innocent〆

…なに焦ってんだよ。
冗談だって…。それよりもう寝たら？
( 明らかに変わった相手の顔色と、絞り出すように紡がれた別の男の名前、言い訳にはさすがに変だと思うものの、自分のことが好きなのかと聞いて自意識過剰な奴だと認定されるのも本望ではないので、一度小さく溜息をつくと、このままベッドで寝ていってはどうかと提案し。そうでなくてもいつも勝手に寝ていくのだが。少し悲しげな表情を見せると、｢俺はまだ起きてるから｣ と一言告げ、相手の横から退こうとして。)

…俺アウター着たまま寝れなーい。靴下も履いたまんま寝れませーん。…ちゃんと世話して。
（　相手に気持ちが悟られてしまわないよう懸命についた嘘を冗談で済まされ、更に自身の口から女性や男性の名が出ても反応しない相手に、何だか自分ばかり惑わされているようだと癪に障り。もたれかかっていた肩がなくなりそのまま重力に従ってぽすんとベッドへ寝転がると、立ち上がろうとする相手の腕を掴んで遠回しにアウターや靴下といった邪魔な衣類を脱がせろと甘えて。　）

…。
( 振り回されている自覚はあるが、それでも世話を焼いてしまうのが惚れた弱みかと、引かれた手を見て眉間に皺を寄せる。男の名前も、女の名前も、相手からは嫌という程聞いていて、やっと相手の核心に迫れそうだったのにするりと逃したこのなんとも言えない気持ちをどこへやればいいのか。恐らく限界が来ていたのだと思う。相手の表情を見た瞬間にプツンと何かが切れた気がした。気付けば、相手の腕を振り払うと、寝転がった相手の上に跨るようにして乗り。傍から見たら相手を押し倒しているようにしか見えない格好になると、下にいる相手の顔を見つめ以下のように呟き。)

なぁ、颯。俺がどんな気持ちで、いつもお前のそばにいるか知らないだろ。

…知ってるっつの。世話のかかる奴だなって翔いつも言ってんじゃん。
（　いつものようにやれやれと溜息を吐いて世話を焼いてくれると疑っていなかったためか、相手の言動に思わず目を見開き。これが何とも思っていない、好意を向けていない相手なら簡単に愛の言葉を囁けるのに、幼馴染が抱く好意が自身の抱くそれと同一のものだという確証が持てずに一瞬動揺に瞳を揺らし。真っ直ぐな眼差しで此方を射抜かれてもこちらの調子は崩すまいと膝で相手の脚を小突いて先ほどのわがままを続行、それに対する相手の行動を催促し。　）
はーやーく。室内で靴下履いてんのなんか気持ち悪くてヤダ。ジャケットもクソ暑い。

ただの幼馴染だから、世話焼いてるわけじゃないから。
優しくするのも、颯だけだし。
…その意味分かれよ。ばか。

( 自分の下で驚きに目を開く相手を見れば、やってしまったと我に返り後悔する気持ちが徐々に大きくなる。相手は酔っぱらっているし、何を言っても響くわけが無いと思いつつも、我儘を続行させる相手の姿には、こちらの気持ちを受け入れる気がないのだと踏んでなお呟くように述べれば、はっきり自分の気持ちを伝えられずにそれだけを言い残す。一旦相手から離れないと気持ちの整理がつかない。らしくない、落ち着こうと、相手から離れようとする。)

…意味、わかんないこともないけど。合ってっか、不安。
（　衝動的に行動に移してしまったのだろう、相手の瞳には自分以上の動揺が見え、これまでの言動の真意はわからないが相手の言葉からは間接的に自分への特別な感情が読み取れ。以前から相手に嫌われないよう、そのラインを見極めて行動してきたつもりだったが、もし現在そのラインを踏み越えてしまっても悪いのは仕掛けてきた相手だと主張できる、我ながら狡い思考に至ると離れようとする相手の太腿へ両脚を絡ませて逃げられないようがっちりホールドし。自身のジャケットのファスナーをゆっくりとした手付きで三分の一ほど下ろすと、反応を楽しむように優艶に微笑みかけながら相手の手首を緩く掴み、指先に冷たいファスナーを触れさせて続きを促し。　）　

…っ。
( 一旦離れようにも逃げる術を奪われてしまい、どういうつもりなのか、目の前の相手を見下ろせば、微笑みながらファスナーに手をかける姿が、艶っぽく思わず顔を赤面させ。そのままゆっくりファスナーを下ろす。ここまでしておいてなんだが、緊張のあまり手が震え。)

…ここ、速いのも俺のせい？
（　ファスナーが下がりきるとゆっくり上体を起こし、ジャケットの袖から腕を抜き、脱いだアウターはベッドの端へ腕で押しやり。体を起こしたことで縮まった距離、普段なら意識しないのに現在はどくんどくんと高鳴る心臓がうるさくて、先ほど表情に緊張を滲ませていた相手も自分と同じ状況なのだろうかと気になって相手の左胸へ掌を押し付けてみると微かに速い鼓動が伝わり、淡い期待が宿った瞳で見上げ。　）

…そうだよ。
全部、颯のせい。
( 急に近づいた相手との距離に更に戸惑いを見せ、左胸に触れられた相手の手に自分の鼓動が伝わっているのが分かれば、さらに速さは加速する一方で。恥ずかしさの限界がきたのか、自分の手で顔を覆うと、こちらを見てくる相手の視線を防ごうとして。この手を離せばきっと自分は相当情けない顔をしていると思う。)

