春の蛹　〆　

あー…当たり前みてーに庵と一緒に登校する気で居た。
（　手際良く食器纏める姿見てひと安心し相手に続く形で立ち上がり、自室へと爪先向けつつ兄の誘いに暫し言い淀んだのは至極当然に兄弟共に登校する気でいた自身の脳内に対する困惑に依るもので。気恥ずかしさ隠す為か相手一瞥して悪戯に口角吊り上げた後、未だ跳ねる後ろ髪を指先で押さえてから再び歩み出して　）

…可愛いのなー。
（　並んで登校する画が想像出来ず密かに窺う様な状態から一変、言葉残して去る相手の背中僅かに口許弛め呟けば嬉々として見送り。シンクに全て食器類全て運び終われば食器用洗浄剤垂らしたスポンジ手に取り鼻歌混じり洗い始め、手際良く進めたが故大して時間は要さず終了させれば濡れた手タオルで拭い身支度行う為に先ずは着替えをと自室に歩を進め　）

（　自室へと足を運ぶと早速寝間着から袖を抜き、クローゼットから取り出した皺一つない制服へと着替えるなりしゃんと伸びる背筋に心なしか気持ち切り替わった様に感じ。それから通学鞄へと時間割通り教科書とノート、筆箱を詰め込んだ後、洗面台へ向かう序でにリビングのソファへ鞄を置き、歯を磨くと同時に跳ねる毛先に水付けて寝癖を手櫛で整え　）
んん゛、…この寝癖手強い。

立派に一束跳ねてんね。それ直んねぇの？
（　早速制服への着替えを終えて残すは髪のセット含む多少の身嗜みであり。置き勉常習犯が故に中身の軽い鞄提げてリビングへと舞い戻り、先人を真似てソファへ通学用鞄放り緩慢な足取りで洗面所へと爪先を向けては、何やら鏡の前で寝癖と格闘する弟を遠目から視野に収め歩を進め距離縮めては背後から覗き込んで。別段揶揄する意図非ずとも絵面の微笑ましさから声音に笑みが含まれており　）

うん。…いおい、なおへる？
（　ほんの一部分の為にドライヤーを持ち出す事も面倒で、歯ブラシ口に咥えた儘今度は両手を後頭部へと回して如何にか手櫛で直らないものかと奮闘している最中、鏡越しに兄の姿確認し。杜撰な場面目撃された事に幾分か恥じらい覚え口籠りつつ咥えたプラスチック落とさぬ様唇器用に開閉させながら身嗜み整える為足を運んだであろう相手に寝癖直せるか否か尋ね　）

兄ちゃんにかかればこの程度、…多分直せる。
（　遠慮無く頼られたことに関し妙に擽ったい所感覚え、試しに後頭部にて跳ねる一束に触れ撫で付けるも反発する頑固な寝癖に言葉尻窄みになるが、私物に寝癖直しウォーターを所持していたこと思い出し。其れと共用のドライヤーを戸棚から引っ張り出し、程無くしてドライヤーをコンセントに繋げば鏡越しに物品見せ　）
てってれー。この二つがありゃ大体の寝癖なんか落ち着いちまうから、宗は歯磨きに集中してて良いよ。パパッと終わらせんね。

おお…ちょー頼もしい。あんがと、流石俺の兄ちゃん。
（　重力に逆らう毛束見るなり自信失われた様子が言葉尻に表れ小さく肩を震わせて笑っていたが、次いで見せ付けられた秘密兵器用いる本気の姿勢には思わず咥内から歯ブラシ引き抜き、瞳僅かに見開いて賞賛の声を上げ。その後相手の言葉に従い軽快な音立て歯を磨くことに集中していると見せ掛けて、密かに鏡越しに兄の表情や動作窺い見ることに意識向け　）

