かったらメールしてね。」僅か顔を近付け周りには誰も居ないものの声を潜め、悪戯に笑ってみせたその表情は先程までの少しの切なさを覆い隠したもので。その後は返事を聞く事無く足早にモラレスの元に事件解決の報告に行き )

　







（　今朝は倍量の薬を摂取している上に点滴を打って貰っている為、今体調に問題が無いのは当然と言えるだろう。しかし薬が切れる事を思うと相手を家に招くのはどうかと思うのだが、相手は返事を聞くよりも前にその場を後にしていて。---モラレスの元にも犯人逮捕の一報は入っていて、警部補から詰められた通り自身の判断が間違って居た事を突き付けられる結果となった。エバンズとミラーに顔を合わせたくないと思いつつデスクでパソコンに向かっていて。　）






　

( 刑事課のフロアに足を踏み入れモラレスの姿は直ぐに見付ける事が出来た。一番端のデスクでパソコンに向かい合う彼の元に歩み寄り直ぐ隣で立ち止まる。「お疲れ様です。」先ずは挨拶を一言。続いて何と切り出すべきかとほんの僅かの間を開けて口を開き。「…既にご存知かと思いますが報告します。被害者であるジェイド・ハーマーの死因は至近距離から後頭部を撃たれた事による失血死、彼の妻であるロレインが犯行を自供しました。」“銃創の位置は可笑しい”と、直接的な言葉は使わなかったものの、今回自殺では無く事件だった事、犯人が居た事はハッキリと口にしつつ軽く頭を下げ、もし何か言葉を受けるならばと直ぐに自分のデスクに戻る事はせず )

　






（　相手に名前を呼ばれ犯人逮捕の一報を受けるとモラレスは気まずそうな表情を浮かべて、『あぁ…』とだけ煮え切らない返事をした。その後『…まぁ、これだけ捜査に時間を掛ければ捜査の見立てが途中で変わって来る事もある。』と、まるで自分が捜査を任されていても時間があればこの結末に辿り着けたとばかりの言い訳めいた言葉を述べて。しかし当然気まずさもあるようでそれ以上言及する事はせず『良かったな。』と他人事の言葉を掛けてすぐに仕事に戻ってしまい。---捜査報告書を纏めていたエバンズは、夕方になり少しばかり倦怠感を感じ始めた事で薬の効き目が切れ始めている事を察知し早めに帰る支度を始めた。不調を薬で押さえつけている以上、その支えが無くなってしまえば崩れるのは早い事は理解していた。動けなくなる前に家に戻るべきで、今日はそれが可能だった。　）






　

( モラレスから最後に受けた言葉にのみ「ありがとうございます。」と頭を下げて自身のデスクへと戻れば、今一度今回の事件の纏めを全て頭から見直しパソコンをシャットダウンする。何時しかフロアの多くある窓のブラインドは降ろされ天井に吊るされる電気が署員の誰かの手によって点けられた頃。揶揄いとも本気とも取れる先程の“メールの話”が目的とする人物から一向に送られて来る気配無ければ画面の暗いスマートフォンを片手に椅子から立ち上がり。「＿＿聞いてよエバンズさん。ここ一時間くらいずっと“お誘い”のメールが来るのを待ってるんだけど、全くなんだ。…もう少し待ってみるべきかな？」二度のノックの後、相手が居る執務室の扉を開け中に入ると開口一番スマートフォンの画面を相手側に、軽く揺らしながら何とも態とらしい言葉を相変わらず悪戯な笑みと共に紡ぎつつ、緩く首を擡げて見せて )

　






_____メールが来ると良いな。俺は帰る、
（　戻って来た相手は“誘いのメール”を1時間ほど待っていると言った。当然それが先ほどの会話を示していて、待たれているメールの送り主が自分であることも理解しているのだが相手に視線を向けるとこれまた他人事な返事を。しかし鞄を手にすると「…お前も帰るなら、家まで乗せてくれ。今日は車が無い。」と徐に告げる。自分を家に下ろしてそのまま帰るか部屋に来るかは相手に任せると言った所か。暗に相手が家に泊まる事を容認していると言える訳だが、相変わらず素直さのカケラもない対応で。　）







　

何か今日はもう来ない気がしてきた。
( どう考えても“待ち人”が自分だとわかっているだろうにあくまでも知らぬ存ぜぬの態度と言葉を貫く相手に片眉をピン、と持ち上げる。そうやって後ろ手に閉めた扉に凭れ掛かるもその刹那、暗に選択肢を此方に委ねる言葉が後を追って来れば途端に表情は破顔し。「！、勿論、喜んで。」スマートフォンをジャケットのポケットにしまい、代わりに鞄から車のキーを取り出すと共に執務室を＿＿署を出て。車を走らせる事数十分で相手の家の前へと到着すれば駐車スペースへと車を停める。勿論相手が車を降りたのを確認して自宅まで再び車を走らせる、などはしない。「メールは来なかったけどお泊まりは出来そう。」と、戯けて見せた後は相手の後ろを歩き家の中へとお邪魔するだろう )

