秋雨

秋雨

amt  2017-11-05 16:17:44 
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牙を持った少女。
目を持った少女。
手を持った少年。
対するは、朱を纏った誰か。

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  • No.3 by amt  2017-11-11 20:46:58 

【激戦】

 ──痛い。一番最初にそう思った。
「あう……ぐ………」
 意識がはっきりしてくる程に痛覚もまた、ジクジクと痛みを増して傷の深さを訴えてくる。抜かった、不覚と言って誤魔化すにはあまりにも酷い有様に違いない。
 遠く聞こえていた騒音が近く聞こえるまで回復した頃には、自分の状態を把握することができたが、それ故の絶望も大きい。
「──目が覚めた!?良かった!ケイト、早く!……はぁ!?こっちはもういっぱいいっぱいだっちゅーに!!」
 印象的な深いオレンジの髪が、攻撃を掠めて飛び散る。
「ちぃ!」
「ふぅ……ふぅ……ぐぅ……!!……は、博士……!!」
「バカ!動かないの!」
 喰い千切られた左腕の鈍い痛みに耐えながら、なけなしの力を振り絞って体を起こす。鉛のように重い身体は言うことを聞かず、ぐらつく視界が気持ち悪い。
「ナナキ博士!」
「遅ぉい!お姉さんもうヘトヘトよー!まったく!」
「無茶言わないでください!こっちだって大変なんですから!それよりも……」
「ああ、その子を頼むぞ、カナちゃん!」
 ぐっと、持ち上げられるのと同時に、緊張の糸が切れた。急速に暗くなる視界と意識。その暗闇が瞬く間私を呑み込んだ。

◇ ◇ ◇

 どうしてこうなったのかは、まだ理解が追い付かないが、ただ、明確なことは一つ。このままでは押し切られる。
「カナ!」
「リニ、あとお願い!」
「また前に出るつもり!?本気で死にたいの!?」
「ナナキ博士がまだいるの!それに、私じゃ後方支援できないし!」
「だらって、前に出るなんて……って、おい!」
 リニの静止を振り切って走り出す。体を低く、より低くして、今の自分にできる最大限のスピードを出して走る。常人のそれを軽く逸脱するこの身体能力を駆使しての疾走は、ものの十数秒で荒れた戦場の中を駆け抜ける。
「博士!」
「丁度いいところに!前に一匹!」
 それを聞いて、咄嗟に腰に携えた小刀を抜く。その瞬間、隠れていたコンクリートの残骸を飛び越えて黒い塊が強襲してきた。一目で危険な獣だと分かるそれは、鋭い牙の並ぶ口を大きく開いて、私目掛けて落ちてくる。
 咄嗟にその場から飛び退くと、つい数瞬前に私のいた場所にその獣が突っ込んだ。その瞬間を見逃すことなく、縦長に伸びた胴に刃を振るう。
 一瞬のことだ。辛うじて目に映る早さの一撃は、獣の身体を真っ二つに両断し、赤黒い血液を飛び散らせる。
「お見事!」
「博士、後退しますよ!」
「バカ言えぃ!まだクソ人形が残ってるのよー!」
「もうほとんど囲まれてますってば!」
「よっしゃ早く戻るわよー!」
 意見をコロリと変え、後方に向かって走り出す博士。彼女を援護しつつ、私はケイの姿を探す。
「カナちゃん!前!」
「!」
 博士に言われて前に向き直るが、その時既に、敵は目の前に迫っていた。ぬらりとした、のっぺらぼうのような顔のそれ、『ドール』は、まるで操り人形のようにグネグネと起き上がる。右手に携えた短剣を私に向かって投擲し、更に自身も走り出す。
「貰うっ!」
 回転しながら飛んできた短剣を小刀で弾いて受け止めて、それを上手く手に取り投げ返した。首元に直撃し、頭が吹き飛ぶが、相も変わらずこちらに突撃を掛ける『ドール』。見た目は人間と変わらないそれは、千切れた首から黒々とした液体を垂れ流していて実に生々しい。左手に持つもう一本の短剣を振りかざすが、私はそれを無視して『ドール』の横を走り抜けようと前進する。
 『ドール』の腕は決して遅くはないが、気にせずに足を進めた。そして──
「──ぬん」
 ──ズドンッ、と。重々しい音が響くと同時に『ドール』の四肢がバラバラになって吹き飛ばされていった。
「ナイス!……よっと」
落ちてきた短剣を小刀で叩き落としつつ、隣に付いた感情の読めない真顔のケイに声を掛ける。
「『ドール』の出現範囲に入ってるみたい。ケイ、博士を抱えて先に行って。私が時間を稼ぐから」
「ん。……剣、いる?」
「それはちょーっとデカすぎ。じゃあ、お願いね!」
 そう言い残して別れる。ケイは言った通りに、少し離れたところを走っていたナナキ博士を抱えて行った。
「さて、と」
 二人が離れて行ったのを確認して、立ち止まる。それから小刀に手を掛け、腰を低くして目を瞑った。
「………!」
 すぐに気配は現れる。私を取り囲むように、少し離れたところに一体、また一体と増えていく。
(なんでこんな……。こんなはずじゃなかったはずなのに!)
 絶体絶命。表側との連絡も取れず、ナナキ博士率いる精鋭部隊、特務分隊もほぼ壊滅。残った隊員も重傷者がほとんどだ。
 初めは楽な戦いのように見えていたが、途中から流れが変わってしまった。こんなことになったのはつい十数分前のこと。『ドール』の他に複数の敵が出現したことから始まる。

