匿名さん 2025-09-07 22:09:43 |
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悠さんが教えるのが上手なんですよ。でも、ありがとうございます。
(相手の賛辞の様子から推察するに、なかなか良い当たり方をしたらしい。素直に喜ぶように表情を綻ばせながら相手を見詰めていると、相手の表情の中に僅かばかり嫉妬の色が滲んでいるのを見付けて小さく瞳を見開く。それを裏打ちするかのように、次に彼の口から零れた言葉にはどこか挑戦的な色が滲んでいて思わず口の端が上がった。彼が時折見せる無垢な子供のような表情───しがらみから解放されて、純粋な素を晒してくれているかのようなそんな表情を見るのがいつの間にか楽しみになっている自分がいた。挑戦を受けるように僅かばかり顎を引いて微笑むと再びボード上に視線を落とす。彼の言うとおり2番は壁際近くでストップしていた。ここから狙おうとすれば2番に的球を当てて、壁に2度反射させた上で的球の密集している箇所を狙うしか無さそうだ。角度を目視で測るように計算しながら、的球を打つ角度を決定する。フォームをしっかりと作ると、その角度のまま真っ直ぐに的球を打ち出した。的球はほぼ計算通りに2番の球へぶつかり、押し出されるような形で2番の球が壁に2度跳ね返る。ここまではほぼ計算通り───しかし、読みは僅かにずれて、次の球のすれすれを通過していってしまう。もう少し鋭角に打たなければならなかったか───そんな反省をしていた時、耳にからんという音が飛び込んできた。思わずそちらへと視線を移すと、先程的球を打ち出して緩やかに転がっていた手球がポケットに落ちた音だった)
……あ。
(思わずと言った風に声が零れる。先ほど教えて貰ったが、これはファウルだ。軽く肩を竦めて相手の方を振り返ると手球を相手に手渡し)
ファウル、でしたよね。次は悠さんのターンですね。
(ころん、と落ちた白球の音が、妙に小さくてくっきり耳に残る。やはり彼には少し難しかったかもしれない。彼の「あ」があまりに素直で、思わず笑ってしまいそうになるのを唇の内側で噛み殺す。しかし、手渡された手球を受け取る指先が触れた瞬間、結局その笑みは隠しきれなかった)
惜しかったですね。しかし、君のことだからもう一度同じ局面になったら、きっと成功するでしょう。
(そう言って手球を受け取ると、2番の球の後ろに手球を置く。彼のおかげで、随分とやりやすくなった。ここからならば、2番の丁度対角線上にある3番の球も狙える。欲張れば、他の球も狙えるだろうが、ここは堅実に行くべきだ。キューを構え、先程彼に指導した通りのフォームを構える。大げさに上級者ぶらない。彼が追いかけやすいように、丁寧な動作で構える。狙いを定めるとキューを押し出す。その刹那、些か力を込めてしまった。やや強めの力で押し出されたキューは勢いよく手球を弾く。しまった、こういう時は大抵上手くいかない──そう思ったが、手球は2番の球に当たり、2番はそのまま3番の球もろともポケットへ落ちる。だが勢いづいた手球はポケットへ落ちる寸前で壁に当たり、反射する。反射した手球がすぐ傍にあった6番の球を弾き、6番の球は7番の球に当たり、7番はポケットへ落ちる。ようやく手球は勢いを失い、静止する。図らずも三つも球を落としてしまった。しかも手球が盤面に残っているため、続いて自分の番だ。これは勝てるかもしれない──そんな希望が見えてくると、僅かに頬が緩む。今彼の方を振り返れば、きっと自分のニヤけた表情を晒してしまうことになると思い、敢えて彼の方を振り向いたりしない。そのままキューを構え、狙いを定めて手球を弾く。手球は6番の球を弾き、9番の球に当たる。勢いよくボードを走る6番は8番を道連れにポケットへ落ちる。残りは9番──これが落ちれば自分の勝ちだ。そう思った矢先、9番は徐々に走るのを止め、ボードの中心部で止まってしまった。落胆したのも束の間、からんという嫌な音が耳に入り、ポケットを覗くと6番と8番の球と共に手球も落ちているではないか。勝利は目前だというのに、ファウル。全身の緊張が解け、思わず溜息を吐いてしまう)
……上手くいかないですね。一人だとファウルなんて滅多にないんですが、君と一緒だと緊張してしまうみたいです。さて、この一球で勝つか負けるかの分かれ道ですよ。
さすがですね、悠さん。番が戻ってこないまま終わっちゃうかと思いました。
