雨露滴る君へ愛を囁く。【非募集】

(距離があると言っても名前を呼ぶ声は届いているはずで、しかし立ち止まりもせずどんどん速足になっていくのを見れば明らかに様子がおかしいと自分も速度を上げ。保健室の扉が開かれるころにようやく追いつくと断りもなく相手に続いて中に入り、名前にすら反応してくれないようではきっと何を言っても聞く耳を持ってくれないと思えば、強引ではあるが相手の肩に手をかけて閉まりかけの扉に強く押し付け バタン と完全に閉めきって。逃れられない状況を作り出したところで じ と見つめれば問い詰める口調ではなくいつもの柔らかい雰囲気のまま問いかけ)
―ねぇ。…どうしたの?

っ!!――煩い……っ、どうもしない!!離せよっ、邪魔だ!!
(すっかり周りが見えなくなった状況下で相手が付いて来ているとは思いもせず、突然肩を掴まれると驚きのあまり鞄から手を離してしまい床に落ちて。無論拾う事も叶わないまま扉に押し付けられ眉を寄せると、向けられる強い視線に思わず問われるまま先程の事を口にしてしまいそうになり。しかしそれが本来は己に関係無い事だと理解している上、この衝動が仕事疲れによるものだと思えば言葉を呑み込んで視線を逸らすように俯き。それでも怒りは一向に治まらず、肩にある相手の腕を掴んで引き剥がそうと試みながら此処が学校の一室である事も忘れて声を張り上げ)

―…、!!…嫌です。今度は言うこと聞かないって…言ったでしょ?
(何でもないのが本当ならこんなに大声をあげるはずがなく。ご機嫌斜めなんて次元の話じゃない、酷く心が乱れていることだけは感じ取れて。拒絶されていることは相手の言動からしてわかりきっているけれどここで手を離してしまえば余計に拗れてしまうことも予想でき、腕を掴まれると素直に応じるふりをして肩から手を外し床に落ちていたカバンを拾い上げては人質のように 抱きしめて、前回宣言していた通り今回は退かないと言いきり。しかし強気に出ていたのもここまでで。俯かれていれば表情から相手の心理を探ることも叶わないため コツ と額を相手の肩に力なく乗せては考えられる可能性の1つを恐る恐る口にして)
…、俺のこと嫌い、ですか?

――……嫌いじゃない。
(大した抵抗も無くあっさりと相手の体が離れるもそれでさえ苛立ちに変わり、やはり先程の光景が何度も脳裏に蘇ってきて。目元に手の甲を宛がって必死に落ち着こうとしてみても相手の言葉すら殆ど耳に入らず、ただ頭の中で渦巻く醜い感情に自己嫌悪と相手への怒りを募らせていて。意識を不意に現実に引き戻したのは肩に掛かる僅かな重みと、落ち着きと同時に胸の高鳴りを感じさせる相手の匂い、それからいつに無く弱々しい相手の声で。それまで取り乱していた事が嘘のように心は鎮まり、小さく息を吐き出すと相手の頭に手を遣って髪を優しく撫でながら短く答え)

それなら…――、…抱きしめてもいい?
(予想していた最悪の返事ではなかったことに安堵すれば自ずと続く言葉は 好きか? と問う率直な質問で、ただ先ほどの拒絶を受けた直後で核心に迫る勇気も自信もなく、途中で不自然に言葉飲みこむとせめて相手をこの腕の中に感じたいと肩に頭預けたまま ポツリ と願い。どうしようもなくなったらカバンを取引き材料に話し合いの交渉しようと思っていたが相手の落ち着いた声を聞けばその必要もなくなったように思え、静かに床に置くと空いた両手を反応を窺いながらゆっくり背中に伸ばしていって)

(相手の問い掛けに答える事は無いものの背中へ回って来る腕に身を任せるように抵抗はせず、視線を落としていた事で相手の手の中に己の鞄があった事を初めて知り。それに疑問を抱いている間にいつの間にか相手の腕の中に居て、やはり胸の高鳴りを感じるもののいつもそうするように相手の肩に頭をのせる事はできず。相手の体温を感じてより相手を濃く感じる程、また少しずつ余計な事を考え始めてしまう。自分の感情をコントロールできないもどかしさに眉を寄せ)

