当主 2017-02-08 19:15:16 |
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>一之瀬様
そう、それは素敵。幸福は静寂と生業の中にありやと米国の大統領もおっしゃったそうですし。……でも、本当はお喋りだってお嫌いではないんでしょう。そうでなきゃこんな賑やかな喫茶じゃなく、お家でお茶を飲むことだってできるはずですもの。
(こんな空っ風の中ではせっかくの紅茶もすぐ冷めてしまうだろう。彼が口づける紅茶茶碗の冷たさを想像しては小さく体を震わせて、こちらはまだ温い珈琲を半分ほど飲み干せば深まるばかりである眉間の皺と拒絶の意思にひとまずは月並みな相槌を打ち。しかしこの舶来の冴えた味のする飲み物を口に含んで嚥下する、たった瞬き2つほどの間に一之瀬という人物を紐解く糸口が見つけられないものかと思案し、どうにか見つけ出した次の手を悪戯っぽく吊り上げた唇で紡いで。貴族たる相手ならば西洋の飲み物など自宅でいくらでも堪能できるだろうし、他者や交流を忌避している様子の相手であればなおのこと外より内のほうが都合が良いはず。真冬の寒さに苛まれながらもわざわざ表へ出ているということは、きっと他人が心の底から嫌いというわけではないのだ、と即興の推理に賭けつつ表面上は素知らぬ顔で「あら美味しい」などと呑気にマドレーヌを手に取り)
>瀬良様
(思った通り、壊れたレコードのように三度も四度も聞いた答えを繰り返す店主に今度ばかりはそれで良いと意地悪く含み笑いを浮かべるが、あまりに突然会話に現れた聞き覚えのない女の名に思わず帽子も飛んでいきそうな勢いで傍らの彼を振り仰ぎ。しかし"家内"の一言に雪枝、というのがこの芝居における己の役名なのだと悟れば険しい表情をどうにか和らげていかにも雪枝らしく――というのも妙な話だが、とにかく夫に縋る妻の顔で事の顛末をじっと見守り。そんな拙い芝居も突如眼前に現れた軍人の証を前にすれば「えっ?」と飛び出してしまった声に脆く崩れそうになり、同じく呆気に取られた様子の店主へ慌てて代金を押し付けて右手にようやく手にした本を、左手に相手の手を掴んで早足に店先を去り「――将校様だなんて!わかっていたらこんな無礼を働かずに済みましたのに!」角を曲がれば開口一番、何故言ってくれなかったのかと後悔のあまり無茶なことを口走り「たかが買い物に将校様を引っ張ってくるなんて、父に知れたらどんなに叱られるか……あんな三文芝居で許していただけるかしら」と、いくら気丈な己でも思いもよらぬ正体にうろたえて)
>榊先生
名も無いだなんてとんでもありません!榊先生と言えば大正の御世にきっと名を残される文化人。女に学は必要ないなんて言う父にも見せて差し上げたいわ――そんな大先生をエスコートできるなんて夢のようです。では先生、暫しお付き合いくださいませ。
(物を書くというのは賢くなければできないこと、その賢人に知識深いなどと褒められれば軽やかな洋装のせいだけでなく体がふわふわ踊りそうなほど浮かれて上がって。いけないと思いつつ小娘のようにはしゃいだ後は着物姿の歩幅に合わせてしゃなりしゃなりと、どうしても気取っている風は拭い去れないものの敷き詰められた石畳の上を大人びて上品な歩調で先導し。洋装を売る呉服店はここ、化粧品なら薔薇色の窓枠のあそこ。角のカフェ・巴里では紅茶や菓子の他に洋酒なども嗜めること、そういった街のあれこれを大人の御眼鏡に適うよう説明していって「――今更と言えば今更ですが、先生は何をお探しなんですか?」と、ものによっては車を呼ぶなりして街の外れのほうへ足を運んだほうが良いのかもしれない。そこまでようやく思慮が至ると漠然とあいた問いを向けて)
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