innocent〆

あ、あぁ。いいよ。
( どうやって思い出させるというのだろうか、そんなことを思っている間に相手がすんなり手を離してくれたことに少しの安堵と寂しさが残るも、一旦深呼吸をして気持ちを落ち着ける。水を飲み干す相手を見れば、先程より酔いは覚めているようで、シャワーを借りたいという言葉には確かに飲み会後の服のままいるのも気持ちが悪いかと納得し。立ち上がるとクローゼットから、適当な服とタオル取り出せば相手に渡し。)

これ、使って。

さんきゅ。んじゃ、借りるわ。…覗くなよ。
（　甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる相手から衣類を受け取り、立ち上がって慣れた足取りでバスルームへ向かう途中、悪戯に口角を吊り上げたかと思えば一度振り返って揶揄いの言葉を飛ばし。脱衣所に繋がる扉をぱたんと音を立てて閉め、衣類を浴室から近い場所へ置くと、その横に脱いだ服が乱雑に積まれた山を作り。目まぐるしく巡らせていた思考を一度止めて、相手に聞こえないよう小さく深い溜息を漏らしつつ浴室へ向かい。　）

…ったく。何であいつあんな余裕なんだよ…。
( 悪戯をする子供の表情でこちらにそう告げて去っていた相手を呆れた目で見送るも、相手がいなくなれば、先程までの行為の数々が幾度も頭の中にフラッシュバックしていたたまれない気持ちになる。その度に相手の表情に余裕があったことを思い出せば、遊び慣れているんだろうなと深く溜息を一つ吐き。先程まで相手がいたベッドに横になると少し落ち着き。)

（　少し熱めのシャワーを浴びて、先程までの熱に浮かされているような気分から現実に引き戻されると共に酒のせいか頭に鈍い痛みまでもがやってきて。今まで見てみぬふりをしていた相手に対する好意や劣情に向き合わなければならないと自覚しつつ、お互い愛の言葉を囁いていないことに対する不安も頭の片隅にはあって、そんなことを考えているうちに髪、体を洗浄し終え、少し冷える脱衣所へ。体の水滴を拭いとってから用意された服へ着替え、髪からはまだぽたぽたと水滴が垂れていることは気に留めずタオルを首に掛けて相手が待つ部屋の扉を開き。　）
はー…さっぱりした。

おー…、って髪ちゃんと拭いたのか？
風邪ひくぞ。

( 再び部屋に現れた相手を見遣れば、髪からはまだぽたぽたと水滴がしたたり落ちていて。首にかかっているのは何のためのタオルだと思いながら、ベッドから身体を起こすと自分のいるベッドに腰掛けるよう目で促し。)

拭くから。こっちきて。

ちゃんと拭いたって。
（　女性ではあるまいし念入りに拭く必要はないという慢心から、タオルで髪を乱雑に拭っていたが、相手の言葉にはすかさずきちんと拭いたと言葉を返し。その主張とは対照的に素直にベッドまで歩んでいくとゆっくりと隣に腰を下ろして、髪を拭いてもらえることを期待して首を小さく揺らすと髪から垂れた雫が借りたシャツに染みを作り。　）

これのどこが拭いたんだよ…。
( 横に座った相手の首元に掛かったタオルをスルりと取れば、広げて相手の頭にそっと被せ、滴り落ちる水滴を吸い取るように押さえた後に空気を含ませるように優しくワシャワシャと拭き。なんだか、気分は大型犬をタオルで拭いている気分だと思うも、心のなかに留めておき。)

ふー…あちこちから翔の香りするわ。なんか香水付けてンのかと思ってたけど、柔軟剤とかシャンプーの香りだったんだな。
（　この年になって人に髪を拭かれる経験なんて滅多に無いため気持ちよさそうに目を細めて、思わず満足気に小さく息を漏らし。脱力して相手にもたれかかろうかと考えたが体格的に無理があるかと髪の水滴を拭き取る掌にだけ頭をぐりぐり押し付けて。ふと今身に着けている衣類、それから使用した洗髪剤の香りがいつも幼馴染から香るものと類似していることに気が付けば安心しきった表情でぽつりと呟き。　）

香水なんてつけたことないからな…。
そんな特長的な香りでもないと思うけどな。
( 自分の香りと言われればピンと来ず。香水なんて生まれてこの方縁がなかったため、相手が差す香りはシャンプーと柔軟剤のことかと納得し。然しながら何処にでもある柔軟剤にシャンプーであるため、特別な香りというのは自分では感じられないし不思議に思う。髪を拭くタオルが適度に湿ってきたところで、タオルをとると水滴はなくなっているようで。)

そ？なんか甘い香りするけどな。…フェロモンでも出してんじゃねーの。
（　フローラルの中にどこか甘さがあるような相手の香りは他人から香ってきたことがなく、特に心当たりがないと聞くと髪を拭き終わったらしく手が止まった相手の方へ首を傾けて視線を交わらせ。相手の腰より少し後方へ手をついてその腕に体重を乗せ、距離を詰めようとしたところでアウターのポケットに入ったままのスマホのバイブレーションが聞こえるとぴたりと動きを止めて、相手からゆっくりと離れてアウターへ手を伸ばし。　）

