秋雨

秋雨

amt  2017-11-05 16:17:44 
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牙を持った少女。
目を持った少女。
手を持った少年。
対するは、朱を纏った誰か。

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  • No.1 by amt  2017-11-05 17:08:49 

【始談】

 美味しいものは、冷める前に食べるのが一番だと言う。では、冷たいデザートは?と聞くと、冷たいうちに食べるのが一番だと言う。
 まったくその通りだと、私は思った。舌の肥えているわけでもない私ですら、冷たいデザートは冷たいうちに食べてしまいたい。温かい食べ物も、それに同じく。だって、溶けてベチャベチャになったアイスクリームや、冷めてカチカチになった餅なんて、誰も食べたくないだろう。
 そう考えていると、とても惨めな気分になってくる。頭の中がぐるぐると気持ち悪くて、喉の奥から溜め息が溢れて出る。
 見上げた空は曇天で、まるで今の気分そのものだ。
「……惨めだなぁ」
 何に向かってでもなく、強いていえば自分に向かって、溜め息に乗せて薄く呟く。それから視線を前に戻すと、今まで私を足止めしていた信号機が緑色の光を放っていた。
 この緑色を、人は誰しも、あおと呼ぶ。どう見ても緑色のそれを、どうしてあおと呼ぶのか。そう、博識の友達に訪ねたら、「それはきっと、王に白に石の字を書く碧っていう文字から来てるんじゃないの」と言われた。
 ははは、なんだその大に城に医師の字を書くあおって。そう言ったら酷く鬱陶しそうな眼差しを向けられてしまった。
 その友達から、お前は何を考えているか分からないと言われたことがある。だが、そんなものは簡単な話だ。思いついたことをあれこれ考えているだけである。
 ……そう教えてあげようかと思ったけれど、元より私より物知りな彼女に知られるのも何だか癪だと思って、敢えて教えなかった。まぁ、何かを隠しているということはズバリ言い当てられたのだが。しかし、私はこれで何かの手札を手に入れた。
 何かの、が何かは分からないが。
「カナ、おい、カナ。気付けこのカナ」
 不意に、後ろから声がした。振り返ってみると、縁の赤いメガネを掛けた、理系女がいるではないか。理系女である。リケジョ。
「あのさ、このバカみたいな語呂で人の名前を当てはめるのはちょっとイケナイと思うんですけど」
「おいこのバカ」
「言い直す必要あるか!?」
「ねぇな。ふはは」
 この理系女、なかなかいい性格をしているじゃないか。後で痛い目を見せてやる。
「それより、早く行こうぜ。遅れるとめんどくさいぞ。」
 見た目にそぐわない、やや乱暴な口調で言って、彼女は毛先の切り揃えられたポニーテールを揺らしながら前を行く。
「あーちょっと待ってよリニ……ってオーイ、何気なく人の靴紐解いていたのか!この悪魔ー!」
 ふっはっはっはっはっ、と棒読みの高笑いをしながらスタスタ歩いて行くリニを、靴紐を結び直しながら睨んでいると、見知った顔が私を覗き込んできた。
 感情の読み取れないその顔を一瞥して、再び作業に集中する。
「……ケイ、右の靴紐、固く絡まってるから解いて」
「ん、いいよ」
「…………。」
「…………。」
「……いや、はよ解かんかい」
「スカートの中見えるぞ」