(相手のプレイはさすがの一言に尽きた。慣れた手つきで構えて球を打ち進めていくその姿は何処か大人の色気のようなものを纏っていて、勝負も忘れて見蕩れてしまったくらいだ。気付けばボード上の展開は大きく進んでおり、唯一最後の9番の球を残すのみとなっていた。障害も無く、手球も好きな位置に置けるというまさに絶好のチャンス。今までの自分ならば彼の顔を立てるために敢えて外したり、単純ミスを働いて抜けているところを見せて油断させたり、───と様々な策略を巡らせていたのだろうが、今日は一切そのようなことをしようと言う気は起こらなかった。彼との一対一の真剣勝負。それがあまりに楽しくて仕方が無かったのだ。キューを握り締めて手球を置く位置を真面目な表情で慎重に見極める。ポケットと9番の手球とが一直線になる線の先に手玉をそっと置くと、再びフォームを構えて深呼吸を繰り返す。元来の自分が持っている"負けず嫌い"の気性が顔を覗かせていた。集中を高めるように細く長く息を吐き出すと、慎重にキューの先端で手球を突く。突かれた手球は狙い通り真っ直ぐにボード上を転がり、9番の球にぶつかる。押し出されるような形になった9番はそのままポケットへ向かって一直線に転がり、ころんという音を立ててポケットへと落下した。)
……!落ちました!悠さん!!
(その瞬間、張り詰めていた表情が一気に弛緩して、飾り気のない満面の笑みを背後でプレーを見守る彼へと向けた。たまたま彼のミスによって生まれたラッキーではあったものの、最後の一球をミスなく沈められた嬉しさは計り知れない。その勢いのままキューを脇に挟むと相手にハイタッチを求めるように両手を軽く掲げて)
(ころん、と9番が落ちた音がして、次の瞬間には彼の声が弾けた。振り返った顔は、張り詰めていたものが一気にほどけて、子どもみたいにまっすぐで。胸の奥が、ひどく柔らかくなる。負けた悔しさより先に、嬉しさが来てしまうのが自分でも分かって、少しだけ笑ってしまった)
……やられましたね
(言葉だけは悔しがってみせるのに、表情は隠しきれない。掲げられた両手に、迷いなく自分の手を合わせる。ぱちん、と乾いた音がして、手のひらがじんと熱い。彼の笑顔の熱く眩しいこと。その笑顔に照らされていると、これまでの人生の中で蓄積した毒素が抜けていくように身体が軽くなる気がした。この若者の笑顔をもっと見ていたくなるような中毒性がある)
ふふ……しかし次のゲームは私も負けませんよ。湊くん
(そうしてビリヤードを再開する。今度は差を付けて勝つこともあれば、大事な局面で下手を打って負けることもあった。それでも時間を掛けて何度もプレーしていく中で着実に彼は上手くなり、それに呼応するかのように自分のプレーにも無駄がなくなっていった。そうして何度も勝負を続け、最終的な戦績が分からなくなった時、ふと気が付くと既に昼時を過ぎようとしていたところだった。プレーが落ち着いた所で、キューを置いて彼の方へ視線を遣る)
そろそろお腹空きませんか。近くに良い喫茶店があります。ナそこで少し遅めですが、お昼にしましょうか。
……あれ、もうこんな時間……。随分熱中しちゃいましたね。
(ビリヤードに、と言うよりは相手との勝負についついのめり込んでいるうちに、室内の壁に掛かっていた時計は気づけば正午をとっくに過ぎていて、今までは全く感じていなかった空腹感が急に襲ってきた様子で片手で軽く腹部を摩る。初めてプレイするビリヤードをまさかここまで楽しめるとは思っておらず、それもひとえに眼前にいる彼とだからだろうという直感から生まれる幸福感に瞳を細めつつ自らもキューを置くと、名残惜しくはあるものの今日の勝負はここまでにして彼のおすすめする喫茶店へと移動をすることにした)
いやあ、楽しかったですね、ビリヤード。またやりたいなあ……俺も悠さんくらいさらっと打てたらかっこいいんだけどな。
(変に力まず、コンスタントに鋭いショットを繰り出す彼の姿を脳内で想起しつつ、依然として初心者感のある自分のフォームを思い出しては苦笑を浮かべる。ビリヤードを嗜む彼の姿はいつも以上に大人びていて色気に満ちていた。邪な目で見てはいけないと自制こそしていたものの、思い出しただけで若干鼓動が早くなってしまうのを感じつつ、それを隠すように微笑みを浮かべ相手の横顔を見つめて)
喫茶店、行きつけなんですか?オススメのメニューとかってあります?
