ライラック（ 〆 ）

（　急いでノートを取っていれば自分の手を掴まれ静止し相手の手を見つめて。何で手伝うのか何で止めるのか状況が読めずにいた矢先に相手から思いがけない言葉を聞き頭の中で整理がつかず視線をやや下へと向け　）…私と話？手伝ってくれるのは嬉しいけど…私と話してもつまんないよ。

（　手を掴むと彼女は素直に動きを止めてくれたものの、次は下を向いて視線が合わなくなってしまう。困らせたかと心配するけれど、彼女はどうやら遠慮しているだけのようで。それなら、と握った手の力を緩めながらも離しはしないまま、あっけらかんとした表情と声で返して　）そんなの話してみないと分からないじゃん。

（　視線は下へと向けていたが手に温もりを感じると未だに握られている手を見ては頬を赤らめ引っ込ませノートを強く抱えて。異性に手を握られた事が無く驚きのあまり手を離してしまった為に相手に不快な思いをさせてしまったのではと思い"ごめん"と急いで謝罪を述べ。否定的な自分とは裏腹な返答があり何故だろうと　）…なんで私と？男子と話してる方が楽しいと思うけど…。

俺の方こそごめん。（　手を握ったままの不自然に気が付いたのか、彼女に勢いよく手を振り解かれる。しかし、その後に聞こえた謝罪と熱を持ったように見える頬によって拒絶されたのではないと分かると、気まずさを感じさせない程度の笑みを湛えて同じく謝罪を口にして。そのまま手を自分の顎の辺りに持ってくると、左上に視線を上げながら考え、やがて率直な言葉で気持ちを伝えて　）なんでって言われると難しいけど……。月岡さんのことが気になるから、かな。仲良くなりたいし、月岡さんのこと知りたい。

ううん…ちょっと驚いただけ。（　彼の笑みを見つめ謝罪されると頬を赤くしたまま此方も小さく首を振り。自分の事を知りたいと言う相手に未だに意図が理解できず暫く考え沈黙が続いた後ノートを見れば顔を上げ　）あの、向坂くん…ノートを先に持って行ってから話してもいい？

（　そんなに難しいことを言っただろうか。じっと考え込む彼女を見ながら自分の発言を振り返ってみるも、自分にとっては至極単純な理屈で。しかし、どうやら彼女にはそうではないようで、答えが出るまでこちらもじっと待ってみる。やがて返ってきた言葉は平たく言えば『保留』だったけれど、ノートを運ぶ手伝いについては了承されたらしく、自然な笑みを浮かべては首肯して　）うん、そうだね。行こう。

先生待ってると思うし…お昼休みの時間無くなっちゃうから。（　彼に了承を得れば歩みを始め、自分の事を知りたいとか気になるとか今まで言われた事が無くこの後どう話そうかと考えていれば職員室へ着き。コンコンと扉をノックし開ければ　）失礼します…ノートを持って来ました。

失礼しました。（　無事ノートを運び終え、軽く一礼して職員室を出る。彼女の方から話を切り出されるのを待つべきかとも思いつつも、先程の続きを話すには教室へ戻る時間だけでは心許ない。職員室を背に、別の話題を振ってみて　）月岡さんはお昼、お弁当？

（　先生へノートを渡し終え同じく職員室を出ては教室へ戻ろうとした矢先に彼から掛けられた一言で止まり。先程の話の続きかと思うも昼休みの時間は限られておりあまり長居するのも失礼かと思い袋に視線を向けて　）うん…私はお弁当。手伝ってもらってありがとう、時間無くなっちゃうから早く食べた方がいいよ。

それなんだけど、（　このまま教室まで戻ってしまえば先程の話の続きがいつできるか分からない。足を止めた彼女がまた歩き出してしまわないうちにと、やや食い気味に言葉を重ねる。引き留めるような真っ直ぐな視線で彼女を捉えれば、威圧感を与えないよう努めて柔らかい声を意識して　）お昼、一緒に食べない？