ほれ、お終い。お前髪質柔い方だからすぐ直ったわ。しっかし元気な寝癖で──いつも髪あんなんなるの？
（　寝癖直しウォーターのボトルを数プッシュして掌に垂らせば其の儘周囲の髪と馴染ませ揉み込む様にして跳ねた毛束を濡らし、早くも落ち着いて見える寝癖抑え乍らドライヤーの電源を入れ温風を塗しつつさらさらと毛艶の良い髪に手櫛通して。仕上げに冷風を当てて数分後寝癖の面影は消えており電源落としたドライヤー片手に満足気に小さく口角上げては顔上げた先、鏡越しに目が合った風に思えて軽く揶揄混じりに準備の続き促す様相手の背を軽く叩き　）
見蕩れちった？すごいっしょ、お前の兄ちゃん。

いつもじゃねえけど、時々あんな感じの寝癖ついちゃってさ。…寝相悪いのかも。
（　鏡越しの光景は昨晩の風呂上がりを想起させ、自然と緩む口元にプラスチック製のコップ宛てがい口を濯ぎ手に持った用具を水に潜らせてから元あった場所へ戻し。頃合い良く背に小さな衝撃感じては場所を譲る様に一歩横へ移動し、やや得意気な兄へ素直に羨望の眼差し向けつつ踵を返し　）
そう、ふつーに見惚れるくらいすげえよ。──あ、忘れねー内に弁当包んで来る。

んは、あの寝癖見たら想像つく。又寝癖で困ったんなら、これ好きに使って構わねぇからな。
（　此処に入れとく、と備え付けの戸棚に仕舞えば食指曲げ軽くノックして見せ。同世代より大人びた言動繰り出す相手の意外な一面を想像させる様な言葉に小さく笑い声洩らし、次いで飾り気の無い台詞に不意突かれ瞠目した後に相手と入れ替わり洗面台の前に立ちヘアアイロン暖まるの待ち乍ら歯ブラシへ片手伸ばし　）
うーわ…直球。ドキッとしちまったわ。おう、ありがとな。後で取りに行くから待ってて。

はーい。準備、ゆっくりで構わんからね。
（　背後から聞こえた軽快な音にキッチンへと進めていた足止め、承諾得たヘア用品収納された棚一瞥してから理解した事示す様首縦に振り。それから目的地へと歩を進めれば二つ並んだ弁当箱を各々風呂敷で包んでから兄の弁当は白無地の、自身の物は黒無地のランチバッグに詰め込んでリビングの机上に置き、相手が支度終えるまでの間ソファに深く腰を下ろして　）

や、お待たせ。…これ俺のどっち？
（　待たせている身となれば歯磨きを終えた後のアイロン捌く手も普段より幾分か早まり、襟足や毛先器用に整え最後にヘアオイルを揉み込んで全体的に抜け感を出し。使用したもの全て整理整頓し向かうはリビング、ソファに埋まる相手に片手擡げひらひらと掌振りつつも机上に並んだランチバッグに視線奪われ、瞬間的に舞い上がる心情に蓋をして何気無さを装い小首傾げ尋ね　）

お、…白い方が庵の。
（　ソファに放り出していた自身の鞄を引き寄せてまめまめしくも忘れ物無い様最終確認済ませている最中、不意に視界に映った足元に視線上げると先刻よりも熟れた兄の姿に感嘆してぽつりと一音洩らし。賞賛の言葉述べるより先に通学鞄肩に掛け、黒のランチバッグ手に持ち立ち上がっては、もう一方の手で白いバッグの持ち手優しく掴み上げ、薄ら笑みと共に相手へ差し出し　）
家に居る時と大分雰囲気違うね。大人っぽくて良いじゃん？…──ん、弁当。残さず食べて、…くれたら嬉しい。

