白む空に燻る紫煙　---〆

アダムス医師


そうですね。過去を忘れるのでは無く、その過去と一緒に未来を考える。…心の中にいる妹さんと一緒に。
( アナンデール事件から10年以上の時が経っているとは言え相手は未だその過去に苦しめられ薬が無ければまともに眠る事すら出来ない日々の中に居る。だから言葉で言う程簡単な状況では無い事は100も承知。相手の腕から抜いた注射針にキャップをしそれをデスクの隅に置き軽く頷いては『未来を考える、と言っても遠い未来の話じゃない。今日の夜は何を食べようかとか、明日は1日どう過ごそうかとか…そういう簡単で小さな事で良いんです。時間が掛かってもそれを積み重ねていく内に、自然と貴方の中にある痛みは小さくなっていくと、私はそう思います。そうしてそれがフラッシュバックを抑える唯一だとも。』珍しく素直で前向きな心持ちの相手を見送って。＿＿一方大学でバーバラを探していたミラーは彼女の専攻している授業が終わるのを待っていた。後数分で終わるので、話はそれからに、と教師に言われその旨を相手のスマートフォンに送った所だ )

　







（　体調が落ち着くとやはり気を取られる事が無くなる所為か自然と思考も纏まり易くなる。思考ばかりが先走って身体が付いて来ない、という事もなくなり薬のお陰で再び持ち直すと相手からのメールを確認してバーバラの通う大学までタクシーを向かわせて。---大学に到着したのは、ちょうど講義が終わる少し前の事。学食の片隅のテーブルに腰を下ろしてパソコンに向かっていた相手を見つけると、近寄った開口一番「…此処でこうしてると学生みたいだな、」と告げて。相手の年齢であれば学食に居ても学生に見えるものだと思っての事なのだが、軽口を叩ける程には調子を取り戻しているという事だろう。その後講義終了のチャイムが鳴ると相手と共にバーバラの元へと向かい。---年頃の少し派手な格好をしたバーバラは刑事相手に戸惑った様子を見せる事もなく、カフェラテに刺さったストローを咥えながら友人と喋っている時のようなフランクさで口を開いた。『私たち小学校の頃からの仲だから何回か聞いた事あるんだけど、エミのお母さんって離婚する前に今のお父さんと出会って、エミの事を捨てて出て行っちゃったんだって。だからエミはずっとお母さんの事を恨んでたし、それがきっかけで昔は結構荒れてたんだよね。だから今家族で一緒に暮らしてるって聞いてホントびっくりした。あとは…お母さんから、今のお父さんが浮気してるって悩みを聞かされてたみたい。そんな事ぼやいてたな、』と告げて。　）







　

＿＿お帰りなさい。…潜入捜査の任務も任せてもらえそうじゃない？
( パソコンの画面を見詰め長く感じられる待ち時間を過ごして居た中。ふいに聞こえて来た足音が己の横で止まり聞き慣れた声が降って来れば、その声色だけで相手の調子の良さ、薬が確りと効いている事がわかり思わず口端に浮かんだ笑みをそのままに顔を向けつつ、軽口に楽しげに眉を持ち上げて見せ。＿＿バーバラの話は貴重なものだった。エミには父親を殺す動機も、母親に罪を擦り付ける動機もある。加えてロレインにも浮気の件で夫を殺す動機が生まれた訳だが。手帳に書き留めてから顔を上げると「…エミが今何処に居るか心当たりはありませんか？」と尋ねる。親友である彼女にならば居場所を話している可能性があると期待があり )

　







（　相手の問いにバーバラは「…言って良いか分かんないけど、お母さんと喧嘩したりした時はおばあちゃんちに行ってるって言ってたよ。バーバラに連絡してあげようか？昨日もメッセージしたんだ。」と答えた。その後、連絡が取れないと母親が言っていたエミとはバーバラを通じて話をする事が出来た。彼女の言葉通り祖母の家に居ると言ったエミは、警察を避ける様子もなく祖母の家の住所を伝え“来ても良いけどママには言わないで”と念を押した。重要な証言をしてくれたバーバラに礼を述べ、彼女が居るという郊外の家に向かうべく相手と共に車に乗り込んで。　）