◇ ◇ ◇

 転移装置の前にて、私達は出発の最終確認を行っていた。
「諸君、この仕事が終われば、しばらくの休暇を貰えることになった!」
「やったぁぁぁぁ!」
「ああ、神よ!私はまだ生きて良いのですね!」
「うおおおおーーっ!やっと深夜アニメの見逃しを消化できるぞぉぉぉぉ!!」
「い゛き゛て゛て゛よ゛か゛っ゛た゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛!」
 博士の言葉と共に、特務分隊全員が歓喜の声を上げる。中には泣いて喜ぶ人の姿すら見えるあたり、この組織はかなりブラックなのではないだろうか。
「そしてもう一つお知らせがある。なんと、この私の新しい作品を目の当たりにすることができるぞ!」

 ……………………………………。

「喜べゴルァ!」
 そんなこんなで、『セカンド』へ行く準備が整った。

 『セカンド』は、流石に表側と近いだけあってそれなりに表側の面影が色濃く出ている。山や川など、自然に侵食されてこそいるものの、ちらほらと道路や建物なども見える。その多くは朽ち果てて原型を留めてはいない。
「いやしかし、こんなんじゃなければ普通に探検したいなぁ。人形ども皆殺しにしたら時間貰えないかなぁ」
「リニは本当に口が悪いね。せっかくの美人が台無しだよー」
「よせやい。私は誰かに媚び売ったりなんかしないぞ。それよりほら。見なよ」
 リニが、寄りかかっている巨大な樹の向こう側を指差す。そこには複数の人のような何かがいた。あれが『ドール』。見た目は、顔のない人間。ボロボロの服を纏い、傍から見れば遭難者に見えなくもない。が、その身体は、関節がまるで人形のように隙間が空いていて、動きもまるで糸に操られた人形じみている。
 リニと頷き合ってその場を後にする。取り敢えず目標の位置は掴めたので、あとは『ドール』を殲滅すればいい。『ドール』には、それらを操る『ブレイン』と呼ばれる中枢的存在がいるらしいが、過去の戦いで『ブレイン』が姿を現したのは二度ほどしかないそうだ。だから今回も現れることなどない。現れてもきっと、『ドール』なくしてまともに戦いのできる力は持っていないだろう。
 ──と、みんな考えていた。何かあっても待機中の部隊がまだいるから大丈夫だ、と。だが、それが間違いだった。