ええ。休日はよく行きますよ。おすすめは、どれも美味しいですが……そうですね、ナポリタンが絶品ですね。溶き卵の上にナポリタンが乗ってるんですが、程よく甘みもあって美味しいんですよ
(彼の疑問に答えながら店員に礼を言って店を出る。会計は事前に払っておいたので迷うことなく外へ出る。店を後にすると、喫茶店の方向に向かって歩きながら、思い出したように言葉を続ける)
そうそう。それから、スイーツも美味しい喫茶店なんですよ。私はどちらかと言うとそちら目当てで行きます。スイーツは……定番のショートケーキが美味しいですが、私はモンブランが一番だと思いますね。好きなんですよ、堪らなく。
(普段ならば聞かれてもいないのにスイーツのおすすめを喋るのはどうかと思って言うか言わないかで無言になっただろう。しかし今は彼に色々なことを知って欲しいと思い、言葉を続ける。自分の好きなことも、苦手なことも知って欲しい。その上で今夜──想いを聞いて欲しい。数時間後に訪れる"その時"を想像するだけで身体が震えそうだった。だが深く考えると良くない。考え過ぎは身体に毒だ。頭の中からその光景を想像する行為を消して、歩くことに専念する。やがて5分程度歩くと目的の喫茶店に着いた。迷うことなく店内に入ると、手近なテーブル席に座る。店内を窺うと、珍しいことにあまり人は居なかった。最近この近くにできたチェーン店のカフェのせいだろうか。彼を待たせることがないので人数が少ないことは喜ばしいが、常連としては寂しい気持ちの方が大きい。メニュー表を開くと彼の方に差し出す)
何にしますか。私はもう決めてあるので、ゆっくり選んでくださいね。
ナポリタン……良いですね。最近めっきり食べてなかったので、悠さんのオススメなら食べてみたいなあ。
(彼の言葉を聞いているうちに空腹感はますます増してきて、彼の勧める料理であれば間違いは無いだろうと確信めいた直感があり、喫茶店に辿り着く前から密かにナポリタンをオーダーすることを心に決めていると、更に続く言葉に思わず口元に笑みを引きつつ相手の横顔へと視線を移す。スイーツの話をする彼の表情は非常に生き生きとしていて、それを見ているのが好きだ。モンブランに対して掛けられる言葉を聞きながら、その言葉がそっくりそのまま自分に向けば良いのに、なんて考えてしまう自分がいて、その強欲さに驚いてしまう。モンブランに嫉妬するなんて。内心苦笑を零しつつ相手に続いて喫茶店に入店すると、着席しつつメニュー表を受け取り視線を落とした。喫茶店としても売り出そうとしているのか、先程彼の話していたナポリタンは1ページ目に写真とともに大きく掲載されている。それから数ページめくるとスイーツのページへと辿り着き、ショートケーキの写真もモンブランの写真も、確かにどちらも魅力的に映って少しばかり悩んでしまった。数分ほどしっかりと時間を使って悩んだ挙句、やはり彼と"好き"を共有したいという気持ちが強く、モンブランを選ぶことにしてメニュー表を閉じて)
それじゃあ、おすすめして頂いたナポリタンとモンブラン、それからアイスティーにしようと思います。悠さんが好きだって言うものを、俺も食べてみたいなって。
私が好きなものを? はは、それは嬉しいですね。じゃあ注文しますね。
(わざわざ律儀に自分がおすすめとして挙げたものを食べたいという彼のことを、可愛いと思ってしまった。胸が少し高鳴った気がして、少し返事が遅れてしまった。誤魔化すように笑うと、いつもの調子で店員を呼ぶ。彼の注文に加えて、自分にはブラックコーヒーとバタートースト、食後のデザートにはモンブランを注文する。彼におすすめした手前、ナポリタンを注文しようかと思ったが、ここのナポリタンは存外に量が多い。まだ20代の彼には十分だろうが、30を過ぎると不思議なもので途端に一度に食べられる量が減ってきた。いつもはゆっくり時間を掛けて食べているので辛うじて腹に入るが、彼の手前そんな姿を見せる訳にはいかない。だから泣く泣くバタートーストを注文した。バタートーストならば、丁度良い具合に食べることができる。注文を終えると用意されたお冷の入ったコップを傾ける)