　






（　相手はまるで子どものようにパッと顔を明るくして直ぐに車のキーを手にした。その後助手席に乗り込み家まで送って貰ったものの、相手は当然のようにエンジンを止めて悪戯な笑みを浮かべるのだ。夕食だけ食べて帰るとか、少し話をしたら帰るという選択肢もあるわけで「…泊まれとは言ってない、」と曖昧な表情で返事をして。部屋に入りジャケットを脱ぐといつものようにソファの背凭れに適当に掛けネクタイを解く。相変わらずほとんど物は入っていないのだが「冷蔵庫にあるものは好きに食べて良い。」と相手に伝えておき。　）






　

( 曖昧な表情で返されたこれまた素直さの欠片も無い返事は華麗に無視。本当に泊まりを拒否したい時の相手はこんな風な言い方もしないし、そもそも間違い無く問答無用で家に帰るよう突っぱねて来る筈なのだから。＿＿部屋の中は何時来ても殺風景で必要最低限の家具しかない。だがゴチャゴチャとしていないそこは酷く安らぎを運び、何時しか自分の家と同じくらい安らぐ事の出来る場所へとなっていた。相手と同じようにしてジャケットをソファの背凭れに掛けてその足でキッチンへと向かえば軽く頷きつつ徐に冷蔵庫を開ける。中身がまだ半分以上残っているミルクと、簡単に食べられそうなお惣菜各種のタッパーが数個確認出来た。「…ホットミルク飲む？」然程空腹を感じている訳では無い為に、惣菜の一つを取り出し顔を相手に向けると、恐らく相手1人ならば手間だと思いなかなか作る事をしないだろう飲み物の提案を )

　






（　相手は此方の言葉を無視して冷蔵庫を開けた。拒絶されている訳では無いのならと帰らない選択をしたらしい。此方のの反応が曖昧な物か、それとも本気で拒絶したい時の物か_____そういう所の見分けばかり敏くなるのはどういう訳か。此方も居座る様子の相手に何を言うでもなくソファに腰を下ろすと背凭れに身体を預ける。じわじわと倦怠感を感じるのは薬が切れてきているからだろう、薬が効いている時は体調など気にもならず目の前の事だけに集中出来るのだから薬を飲み繋いででもその状態を維持したいと思うのも仕方のない事。相手からの問いには「…飲む、」とひと言頷いて。　）






　

( 相手からの返事には「了解。」と一言。冷蔵庫から取り出したミルクを小さめの鍋に注ぎ入れ、弱火で底が焦げつかないように静かに混ぜる。熱が加わった事で更にまろやかな香りが強まりその優しい香りが部屋中に静かに広がる頃、火を止め二つのマグカップに白を静かに注ぐと、先ずはそれらを両手に相手の座る目前のテーブルへと置き。続いて蜂蜜とお惣菜のタッパー、相手が食べるかはわからないが一応二本のフォークも運ぶ。そうやって全ての物が揃った事で相手の隣に腰掛けると「少しでも薬が効いてる内に、今日は早めに寝よう。」点滴の効果諸々が最早後数時間程しか持たないだろう事がわかるからこその言葉を掛けつつ、ホットミルクに琥珀色の蜂蜜をたっぷりと溶かし甘味を増した温かな白をゆっくりと胃に落としていき )

　






（　今は体調が良くても、其れが薬によってもたらされた一時的な効果である事は相手も当然把握している訳で、其の声掛けはもっともだった。暖かなマグカップを受け取りつつ特段抵抗を示す事もなく「…そうだな、」とだけ頷くと縁に口を付け。温かくまろやかなミルクが胃に落ちる感覚は穏やかなもの。何度か飲んだ後に蜂蜜の瓶を手にして甘みを足すと深く息を吐いて。身体が少しずつ怠さを訴えるようになっている所為でこの後の事を思って重たい気持ちにさせて。　）






　

( “良い夢が見られますように”だなんて嘘でも言えない。薬で強制的に意識をシャットダウンでもさせない限り相手が悪夢に魘される事は最早決まって居るようなものなのだから。何を言っても気休めにしかならず、そんな言葉で相手の気持ちが晴れるとも思わなければ何も言葉にする事無く徐に伸ばした片手で相手の肩を優しく数回撫でて。そうやって暗に傍に居る事を示した次は、余計な言葉ではなくただ「…エバンズさんと同じ所で眠りたい。」と、あくまでも此方側の要望を音として伝えて )