トピ主 2024-07-26 06:44:45 |
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番外編「平和主義差の苦悩と決断」
(共和国首都に置かれた軍司令部。その一室で、副司令アリエル・シルヴァは届いたばかりの朝刊を広げて乾いた笑みを零した。)
軍副司令アリエル・シルヴァ、王国に金貨8万枚を献上。売国根性ここに極まれり…か。随分と好きに書いてくれるな。こちらから売った喧嘩を穏便に解決したんだ。払った金貨の数以上の命が救われたと思えば安いものだろう。貴官はどう思うかね?ロレンツ大佐。
(記事の内容は、つい先日勃発した王国との小規模な軍事衝突について。共和国の国境警備隊が反王国感情から越境、近隣の村に火を放つなどして挑発に及んだ行為を発端とし、戦争へとエスカレートする前に副司令アリエル自らが王都に出向いて賠償により丸く収めたという顛末を、随分と恣意的に脚色したものであった。もし開戦へと踏み切っていたならば、その損失は到底金貨8万枚程度で賄えるものではなく、彼女は損得を秤にかけた時に最も利口な判断を取ったに過ぎない。しかし、この記事を書いた新聞社も、読者たる国民も共和国が王国に妥協したという事実そのものが気に食わないのである。アリエルはそんな実情を哀れむようにゆっくりと朝刊を畳むと、背後に控える副官、ロレンツと呼ばれた壮年の男性に意見を求めた。)
副司令の判断は非常に合理的であったと言えます。それはもう、これ以上ないくらいに。しかし、正しい選択が必ずしも受け入れられる訳ではありません。私自身、故郷を王国に奪われた身の上、もし私が貴方の立場なら今頃は戦争の只中だったでしょうな。
ふむ、素直でよろしい。先の戦争で故郷、家族、あるいはその全てを失ったものは多い。貴官のように憎悪に駆られ、王国人を一人でも多く殺せるのなら戦争だって辞さないという人間がこの国では大半だ。
……じつにバカバカしい。そんなものは悲劇の再生産でしかないと言うのに。
(ロレンツは理性と感情、二つの面から私見を述べた。合理性のみを追求するならば、損失を最小限に抑えたアリエルの判断は疑いの余地もなく最善であったと言える。しかし、己が内に燃える憎悪は決してそれを許さない。言葉を選びながらも、ロレンツの出した結論は徹底抗戦すべきであったというもの。今や生ける屍が闊歩する封鎖都市と化した故郷の現状を思えば、彼にとって妥協という選択肢はないも同然であった。
その答えは想定内だったのであろう。アリエルは平然とした様子で、濁すことなく内心を打ち明けたロレンツの姿勢を評価し深く頷いて見せる。先の戦争で大切なものを失ったのはなにもロレンツに限らない。数十万人という未曾有の虐殺。その影響を受けなかった人間など共和国には存在しないと言っていい程だ。彼らの境遇・心情には同情の余地がある。それを理解した上で、暫しの間を置いた後にアリエルは心底呆れたようにバカバカしいと一蹴し、取り出した葉巻に火をつけた。憎悪に駆られて始める戦争など、新たな悲劇を生み出すだけだ。そんなことは誰もが分かっている筈なのに、それでも戦争を望む声は後を絶たない。人間の感情というのは難儀なものだ…とある種の諦めを感じながら、アリエルは葉巻を口に含んだ。)
だが、貴官にとっては悲しいことだが、この国の政治家連中は本音では私と同じ考えらしい。議場でも街頭でも勇ましいことばかり吠えてはいるが、一向に私を解任する気配はない。それが何よりの証左と言えよう。つまり、私がこの地位にいる限りは貴官の死に場所はない。せいぜい今はなき故郷に想いを馳せて余生を過ごしたまえ。
(深く息を吸って、吐く。一連の動作で荒んだ心を落ち着かせると、アリエルは再び口を開いた。復讐と憎悪に囚われ、一見救いようのないこの国の僅かな希望。それは強硬派の政治家までも本心では戦争を望んでいないという点だ。兼ねてより穏健派の彼女を解任しないことが、その本音の何よりの証左である。その事実を淡々と告げると、真っ直ぐにロレンツの目を見て、復讐の機会など与えないとはっきり言ってのける。理解も同情もすれど寄り添うつもりはない。平和を維持する己が信念を貫き通すという確かな覚悟がその瞳に宿っていた。そこまで聞くとロレンツの表情は苦いものとなり、苛立ちから拳が強く握られる。そんな様子を察して、アリエルは手の動きで退室を促すと、一人になった部屋で、別の資料に目を通した。王国に送り込んだ内偵による調査資料である。)
さて、国内情勢が芳しくないのはお隣も一緒のようだな。聖教会の影響力拡大に加えて、帝国武官の派遣、獣人の抗議運動は尚も収まる気配はなく、旧ローゼベルク領では復権派の動きがキナ臭い。裏にいるのはルード公国か?王国も、よくもまあこれだけの問題を抱えて国のていを維持できているものだ。
しかし困ったものだな…仮に王国が瓦解すればこちらの強硬派は黙っていないことだろう。万が一戦争が始まればこの国の経済は持たない。あまり気乗りはしないが…助け舟の一つでも出してやるとするか。
(上げられた報告に憶測を織り交ぜて、王国の悲惨な現状に苦笑いを浮かべる。隣国の問題というのは対岸の火事ではなく、決して少なくない影響を周囲にもたらすものだ。隣合う以上は敵同士といえ運命共同体。気怠げに残りの葉巻を灰皿に押しつけながら、アリエルは王国に対するささやかな助け舟を出す決心をした。)
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