 早速『ドール』発見の知らせをナナキ博士に行う。曰く、表側との通信状態が悪く、長く『セカンド』に留まるのはあまりよろしくないらしく、早めに殲滅を開始するとのことだった。
「私たちはどうすれば?このまま仕掛けます?」
«いいや、一旦こちらに戻っておいで。カナちゃんもリニちゃんも、真っ向からの戦いは苦手でしょ?誘導はケイトくんに任せよう»
「リョーカイ。んじゃ、行こうぜカナ」
「はいはいっと。」
 通信を切って、再び歩き出す。そこまで距離があるわけでもなく、走らずともすぐ合流できるだろう。
「さてさて、帰ったらなに食べよか──」
「カナ、気付かれた!」
「えっ!?」
 リニがホルスターから愛用の拳銃を抜く。それに倣って私も腰の小刀に手を掛けた。
「距離があるはずなのに、どうして」
「嫌な視線………。カナ、今回はちょっと、ヤバイ」
「やなこと言わないでよー」
 いつになく真面目な顔をするリニに嫌な予感がする。リニは【目】と呼ばれるだけあって、索敵能力が高く、しかも視覚、聴覚、嗅覚においても全て物凄く優れている。戦いには向かないが、支援人員としてこの上なく優秀だ。
「十一時……いや………………上ッ!」
 素早く銃口を上へと持ち上げ、引き金を引く。銃音と同時に、突如として現れた『ドール』は、しかし、ドンピシャで銃弾の餌食となった。
「落ちな!」
 続けて三発撃ち込むと、落下中だった『ドール』は衝撃で仰け反り、背中から地面へと叩きつけられた。黒い液体を撒き散らして倒れるその姿はまるで人間のようだが、人間よりももっとおぞましく見える。
 もう動かないことを確認してから、再度ナナキ博士に連絡を入れた。
«銃声がきこえたけど、何かあったの?»
「はい、どうやら見付かってしまったらしくて。リニが嫌な予感がするから気を付けろって………。」
«……どうやら、その予感は当たりっぽいよ»
 声のトーンを低くしたナナキ博士に、どういうことか尋ねると、最悪の事実を告げられた。
«表側との通信の一切が途絶えた。»
「な………」
「おいおい、それじゃあどうするんだよ?人形どもを潰しても、ここから出られないんじゃ……。」
 ナナキ博士はうーんと唸ってから、とにかく復旧を待つしかないと言う。同時に、それがいつになるか見当がつかないことも。
«まあ、取り敢えずは合流してから…………ん?なに!?クソッ、囲まれた!二人とも、急いで来てくれ!いいな!?切るぞ!»
「え、ちょ、博士!?」
「カナ、走れ!」
「ええ?……うわっ!」
 振り返れば、後ろから沢山の『ドール』がこちらに向かって来ていた。状況から察するに先程の銃声でバレたのだろう。
「ほら走るぞ!」
「う、うん!」
 リニがグレードを後ろに向かって投げた。爆発の衝撃で転びそうになりながら全力で駆ける。途中、後ろから銃声が聞こえ始め、どうやら新たに武器を持った『ドール』が現れたらしい。私たちの身体能力なら、木の枝を飛んで渡るなんてかっこいいこともできなくはないが、実際、そんなことができるような木の枝などない。葉っぱや細かい枝に次々とぶつかって終わりだ。
「ちぃ!応戦するしかねぇか!?でも二人だけじゃぁ………」
「大丈夫!間に合ったみたい!」
「うん?……おわ!?」
「ぎゃーっはっはっはっはっはっ!汚物は消毒だコラァァァ!」
 突然、炎のついた瓶が私とリニの間を横切る。火炎瓶だ。それがその一個を皮切りに、二個三個と次々に飛んでくる。
「この火炎瓶、ダッツのおっさんだな!あのアニメ厨、どんだけ火炎瓶好きなんだ!」
「おーい二人とも!」
「博士!」
「良かった、無事だったんだな………ってウェイ!なんだよそれ」
「ウェイ!プラズマカッターなのよ」
 なにやらバチバチいっている物騒なものを担いだナナキ博士。見るからに危なそうなそれを、ひょいと構える。
「ぶちかますぜ!」
 そしてトリガーを引く。
 ──チュドンッ!
 青い電撃の刃が、火炎瓶で広がった炎を引き裂いて飛翔していく。そして……
 ──バチィィィンッ!
「命中なのよ!」
「マジか!『ドール』の後ろの木が切れてるぞ!?」
「えげつない……。」
 リニと二人で仰天していると、今度はケイが大きな剣を片手に歩いてきた。その剣──というよりはほとんど鉄の塊のようなものだが──を軽々と振り上げると、顔色一つ変えずに、いつもの感情の読めない涼しげな顔を私に向けて言った。
「お先に」
「あ、うん。いってらっしゃい」
「むん」
「うわっ!ぶん投げた!……って、木が砕けた!?」
 いつもはしないような突然の行動に唖然としながらケイを見送る。考えることがよく分からない彼だが、それも含めて彼らしい行動だと私は思った。
「……ナナキ博士のプラズマカッターに、対抗……したのかな……?」
「ちょーっとインパクト的に桁違いかなぁ……」
 流石の博士も苦笑いするしかないようだった。と、そんな緩んだ空気を締め直すかのように銃声があちらこちらで鳴り響く。どうやらいつの間にか特務分隊の隊員たちが散会して攻撃を始めたらしい。ナナキ博士が満足そうに頷いているあたり、しっかり指示通り動いているらしかった。
「この分だと、すぐ終わるかな。本来なら気付かれて数が増える前に処理したかったけど。」
「ですね。すみません、私たちが見付かったせいで……」
「いやいや、こっちだって奇襲食らってたしね。問題ない……………………って、あれ」
「……いつから、どこで見付かったんですかね。私たちの時は、見付かるような距離でもなかったし……」
「そもそも『ドール』が出現してるような場所の近くには転移してなかったはず……。」
 何かがおかしい。そう思って黙り込んでいると、リニがハッとしたような顔をする。
「不気味な視線………あれ、まさか──」
«博士、ナナキ博士!»
 何か言おうとしたタイミングで、ナナキ博士の通信機に通信が入った。何やら慌てたようなその声に、博士はリニの言葉を片手で遮って耳を傾ける。
「どうした?ダッツ」
«良く分からないやつに遭遇した!クソ速ぇ……!»
「どんなだ?」
«狼みたいな、とにかくでっかいバケモ……ティーナ!?クソッ!»
「ダッツ?おい、ダッツ!」
 荒い息遣いとノイズ、銃声。それに混じって聞こえる悲鳴。
 ……何が起こっているのかは、明白だった。
「バカな……『ドール』以外の敵……?」
「博士!」
「うむ、みんなにも知らせよう。私も前に出る。悪いがここは頼んだぞリニちゃん!カナちゃん、援護よろしく!」
「は、はい!」

 ──こうして、新たな敵の出現によって、この戦場は荒れ始めた。多くの仲間を失って、尽きることのない敵を倒して。
 リニが何か言おうとしていたが、この時はどうしようもなかった。そう。どうしようもなかったのだ。

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