（　重なった言葉に顔を上げ彼の目を見つめると曇りの無い真っ直ぐな瞳が此方の瞳と合えば心臓の鼓動が鳴り。次いで聞こえた言葉に再び動揺を隠せず視線を外し、どうしようかと考えれば少し後ろへ下がり　）…私と一緒にいたら何か言われちゃうよ。私みたいな暗い人間といない方がいいよ…。

（　目が合ったのも束の間、彼女は廊下でぶつかった時のようにまた俯いてしまう。自分を卑下するような言葉に、咄嗟に『そんなことない』と強く否定して腕を掴みたくなるけれど、そんなことをしても彼女を更に混乱させるだけだと一拍置いて冷静に考え。目を伏せて少し考えると、先程と変わらぬ声色で、譲歩しているようでしていない提案を　）……わかった。じゃあ、人目につかないところならいい？

（　なかなか断ってくれない相手に俯きながら考えるも先程の真っ直ぐな瞳が頭から離れられずいて。自分の事を知りたいと言ってくれた相手は言動を見れば嘘はついて無い事はわかり、考え抜いた結果少し視線を上へと向け　）…わ、わかったから…お弁当持って来るからどこへ行けばいいかな…？

やった。（　承諾を意味する返答に、素直に喜色を滲ませる。すっかりその気になれば、彼女の問い掛けに応じるように頭の中に校内図を思い浮かべ。その中の一角に当たりをつけると、次のデートの約束を取り付けて別れるカップルのようにひらひらと手を振りながら歩き出して　）じゃあ……特別棟西側の四階の階段のところ。俺は先に行って待ってるから。

…わかった！急いで行くね！（　声を弾ませ喜ぶ相手に"なんで喜んでるのだろう"と不思議な感覚に陥るも此方の返答は正しかったのかと少し安堵し。場所を聞き手を振り目的地へと去る相手は一般的に恋人のようだと思う事が多いが此方はその感情はまだ知らずいて、しかし自然と小さく手を振り聞こえるように言うと足早に教室へと向かい　）

ゆっくりでいいよ！（　彼女の返事が聞こえた頃には少し距離が遠ざかっていて。ふっと破顔すれば、普通に会話する時より大きな声を飛ばす。踵を返し、軽い足取りで約束の場所へと向かうと、いつも一緒に昼食をとっている友達に「用事ができたから今日は一人で食べる」と連絡を入れて　）

（　教室へ向かおうとすると声が聞こえ振り返ればそこにはもう、彼の姿は無く。今の声はきっと彼だろうと思い後でお礼を言おうと決め教室へ着けばお弁当だけ取る時間も惜しく鞄ごと取り、約束した場所へと向かうと先に着いていた相手の姿を捉え鞄を抱え少し息を上げながら緊張した面持ちで　）…向坂くん。ゆっくりでいいって言ってくれたけど待たせるの嫌だったから…その…。

あ……もしかして、急いで来てくれた？　ごめんね、階段たくさん上らせちゃって。（　友達にメッセージを送ったまま手持ち無沙汰にスマホを弄っていると、階下から足音が聞こえ。出会い頭の台詞と息が上がっている様子から急いで来てくれたのだと分かると、思わず少し腰を浮かせて。階段下まで迎えに行くのも大袈裟かと思い直すと、自分の隣の場所を目線で示して　）ここ、座りな。

食べる時間が無くなると思って…。でも、ありがとう。失礼します。（　彼が悪い訳では無く息が整えば首を小さく振りお礼を述べて。視線の先を追い階段を上れば言われた通り隣に座り、座ったは良いものの異性と食事なんて初めてでしかも距離も近く心臓の音が自分に聞こえるほど緊張しながら　）……向坂くんの今日のお昼はなんですか？

焼きそばパンとたまごパンと……メロンパン。あとカフェオレ。（　彼女が隣に座ると、髪の先からシャンプーの良い香りが漂って少しどきりとする。いつになく近い気になる相手との距離感に自然と背筋が伸びれば、がさごそと購買の袋を覗きつつ、買ったばかりの昼食を一つずつ紹介して。早速焼きそばパンの袋を取り出して開封すれば、彼女のお弁当に目を遣って　）月岡さんのお昼は？