amt 2017-11-05 16:17:44 |
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【裏の表世界】
季節は未だ氷点下をゆく真冬。しかし世間は年を越したことによってある種の賑わいを見せている。
三が日のニ日目である今日も、テレビは神社の混雑状況や、海外の年越しの様子などをこれでもかというほど映し出していて、その度に耳にするのは、「明けましておめでとう」や「ハッピーニューイヤー!」というフレーズ。どこに行っても聞こえるそれは、この場所でも例に漏れないらしい。
「明けましておめでとう、諸君。今年もよしなに頼むぞ」
街の中に突如として現れる大きな洋館。周囲の建物と一定以上離れた、大きな壁に囲われた広大な敷地の中にドンとそびえるその洋館の正面扉を潜った途端に、酷く疲れ切った声でそう言われる。見れば、大勢の白衣姿の人間が行き交う広いロビーの中でただ一人、緑色のソファーにもたれ掛かってこちらに手を振る女性がいた。
「……ずいぶんとお疲れのようですね、ナナキ博士。」
「おう、分かってるじゃあないか、カナちゃん」
「そりゃぁ、そんな『疲れた』なんてプレートを首から下げてたら誰だって分かりますよ」
ナナキ博士は薄く笑いながら、渋い達筆で『疲れた』と書かれたプレートを外すと、それをあらぬ方向へと投げ捨て、立ち上がって背伸びをしながらこちらへと歩み寄る。
「まったく、三が日くらい休ませて欲しいものだよ。」
「……けれど、人が一箇所に集まるタイミングを狙うのが、ヤツらの習性。のんびり休んでいる暇なんてない。」
「社畜魂が猛々しいねぇ、ケイトくんは。年末休み貰ってたクセに。」
「ケイの言う通りだよナナキさん」
「ヘイワを守らなくては」
「君たちってやつは………」
深々と溜め息を吐くナナキ博士は、苦い顔をして歩き出した。私たちはそんな博士の後を追って行く。
「……昨夜、午後十一時半頃から、『セカンド』に複数の『ドール』が確認された。そのおかげで見ての通り、ずーっとてんやわんや。まったく、せっかくの正月が台無しだわ。」
「休みがあっても酒飲んで寝てるだけだろうに」
「リニくん、君もここにいればあと少しで私の気が分かるよ」
「ぞっとしない冗談だね、それ」
軽口を叩き始めた二人を尻目に、周りの様子を窺う。大まかなことは理解できたが、やはり詳しい話をして貰わねばならない。
そうこうしている間にとある扉の前に着く。会議中のプレートがぶら下がっているそのドアの取っ手に手を掛けると、博士は何の遠慮もなく、扉を開け放った。
◇ ◇ ◇
『牙』の冶島カナ
『目』の狩月リニ
『手』のケイト・柊・オランジェット
それぞれにそれぞれの個性に合わせた単位、コードがある。俗に言う、コードネーム的なのアレだ。我々が一体何であるのか、目的は何か。単刀直入に短く言えば、世に言う『正義の味方』だ。
もっと詳しく言えば、世界の裏の世界があって、その裏の世界の表側、通称『セカンド』と呼ばれる場所で『敵』と戦うのが我々の役目である。…………と、私は去年の初夏にここで教えられた。
『セカンド』は、この世界に最も近い場所で、そこで何かあればこっちにまで影響が出るほどだと言う。それは、ガラス一枚で隔てられた水槽のようなもの。ガラスに穴が開けば、入っていた水が流れ出る。時と場合によるけれど、水が入っているのは『セカンド』の側が多いらしい。
「……えー、今回の件に関して、表側に影響が出ているという報告は未だ確認されません。しかし、この状況に甘んじて無駄な時間を使っている余裕がないのもまた事実で──」
「前座が長い。時間がないなら結論から話せ。」
「は、はい。……敵、『ドールタイプ』の多数出現を確認。数は不明。どこかに『ブレイン』が潜んでいる可能性も……」
「そんなことは分かりきってるっつーの!対処法は?必要戦力は!?」
会議室の長机をバンと叩いて言うナナキ博士に、司会担当の男は目に見えて怯む。
この、会議という名の作戦行動の内容通達は、放送により館内のほぼ全域に聞こえるようになっている。今のナナキ博士の発言も全て丸聞こえだ。だが、本人は気にした様子もなく、ただ不機嫌そうに司会担当を睨めつけている。まるで連日の働き詰めの鬱憤を晴らしているようだ。
「え、えーと、【牙】【目】【手】の三人に加え、後方支援の三個小隊を派遣し、敵を指定距離に誘導後、フィールドを形成、各個撃破という形にしたいと思っている次第でありまして……」
「よーし聞こえたな諸君。直ちに準備に取り掛かれ。尚、出撃する後方支援部隊は特務分隊とする。それ以外は有事に備えて待機。以上、解散!」
司会担当を差し置いて指示を出したナナキ博士。彼女はそのまま席を立って、会議室から出て行った。
「なぁカナ、特務分隊だって」
「なぁに、リニ。手柄を取られるのが怖い?」
「そうじゃなくて……」
珍しい口ごもるリニ。そんな彼女の様子を見て私も気付く。
「「試作テスト……。」」
気付きたくなかったが、気付かなければ後が辛い。どっちにしろ辛い現実に、私とリニは溜め息を吐いた。
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