──瞬間、私はケイの頬をぶん殴った。

  • No.2 by amt  2017-11-09 08:29:57 

【裏の表世界】

 季節は未だ氷点下をゆく真冬。しかし世間は年を越したことによってある種の賑わいを見せている。
 三が日のニ日目である今日も、テレビは神社の混雑状況や、海外の年越しの様子などをこれでもかというほど映し出していて、その度に耳にするのは、「明けましておめでとう」や「ハッピーニューイヤー!」というフレーズ。どこに行っても聞こえるそれは、この場所でも例に漏れないらしい。
「明けましておめでとう、諸君。今年もよしなに頼むぞ」
 街の中に突如として現れる大きな洋館。周囲の建物と一定以上離れた、大きな壁に囲われた広大な敷地の中にドンとそびえるその洋館の正面扉を潜った途端に、酷く疲れ切った声でそう言われる。見れば、大勢の白衣姿の人間が行き交う広いロビーの中でただ一人、緑色のソファーにもたれ掛かってこちらに手を振る女性がいた。
「……ずいぶんとお疲れのようですね、ナナキ博士。」
「おう、分かってるじゃあないか、カナちゃん」
「そりゃぁ、そんな『疲れた』なんてプレートを首から下げてたら誰だって分かりますよ」
ナナキ博士は薄く笑いながら、渋い達筆で『疲れた』と書かれたプレートを外すと、それをあらぬ方向へと投げ捨て、立ち上がって背伸びをしながらこちらへと歩み寄る。
「まったく、三が日くらい休ませて欲しいものだよ。」
「……けれど、人が一箇所に集まるタイミングを狙うのが、ヤツらの習性。のんびり休んでいる暇なんてない。」
「社畜魂が猛々しいねぇ、ケイトくんは。年末休み貰ってたクセに。」
「ケイの言う通りだよナナキさん」
「ヘイワを守らなくては」
「君たちってやつは………」
 深々と溜め息を吐くナナキ博士は、苦い顔をして歩き出した。私たちはそんな博士の後を追って行く。
「……昨夜、午後十一時半頃から、『セカンド』に複数の『ドール』が確認された。そのおかげで見ての通り、ずーっとてんやわんや。まったく、せっかくの正月が台無しだわ。」
「休みがあっても酒飲んで寝てるだけだろうに」
「リニくん、君もここにいればあと少しで私の気が分かるよ」
「ぞっとしない冗談だね、それ」
 軽口を叩き始めた二人を尻目に、周りの様子を窺う。大まかなことは理解できたが、やはり詳しい話をして貰わねばならない。
 そうこうしている間にとある扉の前に着く。会議中のプレートがぶら下がっているそのドアの取っ手に手を掛けると、博士は何の遠慮もなく、扉を開け放った。

◇ ◇ ◇

 『牙』の冶島カナ
 『目』の狩月リニ
 『手』のケイト・柊・オランジェット
 それぞれにそれぞれの個性に合わせた単位、コードがある。俗に言う、コードネーム的なのアレだ。我々が一体何であるのか、目的は何か。単刀直入に短く言えば、世に言う『正義の味方』だ。
 もっと詳しく言えば、世界の裏の世界があって、その裏の世界の表側、通称『セカンド』と呼ばれる場所で『敵』と戦うのが我々の役目である。…………と、私は去年の初夏にここで教えられた。
 『セカンド』は、この世界に最も近い場所で、そこで何かあればこっちにまで影響が出るほどだと言う。それは、ガラス一枚で隔てられた水槽のようなもの。ガラスに穴が開けば、入っていた水が流れ出る。時と場合によるけれど、水が入っているのは『セカンド』の側が多いらしい。
「……えー、今回の件に関して、表側に影響が出ているという報告は未だ確認されません。しかし、この状況に甘んじて無駄な時間を使っている余裕がないのもまた事実で──」
「前座が長い。時間がないなら結論から話せ。」
「は、はい。……敵、『ドールタイプ』の多数出現を確認。数は不明。どこかに『ブレイン』が潜んでいる可能性も……」
「そんなことは分かりきってるっつーの!対処法は?必要戦力は!?」
 会議室の長机をバンと叩いて言うナナキ博士に、司会担当の男は目に見えて怯む。
 この、会議という名の作戦行動の内容通達は、放送により館内のほぼ全域に聞こえるようになっている。今のナナキ博士の発言も全て丸聞こえだ。だが、本人は気にした様子もなく、ただ不機嫌そうに司会担当を睨めつけている。まるで連日の働き詰めの鬱憤を晴らしているようだ。
「え、えーと、【牙】【目】【手】の三人に加え、後方支援の三個小隊を派遣し、敵を指定距離に誘導後、フィールドを形成、各個撃破という形にしたいと思っている次第でありまして……」
「よーし聞こえたな諸君。直ちに準備に取り掛かれ。尚、出撃する後方支援部隊は特務分隊とする。それ以外は有事に備えて待機。以上、解散!」
 司会担当を差し置いて指示を出したナナキ博士。彼女はそのまま席を立って、会議室から出て行った。
「なぁカナ、特務分隊だって」
「なぁに、リニ。手柄を取られるのが怖い?」
「そうじゃなくて……」
 珍しい口ごもるリニ。そんな彼女の様子を見て私も気付く。
「「試作テスト……。」」
 気付きたくなかったが、気付かなければ後が辛い。どっちにしろ辛い現実に、私とリニは溜め息を吐いた。