私が好きなものを食べてみたい、と言いましたね。君は以前も同じようなことを言っていました。……もしも、私が好きなものが君にとって受け入れ難いものだった時、君はどうしますか。
(なぜこのようなことを言ったのか自分でも分からず、言った後で些か後悔した。きっと自分は不安になってしまったのだ。彼は何でも自分の好きなものを吸収しようとしてくれる。まるでスポンジのように。そのこと自体は嬉しい。だが何故にそこまで彼が自分に対して興味を持つのだろうか。自分のことを良き友人と思ってくれているからだろうか。それとも別の理由があるのだろうか。それが知りたくて、つい口を突いて出てしまったのだ)
悠さんが好きなものが俺にとって受け入れ難いものだった場合、ですか……。
(まとめてオーダーをしてくれた彼に対して礼を述べつつどこかそわそわとした様子で食事が提供されるのを待っていると、不意に相手から投げられた問い掛けに瞳を瞬かせた。即答するには少しばかり難しいその質問の内容に、相手の意図が読めず僅かに押し黙ってしまう。だが、きっと彼の前では何も偽らなくても良い。『彼が望む答え』など探さなくても良いのだから。テーブルに置かれたグラスに手を添えてそっとその表面を人差し指でなぞると、暫しの沈黙の後ゆっくりと唇を開く)
どれだけ受け入れがたかったとしても、あなたが好きだと言うなら一度は試してみたいと思います。その上で、それでもやはり俺には受け入れ難いものもあるでしょう。それを無理に好きになろうとはしません。でも、それを好きなあなたのことを絶対に否定はしません。それを好きな悠さんも、俺の好きな悠さんの一部ですから。
(少しばかり、踏み込みすぎただろうか。冷静を装おうとはしたものの、わずかばかり心臓の鼓動が早くなっているのを感じる。まだ、かろうじてこの好きは「友人」の範囲内として捉えてもらえるだろうか。それとも、もしその種の好意ではないという自分の気持ちを察されたとしたら───それはそれで、構わないと今は思えた。相手の解釈に委ねるようにそれ以上は口を開かず静かに笑みを浮かべると水をひとくち口に含んだ)
……っ……そうですか。ふふ、変な質問をしてすみませんね
(こちらを見つめるその瞳があまりにも綺麗で、こちらへ掛けられる言葉があまりにも優しくて、胸がどうにかなりそうだった。胸が高鳴り、鼓動が早くなる。どうしてそんな表情で、そんな優しいことを言うのだろうか──うるさいくらいに鳴る胸を鎮めるように水を飲むと、言葉を絞り出す。なるべく悟られないように平静を装って表情を作る。だが一方で安心した。受け入れられないものは受け入れられないとはっきり言ってくれたから。その上で、彼は自分を尊重すると言ってくれた。こんなに誠実な人は初めてだった。そして次第に一つの欲が湧き上がってくる。彼を、自分ものにしたい──今までは想いを伝えられれば、彼の返答が例え否定であっても構わないと思っていた。しかし、今の返答を聞いて、そんな誠実な彼を離したくないと思ってしまった。自分だけのものにしたい。そんな想いが胸中にまるで水に溶ける墨汁のように、広がっていた。そんな時、丁度店員が注文した品を持って戻ってきた。二人分の注文が机に置かれる音ではっと我に返る。そして、先程までの想いを忘れようとするかのように、目の前の料理に意識を向ける)
さあ、そんな話より料理です。絶品ですから味わって食べましょう。
