＿喰らいついて 〆

唾で治ってたら医者なんて要らないでしょう。消毒するだけですから。

(唾をつけて治るだなんて古典的だ、と思った。昔の人ならまだしも今、そんなことを言われても口の中の雑菌が傷に着くだけで治りが早くなる訳でもないのに……だが、絆創膏を貼ってもこの後風呂に入るのなら剥がれてしまうだけだが、泥だらけのまま食しても美味しいと思う訳もなく。消毒だけでもさせてもらおうと勝手に相手の手を取れば袖をまくって傷口を消毒して)

だから消毒とか＿＿＿……ッ、てぇ…。

( 見た目通り真面目な奴だななんて返答を聞きながら思いつつ、それでも尚、強がってはみたものの、手を取られ消毒液を塗られると傷口に染みる刺激に思わず目をぴくりと動かして。
いつもはどんなに傷を作っても放置している事が多かったため、こうやって手当てするのも随分久しぶりだ。)

我慢、してくださいね。男の子でしょう？……はい、終わりました。ご飯作ってきますから待っててくださいね。

(消毒液の刺激に零された声が、ぞくりと食欲を刺激してお腹が空いた、と頭の中で本能が叫ぶがもう少し、とそれを抑えた。食事をするのに下拵えは欠かせなく、安心した相手が自分を見た時絶望し、恐怖した時の肉の方が美味しいのだからと内心を隠すように彼をからかって。クゥ、と鳴りそうな腹の虫を隠すように手早く消毒を終えると立ち上がりキッチンに向かって)

…うるせぇ。

( からかわれるように向けられた言葉にはぼそりと上記を返し、その裏にある思惑を知らぬまま、持っていた氷袋をやっとのことで鼻から離し、鼻血が止まったことを確認する。
続いて離席する相手を見れば「まじで飯くれるのかよ」なんて、“ラッキー”程度にしか思ってはいない。
まるで自分の家のようにリラックスすれば、久しぶりにちゃんとした夕食を食べられると少し嬉しそうで。)

＿＿＿お待たせしました。チャーハンと中華スープです。僕はお風呂に入ってくるので食べてて良いですよ。

(一度空腹を自覚してしまうと食欲には抗えないもので、彼の止まっている血の匂いにすら反応してしまいそうになる。本当は食事の後にお風呂でも、と誘おうとしたが我慢できそうになく彼が食事をしている間に準備を進めてしまおうと簡単に出来るチャーハンと中華スープを作って、一緒に持っていく水には睡眠薬を少しだけ溶かすことを忘れずに。リビングの前にあるテーブルに料理を提供すると準備をするために姿を消して)

お、美味そうだな。ありがとう。

( 意外にもすんなりと礼を言えば、部屋を後にする相手を見送りながら料理を目の前に手を合わせる。
すると、喉が乾いていたのか先ず初めに水を一気飲みしてしまう。そして、料理を次々に頬ばれば、あと少しで完食する…と言ったところで睡魔に襲われる。
何かがおかしい、と感じた頃には、既に瞼が閉じてしまい。そのままソファーへと倒れ込むように眠ってしまった。)

あ、良かった。ちゃんと眠ってくれましたね。

(食事に使っている部屋の準備を追え、リビングに戻るとソファーに横たわるように眠る彼の姿を見つけ満足気に笑って。人間の中には睡眠薬が効かない体質の者もいるのだから、いつもこの時間はドキドキしてしまう。意識を失った彼の脇から手を入れて幼子を抱き上げるように抱えると、重さを感じさせない足取りでリビングを出て、食事部屋へと移動して。食事部屋はタイル張りで、中央には白い布が敷かれた長方形の机、その下には底に血溜まりが見えるタライが置かれており、彼を寝かせると机と体を拘束するベルトを肩と太ももにつけてから、意識が戻るのを顔を眺めながら待ち)