だめ。顔、見して。
（　相手からの腿から脚を離し腰をゆっくりと引いて、腕で体重を支えていた体勢からベッドに前脚を伸ばして座る形になり。相手の仕草や表情からお互いに似た感情を持っていていると確信したが、心が幸福感で満ちている今相手にすぐ手を出すような、嫌われかねない行為をしたくはなくて。緩く手首を掴めば優しく引き剥がし、勢いに任せて相手の唇を奪ってしまうこともできる状況に無意識に赤い舌を僅かに覗かせて唇を濡らし。　）

あんま、見んな…。
( 腕を退かされれば、視線をさ迷わせるも必然と視線は相手の唇へと止まると｢キスしたい｣という欲求が溢れ、自然と相手の方へと引き寄せられるように自分の唇を相手のそれへと触れるだけ触れさせ。これだけすれば、自分の気持ちは相手に伝わっているだろうかと、ちらっと相手を盗み見て。)

んはは、顔情けねー…っ、！
（　あれやこれや考えているうちにそもそも酒が回っている体で考えることなんてろくなことじゃない、と自身の考えに対する信用を失い始めていたところに、柔らかい唇同士が触れ合う感覚に大袈裟に肩が跳ね。少しの間、呆然と離れていく唇を見つめていたが、こちらを覗く相手と視線が交わるとかろうじて保っていた理性が千切れ、腕を伸ばして相手の後頭部を抱くようにしてこちらへ引き寄せると強引に唇を押し付け、柔らかいそれを啄んで。　）

ん！
( 後悔先に立たずとはこのことか。いくら相手が酒を飲んでいるとはいえ、踏み込んではいけない一線を超えてしまった今、前までの関係には戻れないような気がする。離したばかりの唇に再び引き戻されれば、驚きの声を漏らしながらも啄む口付けには抵抗もせず目を閉じ、されるがままに応じ。自然と空いた手は相手の背中に遠慮がちに回され。)

…ンは…頭、撫でて。
（　唇を触れ合わせるだけの簡素な口付けなのにこれまで経験してきたどんなキスよりも心が満たされ。驚いたのは最初だけ、すぐに従順に口付けに応じる相手は理性を抑えきれていない自分自身よりも余裕気に大人びて見えてしまい、劣等感に似た感情を抱いて伏せていた睫毛を小さく揺らしながら、唇の隙間から熱い息と共に甘えた声を漏らし。　）

ん…っ、颯…。
( まともに口付けすら経験のない自分だが、相手にはどうにか合わせようと必死なのを悟られないように。そっと相手の頭を撫でれば、なんとも言えない甘い感情が湧き上がり、これを｢愛しい｣と呼ぶのだろうかと考える。頭を撫でながら、何度か自分からも口付けを求め、触れるだけではあるものの今まで我慢していた分を埋めるかのように重ね合わせ。)

っは…ン、翔待ーて…。
（　自分と然程変わらない大きな手が傷みかけた髪を撫で梳かし、安心感と心地よさからすぅっと目を細め。自身の名を呼ばれて伏せていた瞼を上げ、焦点が合うか合わないかくらいの近い距離にいる相手を欲のこもった瞳で見つめ。そのあとわざと唇が重なろうとするタイミングで首を小さく後ろに引いてキスを避け、飼い犬にでも命令するような口調でキスを制御してしまうと、この焦らしは相手に効くだろうかと含み笑いを零して。　）

なに…っ。
( キスをしようと近付けた顔をあっけなく阻止され、こちらの反応を楽しむように見る視線には、焦らして楽しんでいることが伝わり眉間に皺を寄せ。いくらなんでもがっつき過ぎている自覚はあったが、止められなかった自分の行動を思い返せばいささか恥ずかしさが込み上げてきて、向き合う相手の目を見られず。)

　
俺酔ってっから明日言い訳できるけど、翔は素面だから言い訳できねーな。
（　相手の後頭部を支えていた腕を解き、そのまま自身の髪を撫でる腕へ手を滑らせるとそれを軽く引っ張ってまだ熱を帯びた自身の頬を相手の掌に押し付けて。明日になってから言い訳する気は毛頭ないが、幼馴染を押し倒して、挙げ句の果てにはキスをしたという言い逃れできない現状を改めて突き付けてみる。喉奥で小さく笑いながら顔を少し傾け、相手の掌へ唇を押し付けちゅ、とリップ音立てながら何度も吸い付いて。　）

うっ…、忘れてたら許さないから。
( 確かに酒も飲んでない自分がこのような行動を取ってしまえば、責任逃れはできないと思わず｢やってしまった｣というような溜息を吐き。そして本当に相手が今のこのことを忘れてしまったら、自分はどうするのだろうと考え、そうなったら嫌だとモヤモヤした気持ちになり。少し相手をキツく睨んで、そう述べれば。口付けられている掌には熱が集中すると同時に体にも段々と熱が溜まっていくのを感じ。)

手、離して…。

忘れてたら思い出さしてくれりゃいいじゃん。
（　唇を寄せるたびに小さく体を震わせて反応する相手が愛らしくて、もう少しこのまま遊んでいたい気もするが、過度な意地悪は相手の機嫌を損ねかねないと指示通りに手を離し。乱れた髪を手で軽く梳いて整えると名残惜しくも相手から距離をとるように体を離し、体の向きを変えて机の上のコップへ手を伸ばし水を一気に喉に流し込み、酔いも覚めてきた頃に飲食店の香りが染み付いた髪や体を洗い流したくて。　）
…翔、シャワー借りていい？