わあ…確かにどれも美味しそうですね。熱い内に頂きましょう。
(相手の表情の変化を静かに観察していたものの、悪いように受け取られなかったことは確かなようで、安堵したように小さく息を吐いていると、ちょうどその時運ばれてきた料理へと意識が逸れる。哲学めいた不思議な質問を彼が行った真の意図は分からなかったものの、それを無理に探ろうと思うことも無く、テーブルに並べられた料理から漂う美味しそうな香りに素直に感嘆の息を零した。目の前に置かれた彼のオススメのナポリタンはもちろんのこと、彼の目の前に置かれたバタートーストもまた厚切りの食パンにしっかりとバターが染み込んでいるのが遠目でも分かり、非常に美味しそうに見える。一瞬忘れかけていた空腹が再度襲ってくる感覚に抗うこと無く両手を合わせて頂きます、と呟いてからフォークを手に取り溶き卵の絡まったナポリタンを一口分取り口元へと運ぶと、昔懐かしいトマトケチャップの効いたナポリタンの味と卵のまろやかさとが合わさって口の中に美味しさが広がる。思わず表情を綻ばせながらしっかりと味わうように咀嚼すると眼前の彼に笑顔でやや興奮気味に話しかけ)
本当に美味しいですね…!しっかりしたナポリタンって久しぶりに食べたかもしれません。卵の味とトマトケチャップの味が合わさって絶妙で……こんなに美味しいお料理を教えてくださってありがとうございます、悠さん。
あははっ、そんなに喜んでいただけるとは思いませんでした。ふふ……連れてきて良かった。
(興奮気味に感想を伝えてくれる彼に目を細める。そして食事をする様を目で追ってしまう。かわいい。率直にそう思った。表情を綻ばせながら食事をする様は、まるであどけない少年のように思えた。ナポリタン一つでこんなに嬉しそうにしてくれているという事実に心が高揚していく。ふと視線を逸らすと常連故にすっかり馴染みとなった店員が、ニヤニヤとしながらこちらを見ていた。ここに来る時は大抵休日であったが、そんな時でも仕事のことを考えてしまい、眉間に皺を寄せながら料理を食べていることが多かった。いつの日かそれを揶揄われたことがある。そんな自分が今では目の前の純朴な青年に頬を緩ませているのが、珍しい光景に映ったのだろう。店員に一瞬だけ眉間に皺を寄せ、視線を戻す。流石は20代といったところで、既に1/3は食べただろうか。自分も食べなくては──そしてフォークを手に取った時、一つの考えが浮かんだ。この店はナポリタンが絶品だと彼に伝えたが、実は自分が注文したバタートーストも中々のものだ。折角だからこれも食べてみて欲しい。そしてまた感想が欲しい。彼の目の輝きをもう一度見たい。そんな思いから、トーストのバターが多い部分をフォークで一口サイズに切り分ける。そしてその内の一欠片をフォークに突き刺すと、ゆっくりと彼の前に差し出す)
これも美味しいんですよ。ほら、一口食べてみてください。
え、良いんですか?それじゃあお言葉に甘えて……頂きます。
(少し子供じみたリアクションを取ってしまっていることなど、疾っくに気にならなくなっていた。飾らぬ自分を彼にだけは晒しても良いのだという安心感が徐々に蓄積されて、今まで隠しながら生きていたものがゆっくりと溶けていくように自然と滲み出ていく。不意に目の前に差し出されたトーストを見てナポリタンを無心に口へと運ぶ手をピタリと止め、その先にある彼の顔へと視線を移すと、その表情が余りにも穏やかで優しくて、思わず口に入っていたナポリタンを大きく喉を上下させながら飲み込んでしまった。口元をおしぼりで拭いてから差し出された厚切りの食パンを一口で含むと、ゆっくりと噛み締めるように咀嚼しながら思わず幸せそうに瞳を細める)
ん~…!ほんとですね、凄いバターが染み込んでて、外はカリッとしてるのに中はふっわふわで…、うわ、凄い美味しい、この食パン。
