春の蛹　〆　

ふわふわしてんなぁ…。
（　間延びした返事にぽつり零せば浴室に向かう弟を危ぶみ其方見えなくなる迄見守り。完全に一人きりの空間と化したリビングは何処かもの寂しく、気紛れにテレビの電源を入れ宛も無くチャンネルを幾つか変えて見るも特に興味惹かれるものは無く、最終的に無難なニュース番組に落ち着き　）

──…はー、あっつ。
（　毛束の間から光るピアスを鏡越しに見付ける度につい其方へ意識向け満足気な表情浮かべつつ、転寝してしまう程の疲労も熱めのお湯と共に洗い流してしまい。浴室から出る頃には頬をほんのり上気させ、毛先から未だ滴る水滴で部屋着の布地を濃く色付かせてリビングへと舞い戻り　）

あー…ちゃんと頭拭いてねぇだろ。其の儘じゃ風邪引くぞ。兄ちゃんとこおいで。
（　テレビの音声BGMに浅く意識の海揺蕩っていれば耳触りの良い声に不意に顔を上げ、いつの間にやら動物番組にシフトチェンジしたテレビ画面を一瞥し次いで声した方へ顔ごと視線向けて。水分含んだ毛先からぽたり垂れる雫に仄かに眉顰め此方へ手招いて　）

…あ、…うん。
（　愛らしい動物映るテレビ画面へと視線を向け立ち尽くしていると不意に首筋に垂れた水滴が擽ったく、片手に持ったバスタオルで其れを乱雑に拭い。そんな中、年齢の低い親戚の子どもに投げ掛ける様な発言耳に届き戸惑いの視線を相手へ向けるが、此れも兄なりの心配りと捉えては其方へ歩み寄り、ソファで寛ぐ兄の足下へと背を向ける形で床に座り込み　）

悪い、…流石に距離感間違えたかもしんねぇ。
（　何気無く発した言葉に疑問の欠片すら持たず弟を待つも、丁度良い位置に相手の頭来ればタオル受け取ろうと右手を差し出した儘ぴたりと制止し、脳裏を過ぎったお節介の三文字に急かされやや狼狽えた様子で訊ねて　）

悪い、…流石に距離感間違えたかもしんねぇ。
（　何気無く発した言葉に疑問の欠片すら持たず弟を待つも、丁度良い位置に相手の頭来ればタオル受け取ろうと右手を差し出した儘ぴたりと制止し、脳裏を過ぎったお節介の三文字に急かされやや狼狽えた様子で発言し　）


ごめん、ちょい訂正させて。こっちが本文って事で。

…や、兄ちゃんが良いなら…全然、してほしいんだけど。…やめる？
（　背後から差し出された掌に控えめにバスタオルを置くなり動揺伝わる声が降ってくれば、己の見せた躊躇が原因であろうと推測し、相手の腿の間にできた僅かなソファのスペースへと頭を凭れさせ、其の儘頭上の兄見上げては残念そうに眉尻垂れ下げつつ素直な願望吐き出して　）

りょうかーい。

…んや、やる。拭くから好きにしてて構わねぇよ。
（　途切れ途切れ発される言葉に潜んだ肯定的な意にゆったりと瞬きを一つ。気を遣わせてしまったかと自責の念に駆られるも首を横に振り応じ、タオルを受け取っては前方向く事促し乍らタオルを広げ　）

ちっさい頃さ、こうやって髪拭かれんの好きだった。
（　相手の返答に満足気に薄ら笑み浮かべてから頭部を起こして視線は前方のテレビ画面へ移し、時折首を緩く左右に振って頬に張り付く湿った毛先を払いつつ不意に思い起こされた幼少期の思い出を語り　）

へぇ。じゃあ宗の気が向いた時にでも又やるか。今でも抵抗無ければの話だけど。
（　一度広げたタオル頭に被せ大凡の水分を浸透させた後に頭皮や頭頂部から順を追ってタオルドライしていき。己より短い髪は扱い易くもあり、手際良く進行し乍らも相手の話に耳を傾け提案を述べ　）

庵にこういう事されんのは全然抵抗ない。友達とお泊りしてるみてぇで楽しい。
（　髪に触れる手付きが優しく、それでいて力加減も弱過ぎず心地良さそうに息を吐き出し。先程から此方の心境窺っている様子の兄に対して己の心情素直に吐き出しては緩む口元隠すように右膝へと凭れ頬緩く押し付けて　）