  • No.3 by amt  2017-11-11 20:46:58 

【激戦】

 ──痛い。一番最初にそう思った。
「あう……ぐ………」
 意識がはっきりしてくる程に痛覚もまた、ジクジクと痛みを増して傷の深さを訴えてくる。抜かった、不覚と言って誤魔化すにはあまりにも酷い有様に違いない。
 遠く聞こえていた騒音が近く聞こえるまで回復した頃には、自分の状態を把握することができたが、それ故の絶望も大きい。
「──目が覚めた!?良かった!ケイト、早く!……はぁ!?こっちはもういっぱいいっぱいだっちゅーに!!」
 印象的な深いオレンジの髪が、攻撃を掠めて飛び散る。
「ちぃ!」
「ふぅ……ふぅ……ぐぅ……!!……は、博士……!!」
「バカ!動かないの!」
 喰い千切られた左腕の鈍い痛みに耐えながら、なけなしの力を振り絞って体を起こす。鉛のように重い身体は言うことを聞かず、ぐらつく視界が気持ち悪い。
「ナナキ博士!」
「遅ぉい!お姉さんもうヘトヘトよー!まったく!」
「無茶言わないでください!こっちだって大変なんですから!それよりも……」
「ああ、その子を頼むぞ、カナちゃん!」
 ぐっと、持ち上げられるのと同時に、緊張の糸が切れた。急速に暗くなる視界と意識。その暗闇が瞬く間私を呑み込んだ。

◇ ◇ ◇

 どうしてこうなったのかは、まだ理解が追い付かないが、ただ、明確なことは一つ。このままでは押し切られる。
「カナ!」
「リニ、あとお願い!」
「また前に出るつもり!?本気で死にたいの!?」
「ナナキ博士がまだいるの!それに、私じゃ後方支援できないし!」
「だらって、前に出るなんて……って、おい!」
 リニの静止を振り切って走り出す。体を低く、より低くして、今の自分にできる最大限のスピードを出して走る。常人のそれを軽く逸脱するこの身体能力を駆使しての疾走は、ものの十数秒で荒れた戦場の中を駆け抜ける。
「博士!」
「丁度いいところに!前に一匹!」
 それを聞いて、咄嗟に腰に携えた小刀を抜く。その瞬間、隠れていたコンクリートの残骸を飛び越えて黒い塊が強襲してきた。一目で危険な獣だと分かるそれは、鋭い牙の並ぶ口を大きく開いて、私目掛けて落ちてくる。
 咄嗟にその場から飛び退くと、つい数瞬前に私のいた場所にその獣が突っ込んだ。その瞬間を見逃すことなく、縦長に伸びた胴に刃を振るう。
 一瞬のことだ。辛うじて目に映る早さの一撃は、獣の身体を真っ二つに両断し、赤黒い血液を飛び散らせる。
「お見事!」
「博士、後退しますよ!」
「バカ言えぃ!まだクソ人形が残ってるのよー!」
「もうほとんど囲まれてますってば!」
「よっしゃ早く戻るわよー!」
 意見をコロリと変え、後方に向かって走り出す博士。彼女を援護しつつ、私はケイの姿を探す。
「カナちゃん!前!」
「!」
 博士に言われて前に向き直るが、その時既に、敵は目の前に迫っていた。ぬらりとした、のっぺらぼうのような顔のそれ、『ドール』は、まるで操り人形のようにグネグネと起き上がる。右手に携えた短剣を私に向かって投擲し、更に自身も走り出す。
「貰うっ!」
 回転しながら飛んできた短剣を小刀で弾いて受け止めて、それを上手く手に取り投げ返した。首元に直撃し、頭が吹き飛ぶが、相も変わらずこちらに突撃を掛ける『ドール』。見た目は人間と変わらないそれは、千切れた首から黒々とした液体を垂れ流していて実に生々しい。左手に持つもう一本の短剣を振りかざすが、私はそれを無視して『ドール』の横を走り抜けようと前進する。
 『ドール』の腕は決して遅くはないが、気にせずに足を進めた。そして──
「──ぬん」
 ──ズドンッ、と。重々しい音が響くと同時に『ドール』の四肢がバラバラになって吹き飛ばされていった。
「ナイス!……よっと」
落ちてきた短剣を小刀で叩き落としつつ、隣に付いた感情の読めない真顔のケイに声を掛ける。
「『ドール』の出現範囲に入ってるみたい。ケイ、博士を抱えて先に行って。私が時間を稼ぐから」
「ん。……剣、いる?」
「それはちょーっとデカすぎ。じゃあ、お願いね!」
 そう言い残して別れる。ケイは言った通りに、少し離れたところを走っていたナナキ博士を抱えて行った。
「さて、と」
 二人が離れて行ったのを確認して、立ち止まる。それから小刀に手を掛け、腰を低くして目を瞑った。
「………!」
 すぐに気配は現れる。私を取り囲むように、少し離れたところに一体、また一体と増えていく。
(なんでこんな……。こんなはずじゃなかったはずなのに!)
 絶体絶命。表側との連絡も取れず、ナナキ博士率いる精鋭部隊、特務分隊もほぼ壊滅。残った隊員も重傷者がほとんどだ。
 初めは楽な戦いのように見えていたが、途中から流れが変わってしまった。こんなことになったのはつい十数分前のこと。『ドール』の他に複数の敵が出現したことから始まる。

