車掌 2020-02-25 21:27:29 |
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「……花音」
呟いたのは愛しい人の名。短い旅の道中で幾度も呼んだそれを口にすれば、自然と口角が上がった。
「ありがとな」
貴女を置いていくことにどれほどの葛藤があったのか、もはや数えることはできない。それ程までに貴女を愛していた、けれど結局自分は貴女を手放すことを選んだ。綺麗な貴女を、笑顔の貴女を、失いたくはなかったから。
身勝手な理由で、自分は貴女を突き放してしまった。せめてもの贖罪なのか、貴女に押し付けたカンテラをぶら下げていた手には、もうなにも残っていない。寂しい手をぶらぶらと揺らすけれど、空を切るだけでむなしさが増す。
「お前のお陰だ」
廊下を歩いていた。目的地はもうすぐだった。揺れがひときわ大きくなって、その調子に右へ目が向いた。車窓から見えるのは、灰が目立つ巨大な恒星。
ゴォゴォと燃えていた筈の恒星は、時折火の粉を上げるだけの玉と化している。……ああ、なんて醜い。美しかった姿を知っているだけに、悲しみと失望は大きい。
罪人、だった。
灰色の堅牢な護送車で、孤独にここに送られる筈だった。
護送車の転覆事故。たまらず逃げ出した自分が目指していたのはどこかって、結局変わらないのだから笑えない。
列車は結局、罪人を送る車でしかなかったのだ。罪悪と共に乗る世界が、どれ程色褪せて見えたことだろう。
貴女に会うまでは。
「……愛してるぜ」
貴女に触れられた頬に両手を当てた。
─────終末期の恒星、終末期の恒星。
ホームに落ちた涙は、きっと気のせい。
※車内に残されていた、何故か所々焦げ付いた紙片より
花音へ
ありがとう。俺と一緒に旅をしてくれて。
何も言わずに置いてく俺を、許してくれとは言わねェよ。
でも、礼を言いたかった。
ありがとう。
愛してる。
焦げて焼け付いても、ずっと愛してる。
俺は文章も下手だから、伝わるかはわかンねェけど、お前と一緒に旅ができて幸せだった。
ミルクティ、旨いよな。豆銀糖も食ってみたかった。けどもう駄目だ。俺のわがままに付き合わせて悪い。未来のあるお前を付き合わせて悪い。こんな俺を好きって言ってくれてありがとう、けどお前、見る目ねェよ。
ごめんな。ありがとう。
俺の大事な花音へ。
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