　

( エミの祖母の家は郊外と言えど然程遠くは無く車通りも余り無い道をスムーズに運転し。ややして民家がぽつり、ぽつり、と見えて来た住宅街に差し掛かるとスピードを落とし住所と家の特徴を確かめる。青い屋根の家の右隣＿＿やや古く見えるが立派な家が彼女の祖母の家だ。道の脇に車を停止させ「着いたよ。」と一声相手に掛けて車を降り。扉をノックして数秒後、エミが顔を出した。エミは己と相手に順番に視線を向け軽く頭を下げると『どうぞ、』と扉を大きく開けて中へ入る様にと促して来て )

( エミの祖母の家は郊外と言えど然程遠くは無く車通りも余り無い道をスムーズに運転し。ややして民家がぽつり、ぽつり、と見えて来た住宅街に差し掛かるとスピードを落とし住所と家の特徴を確かめる。青い屋根の家の右隣＿＿やや古く見えるが立派な家が彼女の祖母の家だ。道の脇に車を停止させ「着いたよ。」と一声相手に掛けて車を降り。扉をノックして数秒後、エミが顔を出した。エミは己と相手に順番に視線を向け軽く頭を下げると『どうぞ、』と扉を大きく開けて中へ入る様にと促して来て )

　







（　警察の突然の訪問に彼女の祖母は少し戸惑ったような不安そうな表情を見せたものの、リビングに通されると自分たち2人と孫娘のエミに温かい紅茶を出し、自分は席を外しているからとエミに告げてリビングを出て行った。「…何も告げずに姿を消していた理由を教えてくれ。」と口を開くと、エミは一度自分たちに視線を向けた後に『ごめんなさい、あのタイミングで居なくなったら疑われるかもしれないとは思ったんです。でも、あのまま母と一緒にいたら殺されるかもしれないって怖かった。』と言った。　）






　

( 不安げに表情を曇らせた祖母に柔らかく微笑み、淹れてくれた紅茶に対するお礼を述べてエミに向き直る。相手の言葉に対して“殺されるかも”なんて物騒な事を言う彼女を真っ直ぐに見据え、けれども彼女の祖母に見せたような威圧感の無い表情で「…何でそう思ったの？父親の事件と関係してる？」と尋ねて。バーバラの話ではエミにも父親を殺害する十分な動機はある。勿論妻であるロレインにもその動機はある訳だが、今この場でエミが語る話の全てを信じる事が出来るのかは確りと見極めなければならない所で、親指の腹でカチ、とボールペンの頭を押し芯を出しつつ、手帳の白紙のページを開いて )

　







（　相手の問いに対してエミは、だって、と口を開く。『母が父を殺したのを見たのは私だけです。口止め料として保険金を渡されたけど、私は警察に話した。目撃者の私さえ居なくなれば逃げられると思ってるはずです。』と答えて。エミは一貫して母親が父を殺したという供述を変えず、目撃証言もあるのだが____それを真実だと裏付ける証拠が無いのだ。母か娘か、被疑者はそれ以外考えられない。しかしお互いがお互いに罪をなすりつけ合っている現状では堂々巡りだ。「…お祖母さんに話を聞けるか、」と尋ねるとエミは少し困惑した表情を浮かべ『良いですけど…でもおばあちゃんは何も関係ありません。ずっと此処に住んでいて、あの日も家に来たりはしてません。』と、祖母が疑われることを危惧した様子を見せて。　）







　

( 互いが互いを庇い合う、では無く互いが互いに罪を擦り付ける状態に矢張り親子の確執の様なものが見え隠れしている気がした。母親に殺される、と考える娘の気持ちが酷く苦しい。相手の言葉に困惑した表情を浮かべるエミを安心させるように軽く首を縦に振ると「大丈夫です。少し質問をして、念の為に当日のアリバイを確認するだけです。」と付け加える。実際隣人の男性もエミの祖母がその場に居たなどと言う証言もしていないし彼女は限りなく白に近い。「…呼んで来てもらえますか？」今一度柔らかく微笑み、席を外している祖母を此処へと促して )

