車掌 2020-02-25 21:27:29 |
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何も言わずに、置いてきてしまった。キャスケットを弄りながら、ぐっと涙をのみ込んだ。
「つまらない、なあ……」
呟きが部屋に落ちても、もうそれを拾うものはいなかった。一文字に結んだ口と、下がった視線の先にあるのは、貴方の残した数々の痕跡。
貴方と共に遊んだオセロも、一緒に食べたクッキーも、貴方がくれた飴も、全部全部胸をぎゅうと締め付ける思い出になってしまった。
でもそれも自分のせい。
胸にぽっかりと穴が開いてしまったような感覚は、自分が貴方の手を掴みきれなかったせいなのだ。
「会いたい、会いたいよ……」
貴方の背を追いかけていきたい。いつまでも隣で飛び回っていたい。そんな願いを口に出すことも、今の自分には許されないのに。そんな感情を押し込めて、ひとりで三角座りをしているには、この部屋は狭すぎる。せめてもの抵抗に、髪を自分の膝に埋めて嗚咽を殺した。
自分は酷いことをしている。置いてきぼりにされることが、どれ程辛いのか知っている。知っている、知っている。だから苦しくて仕方ない。
遠い昔に教えてもらったお祈りが、もしも神に届くのなら。
願わくは、貴方が自分を忘れませんように。
願わくば、貴方が自分を幸福な想い出にしてくれていますように。
……なんて。
─────想い出の野原、想い出の野原。
開くドアにぱあっと差し込んだ白い光。
何故だろう、足元には虹色の丸石が転がっていた。
※車内に残されていた拙い筆跡の手紙
大好きなお兄ちゃんへ
やあ、セオドア!
ぼくもう十二さいだから、お手紙もかけるんだよ。びっくりした?びっくりしてくれてたらいいなあ。
あのね、ぼく、どうしてもセオドアに言いたかったことがあるの。だからお手紙をかいたんだ。
一こめ、あめをありがとう。もったいなくて食べられないって思ったから、ぼくずっと持ってることにしたよ。ぼくの一番の宝もの。
二こめ、ぼくと遊んでくれてありがとう。セオドアと遊ぶの、すごく楽しくて、大好きな時間だった。とくにおにごっこは最高だったね!
三こめ、一番大事だからよく読んでね。ぼくのだいすきなお兄ちゃん、ずっとぼくのお兄ちゃんでいてね。他の子のお兄ちゃんになっちゃだめだよ、約束だからね!
ごめん、ね。
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