健二 2017-09-28 22:32:08 ID:c196a580b |
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(金曜日の夕どき。日が沈みかけて、表通りの交通量も増えてきたころ、通りから路地を入って急な坂を登りきったところにある女子校の正門前で、健二は気だるそうに立っていた。都内でも有数の名門お嬢様学校。ここに学校があるのは以前から知っていたが、この坂を歩いて登ったのは始めてだ。でも健二には、この坂を登って、およそ無関係で場違いなこんな場所に立つ理由があった。
彼女を待っているのだ
。
彼女といっても、いわゆる「お付き合い」している相手ではない。まだ…)
ふう……
(溜め息をついて、何本目かの煙草に火をつける。さっきからこの学校の先生だろうか職員だろうか、その視線が痛い。警備員はいまにも彼に歩み寄って声をかけそうなふうに、遠目にジロジロと見ている。下校を急ぐ女子生徒たちは、もの珍しげに健二を見て、キャッキャとはしゃぐような素振りをして前を行き過ぎる。
こんなとこ…苦手だ…。
でも、待たなきゃならない。誘ったのは自分のほうだ。
彼女はまだ出てこない。
吹奏楽部の練習だろう、けたたましい音楽も終わってしばらくたった。日は暮れなずみ、もうすぐ夜のとばりが降りようとしている)
部活は今日はなかった。でも、課題は膨大だった。
特待生な自分はきっちり課題をやらないとこの学校には在籍できるわけがない。そう思って向こう一週間分の課題に着手するのが水曜日(今日)だ。
集中していると部活も終わってしまっている時間で
「あ、どうしよう!」
今日は待ち合わせしている人がいるんだった。
LINEで
《すみませんあと5分でつきます》
と連絡を入れてパタパタと図書室を後にする。
そのまま校門に向かうとその人はすでに立っていた。
「あ……お待たせしました」
なんて声をかけたらいいんだろう。
有紗からのLINEを受け取って少しだけモチベーションが上がる。
あと5分、この空気に耐えなきゃ。
煙草を揉み消して襟を正す。今日、彼女…いや、あの人に大事な話がある。二つほど…。
思いに耽って足元を見ているときに、突然「お待たせしました」の声。その声は、紛れもなくその人の声で。
「あ、ああ、久しぶり」
笑ってみせるがどこかぎこちない。
なに?俺…緊張してんの?
彼女、有紗はあの夜と同じ制服。エンジ色のリボンに同色のスカート。他の生徒とは違って一切の飾り気もなく、素の彼女がそこに立っている。でも、なんだかすごく眩しく見えるのは、あの夜があったからか…。
「ごめんな、突然。会おうとか言い出しちゃって」
苦笑いして右手をさっと上げる。
「会って、話したかったんだ…」
「はっ……はい……」
私すごい緊張してる……あのときはこの人にあんなに大胆に甘えてたし、2人ですごい求めあってたのに……
すごく距離を感じてしまってありさは少し目を伏せる。
「どこでお話しますか?…あ、あと……ここ禁煙なんです(´;ω;`)」
「あ……」
足元に転がる吸い殻に目をやる。
「あ、そ、そうだよね。ごめん」
慌てて拾いながら。
「思わず…さ。いや、それでかな、警備員にすっごい睨まれちゃっててさ」
笑って誤魔化しながらも、改めて考えると学校の校門の前でのスパスパ煙草なんか吸っていいはずかない。全部拾いあげてそのままポケットに押し込む。なんだか…テンパってるな…俺…。
「いこっか、ここ、なんだか苦手だわ」
有紗に向けて苦笑いし、坂のほうに歩きだす。
「それは睨まれちゃうよ。
ここ、タバコ吸うような子は絶対通ってないもん……。」
(と言いながら有紗はすっと自分が持っていたビニール袋を差し出す)
「そんないい洋服着てるのにポケットにそのまま入れたら擦れて汚れちゃいます……だから使ってください」
(そのあと2人はどことなくぎこちない感じで坂を下っていく。有紗にとってはいつもの通学路だけど、健二がいるだけでとても長く感じるから不思議なものだ)
申し訳なさそうにビニール袋を受け取るとその中に吸い殻を入れ。なんだか出鼻で失態を見せてしまった気分。彼女は自分よりずっと年下だが、ずっと大人でしっかりしていることを改めて思い知らされる。
始めて会ったときもそうだった。
生まれて始めて自分に向き合ってくれて、そして真剣に俺をまっとうな道へ引き戻してくれた。それまで親も教師も見てみぬフリで、なにをしようが強く咎められたことなんてなかった。でも、この人は違った。始めて会ったのに、会ったばかりの俺に「そんなことはダメ!」と心の底から叱ってくれた。そして、優しく包んでくれた…。
あのときの温もりは…忘れられない。
「大会、どうだった?ちゃんと参加できた?」
新体操部の団体戦全国大会。それに参加するために、この少女は俺に身体を売ったのだ。それほどまでに、どうしても参加したかったのだろう。それまで新体操なんかにはさっぱり興味はなかったのだけれど、彼女がその競技者で、しかも全国大会まで進む実力をもっていることを知って、それから少しずつ関心が強くなっていた。
思い通りの演技ができただろうか。結果はどうだったのだろう。ずっと気掛かりだった。
街頭が灯り始めた坂を二人並んで下っていくと表通りが見えてきた。
「やっぱり全国って大変だなって思いました」
(有紗は坂道を下りながらそう切り出す。結果としては7位入賞だった。)
「この日に向かって頑張ってきて、先輩がたとベストを尽くせたなと思っていましたが、やっぱりもっと頑張っているところはあって。私はもうちょっと段違い平行棒と跳馬ができればよかったなあって……」
(坂を下りきって表通りに出ると、ふと有紗のお腹がくーとなる)
「あっ……(赤面)お腹すいちゃった……(=´∀`)」
《なんでこのタイミングでお腹なっちゃうのよー…》
そっか…、残念だったね
(少し俯いて残念そうに口を尖らせる有紗に労いの気持ちを口にする)
でもまだ2年生だし、来年もあるさ!