　






（　程なくしてエミと入れ替わりにやってきた彼女の祖母は、2人の刑事を前に何を聞かれるのかと少し不安そうな様子を見せながらも椅子に腰を下ろした。『まさかこんな事が起きるなんて…でも、エミは義理の父親を殺したりなんてしません。良い子なんです、』と口を開いて。彼女はロレインの母親で、エミは昔から家で嫌な事があると時々この家に来ていたという。事件の当日、彼女は友人と病院の花壇の手入れをしていたと話した。エミの祖母は元看護師で長く地元の病院に勤務した為、退職した今でも当時の仲間と花壇の手入れをしていてそれが楽しみなのだとはにかんで。　）






　

( 彼女の言葉で彼女自身のアリバイは直ぐに証明される事となるだろう。となると矢張りこの事件の被疑者はエミとロレインの2人に絞られる訳で、“良い子”だからと言って殺人を犯さないとは限らない。兎に角証拠が必要なのだ。「エミとロレインの間には過去に色々あったと聞きました。それも踏まえて、何か気になる事や2人から聞いている事はありませんか？」2人と距離の近い立場にある祖母ならば何か知っている事が、この事件を大きく動かす事の出来る証拠に繋がる何かが出ないものかと問い掛けつつ、目前に座る彼女を真っ直ぐに見詰めて )

　







（　エミの祖母は、事件に関わるような事は特に何も聞いていないと首を振り『娘とは疎遠なんです、以前の旦那の事や再婚の事で色々あって…』と答えた。「…では、最後に娘さんと話をされたのはいつか覚えていますか？」と尋ねると彼女は少し考える素振りを見せてから顔を上げた。『____あぁ、珍しく娘の方から電話をかけてきたんです。事件の少し前のことです。』会話の内容を覚えているかと尋ねると『…そういえば…変な事を聞かれました。睡眠薬とアルコールを一緒に摂取した場合、どのくらい寝てしまうものなのかって。私が看護師だから昔から風邪薬の事とかを聞かれる事はあったんですが…』と答えて。　）







　

( “娘とは疎遠”との返事にこれ以上聞き出すのは難しいかと諦めが頭を過ぎったその時。続いた相手の質問に対する答えの中に、聞き逃す事は到底出来ない単語が数個飛び出せば思わず隣に座る相手に勢い良く顔を向け。＿＿ジェイドの体内からアルコールの成分は検出されていなかった。となると電話の後、アルコールと睡眠薬の両方を使用する事を辞め睡眠薬だけを飲ませた可能性がある。料理を作ったのはロレインで、その時に睡眠薬を細かく砕き粉状にして食べ物に混ぜれば……「…ポテトサラダ、」思わず小さな呟きが漏れた。エミの証言では、ジェイドはポテトサラダの味に異変を感じ食べなかったと。一口、二口、と食べ後を残したとしても味の異変を感じるだけの量が入れられていれば、簡単に眠りに落ちるだろう。「…それで、貴女は何と答えたんですか？」緊張や興奮、湧き上がるそれらを抑え付けながら彼女がロレインに返した言葉を尋ねて )

　






（　初めて事件に繋がる証言が得られたように思えた。『勿論止めました。薬は水かぬるま湯で飲むようにって、よく聞くでしょう？飲み物の成分と薬の成分が変に作用してしまうと本来の効果を発揮しなくなったり、逆に効きすぎたりしてしまうんです。特にアルコールは良くないから…薬を飲むならきちんと水で飲みなさいとだけ伝えました。』と彼女は答えた。看護師らしく理由を語った祖母の証言が、事件を大きく解決へと近づけたと言えよう。アルコールとの相乗効果を狙ったものの思い通りに行かなかったのか、或いは効果が減退してしまう可能性を危惧して母の助言通り睡眠薬だけを盛る事にしたのか_____同じポテトサラダを食べたエミは眠り込んでしまったわけで、ロレインが食事に睡眠薬を盛っていた可能性は極めて高い。エミ自身の目撃証言と祖母の元に掛かってきた電話、それは大きな証拠になるはずだ。　）