(断られはしなかったもののどれだけ強く抱きしめても相手の心は己に向いてない無い気がして、己のものにしてしまいたいと願えば願う程遠くなっていくような一方的な想いばかり空回りするだけ。相手に一体何が起こったのか見当もつかなければ聞き出すことにも失敗した今、己が出来ることと言えば傍にいることくらいだがそれすらも迷惑なのではとマイナスの考えばかりが膨らめば気持ちが沈みかけ。しかし切なげな表情浮かべる相手を前に放って置くなんて出来るはずもなく、これ以上干渉してしまえば嫌われるのも覚悟の上でもう1度尋ねる諦めの悪さを発揮。返事を待つ間張り詰めた空気に負けて相手の額と己のそれを コツン と合わせては無意識に抱きしめる腕に力がこもり）
何があったんですか。教えてよ、知りたい。―…俺、逢坂先生のこと…もっと、知りたいんです。

……これ以上お前に何を教えてやれば良いんだよ。もう十分知ってんだろ、俺がどんな人間か。
(年甲斐も無く不貞腐れて偏屈な態度を取って、そんな風に接しても突き放して来ない相手の意図が分からず、何かを掴めていないようなもどかしさに再び苛立ちが募り始め。思えばぞんざいな振る舞いを初めて見せた時だって相手は普段と変わらずに接してきて、だからこそ先程の光景も相俟っていよいよ相手の事が分からなくなってしまい。相手の気持ちはどうでも良いと既に割り切っているはず。故にこんな事で悶々としてしまうのは疲れの所為だ。それを相手に押し付けてしまいたくないのに、また相手の言葉に気持ちが揺れると堰を切ったように言葉が溢れ出し。声色こそ落ち着いているものの今直ぐにでも相手の前から消えてしまいたくて、額を合わされた顔を強引に逸らし相手の肩を力任せに押し遣り)
お前は誰にでもそうやって接するんだろ。勝手にこっちに踏み込んで来て、散々搔き乱して、けどお前にとっては別に何て事無い。皆に平等だし特別なんて無いんだもんな。俺だけがお前を特別扱いして、一方的で虚しいだけだ。

誰にでも―…?――っち、違う。違いますよ。そんなことない。
(終始突き放されているような言葉と態度が胸に刺さり、自分が傷つきたくないばかりに有耶無耶にしていた関係が脆くも崩れかけ。怒りの矛先が己に向いていることはわかったが心当たりがなく。訳もわからぬまま焦って口を開き、申し訳なく思う気持ちと何が何でも誤解を解きたい気持ちとが混在し始めて、そんな折額が離され肩を押し返されれば諦めて手放しかけるも心がそれを許さない。ここで退いてしまったならもう2度と気持ちよく顔を合わせられない、前みたいに触れ合えない。そう思えば正直な想いを伝えて嫌われた方が何倍もマシだ、ギリ と肩にかけた指先に力を入れて離れたくないという頑固な意思を示しては、腹を括ったのか強引に顔を覗き込み後頭部に手を添えて唇が触れ合う寸前でまっすぐな瞳を向けて）
キスしたいなって思うのも、かわいいなって思うのも…1人だけ。特別に思ってるのは逢坂先生だけ。――…好き、だから。

!!――…嘘、だ…っ。…じゃあ、さっきのは何だったんだよ。彼奴にも同じ事言ったのか?好きとか特別とか、彼奴にも言ったんだろ!!
(幾ら押し返したところで相手の体が離れる事は無く、そればかりか強引に視線を合わせられるとたじろいでしまい口を噤み。告げられる言葉に息を呑んで大きく心を揺さぶられるも、やはりそれを理解する前に先程の光景が脳裏を掠め。視線が逸らせず逃げ場も無く、追い詰められた末に一度は感情を抑え込んだ震える声で告げるものの、不意に胸倉を掴むとあれだけ言うまいとしていた己の思考を乱す一番の理由を口にしてしまい。再び冷静さを失って至近距離である事にも構わず大声を上げると、相手を睨み付ける反面苦しげに表情を歪めて問い詰め)