そりゃ良かった。兄ちゃん張り切って、お前に満足して貰える仕上がり目指すわ。
（　頭頂部から中間辺りを殆ど拭い終えてはタオル移動させつつ毛先の水分を取り払う事に着手し。右膝へ僅かばかり重み感じ其方に視線落としては、愛らしい光景にふと眦が弛緩するも、名残り惜しくもある其の頭わしゃりと撫でては口開き　）
ドライヤー取ってくる。…直ぐ戻るから其の儘寝んなよ。

はーい、寝ません。
（　此れ迄、己で出来る事は自力でこなし平均以上に生活力を身に付けている筈が相手の前では其の居心地の良さについ甘えてしまう事を不思議に思い思考巡らせるが明確な答えは出せず。間もなく立ち上がるであろう動作見越して再び頭をソファへと預けると兄を待つ間にテレビ画面に映った小動物見つめ優し気な笑み浮かべていて　）

ただいま。…動物好きなの？
（　脚の間にある頭蹴らぬ様に片足引いて避けてはソファから降り宣言通りに洗面台へとドライヤーを取りに行き、戻れば何やらテレビ画面に熱中してる様子の弟に簡素な問いを投げ掛け。その合間コンセント探し当ててはドライヤーを繋ぎ、其れ片手に提げた儘元の場所へと腰を落ち着けて　）

おかえりー。うん、めっちゃ好き。犬と小動物が特に。
（　舞い戻る姿が視界の端に映れば其方へ視線移し、動きを目で追い掛けつつ次いで投げ掛けられた質問に対しては首を縦に振って肯定し。その後、背後で衣服が擦れる音と僅かにソファ沈みこむ感覚あり、相手が再び腰掛けた事悟れば意識は兄へ視線は再びテレビ画面へと其々向け　）
最近は行く機会ないけど、動物園とかさー…また行きてぇなって思うし。

犬は居るか分かんねぇけど、小動物と触れ合い出来る動物園割りと近くにあったぞ。テレビかなんかの特集で見た。
（　ドライヤーが正常に動作するか確認し乍ら曖昧な記憶辿り言葉を紡いでは、自身もチラリとテレビ画面見遣った処丁度犬が駆け回っている場面で。スイッチ操作し温風を排出させれば、軽く指先で髪揺らしつつ頭頂部から浴びせる様に乾かしていき　）
…つーか先ず、この年齢になって動物園行く機会って中々ねぇよな。

え、まじで？…触れ合いとか…うわ、めっちゃ行きてぇな。
（　吹き降ろす温風の心地良さに任せて瞼下ろし、細かい指の動きに感じ入っていれば思わぬ所で入手した情報にぴん、と背筋を伸ばしてつい振り返りたくなる衝動と早くも高鳴る胸の鼓動抑えるが次ぐ現実味を帯びた発言には残念そうに肩落とし　）
そうそう。何となく子供じみてる気がして友達も誘いにくいし。…デート、なら…行っても不自然じゃねぇけど。

…デート、なぁ…確かにそんくらいじゃなきゃ行かねぇかも。宗は彼女とかいねぇの？
（　温風に曝され指先を摺り抜ける様に揺れる髪は大分乾き始めており、ドライヤーの温度を冷風に設定し手櫛で整え乍らも耳を傾けるはころころと色変わる弟の話。咋に肩落とす相手に微笑ましさ感じ得てはふつと沸いた疑問を問うて　）

んは…居ねぇよ、好きな子すら出来てない。
（　不意に冷風が首筋撫でると僅かに擽ったく、体を小さく揺らして肩を竦め唇の隙間から柔らかな笑い声を漏らし。次いで毛を梳く指先の動作を妨害する様に喉元晒す形で頭部を後方へ凭れさせ、純粋な眼差しで尋ね返し　）
庵は居んの？…って聞くまでもなく、居そうな感じするけど。

へぇ、意外。でも案外密かに想われてたりしたりな。
（　気の利く性質であり乍ら歳相応の無邪気さ垣間見せる弟の魅力溢れる人柄を踏まえては、本心から不可解だと小首を傾げ。ぱち、と視線交錯すればドライヤーの電源切り緩やかに首左右に振っては苦笑滲む声音で否定の意を唱え、続いて指通り滑らかになった髪をわしゃり一撫でし満足気に　）
んな風に見える？俺も居ねぇよ。所謂友達止まり。───はい、乾いた。