まるで底なし沼のよう

（動転はようやく収まり始め、柔らかい手付きでこちらを気にかける相手にまた恐る恐る目を向ける。相手の口が開かれ投げ掛けられた言葉に一瞬涙が止まり目を丸くする。どんな綺麗事の説教がくるかと身構えていたが、耳に入ってきたのはあろうことか謝罪の言葉、助けて悪かった…？追い付かない頭はただ一言力なくため息混じりの疑問符を漏らす。）

なんで…


（/了解です！）

…なんで？ ふつー、止めるでしょ。てか学校でやられたら気分悪ぃし？
(なんで、そう問い掛けられ、昔の自分と重なったとは言えずに言葉を飲み込み。本当に死にたいのかを問いただそうかとかとも思ったが、それは今することでは無いと判断していつもの軽いノリでへらりと笑い)

(／背後は一度失礼します、またなにかあれば遠慮なくどうぞ!!)

……ちがう、なんで…謝ったの…？
（相手の言動に結局は自分たちの事ばかり…と非難が沸くがそれだけでなく暗く混沌に満ちた感情が渦巻いていく。しかしいつもと変わらない緊張感の無い態度に感化されたのか不思議と心情が整っていき弱々しく相手の手を振りほどく。ありがとう、感謝の言葉が最初に出ない辺り心底自分が憎いが、その違和感だけは拭いされず相手に質問を返す。）

んー…、おまえのことなんも知らねぇのに助けちゃったから
(なぜ謝ったのか。その問いに少しだけ真剣な声のトーンで答えた後、軽いノリは変わらずに、「あと本気で死にたいように見えなかった、から」と口元は笑っているが真剣な眼差しで見つめながら答え。ごめんという謝罪の言葉、もしかしたらそれは過去の自分に向けたのかもしれないと考えればくすりと笑って)

っ…！あなたに！何がわかるの…！？

（全身の毛が逆立つような衝撃が走り息を飲む、質問への返答もだが、むしろその付け足された答えが驚きで頭を満たしていく。本気で死にたくない…？その通りかもしれない。苦しみの出口への近道だと信じ今の今まで自分をだまし続けていた事実を突きつけられると、投げやりな怒りに任せて声を張り上げる）

まだなんもわかんねぇよ、俺には

(相手の反応を見るに、もしや自分が伝えたことが図星だったのでは、と考えながらひらりと手を振り。「死んでも、楽にはならないと思うけど」ぽつりといつになく落ち着いたトーンで呟いては、おもむろに左手首のリストバンドを触り、)

知った様な口きかないで…
（目の前にいる男に何がわかるというのか、今まで振りかけられてきた苦難は止めなかったくせになぜ今止めたのか、沸き上がる感情に身を任せたくなったが言葉にすることができず一言呟きまた押し黙る。この男だって皆と同じだ…だったらもういつもの様に逃げるか堪えればばいい、震える足でふらふらと立ち上がるとその場から去ろうと千鳥足で扉へと向かう）

そんなフラフラしてんのに、帰れないでしょ
(知った様な口を聞くな、もっともなことを言われてしまえばそれを否定することは出来ず。立ち上がって帰ろうとする相手を止める気は無かったが、そのふらふらした足取りを見てしまえばどうにも心配で。なにか無いかとポケットを漁りつつ、相手の半歩後ろで)

震え止まってから帰りなよ、コケるよ？

(そう声をかける。その声はいつものノリの軽さは変わらないが、どうやら本当に心配している様子であり)

今更心配なんて……
（不安定な情緒は怒りと自責、そしてなにより悲壮に満ち強がりつつまたいつもの絶望へと足を進める。まだ＊＊る、この階段を降りれば臆病な心ではそう簡単には＊＊なくなる、そう呼び掛ける内なる声と葛藤しつつ手すりを便りに一歩ずつ下っていく。しかし体は言うことを聞かず2、3段あたりでふっと力が抜けてしまい大きく体勢を崩す）

ほらやっぱり、大丈夫？
(突っ込んでいた手をポケットから離すと、案の定かくんと積み木崩しのように大きく体制を崩した相手をしっかりと支えて。これは帰れるような状態ではないのでは、そう直感で感じると引き留めると決めたのか、「事故るのは嫌だろ」と一言)