っ…??…さっきのって…―ぁ、もしかして。ああ、なんだ…そういうことか。
(相手の声が鼓膜を強く叩き キン と耳を抜ける痛みに眉を寄せて。溜まっていた怒りの理由を知れただけでも大きな意味があり、息を呑んだまま情けない表情を晒すのは身に覚えのないことを指摘されたからで。時系列的に考えても教室での1件を指しているのだろうがやましいことなんて何もなく、近くで生徒の目を…、いや今になって考えてみればかなり至近距離で覗き込んでいたかもしれないと思い直し。廊下側から見た時の角度によってはそういった行為に及んでいたと間違われてしまうはず、考えもしなかった結論に至ったことでようやく相手と意見がくい違う原因がわかれば一気に緊張の糸が解けて。全てがわかってしまった今なら、睨みつけてくる表情も大声上げられたことも嬉しく思ってしまうのは調子がよすぎるか。襟にある手にしっかりと自分のを重ねては少し冷たく感じる手の甲に温もり与えながら事情を説明し始めて)
あれは、生徒が目が痛いって言ってたから見てただけ。よく見えないからって近づきすぎちゃったかな。…反省します。

…は…?
(一度吐き出してしまえば後戻りはできずただ怒りに任せて相手を睨んでいた最中、不意に相手の手が重ねられ告げられた事の真相に暫し呆然として。あれだけ憤慨していた手前すんなりと理解ができず、眉間に寄っていた皺が消えるのと同時に相手の胸倉を掴む手からも力が抜けて行き。忙しなく右往左往する視線からは狼狽えているのが明らかで、実に一分近く無言を貫き漸く相手の言っている意味を理解した時流石に羞恥に襲われ如実に顔が熱くなるのを感じ。何故誤解だなんて簡単な考えが少しも思い浮かばなかったのだろう。こんな事実は認めたくなくて何とか言いがかりを付けようと口を開いてはみるが、あまりの事に頭が回らず閉口してしまい兎に角赤くなった顔を相手に見られたくないあまり再度無理やり顔を背け。「……帰る。」自分がとんだ醜態を晒した事も遠回しに相手への想いを露呈する態度を取った事も、今はまだ実感としては然程無い。しかし時が経つにつれて自覚する程相手と顔を合わせて居られなくなるのは目に見えており、そうなる前にこの場から去ってしまおうと短く呟いてから足元の鞄に手を伸ばし)

帰、る…?―…わかりました、つまり俺はフラれたってことですね?
(理解してもらえたのかどうかも返事がなければわからず、顔がみるみる赤くなっていくのを目の当たりにすれば怒りは収まっていないのだと思い込み。追い打ちをかけるように帰宅の意を告げられれば視界は暗転したように何も映さず頭も考えることを放棄して。顔を背けられることだって今日だけでも何度目か、これまで不屈の精神で攻めてきたものの積み重なった愛しさをどう処理していいかわからず、強引に抱きしめることで残ってもらったって相手の意思じゃなければ虚しいだけ。両手を すとん と力なく下ろしては俯きたい気持ちを抑えながら無理に笑みを作り、自らフラれたと口にすることで気丈に振る舞えば相手の背に位置する扉を開けようとノブに手を掛けて)

……いや、…違うだろ。何言ってんだよお前は。
(てっきり相手には己の気持が全て伝わってしまったとばかり思っていた為に、思わぬ言葉が帰ってくると思わず動きを止めて目を見開き。ただでさえ混乱していた頭は益々混乱を極め、つい素で相手の言葉を否定してしまい。今までの言動を踏まえているというのに、一体何がどうなって相手の中にそんな突飛な発想が浮かぶというのか。あまりの驚きに頬の赤みも完全に消え失せ、寧ろそんなにも誤解を抱く態度を取っていたのだろうかと逡巡してしまい。散々隠したがっていたわりにこうも伝わっていないとなるとそれはそれでもどかしく「分かるだろ普通…。」目元に手を遣って落胆したような溜息と共に小声で呟き)