◇ ◇ ◇

 転移装置の前にて、私達は出発の最終確認を行っていた。
「諸君、この仕事が終われば、しばらくの休暇を貰えることになった!」
「やったぁぁぁぁ!」
「ああ、神よ!私はまだ生きて良いのですね!」
「うおおおおーーっ!やっと深夜アニメの見逃しを消化できるぞぉぉぉぉ!!」
「い゛き゛て゛て゛よ゛か゛っ゛た゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛!」
 博士の言葉と共に、特務分隊全員が歓喜の声を上げる。中には泣いて喜ぶ人の姿すら見えるあたり、この組織はかなりブラックなのではないだろうか。
「そしてもう一つお知らせがある。なんと、この私の新しい作品を目の当たりにすることができるぞ!」

 ……………………………………。

「喜べゴルァ!」
 そんなこんなで、『セカンド』へ行く準備が整った。

 『セカンド』は、流石に表側と近いだけあってそれなりに表側の面影が色濃く出ている。山や川など、自然に侵食されてこそいるものの、ちらほらと道路や建物なども見える。その多くは朽ち果てて原型を留めてはいない。
「いやしかし、こんなんじゃなければ普通に探検したいなぁ。人形ども皆殺しにしたら時間貰えないかなぁ」
「リニは本当に口が悪いね。せっかくの美人が台無しだよー」
「よせやい。私は誰かに媚び売ったりなんかしないぞ。それよりほら。見なよ」
 リニが、寄りかかっている巨大な樹の向こう側を指差す。そこには複数の人のような何かがいた。あれが『ドール』。見た目は、顔のない人間。ボロボロの服を纏い、傍から見れば遭難者に見えなくもない。が、その身体は、関節がまるで人形のように隙間が空いていて、動きもまるで糸に操られた人形じみている。
 リニと頷き合ってその場を後にする。取り敢えず目標の位置は掴めたので、あとは『ドール』を殲滅すればいい。『ドール』には、それらを操る『ブレイン』と呼ばれる中枢的存在がいるらしいが、過去の戦いで『ブレイン』が姿を現したのは二度ほどしかないそうだ。だから今回も現れることなどない。現れてもきっと、『ドール』なくしてまともに戦いのできる力は持っていないだろう。
 ──と、みんな考えていた。何かあっても待機中の部隊がまだいるから大丈夫だ、と。だが、それが間違いだった。