もー…お前やだ、直ぐ褒めんじゃん。んな甘い対応されてちゃ兄ちゃん駄目になりそうなんだけど。
（　傍らまで歩み寄ればランチバッグ丁重に受け取り礼を述べると共に鞄に仕舞おうとソファ端に投げていた通学用鞄を引き寄せて。率直な褒め言葉に対し正面で向き合っていないことを良しと僅かな照れを隠す様に軽口で応じ、萎む様な相手の言葉尻捕らえて肯定の旨伝えるべく自信満々に首を縦に振り。壁掛け時計一瞥すれば針は丁度いい時刻を指しており、ランチバッグ収めた鞄引っ提げて相手へ視線滑らせ　）
あんがと。勿論残さず食うよ、其処ん所は安心して。愛妻───じゃねぇな、愛弟弁当だもんな。宗が嫁に欲しいくらい出来た奴なのには変わりねぇけど。…さて、徐々行くか。

ふ、く…悪いね。思った事すぐ口に出ちゃうもんで。──ん…？……庵も大概じゃん。弟に甘過ぎ。
（　口先では何とでも言えるが本人は隠しているつもりであろう照れが表情に見え隠れし、微笑ましさから笑い出しそうになるのを抑えつつ賞賛は本心だと遠回しに伝え追討ち掛け。然し其の直後、兄の口から洩れ出す甘い言葉に脳内酷く混乱し、少し遅れて言葉の意味理解し髪から覗く耳ほんのり色付かせて反論、それから先頭にいる兄の隣迄歩み寄って玄関へ向かうとスニーカー身に付けた後、下駄箱の上に無造作に置かれた家のスペアキー手に取り　）
庵も鍵持ってるよな。俺、先に出ちゃったし家の鍵かけてもらってもいい？

俺のは良いんだよ。兄特権。───ん、了解。
（　笑い声混在する返答に不服気に一瞥するも、堂々とジャイアニズム的発言繰り出し応戦し。弟の背中追い玄関にてスニーカーを履けば頼まれ事快諾、通学用鞄のポケットから鍵を取り出せば施錠し念の為ドアノブ捻り確認した後に再度鞄に鍵仕舞い、歩き出すと同時に横目に相手見遣り問い掛け　）
…そういや、宗って2年何組？

1組。結構賑やかなクラスだよ。
（　扉施錠する様子を前方から見守り、遂行した事確認すれば通学鞄開いて鍵を内ポケットへと仕舞い。何時の間にか春の陽気失われ控えめに照り付ける太陽を忌々しく思いつつも自身の同級生何人か思い浮かべるなり楽しげに笑い、その後何の知識も無しに兄のクラス予想試みるも直ぐに諦めて素直に問い掛け　）
俺、幼馴染みの兄ちゃん位しか3年生に知り合い居なくてさ。あんま直感働かねえんだけど、…庵は何組？

へぇ、覚えとこ。今度遊びに行くわ。
（　想起させてか楽しげに語る相手に微笑ましさ感じ柔く双眸細め、冗談と是非つかぬ発言残し。幼馴染の存在今し方知るなり誰のことを指しているのか疑問抱きつつも学年の総人数思い浮かべては一旦呑み込み、問い掛けには滞り無く答えて　）
俺は3組。こっちも割りと賑やかだな、連んでる奴等が煩いってのもあるけど。

え、遊びに来るん？嬉しい。…けど、なんかちょっと…恥ずい。
（　何と無しの発言を鵜呑みにして期待滲ませた瞳で相手の表情捉えるが兄と友人の応対の差異を認識される事に僅かに抵抗感じて言い淀み。クラスの番号得て心に留めつつ校舎近付いた為か徐々に周囲に増え出す人影見渡して　）
3組か。あんま関わる機会ねえかなー…。あ、でも行事か何かのタイミングで一緒になれっといいね。

知ったからには行きたくね？お前がどんな風に過ごしてるかも知りてぇし。…あ、それどんな反応貰ったか教えてな。
（　別段無理強いすることなく些細な願望述べては暖かな風に髪靡く隙間から垣間見えたシルバーピアスに視線滑らせ。駄弁り乍らも早々に校門に辿り着けば混み合う玄関口、人を避ける様にして2年の下駄箱迄送り届けた後に踵返し　）
だな。折角なら思い出一つくらいは欲しいっつーか…───んじゃ、3年の下駄箱向こうだから。又後でな。