(噛み締める度に中から溢れてくるバターの風味に舌鼓を打ちつつ片手で頬を抑え率直に感想を述べる。実際にこの店の料理のレベルが高いというのは勿論なのだが、彼と共にこうして食べていることこそが美味しさを感じさせる要因になっていることには当然気付いていて、その幸福を噛み締めるようにゆっくりとパンを飲み込むと、思い立ったように自らの皿に視線を落とし、スプーンの上でくるりとフォークを回して一口分のナポリタンを取り相手の口元へと運んだ)
悠さんも……良かったら、一口どうですか?ナポリタン、お好きなんですよね。
(差し出したトーストを頬張り、まるで子供のように目を輝かせる彼に、思わず声に出して笑ってしまう。その表情を見ているだけでこちらまで満たされるようだった。自分が選んだ料理で、彼がこんなにも喜んでくれるというのなら、自分には十分すぎるほどの幸福だった。そして、自分もトーストをかじろうとした時だった。目の前にフォークに巻き付いているナポリタンが出された。一瞬、何を意味しているのか分からなくなる。しかし彼の言葉と表情を咀嚼するように理解すると、目を見開く)
ナポリタンは好きですが……いいんですか?
(尋ねてから愚問だと気付いた。彼は自分にすっかり心を許してくれている。だから聞くまでもないのだ。だが彼の行いを何の躊躇いもなく受け入れるには、まだ段階が必要だと考えてしまう。彼はこんなにも自分に懐いてくれているのに。自分という人間の情けなさに半ば呆れながらも、差し出されたフォークをいつまでも凝視している訳にもいかず、パクっとナポリタンを一口で含む。ここ暫く味わっていなかったため、想像の彼方にあった味が、一瞬で戻ってきた。ああ、こんな味だったなと、口の中に広がる旨味を舌で存分に感じながら思い出す。頭の中が味のことでいっぱいなのは、きっとあまり考えたくないから。ただでさえ恥ずかしいから。きっと今、自分の顔は紅潮している。もっと意識すれば、もっと紅潮してしまう。だからせめて味のことだけを考えて、意識しないようにしているからだった)
うん……いつ来てもここのナポリタンは美味しい。き、君が食べさせてくれたから、もっと美味しく感じている……かもですけどね。
……狡いなぁ。
(相手にして貰ったように自らも、と考えての行動だったものの、自分の手からナポリタンを口にした相手のほんのり赤みを帯びた頬と告げられた言葉に、思わずといった様子で彼には聞こえない程度の声でぽつりと小さく呟く。薄々勘付いていた、相手も自分を好いていてくれているのではないかという疑念は疾うに確信へと変わっていた。元来ターゲットを具に観察し、耳障りの良い言葉を並べて落とすことを職業としているのだ。彼に対して偽ったり飾るのをやめたとは言え、彼が自分をどう思っているのかについて察しがつかないほど鈍くも無く、それ故に自ずと湧き上がってくる幸福への対処に困ったように目尻を下げる。彼に対してならば一方的な思いであっても構わないとさえ思っていたのに、これでは手放せなくなってしまう)
だから悠さんが俺に食べさせてくれたトーストもとびきり美味しかったんですね。
(お返しだとばかりにさらりとそう言って退けると、再びナポリタンを口に運び幸せそうに頬を緩める。こんなに幸せだと後から反動が来そうで少しだけ怖くなる。それでも今は、今この時だけでもこの幸福に浸っていたくて、現実からは目を逸らし続けていた。ナポリタンを食べ終えると、ちょうど良いタイミングでモンブランが運ばれてきた。彼が堪らなく好きだと称したそのモンブランをフォークで一口分掬い上げるとそっと口に運び、ケチャップの塩気が残っていた口内へと一気に広がる栗の控えめな甘さに舌鼓を打つ)
ん~……!美味しい……!