＿＿＿＿ぅ、ん…。

( 眠ってしまってどれぐらい経ったのだろうか。真っ暗な頭の中で、何か嫌な風景を見た気がしたが、それは遠い昔の景色とよく似ていた気がする。
＿暫くすると、何か生臭いような匂いが鼻腔をくすぐり、ぼんやりとした思考回路のままゆっくりと目を開ける。まるで殴られた直後のように意識は朦朧としているが、痛みはなく、ただ先程とは違う天井に段々と意識もはっきりしてくる。
起き上がろうしたその時、ベルトで体が固定されている事に気付き、「んだよコレｯ！」と力ずくで逃げようとし。)

おはようございます。いい夢見れましたか？気分とか悪くないですか？

(彼の顔を見ながらどこから食べてしまおうか、彼の悲鳴はどんな声なのだろう、恐怖する顔は、と考えていれば彼の瞼が痙攣しゆっくり開いていって。ぼんやりとした表情が部屋の中の様子を認識した途端驚愕の表情に変わって、声を上げたため声をかけ。やっと目覚めてくれた喜びにニコニコと笑えば体調を確認して)

…良いわけあるかよ…クソッ、お前、薬盛りやがったな！？
一体なんのつもりだよ！

( 一通り暴れてみるもベルトが外れるわけも無く、息を切らしたところで…ニコニコと此方を覗き込む相手の顔に気付き、舌打ちをして噛み付くように上記を返答する。
腕っ節では勝てるとしても、薬で眠らされては打つすべもなく、悔しい想いと情けなさで思わず顔が歪む。
相手がどういうつもりだろうと、こうやって縛り付ける奴がまともなはずが無く、全身に冷たい汗が流れる。)

なんのつもりって…食べるつもりですよ。僕は怖がっている人を食べるのがすごく好きなんです。もっともっと……怖がって下さい。

(ベルトを外そうと藻掻く姿は滑稽で、無駄な抵抗をしているなぁと可哀想に思ってしまって。だが、悔しげに歪められた表情に、彼の額に浮き出た冷や汗にゾクリとした興奮を覚えると頬を赤く染めて恍惚と笑い。マグマのような熱が腹の底から湧き上がる感覚と同時に擬態が解けていく感じがして、左右の脇腹から人と同じ腕が2本ずつ生え服を破り顕になって。瞬きをする度に顔には黄色の瞳が浮かび上がり、8つに増えるとこめかみにもヤギのような角が生えてくる。自分の姿を見て怖がる彼の顔を見ようと顔を近づけると元々の腕を彼の頬に添えて固定し、残りの腕は首や腕を掴み、服越しに柔らかい臓器が詰まった腹部を撫でて)

は？食べるって……。

( 聞き間違いかと思うほど現実離れした答えに一瞬思考回路が止まり、恍惚と笑う相手の様を見て、尚更血の気が引いていくのが自分でも分かった。何せ相手の目からは一切嘘を感じず、それはもう食事にありつけるのが心底嬉しそうなのだ。

しかし、最後の足掻き…と腕に力を込めたところで、相手の変化に気付きぴたりと止まる。6本もある腕、瞬く間に増えていく瞳、こめかみに生える角。近づいてくる其の顔と、複数の腕が自身を捉えれば、誰しもが恐怖して叫ぶことだろう。
＿＿＿だが、そんな予想とは裏腹に、引いていた血の気が一変し、頬を赤らめ相手の顔をじっと見つめていた。)

……何故、顔が赤いのですか？

(増えた腕と目、生えた角を見れば誰しも恐れて悲鳴をあげる。これまで捕まえてきた餌もそうで、顔を見ながら命を刈り取るのが餌への敬意の表しだったが目の前の彼は全く反対の表情をしていて眉を寄せて何故、と困惑して。瞳の色も驚きの水色になり、彼の腹部に当てていた手を自分の顎に当てては首を傾げて。顔が赤いということは怒りのあまり…ということも考えられるが、そんな様子はなく向けられたことの無い感情を不思議に思っていて)

へ、いや、だって…アンタ人間じゃないのか？
その目に、腕も、角だって、まさか、信じられねぇ。


＿＿＿やば、マジで好きなんだけど。

( 困惑したように問いかける相手に対して、突然の事で此方も同様に未だ困惑こそしているようだが、それに反し胸の鼓動もどんどんと増しているのが感じられる。
何故なのかと言ってしまえば、人知れず『人外』フェチであった自分にとって、目の前にその『人外』がいるなんて信じられない光景だし、実際見てしまえば怖いのだろうなんて考えてはいたものの、自分は目の前の相手にどうやら一目惚れしたらしい。
頬に添えられた相手の手に、自ら頬を擦り寄せるようにすれば、うっとりとした顔で自分の気持ちをストレートに吐き出して。)

