amt 2017-11-05 16:17:44 |
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【始談】
美味しいものは、冷める前に食べるのが一番だと言う。では、冷たいデザートは?と聞くと、冷たいうちに食べるのが一番だと言う。
まったくその通りだと、私は思った。舌の肥えているわけでもない私ですら、冷たいデザートは冷たいうちに食べてしまいたい。温かい食べ物も、それに同じく。だって、溶けてベチャベチャになったアイスクリームや、冷めてカチカチになった餅なんて、誰も食べたくないだろう。
そう考えていると、とても惨めな気分になってくる。頭の中がぐるぐると気持ち悪くて、喉の奥から溜め息が溢れて出る。
見上げた空は曇天で、まるで今の気分そのものだ。
「……惨めだなぁ」
何に向かってでもなく、強いていえば自分に向かって、溜め息に乗せて薄く呟く。それから視線を前に戻すと、今まで私を足止めしていた信号機が緑色の光を放っていた。
この緑色を、人は誰しも、あおと呼ぶ。どう見ても緑色のそれを、どうしてあおと呼ぶのか。そう、博識の友達に訪ねたら、「それはきっと、王に白に石の字を書く碧っていう文字から来てるんじゃないの」と言われた。
ははは、なんだその大に城に医師の字を書くあおって。そう言ったら酷く鬱陶しそうな眼差しを向けられてしまった。
その友達から、お前は何を考えているか分からないと言われたことがある。だが、そんなものは簡単な話だ。思いついたことをあれこれ考えているだけである。
……そう教えてあげようかと思ったけれど、元より私より物知りな彼女に知られるのも何だか癪だと思って、敢えて教えなかった。まぁ、何かを隠しているということはズバリ言い当てられたのだが。しかし、私はこれで何かの手札を手に入れた。
何かの、が何かは分からないが。
「カナ、おい、カナ。気付けこのカナ」
不意に、後ろから声がした。振り返ってみると、縁の赤いメガネを掛けた、理系女がいるではないか。理系女である。リケジョ。
「あのさ、このバカみたいな語呂で人の名前を当てはめるのはちょっとイケナイと思うんですけど」
「おいこのバカ」
「言い直す必要あるか!?」
「ねぇな。ふはは」
この理系女、なかなかいい性格をしているじゃないか。後で痛い目を見せてやる。
「それより、早く行こうぜ。遅れるとめんどくさいぞ。」
見た目にそぐわない、やや乱暴な口調で言って、彼女は毛先の切り揃えられたポニーテールを揺らしながら前を行く。
「あーちょっと待ってよリニ……ってオーイ、何気なく人の靴紐解いていたのか!この悪魔ー!」
ふっはっはっはっはっ、と棒読みの高笑いをしながらスタスタ歩いて行くリニを、靴紐を結び直しながら睨んでいると、見知った顔が私を覗き込んできた。
感情の読み取れないその顔を一瞥して、再び作業に集中する。
「……ケイ、右の靴紐、固く絡まってるから解いて」
「ん、いいよ」
「…………。」
「…………。」
「……いや、はよ解かんかい」
「スカートの中見えるぞ」
──瞬間、私はケイの頬をぶん殴った。
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