(まるでお返しと言わんばかりの彼の一言に、胸が高鳴る。やはり言い慣れぬことを言うものではない。予想もしていなかったカウンターに、鼓動がうるさいくらいに響く。店内では様々な音が鳴っている。フォークやスプーンが皿に当たる音、コップに水が注がれる音、店内に静かに響くジャズ。先程まで聞こえていたそんな音は、今や鼓動に遮られて何も聞こえなくなった。柄にもないことを口走った羞恥と、彼の一言のせいで鼓動が鳴り止まない。そして、ふと気付く。これが人を好きになるという感覚なのか、と。これまで心から人を好きになったことがなかった。一瞬の時を過ごした恋人もいたが、このような感覚にはならなかった。恋とか、好きとか、そんなものは自分には知覚できないものだと思っていた。だが今日、ようやく自分は知覚できたのだ)
……美味しいでしょう? ここのモンブランを食べたら、もう他の所では食べられませんよ。
(食事に集中していると何とかうるさい鼓動が静かになってくれた。そのタイミングでモンブランが運ばれてくる。一口運ぶと、いつもと同じ味がした。自分にとっては慣れ親しんだ味だ。ふと彼を見ると、初めて食べたこの店の味が気に入ったようで、とても緩んだ表情をしていた。あまりにも幸せそうな表情に小さく笑うと、上記を言う。自分がすすめたものをこんなにも喜んでもらえる。これまでの交友関係で小さく空いた無数の穴が、彼のおかげで塞がっていく。この幸福が永遠に続けばいいのに──そう思わずにはいられなかった。一頻りモンブランを楽しみ、時計を窺うと、あと数分で16:00になる頃だった。次の場所へ向かう時間的には丁度いいが、早すぎる時間の流れにため息を零してしまう)
そろそろ行きましょうか。最後の場所が、もうすぐ開きますから。
じゃあ、モンブランが食べたくなったらまた一緒にここに来ましょうね。
(繊細な味わいのモンブランはアイスティーとも非常に相性が良く、交互に口に運びながら思わず感嘆の息が零れる。甘味が好きという彼のオススメだけあって、確かに今まで食べてきたモンブランとは一線を画しているそれを口へと運びながら徒にそんな約束を取り付けては、少し勿体なさを感じつつ最後の一口を口へと運び入れた。最後はアイスティーでさっぱりと締めて満腹感に小さく息を吐いていると、ほぼ同タイミングで食事を終えた彼から示される次の目的地に思いを馳せつつ静かに一度頷き立ち上がる)
最後の目的地は夜から開く場所なんですね。どこなんだろう、楽しみだなあ。
(おもむろに腕時計に視線を落とせば、ゆっくり昼食を食べていたこともあって既に夕方に差し掛かっていて、次が最後の目的地だということがほんの少し寂しくも感じられてしまう。彼の連れて行ってくれる場所はどこも素敵で、そしてやはり自分よりもほんの少し大人びたチョイスで、最後はどのような場所に連れて行ってくれるのだろうかという期待も胸中には抱きつつ、しかしそれが相手へのプレッシャーにならないように気をつけながら会計を済ませて店を出ると、行き先を彼に委ねるように店の前で立ち止まった)
ふふ。少し戻ります。でもすぐそこですよ。君もよく知っているところ。
(会計を済ませて店を後にすると、店の前で立ち止まっている彼に行先のヒントを出す。別に勿体ぶる程の場所でもないのだが、意味ありげに振舞ってみたくなったのだ。カフェに来た道を戻りながら、数分歩くと目的の場所に着いた。それは彼と初めて会ったダーツバーだった。店のドアにはOPENの看板が掲げられている。勝手知ったる店で、もう何度もここに来ているが、彼と出会ってから自分にとってここは忘れられない思い出の店となった。ドアを開け、カウンター席に座る)
最後の場所は悩みましたが……この店が良いと思いまして。二人が初めて会った場所ですしね。慣れ親しんだ店の方が落ち着いて話もできますからね。
(机の上に置かれている酒のメニュー表を見ながら言葉を続ける。そうだ。散々通った店の方が、自分の想いも告げられる。だが決して酒の勢いで言おうとしている訳では無い。酒が回る前に全て話してしまうつもりだ。ただ、彼と初めて会った場所で、時間を共有したい。それだけの事だった。メニュー表をしばらく見つめると、銘柄が決まったので横にいる彼の方へメニュー表を寄せる)
私はコロナビールをいただきます。湊くんは何にしますか?