＿＿信じられないのはこっちなんだけど！？

(目の前の彼は本当に人間なのだろうか。あの赤い顔は好意の現れだったようで、ストレートに零された気持ちとうっとりとしたように自分の手に頬ずりする様に、初めて悪寒が背筋を走り抜けて。得体の知れない者を見た恐怖に瞳を緑色に輝かせ、体や顔に当てていた手を引いて後退りし頬ずりされた手は他の手に慰められるように撫でる。恐怖した顔の方が人間味があって好みなのだが、こちらを眩しく見る顔は人間とは思えなくついつい問いかけてしまって)

君、人間ですか！？

人間だから連れてきたんだろうが。
…まぁ、人間なのがちょっと惜しくなってきたけどな。

( 先程の威勢とは裏腹に顔色が逆転し、後ずさっていく相手には何を言っているんだろう、なんて思いながら質問に答えを返し、ついでに小言も添えて。
相手の反応から察するに、恐怖する人間の方がよほど好みと見える、それ故に距離を置かれた事に対して少し残念な気持ちになるが、まぁ今は置いておこう。
怖がらない自分に食欲は湧かなくなったのだろうかと考えるのと同時に、縛られたベルトが途端に億劫に感じて続けて声をかける。)

とりあえず、コレ、外してくれよ。今更逃げないって。
外してくれたら怖がるフリするからさ。

今更怖がられたって意味無いのですが…。君、結構怖いもの知らずです？

(手を擦り合わせていれば段々と気持ちが落ち着いてきて、寝かせている彼をどうしようかと悩み始めて。今更彼相手に食欲なんて湧く訳もなく、さっさと帰ってもらい自分は新しい餌でも探しに行こうか…なんて思っていれば拘束を解いて欲しいと言われ恐る恐る近寄って。彼に怖がられたって嘘だというのが染み付いてしまい、上の両手で肩、下の両手で太腿のベルト解いている間に、真ん中の両手でこめかみに生えた角を撫でてしまいこんで)

さぁな。
喧嘩なら良くするし…チンピラ共相手なら確かに怖いもの知らずかもしれねぇけど。
なんせ、食われそうになるのは初めてだからな。

( 怖いもの知らずかと言われれば、目玉をぐるりと回して肩を竦める。正直、ただの殺人鬼に殺されそうになれば自分だって怖いし、最初食われると思った時に恐怖したのは事実だ。
しかし、恐る恐る近寄ってきてはベルトを外してくれる相手に、最中こそは大人しくしていたものの、完全に拘束が解ければ、その瞬間身を起こし、角をしまい込んでしまった両手を優しく手に取り、呑気にも照れたような笑顔を見せる。)

でも、そこら辺の変態じゃなくて、アンタでよかったぜ。
俺、矢澤 楓って言うんだけど。アンタは？

変態なのは君の方ですね。普通ついさっきまで自分を食べようとしていた奴に名前言います？

(拘束を解いた途端掴んできた手と名前を告げてきた笑顔に冷めた視線を送って。この人間は何を考えているのだろうかと怪訝な顔になると、残りの手は部屋の扉を指差しで出口へ誘導して)

出口はあちらです。お帰りください。

惚れちまったもんは仕方ねぇだろ。名前だろうが何だろうが俺は教えてやる。

アンタ、教えてくれないならダーリンって呼んでやろうか？

( 冷めた視線を受けても気にしていないのか、そのまま座っていた机から飛び降りると、肩を竦めて笑ったまま冗談めいて上記を返す。正直、今まで女性に言い寄られたり好きになることはあっても、こうも惚れることはなかったし、直ぐに引き下がる気が無いらしい。
出口を示されても「つれねぇ奴だな」なんて言いながら、其方へは背を向けてしまい、しっかりと相手の手は握ったまま )