 早速『ドール』発見の知らせをナナキ博士に行う。曰く、表側との通信状態が悪く、長く『セカンド』に留まるのはあまりよろしくないらしく、早めに殲滅を開始するとのことだった。
「私たちはどうすれば?このまま仕掛けます?」
«いいや、一旦こちらに戻っておいで。カナちゃんもリニちゃんも、真っ向からの戦いは苦手でしょ?誘導はケイトくんに任せよう»
「リョーカイ。んじゃ、行こうぜカナ」
「はいはいっと。」
 通信を切って、再び歩き出す。そこまで距離があるわけでもなく、走らずともすぐ合流できるだろう。
「さてさて、帰ったらなに食べよか──」
「カナ、気付かれた!」
「えっ!?」
 リニがホルスターから愛用の拳銃を抜く。それに倣って私も腰の小刀に手を掛けた。
「距離があるはずなのに、どうして」
「嫌な視線………。カナ、今回はちょっと、ヤバイ」
「やなこと言わないでよー」
 いつになく真面目な顔をするリニに嫌な予感がする。リニは【目】と呼ばれるだけあって、索敵能力が高く、しかも視覚、聴覚、嗅覚においても全て物凄く優れている。戦いには向かないが、支援人員としてこの上なく優秀だ。
「十一時……いや………………上ッ!」
 素早く銃口を上へと持ち上げ、引き金を引く。銃音と同時に、突如として現れた『ドール』は、しかし、ドンピシャで銃弾の餌食となった。
「落ちな!」
 続けて三発撃ち込むと、落下中だった『ドール』は衝撃で仰け反り、背中から地面へと叩きつけられた。黒い液体を撒き散らして倒れるその姿はまるで人間のようだが、人間よりももっとおぞましく見える。
 もう動かないことを確認してから、再度ナナキ博士に連絡を入れた。
«銃声がきこえたけど、何かあったの?»
「はい、どうやら見付かってしまったらしくて。リニが嫌な予感がするから気を付けろって………。」
«……どうやら、その予感は当たりっぽいよ»
 声のトーンを低くしたナナキ博士に、どういうことか尋ねると、最悪の事実を告げられた。
«表側との通信の一切が途絶えた。»
「な………」
「おいおい、それじゃあどうするんだよ?人形どもを潰しても、ここから出られないんじゃ……。」
 ナナキ博士はうーんと唸ってから、とにかく復旧を待つしかないと言う。同時に、それがいつになるか見当がつかないことも。
«まあ、取り敢えずは合流してから…………ん?なに!?クソッ、囲まれた!二人とも、急いで来てくれ!いいな!?切るぞ!»
「え、ちょ、博士!?」
「カナ、走れ!」
「ええ?……うわっ!」
 振り返れば、後ろから沢山の『ドール』がこちらに向かって来ていた。状況から察するに先程の銃声でバレたのだろう。
「ほら走るぞ!」
「う、うん!」
 リニがグレードを後ろに向かって投げた。爆発の衝撃で転びそうになりながら全力で駆ける。途中、後ろから銃声が聞こえ始め、どうやら新たに武器を持った『ドール』が現れたらしい。私たちの身体能力なら、木の枝を飛んで渡るなんてかっこいいこともできなくはないが、実際、そんなことができるような木の枝などない。葉っぱや細かい枝に次々とぶつかって終わりだ。
「ちぃ!応戦するしかねぇか!?でも二人だけじゃぁ………」
「大丈夫!間に合ったみたい!」
「うん?……おわ!?」
「ぎゃーっはっはっはっはっはっ!汚物は消毒だコラァァァ!」
 突然、炎のついた瓶が私とリニの間を横切る。火炎瓶だ。それがその一個を皮切りに、二個三個と次々に飛んでくる。
「この火炎瓶、ダッツのおっさんだな!あのアニメ厨、どんだけ火炎瓶好きなんだ!」
「おーい二人とも!」
「博士!」
「良かった、無事だったんだな………ってウェイ!なんだよそれ」
「ウェイ!プラズマカッターなのよ」
 なにやらバチバチいっている物騒なものを担いだナナキ博士。見るからに危なそうなそれを、ひょいと構える。
「ぶちかますぜ!」
 そしてトリガーを引く。
 ──チュドンッ!
 青い電撃の刃が、火炎瓶で広がった炎を引き裂いて飛翔していく。そして……
 ──バチィィィンッ!
「命中なのよ!」
「マジか!『ドール』の後ろの木が切れてるぞ!?」
「えげつない……。」
 リニと二人で仰天していると、今度はケイが大きな剣を片手に歩いてきた。その剣──というよりはほとんど鉄の塊のようなものだが──を軽々と振り上げると、顔色一つ変えずに、いつもの感情の読めない涼しげな顔を私に向けて言った。
「お先に」
「あ、うん。いってらっしゃい」
「むん」
「うわっ!ぶん投げた!……って、木が砕けた!?」
 いつもはしないような突然の行動に唖然としながらケイを見送る。考えることがよく分からない彼だが、それも含めて彼らしい行動だと私は思った。
「……ナナキ博士のプラズマカッターに、対抗……したのかな……?」
「ちょーっとインパクト的に桁違いかなぁ……」
 流石の博士も苦笑いするしかないようだった。と、そんな緩んだ空気を締め直すかのように銃声があちらこちらで鳴り響く。どうやらいつの間にか特務分隊の隊員たちが散会して攻撃を始めたらしい。ナナキ博士が満足そうに頷いているあたり、しっかり指示通り動いているらしかった。
「この分だと、すぐ終わるかな。本来なら気付かれて数が増える前に処理したかったけど。」
「ですね。すみません、私たちが見付かったせいで……」
「いやいや、こっちだって奇襲食らってたしね。問題ない……………………って、あれ」
「……いつから、どこで見付かったんですかね。私たちの時は、見付かるような距離でもなかったし……」
「そもそも『ドール』が出現してるような場所の近くには転移してなかったはず……。」
 何かがおかしい。そう思って黙り込んでいると、リニがハッとしたような顔をする。
「不気味な視線………あれ、まさか──」
«博士、ナナキ博士!»
 何か言おうとしたタイミングで、ナナキ博士の通信機に通信が入った。何やら慌てたようなその声に、博士はリニの言葉を片手で遮って耳を傾ける。
「どうした?ダッツ」
«良く分からないやつに遭遇した!クソ速ぇ……!»
「どんなだ?」
«狼みたいな、とにかくでっかいバケモ……ティーナ!?クソッ!»
「ダッツ?おい、ダッツ!」
 荒い息遣いとノイズ、銃声。それに混じって聞こえる悲鳴。
 ……何が起こっているのかは、明白だった。
「バカな……『ドール』以外の敵……?」
「博士!」
「うむ、みんなにも知らせよう。私も前に出る。悪いがここは頼んだぞリニちゃん!カナちゃん、援護よろしく!」
「は、はい!」