大丈夫…
（であるわけなく、支えがあっても立つのがやっとの状態で相手に寄りかかる。それもそのはず自殺などという行為に至るまでには相当精神に負担をかけ、睡眠も食事もとれず心身共に崩壊しかけていた。アドレナリンが切れた体は忘れていた疲労を思いだしていく。暖かい…あんなに避けていた他人の温もりがまだ心地よいと感じる事には驚きつつ、それに身を任せていく）

…よーしよしよし、座ろうか、
(子供をあやすようにぽすぽすと背中をさすり、寄りかかってきた相手をそっと階段に座らせ。自分はその隣に座れば相当精神すり減らしてきてたんだろうなと漠然と感じ、今まで止めてこなかった自分を悔やみ)

なんか腹減ったよね？ ちょっと待ってて
(ぐう、とこの場に合わない腹の音が自分の腹から鳴れば、階下にほぼ投げ捨てるように放ってきたリュックの中にサンドイッチが入ってること思い出して取りに行こうと立ち上がり)

（相手に従い崩れ落ちるように腰を下ろし壁に寄りかかる。眠りこそしないが虚ろな様子で目を閉じていると空腹に響く香りが差し出されていることに気付き目を開くとサンドイッチが差し出されており震える手で受けとる。）

ごめん…なさい…、ごめんなさい…私…！

（何も食べる気が起きなかった日々、いつもの通り差し出されたそれを本能的に口に運ぶと同時に目を丸くする。パンの香り、食感、味が伝わり灰色だった世界を少なからず色づけていく。美味しい、そんな感覚を思いだした途端まだ目から涙が零れ落ち自ら命を絶とうとした事へかそれとも目の前の恩人にか、どちらとも取れない微妙な対象へと嗚咽混じりの言葉を紡いでいく）

え、…そんな謝んなくていいって、気が済むまで謝ってもいいけどね
(突然泣き出した相手に思わず間抜けな声を出し。サンドイッチが不味かったのか、なんてことも考えたが今までのことからしてそれは違うだろうと結論付け、ふわりと優しく表情を緩ませて好きにしな、と付け加え)

どうして…私に優しくするの…？
（相手の言うとおり気が済むまで泣き続けたが、今までの涙とはなんとなく何処か違っている感じがする。自分の情緒不安定な様子にきょとんとする相手を見ると、なにそれ…っと赤くなった目もとに少しだけ笑みが浮かぶ。自然に笑ったのはいつぶりだろう、作り笑いしかできなくなっていた体は新鮮な空気に満ちる。心の一抹の暗闇も純粋な疑問に変え問いかける）

なんか、…その、俺もあったんだ、昔
(昔の自分と相手を重ねている訳では無く、あの心の闇を体験した者にしか相手のことは理解できないんじゃないかと思って。今まともに話すようになった相手にいきなり、虐待されていたことを話すのは気が引けて。自分の昔のことは辛い時期があったとしか話せなかったが、それでも相手を心配していたことに嘘はなく)

…！……強い…人ですね…
（返答は綺麗事、いやこの人は本当の良心からかもしれない、そんな予想をしていたが短く語られたそれにまた大きく目を見開く。この一際明るい男に詳しくはわからないがそんな過去があるとは思っておらず、それを踏まえたうえで一言呟く。私と同じ体験ではないにしろ何か過酷な道を歩んできた彼がこんなにも明るく前向きな人間になれていると思うと情けなくなりその一言を境に押し黙ってしまう）

…つーか俺、ほんとはこんな性格じゃないんだよなあ
(強いひと、そう言われれば聞こえないふりをして。数秒の間を置いてあはは、へらりと軽く笑い。所詮は作り物の性格、今でさえよくわからない不安に襲われることもある。かちりかちり、爪を爪で削りながら耳に響いたのは最終下校を知らせるチャイムであり)

…？それってどういう…
（相手の不可思議な一言に首をかしげ問いを投げ掛けようとした途端チャイムがそれを遮る。いつの間にそんなに時間がたったのだろうか既に空は暗く夜の景色になっており、焦って立ち上がる。こちらもいつの間にか足の震えは止まっておりかつてないほど落ち着いた心持ちで相手の方に目を向けたどたどしく一言）
あ、あの…ありがとう…ございます

いーよ礼とか、明日も学校来てな、
(綺麗な夜空をぼーっと見つめていて。たどたどしくお礼を告られれば、感謝されるようなことしていないとひらひら片手を振り。そんなことより、と前置きしたうえで「震えが収まって良かったよ」と。相手より先に階段を降り始める姿は早くおいで、と言わんばかりで)