(ニコッと微笑んで彼女のほうを向いたとき)
ん??
(明らかに腹の虫。おなかに手をやって照れ笑いする有紗に笑い)
あはははは。なんか食べる?
ご馳走するよ
「ご馳走なんて、大丈夫だよ( ; ; )」
と遠慮するがときすでに遅し。断れる雰囲気でもなくて
「うーん……お肉……食べたいな」
とちょっと甘えてみる。普段甘えない有紗にしては結構大胆に甘えてみた方だ。
「あ、あと……器械体操に興味持ってくれるなら、今度の練習試合、きませんか?」
お金、ないんだろ?
せっかくなんだから、こういうときは甘えてよ
(照れて顔を赤くする有紗に笑いかけ、「なに食べたい?」と訊こうかと言う前に、彼女の口から「お肉」のセリフ)
あはははは、そっか
じゃあ、焼肉でも食べにいく?
近くに美味しいお店知ってるんだ
(鳥居坂を下って道路を渡れば麻布十番。このあたりのお店は知り尽くしている)
え?試合?
いくいく!いつ?
(真剣に試合に望む彼女をぜひ見てみたい…)
ありがとうございます……(=´∀`)
(とペコっとお辞儀をして大人しく言葉に甘える。)
でも美味しいって言っても、そんなに高いところじゃなくてよくって……
えっと、来週の土曜日にあるんです。
種目ごとにやるから結構長丁場になっちゃうんですけど。
(と言いながら自分の持ち時間と種目を教える)
そんなに高くはないけど、ここの上タン塩がたまらなく美味しいんだ
(そう言ってスマホを取り出して電話をかける)
大衆的で入りやすいし、個室もあるからきっと落ち着くよ
あ、もしもし、いまから二人なんだけど大丈夫?
はい、個室で…。須賀です…。
(電話を切って)
よし、肉食べよう!
(ニッコリ笑って通りを横切り繁華街へ)
そんなに高くないって……なんかあんまり説得力ないなあ(健二の金銭感覚がおかしいのはわかってる)と思いながらもついていく。
「上タン塩かあ……。焼肉も5回くらいしか行ったことなくて……嬉しい」
そういう有紗の顔は本当に嬉しそうだった。
「あ…この辺りって学校の子たちがよく遊びにきてるところ(自分も1回くらい遊んでみたいなって思ってた)」
5回?
(あっ、と気づいて)
あ、お肉とかたくさん食べて大丈夫?
体操部だから体重管理とかそういうのやっぱ気ぃ使ってるんでしょ?
(人で賑わう十番商店街を二人で並んで歩く。ブティックなどが立ち並ぶちょっとセレブな通り。右手に見えるヒルズタワーのブルーの明かりが際立ち、なんとなくデートしてるような気分で)
「あっ違うの。
もっと肉食べなさいって言われてて……。
でもそんな肉ばっかり食べてたら食費かかっちゃうからいつももやしとか、鶏肉の胸とかばっかりで(=´∀`)あはは
この界隈を歩いてる人の話とは到底思えないよね」
(ちょっと違う方向に気を遣わせちゃったなと思ってほんとのこと言う)
そうなのかー、体操選手も肉食べたほうがいいんだね
(確かに彼女は華奢で、抱きしめたら折れてしまいそうなくらいに細い体躯だけれど、きっと試合中には素人などは想像もつかないくらいのスタミナを消耗するんだろう…。ますます有紗の演技が見てみたくなった)
さ、着いた、ここだよ
(繁華街から細い路地に入って、賑やかな喧騒から離れた暗がりにポツンと明かりが灯る。そこに小さく「焼肉 和合」とだけ書いてある。近付かないとわからないくらいのその文字は、ここが焼肉店の軒先だとは想像もつかないくらいの造りで、まるで古民家のような趣のある瓦葺きの小さな門をひっそりと照らしていた。門をくぐると石畳の足元を、等間隔に並んだ小さな灯籠の明かりが柔らかく照らす。庭には鬱蒼とした竹林を下から見上げるように照らすライトが神秘的で幻想のような空間を作り出している)
どした?こっちだよ
(まるで異世界に迷い込んだかのような場所。その空気に圧倒され、焼肉を食べに来たことも忘れて立ち竦む有紗の前をすいすいと歩く健二は、彼女を振り向くと、手招きして)
ほら、おいで
(クスッと笑い)
お肉食べないと筋肉がつかないから……友達はプロテイン飲んでるけどそういうのも買うとしたらお金かかるし……。
えっ(そんなに高くないって言ったはずなのに目の前に広がってるのは明らかに高すぎる部類のお店で)こんなに高そうなところじゃなくても…。
(でも興味はあって恐る恐る足を踏み入れる)
すごい綺麗なお庭…こんなところあったんだ
(玄関の引き戸は開け放たれていて、和服姿の中居が土間で二人を出迎える。「須賀様ですね?お部屋へご案内します」)
(広い玄関の空間に掛軸や大きな壺に豪勢な生け花が飾られている。およそここが焼肉店とは想像もつかない入口を、健二はさも自分の家にでもあがるようにスニーカーを脱いで式間にあがる)
どした?おいで
(キョロキョロと辺りを見回す有紗に声をかける。案内役の中居が、有紗に「どうぞ」とすすめ)
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