え、……
(彼の後に続いて歩いていると自分の疑問に対して答えるように投げ掛けられた言葉に思わず瞳を数度瞬かせた。この辺りで自分と相手が知っている場所となれば自ずと答えは確定したようなものだったが、実際あのドアを前にすると初めて彼と出会った日のことが昨日のことのように鮮明に思い出される。あの日はいつも通り"仕事"のつもりでここに立っていた。求められる自分の像を演じて、情報を引き出す───ただそれだけの相手のはずだったのに。相手に続いてドアを潜り彼の隣の席に腰掛けると、この場所を選んだ相手の思いを耳にして口元に薄く笑みを引く)
そうですね。俺と悠さんの思い出の場所ですから。…ここが'1番好きな場所"なんですね。
(どのような場所に連れて行って欲しいかと問われ、自分が彼に課したテーマ。それに沿う場所がここだと明確に示してくれた相手の想いが嬉しくて、自然と緩んでしまう表情を抑えることももうしなかった。かつて初めてここを訪れた自分では想像もつかないほどに今の自分は幸福に満ちていて、それと同じくらい眼前の彼を愛しいと思う気持ちで満ちていた)
じゃあ、コロナビールとジントニックを一つずつお願いします。……あ、そうだ、悠さん、これ。
(メニュー表から視線を上げオーダーを通すと、1日気を配りながら持ち歩いていた紙袋を相手へと手渡す。中には試行錯誤を繰り返し漸く完成したマカロンが丁寧にラッピングされた状態で鎮座している)
以前お願いされていたマカロンです。結構上手く焼けたと思うので悠さんのお口に合うと良いんですが……。良かったら後で召し上がってください。クーラーボックスの中に保冷剤を入れて持ってきたのである程度冷えていたとは思うんですが、一日持ち歩いちゃったので……大丈夫かな。
(一番好きな場所と言った彼の言葉に大きく頷く。最初に彼にこの課題を出された時は、酷く悩んだものだ。しかし冷静になって見ると、実にシンプルな課題だったことに気付く。最初から答えなど決まりきっていたのだ。彼と初めて出会ったこの場所以外にないのだから)
ああ、マカロン……! いや、わざわざありがとうございます。早速一ついただきますね。
(注文をしてくれた彼から紙袋を差し出される。反射的に受け取り、それが以前に自分が頼んだマカロンだと気付いたのは、彼の説明を聞いてからだった。紙袋からラッピングされたマカロンを取り出し、丁寧にラッピングを解いていく。一片たりとも傷が付かないように、慎重に。彼は一日中持ち歩いていたことを気にしていたが、自分にとってはたとえ悪くなっていたとしても口に入れるだけの価値があるものだ。他の誰でもない彼が、自分のために作ってくれたマカロンなのだから。マカロンを一つ掴むと、そのまま口へ運ぶ。サクッとした食感の次に、口の中に濃厚な甘みが広がる。これまで食べたどのマカロンよりも、濃厚な甘みが。)
湊くん、これはとっっても美味しいですね!こんなに濃厚なマカロン、初めて食べました! 君はお菓子作りの天才ですね!
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