 ──こうして、新たな敵の出現によって、この戦場は荒れ始めた。多くの仲間を失って、尽きることのない敵を倒して。
 リニが何か言おうとしていたが、この時はどうしようもなかった。そう。どうしようもなかったのだ。

  • No.4 by amt  2017-11-14 08:21:11 

【中枢】

 切り裂いた血肉は、『ドール』とは違って生き物であることを生々しく知らしめてくる。鉄さびのような血の臭いと、獣臭さが入り混じって余計に吐き気を催しそうになるが、そんなことを気にしている余裕を与えてくれないほどの攻撃が、私めがけて次々と襲い掛かってきていた。
「ちっ!」
 素早さで言えば私の方が上ではあるが、しかし、数の理で力負けしているのは明らかで、このままではいずれ力尽きるのはこちらでしかない。そうなる前に何か打開策を見つけなければ。
(打開策……打開策……!?)
 だが、容易に思い付くものならここまで苦労はしていないのも事実。敵が湧いて出るのを阻止しようにも、中枢である『ブレイン』が本当にいるのかも、もしいたとしても居所などこの状況で分かろうはずもない。それに万が一『ブレイン』を倒せたとして、この獣たちがいなくなるとも限らない。獣は、『ドール』とはまた別の系統の敵である可能性があるからだ。
 どういうことかと言うと、現状を見るのが一番早い。
「グルルァッ!!」
「………!」
 獣と『ドール』が、互いに潰し合っている。『ドール』よりも早さで勝る獣がやや優勢に見えるが、首や手足を千切られようとも活動可能な『ドール』もしぶとく対抗しているようだ。だが、潰し合いだけに意識を向けているわけでもなく、あくまでもこちらに攻撃を仕掛けてきてもいる。
「ふっ!やぁぁぁ!!」
 『ドール』の胴体を両断し、その上半身を獣に向かって蹴り飛ばす。当たりはしなかったものの、その一瞬を突いて小刀を投擲。獣を貫通して地面に突き刺さる小刀を回収すべく動くが、好機とばかりに『ドール』が道を阻む。投擲された短剣を、身を低くして避けつつ、『ドール』の顎を思いきり蹴り飛ばす。ガコンッ、と痛烈な音と共に『ドール』の頭が吹き飛んで胴体が仰け反る。すかさずその足首を掴むと、ありったけの力を込めて振り投げ、後方に出現していた『ドール』に激突させてやる。
「飛び道具の一つでも持っておけばよかった……!」
 小刀を回収しながら独り言を零す。基本的に射撃のセンスが欠片もない私は、この愛用の小刀の他に使える武器がない。投げたりするのは得意だが、銃のように武器の力だけに依存するものはどうにも苦手だ。当たっても手応えが感じられなくて、感覚がおかしくなってしまいそうだから。
 鎖鎌でも持ってこようか。そう考えているうちにまた敵が襲ってくる。
「これじゃキリがない……。」
 『ドール』が十体以上、獣が少なくとも五体以上。見える範囲だけでもこれだけいる。状況は絶望的だ。
 さてどうしたものか、と木陰に身を潜めていると、不意に何者かの気配を感じて上を見上げる。が、しかし、そこには誰もいない。
「……ケイ?リニ?」
 そう声を掛けてみた。その時
「っ!」
 咄嗟にその場を離れる。カカカッ、という音と共に今まで隠れていた木に三本の短剣が突き刺さっていた。まさかと思い、別の木陰に身を潜めて周囲を観察するが、何者かの影一つすら見当たらない。
(……まさか……。)
 今まで僅かに考えていた可能性が頭をよぎる。
「『ブレイン』……!?」
 だとすれば非常にまずい。見た限りではその姿どころか影すら見えない。今しがた感じた気配もきっとすぐ近くまで偶然接近したことによって感じ取れたものだとすれば、索敵は困難。まして勝てる気もしない。
 ……このまま様子を見るべきか、行動するべきか。私はどちらの選択が最善か決めあぐねていた。

