匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(静かに名前を呼ばれながら翡翠の視線に射抜かれたとき、ギデオンの青い瞳は、彼女を、次に手の櫛を見て、一度下へと流れ落ちた。どこか微かに後ろめたい横顔が思い返すのは、つい二週間前の出来事。サリーチェの我が家にかかる防犯用魔法陣、そのセキュリティレベルをより高く確かなものへ契約し直していた件で、彼女に窘められたのだ。私費から出すから問題ないなんて話は違う、そういうことに黙ってお金を使わないで──ちゃんと、私に相談をして。あのとき交わしたやり取りを、よもやわざと無視したりしたわけじゃない。だが気づけばまたこうやって、似たようなことを繰り返している。……更に、これの非じゃない品も実は隠し持っているのだが──やはり、咎められるだろうか。彼女は望まないだろうか。そう、案じていたものだから。
遠慮の一切を取り払ってまっすぐに寄せられる、その声、口づけ、抱擁に。最初は目を瞬かせて完全に虚を突かれるも、次第にその目元を緩めさせ、鮮やかな安堵をわかりやすく浮かべてしまって。「敵わないな、」ともう一度、こちらからも彼女を抱き寄せ、懐くように鼻梁を寄せる。花壇の向こう、街の子らの声がいよいよ祭へ遠ざかるのを良いことに、もう一度その唇をねだれば、満足そうな吐息とともに掠れた声で囁くだろう。)
──……俺も、好きだよ。
(──さてはて。この数日でこんなにも素直なたちにされてしまった腹いせに、年甲斐もない有り様を取り繕う建前代わりに、相手のことを連れ出して、さらなる気軽な買い物を楽しませてもらおうか。「その靴だと街歩きには向かないだろう?」と、行商の集まっている通りの一角に連れて行き、今度は相手の好みに任せて、見事なドレスにもよく似合うサンダルを好きに選ばせる。そうして紙袋に纏めた荷物を提げていないもうひとつの手、そちらで相手と指同士を絡め合わせて戯れながら、浮かれた王都をぶらつこう。陽射しは夕に近づくとはいえまだまだ茹だる暑い夏、涼を探していた先に氷菓の露店を見つければ、はたと顔を見合わせたのは果たしてどちらが先だったか。──王女と記者の恋を描いた、有名な戯曲があるんですよ。ひと月ほど前、まだ退院明けの療養中で家にいることの多かったヴィヴィアンが、そんな風に目を輝かせて語っていた物語。その中に登場する実在の店だと気づけば、立ち寄らぬ道理などなく。共に広場の階段に座り、その時間の催し物を眺めながら冷たい甘味を堪能すれば、あっという間に真っ赤な夕陽が暮れていき、いよいよ間もなく建国祭のフィナーレだ。再び手を繋ぎながら、昨年のような人混みを避けて水路沿いを歩くうちに、ふと隣を振り返るのは、穏やかに問いかけるため。──相手の選ぶ場所でこそ、この夜を過ごしたかったからで。)
……今年は、どこから花火を観ようか。
城下町のゴンドラは長めの良さで有名だし、そこのホテルの屋上にあるレストランも、個人的に伝手を頼れる。去年の時計塔が良ければ、もちろんそこに連れてくし……もしかしたら家からでも、ベランダから眺められるだろうな。
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