…――じゃあ。…好きなの?
(否定されれば諦めていた心は性懲りもなく再び希望を抱いて扉を開くことなんて忘れたまま じっ と相手を見つめ、相手の言動は好意を匂わせてくれるものなのに、頭の整理が追いついていない現状ではそれを理解するには程遠く。もし好かれていると思ったって確かな言葉がもらえなければ遅かれ早かれ心は徐々に不安に侵食されていくだろう。白黒はっきりつけたくない、平均的に歩んで行けば良いだけの生温い人生観を抱いていたはずが、相手のこととなればどうしても割りきることができなくて。先ほど問いかけようとした言葉の続きを今度は最後まで伝えると時計の秒針が動く音だけがやけに頭に響く中、緊張で体の自由がきかず ごく と喉を鳴らして)

――……好き。
(核心に触れる問い掛けに一瞬返答を躊躇ってしまうものの、どちらにせよ既に伝えてしまったようなものであるのは自覚しており。その上相手の緊張した様子を見ているとはぐらかすわけにもいかず、暫しの無言を貫いた後にポツリと返答をして。最後にこんなにきちんと告白をしたのなんてもう思い出せない程に昔の事、先程よりはよっぽどましながらやはり僅かに頬が熱くなってしまい気まずそうに視線を落とし)

!っ、…マジ??……―はぁ。
(小さかったが確かに求めていた2文字が耳に届き、ボタンを掛け違えたみたいに少しずつズレていた双方の気持ちを正しく汲み取ることができれば、己を取り巻いていた重苦しい空気は安堵の息を吐くと共に一瞬のうちに消え去って。もらった言葉も嬉しかったが俯き頬を染めている表情もなんと愛らしいことか。思わず両手を相手の頭に伸ばし髪型を大胆に崩しながら よかった と何度も繰り返し、ここまできても先ほど帰宅すると告げられた意味は理解に至っていないようで。散々髪を乱してから手の動きを止めると後々言われてしまわないよう先手を打っておき)
…帰るなんて言わないで。傍に居て。

うわっ、おいやめろ!!
(俯いていたところを唐突に髪を撫で回されれば抵抗の余地も無く、必死に顔を背けて阻止しようとするものの既に折角セットしてきた前髪はすっかり崩れてしまっていて。頻りに安堵の言葉を口にするのを聞きながら若干の気恥ずかしさを押し隠すように不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、漸く相手の手が止まったところで溜息を吐きながら乱れてしまった前髪を適当に左右に分け。その時相手から告げられた言葉に逡巡するような間を開けると「…帰るに決まってんだろ。こんなとこにいつまでも居てどうすんだよ。」仕事は残っているものの今更再開する気にもなれず、溜息交じりに告げると再び身を屈めて鞄を手に持ち。相手の肩を押すついでに耳元に唇を寄せ「…二人きりじゃなきゃやだ。」笑みを含んだ声色で告げると耳朶を軽く食み)

ぁー…やっば。勘違いしそ……じゃなくて、していいのか。楽しみ。
(溜息をつかれようとも少しの不安も生まれないのは気持ちが明確になったおかげ。帰宅して欲しくないとあれほど伝えたのに、結局相手が選んだ答えが同じであれば不満気に眉を寄せ。そこまで頑なに意思を貫き通そうとするならこっちだって本気で引き止めようと策を練っていれば、甘ったるい囁きと耳朶に熱を感じ じわじわ と体温が上昇する最中すっかりお馴染みの気持ちが湧いてきて。いつもなら自惚れなのだと下心をどうにか制御しようと試みているが今日からは違う、相手からも好かれていると考えれば考えるほど触れたい欲求ばかりが募り、恥ずかし気もなく笑みと言葉にこれからの期待を滲ませて)

変な事考えてんじゃねぇよ馬鹿。
(相手の呟きを傍らに傍を擦り抜けて鞄の中に残った仕事を詰めていたところ、付け足された最後の言葉には思わず笑ってしまいながら釘を刺し。保健室の鍵を片手に相手の元へ戻るとそのまま背を押して強引に退室させ、続いて保健室を出ると扉に施錠しながら「お前車?電車?」相手の通勤手段を問いちらりと其方を一瞥し)