  • No.5 by amt  2017-11-17 02:44:10 

【光明】
 ──苦しい状況は、相変わらず続いている。
 ケイは周囲に出現する敵を近寄らせないよう、防衛に徹しているし、ナナキ博士は治療に専念している。私はその手伝いをしながらケイに敵の場所を知らせていた。カナとは、連絡がつかず、何度も通信機で呼び掛けているが応答はない。最悪のビジョンが幾度となく頭を過ぎるが、それを振り払って目の前に集中する。
「ティーナ、しっかりしろ!ダッツが命を懸けて助けたんだ!無駄にするつもりはないぞ!」
「博士!左右から来る!」
「だぁーこの畜生め!」
 ケイが対応しきれない分はこちらで何とかしなくてはならない。私は素早く銃を構える。マガジンには強化弾をセットしてあるから、しっかりと当てれば獣に大ダメージを与えられる。
 ナナキ博士も拳銃を構えようとするが、私はそれを例のプラズマカッターなるゲテモノに持ち替えるように言った。
「しかし、まだフルチャージまで時間が……」
「大丈夫、一発でいい。そっちに向かって縦に撃って!……来るよ!」
 素早く移動してくるものが三つ。それは獣で、私が見る方向に一匹、博士の方に二匹、それぞれ来る。そして私の読みは正しいはずだ。
「今!」
「ええい、ままよ!」
 合図と同時に、プラズマカッターが射出された。それは見事に獣の出鼻を挫いて、二匹並んだそいつらを同時に吹き飛ばす。
「よっしゃビンゴ!死になッ!」
 見事に目論見通りになったことを喜ぶ間もなく、今度は私の方に来た獣を撃ち殺した。強化弾を撃った反動は凄まじいが、私たちの身体能力にかかれば多少無茶が利く。
「……ん?今ので最後……出現エリアが狭まった?いや……移動してる?」
 ふと、周辺から敵がいなくなったのを感じ取る。あくまでも私の感知領域内ではあるが、それでも今までの猛攻のことを考えればすっかりもぬけの殻状態だ。
「ケイ、おい聞こえるか」
《……ん》
「私の分かる範囲の敵はいなくなった。だから」
《カナを探しに行く。お先に》
「え?あ、おい!……はぁ、まぁいいか」
 どうせ言おうとしていたことだし。
 通信機を、再びカナに繋げようと試みる。だが、相変わらず繋がらない。もしかしたらカナは、通信機が使えない範囲にまで出てしまったのかもしれない。あとは、別に通信機不可な領域にいるか。
「……まさかな。こんなに長くなんていられるわけ……」
 『とあること』を可能性として考えてみるが、難しいはずだ。そう、頭で理解してはいるが、しかし。
「……隠し事が下手なクセに、大事なことばっかり隠すのが上手いからな」
「『副作用』のことかな」
「ああ。……まさか、博士まで隠してるわけじゃねぇよな?」
「………。」
「……、……まさか、隠してたのかよ?」
 私は、目を見開いてナナキ博士に詰め寄る。博士は何も言わずにそっぽを向いた。

 『副作用』とは、私、カナ、ケイのような特殊な人間が持つ、特別な『能力』を使った際に発生する、自身への害悪のことだ。『能力』は個別に違っている。私の『能力』は『感知領域』。一定範囲の感知領域内において全てのモノの『感知』ができるというもの。そして『副作用』は、『昏睡』。一定以上『能力』を使って体力を消費すると昏睡状態に陥るというものだが、余程のことがない限り滅多に陥らないタイプだ。
 ケイの『能力』は、『自由変換』。いわゆる錬金術とかいうものの類で、触れた物を好きな物質、形状に変換することができるという、ほぼチートレベルの『能力』だ。しかし、『副作用』はなかなかにえげつない。『自由変換』の『副作用』は、『精神の希釈』。つまり、感情が薄くなっていくというものだ。しかも、『能力』を使っていない間も僅かながら常に進行し続けているらしい。
 そして、カナの『能力』。その名を『影渡り』と言う。文字通り影を渡る『能力』で、影の中へと直接潜り込むことができる。そこから別の影まで移動することができ、対象の影に干渉することで、本体に影響を及ぼすことも可能性だという。本人曰く、影の中に潜んでいる間はとても安らぐそう。だが、『副作用』のことを考えるとそんな呑気なことを言っている場合ではなくなる。『影渡り』の『副作用』は、『消滅』。これもまた文字通り、カナという存在が『消滅』してしまうというものだ。使ってすぐに消えるなんてことはなく、『能力』を使う度に、徐々にその存在が世界から消えていく。目に見えた影響こそないものの、ある時にふっと消えてしまう可能性があるという。
 私の『昏睡』はもちろん、ケイの『精神希釈』すら少しずつ回復するのだが、カナの『消滅』はそうはいかない。いわば生命を擦り減らしているも同然なのだ。
「……私の『感知領域』じゃ、概念的な『消滅』は感知できない……。かと言ってケイみたいにわかりやすくもない。なぁ、博士……。」
「……。」
「教えてくれよ。知ってるんだろ?あいつの状態のこと……!」
 いつの間にか胸ぐらを掴んでいた手に、更に力がこもる。もしかしたら、今、既にその存在が消えてしまったのかもしれない。そう考えるだけで焦燥に身を焼かれる思いになる。
「……彼女の影だ」
「え……?」
「『消滅』の影響は、影に現れる。気付きにくいと思うが、カナちゃんの影の輪郭がほんの僅かにぼやけている。全体的に形が崩れれば、その時は……。だが、まだだ。まだ猶予はある。それまでに解決すれば、あるいは」
「影……。」
 全く気付かなかった。というより、気にしたことなどない。まだ時間がある。そう聞いて安心したが、どちらにしろこのまま戦い続けることが危険であることに変わりはない。
「……ここを離れるわけにはいかない。でも、カナが心配だ……。」
「そうだね。どうしたものか……。」
 二人で頭を抱える。と、その時──
「──なら、アタシに任せておくれよ」
「ッ!? 」
 ──感知できない何者かが、瓦礫の上から私たちを見下ろしていた。