　

＿＿そうですね、最悪取り返しのつかない事になる可能性だってある。
( 当たり前ながらお酒で睡眠薬を流し込む事を止めたと言う彼女の言葉に同意するように大きく頷く。同時にこの話を隣で聞いた相手が“逆に効きすぎたり”の部分だけを都合良く拾い、残し続けたりしないようにと、こんな時ですら相手の心に向く思考を止める事無く漂わせ。何はともあれエミの目撃証言はかなり信憑性を増しロレインに大きく疑惑の目が向く事となった訳だが。「…このままロレインの元に向かいますか？」この証言を引き連れ上手い事自白を引き出す事が出来れば、それが出来なくとも何かの矛盾点や動機を彼女自身の口から聞く事が出来れば、とやや声を落とし問い掛けて )

　







（　相手の言葉に頷き、祖母に礼を述べて立ち上がると不意に家の電話が鳴った。電話の相手はまさに今名前が上がったロレインだったようで、電話を取った彼女の表情が少し固いものに変わる。”エミは来ていない“と答えて電話を切るとリビングに戻って来たエミが此方に視線を向ける。『刑事さん。母は私を探してるんです、証拠を隠滅したくて仕方が無いんだと思う。…一緒にホテルに向かいませんか？私が1人で戻ってきた素振りを見せれば、2人の前でボロを見せるかもしれない。実の娘を殺そうとする人です、昔から折り合いも良くなかったし…おばあちゃんが居るから私は大丈夫。きちんと罪を償って欲しいんです、』と、意を決した表情で告げて。　）







　

( ふいに部屋に響いた電話の音。遅かれ早かれ自分を探しに母親がこの場所になんらかのアプローチを掛けて来る事は想定済みだったのだろう、エミの意を決した言葉に暫し沈黙を落とす。所謂“囮役”を彼女に担って貰うとすれば少なからず危険だってある訳で、果たしてそれを肯定しても良いものか。「……」重なったエミの瞳は不安では無く母親に罪を償って欲しいと言う気持ちと、未来を見て歩きだそうとする光が見えた気がした。だからだろうか。一度隣に立つ相手と目配せをしてからエミに視線を向ける。「…危害は加えさせないと約束します。」小さく頭を縦に動かす事で彼女の案を受け入れては、少なからず身の危険を感じるだろう心を少しでも安心させるようにそう告げて。エミの祖母に頭を下げ3人で車に乗り込めばロレインの居るホテルへと車を走らせて )

　







（　エミには電話を繋いだまま部屋に戻ってもらい、服のポケットにはボイスレコーダーを忍ばせ会話を録音する。念の為車に積まれていた防弾チョッキを中に着てもらい、証拠となる音声が録れた時点で____或いは彼女に危険が及ぶと判断した時点で自分たちが入るという計画で話はまとまり。---緊迫した空気の中、部屋がある3階のロビーまで向かい部屋の中の音声を聞く。『エミ！どこに行ってたの、ようやく戻って来たのね。』と、一見普通の親子の会話が聞こえて来たもののすぐに『保険金は口止め料として渡したはずよ、なのにどうしてあんな証言を警察にしたの？私を裏切った。貴女が何も言わなければこれまで通り暮らせるの、どうして分からないの？』と問い詰めるような言葉が続き。　）






　

( ＿＿電話から聞こえる声の多くはロレインのもので、どうやら感情的になっている様子。“保険金は口止め料”、“私を裏切った”、諸々この事件の犯人が自分である事を示すような言葉が次から次へと飛び出て来る辺り彼女は娘との会話を録音されている事にも直ぐ近くに警察が待機している事にも全く気が付いて居ないのだろう。「…決定的な言葉が出れば、」しん、と静まり返る車内で今か今かと待つのはロレインが犯人であるという明確な言葉。エミがそれを上手く引き出す事が出来れば良いが、変に促して怪しまれてしまえば元も子も無い。「…怪しい発言は残ってるし、最悪自白が無くても引っ張りたい。」と、この事件を長引かせたくない思いからか素直なまでの気持ちが音として溢れて )