( フェロモンという聞き馴染みのない単語には、これもまた何のことだと言うふうに首を傾げれば。一瞬近付いてきた相手の動きには、僅かながらに動揺を見せるも逃げることはせず。しかし相手の動きが止まったのが、どこからか聞こえるスマホの振動音が理由だと気付くと、こんな時間に一体誰だろうと気になって。)

だれ？

…あ。さっき一緒に飲んでた奴からだわ。…もしもし。今？友達ん家。…あー…そうそう。真面目そうな感じの、めがねの子。
（　スマホに映し出されていたのは先程まで酒に溺れた自身を介抱してくれていた友人からの着信画面。応答ボタンを押し、スマホを耳に押し当てると、開口一番聞こえてきたのは無事に帰れたのかどうかの安否確認で。それに対して遠回しに幼馴染宅に居ると伝えたつもりが、女の家に転がり込んだのかと勘違いを起こした友人をあえて肯定して、面白がってあることないこと電話口で喋りながら相手に視線を移して、もう一方の手でこちらに来るよう手招きし。　）

…なに？

( 相手の通話相手が友人からであることが分かると、そりゃあれだけ酔ってれば無事帰れたか心配になるだろうと友人の苦労と心配が感じられ少しばかり同情する。適当に返事をしている相手をただ眺めていたのだが、不意に手招きをされれば不思議に思いながらも相手の側へ寄り。)

無理やり転がり込んだわけじゃねーって、快く迎え入れくれてンだもん。…あ、ちょっと待って。
（　変わらない様子で電話越しに会話を続けていたが素直にこちらに寄ってきた相手の方へ顔を向けると、耳から通話中の画面が表示されたままのスマホを少しだけ遠ざけ、手招きしていた手の人差し指を立てて自身の口の前へ持っていき、声を出さないよう暗に示して。そのあと相手の首の裏へ腕を回し、肩を抱くとぐぐっと此方に強く引き寄せ、無防備な唇を奪ってしまおうと。　）

…っ！
( 相手の口元に指を当てる動作に少しどきっと胸が高なった次の瞬間には、相手の唇と自分のそれが重なっていて。思わず目を丸くするも、声を出すまいとぎゅっと目を閉じて息を潜ませる。通話が繋がっているというのに、なんてことをするんだと心の中では軽くパニック状態なのだが、拒むこともできず。)

…ふ、…
（　通話越しの友人には女の家に転がり込んだ自身が卑しくスキンシップを見せつけているのだと思われているのだろうが、そんなことを露知らず非常に混乱している様子の相手の唇を少しずつ角度を変えて何度も奪い、そのうちわざとらしくリップ音立てながら下唇を自身の両唇で食んで吸い付いて。　）

…っふ…ぅ。
( わざとらしく鳴らされる音には耳まで真っ赤にして、相手の服の裾を軽く引っ張り、｢これ以上はだめだ｣と主張し。通話先の友人は一体どう思っているだろうか。音はどの程度聞こえているのだろうか。考えれば考えるほど羞恥に耐えかね、早く通話を切って欲しいと心の中で願うが、どうもその様子は見られず。)

ん、…うるせーな。わかったろ、転がり込んだんじゃねーって。そ、わかりゃいいの。
（　スピーカーから耳を離しているのに何やら文句を垂れる友人の声が聞こえると唇をゆっくり離し、相手をがっちりホールドする腕の力は弱めないまま再びスマホを耳に当てて会話を始め。女の家へ転がり込んだなんて噂を流されるのは溜まったもんじゃないといった口ぶりで今度はこちらが文句を垂らし。電話越しに嫌がる素振りを見せない相手の様子が伝わったのだろうか、まだ半信半疑な友人が口先だけ納得したのを聞けば満足そうに頷き。そのあともいくつか会話を交わしたあとに通話を終了すると腕の中に閉じ込めたままの相手を窺うように視線を移して。　）

はー…ふつう、電話してるのにこんなことするか…
( 相手が電話を切ったのことを確認すれば、今まで息を潜ませていたこともあり、大きく息を吐き出し。相手の腕の中で顔を真っ赤にしながら、文句を垂れるも拒否をしなかった手前あまり強くは言えず、すぐに黙れば相手の背中にぎゅっと手を回し抱き締め返し。)

…かける。
（　スマホを枕元にぽんと置くとその腕を相手同様背中に回し、甘えるように相手の首もとに顔を埋めて首を小さく横に揺らし。温い肌へ何度かキスを落とし、そのまま耳へ唇を寄せると今度は頬をすりすり寄せ合い、やれやれといった様子で拒絶しなかった相手が可愛らしくていつもより優しく甘い声で名を呼び。　）