  • No.6 by amt  2017-11-26 18:00:09 

【奇襲】

 ザワザワと周りの木々が揺れる。
 風に紛れて臭う焦げ臭さは、火炎瓶の炎が周りの木に燃え移っていることを知らせてくる。そうでなくとも、時折感じる熱が嫌でも教えてくれた。
 ──私は今、『潜んで』いる。『影渡り』の能力をフル稼働させて、影から影へと渡り歩いているのだ。……が、しかし。
 いつまで経っても肌を刺すように纏わりついてくる視線が振り解けないでいた。
(くっ……影に入ってるはずなのに……!)
 目の前に広がる影と光の世界。所々に差し込む光の筋を避けながら、なるべる暗い影の中を選んで移動する。上下こそあれ、地面は存在しない。重力のある無重力……あるいは滑空しているかのような、なんとも言えない感覚だ。
 そんな影の世界から、出たり入ったりしながら様子を窺う。相手の姿こそ見えずとも、少し前からあからさまにその気配を醸し出しており、どうやらこちらを誘っているらしい。
「ぐぬぬ……!」
 どうにもならない。いくら考えようとも、このお粗末な頭では作戦一つ浮かばない。みんなと合流しようにも、このまま正体不明の追跡者を連れたままでいるわけにもいかないし、かと言ってずっと影の中に留まるのも危ない。
 極度の『能力』の使用は、私自身の存在に影響を及ぼすからだ。どこまで大丈夫なのかが分からない以上、神様頼みが精一杯でしかない。
「ぬう、ここは一か八か……走る!」
 直接的な攻撃が来れば、ある程度の場所は分かるだろう。そんな稚拙な考えで表に出る。木陰に身を潜め、周囲を確認する。……と、丁度顔を出したその時、丁度見た方にある巨木がぐらりと傾いた。
「はえっ!?」
 その巨木は、真っ直ぐこちらに向かって倒れてくる。
 すかさず影に潜り込み、事なきを得るが、安心して息をつく間もなく倒れてきた巨木の根本を影伝いに目指す。
 恐らく、そこにいるであろうケイを探して。

「──いた。」
 予想通り、木の根元に身を潜めるケイを発見した。周囲に散らばる人形の四肢と、撒き散らされた黒い液体。更には直径ニメートルはあろうかという切り株を見るに、なかなかの無双っぷりを見せていたのだろう。
「ん。カナ」
「良かった。無事だったんだ」
「それはこっちのセリフ。」
「あはは……」
 相変わらず纏わりつくような視線は離れないものの、何故か攻撃をしてこない。それどころか、敵意や殺気というもが薄くなったような気がする。
「…………。」
「カナ」
「大丈夫、なんでもない。」
「変な視線……?」
「……分かるんだ」
 ケイはコクリと頷くと、キョロキョロとあちこちを見回す。
「……どこかは、分からない。」
 やはり。もしかしたら、リニですら探すのは難しいかもしれない。

「──ふっふっふっ、そう簡単に見付かるわけないっしょ」
「っ!!」
「!」
 咄嗟に小刀に手を伸ばすが、しかし、それよりも早く身体に衝撃が走る。
「かはっ……」

 その瞬間で、私の意識は途絶えた。

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