Petunia 〆

Petunia 〆

匿名さん  2022-05-28 14:28:01 
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  • No.989 by ギデオン・ノース  2026-05-30 12:55:30 




(娘を苛む男の調べが、突然ぴたりと凍りつく。たった今、甘く濁った女の吐息が己の耳に届いたのだが──それで起こるのは興奮ではなく、寧ろ理性の冷却だった。これまでの三カ月弱、二十歳もとうに過ぎてなお初々しい恋人を、伊達にほぐしてきたわけではない。男の本懐に至れなくとも(そもそも事情を踏まえればあまりにも手が早いだけだが)、彼女が示す反応全てが愛おしいものである以上、寝台の上の観察記録はしっかり脳裏に刻まれている。故に、確信を以て断じる──ヴィヴィアンは“まだ”、こんな風に啼いたりしない。こちらがどんなに手技を凝らせど、その喉が絞り出すのは、本来もっと清明な戸惑いの音であるはずだ。なら何故、何が起きているのか?
その思考は数秒も経たずに断たれる。これまで山野の第一線で様々に作戦を立て、仲間に責任を負いながら臨機応変に対応してきたベテラン冒険者の感覚が、正確無比な自動操縦に身を委ねろと囁いている。故に今は努めて無心で、引き続き──だがやはり明らかに、異様にぐにゃりと力の抜けた、様子のおかしい──娘をまさぐり、すぐに真相のひとつにに至る。スライムはほぼ最弱と言っていいほどの魔生物、それがこれほど生き生きと力強く逃げ回る時点で、“それ”に気づくべきだったのだ。「……雷魔法で処置をする。指輪に誓って痛い思いはさせないが……驚いて舌を噛むなよ」と。事前に警告するのが大事で、実際どれほど理解したかは今は構わなくていい、こちらが確保することだから。彼女の下腹に掌を当て、瞼を閉じ集中し、これまでの人生で最も繊細に気を遣いながら己の魔力を操作して──パチッ! と。たった一度だけ、青い閃光を走らせる。
はたして、稀代のヒーラーの魔素をいくら貪り食べようと、やはりスライムはスライムだ。娘の服の胸元から躊躇なく手を突っ込めば、すっかり気絶し粘度の下がったその塊を、すぐにぬぱぁと引きずり出せよう。……その核を捻り潰すのは感情的にも容易いが、今は絶対にしてはいけない。引き続きほんのわずかなひとかけらでも回収しそびれていないかを──そのサイズの方が脅威だ──指を巡らせ確認し。それは、スライムの吐いた媚薬を拭うことにも広げることにもなるのだが、いずれにせよそのたびに肌を火照らせ苦悶するヴィヴィアンに、「辛いな」「絶対助けてやるから」と、いっそ優しい声音で囁く。掌に吸い付く瑞々しい感触は──これは、記憶に刻まない。
……問題ない、これで全部だ。そう告げるなりヴィヴィアンが力なく顔を上げ、ローテーブルの灰皿の上でぴくぴくと動くスライムをきちんと検分しはじめたのは、こんな目に遭わされて尚やはりプロヒーラーたる美点か。それでもきっと無自覚にぐらぐらと身体を揺らし、視線を熱っぽく潤ませ、碌に呂律も回らないまま、無理にきちんと立とうとしてやはりこちらへ倒れ込むのを、今はただそのまま受け止め。片手で灰皿を掴み上げ、スライムを元の魔核へ流し込むように戻せば(安全な“狭く暗い場所”へと、スライムの方も自分からぬるぬると戻っていった)、「ああ、そうだな」「デレクたちに渡してやろう」「よくやった」と囁きながら、ゆっくり抱き寄せ休ませてやる。
──そうして、その華奢な肩越しに、フロアの向こうへ視線をやれば。やはりしっかり目が合ったのは、先ほど注文を取っていた若い女の店員だ。店の暗い壁際で、自分より年嵩の女店員と何か囁き合っていたが、ギデオンの顔を見た瞬間その場にじっと固まって、数秒ほど見つめ合った。……グルではないな、と判断する。少なくとも末端は信用できる、ほんの数分程なら。試しに軽く人差し指で呼びつけるなら、やはりそれだけで察する程度に、こちらを案じていたようで。薄手の大きなタオルケットを急いで持ってきた女に、「少しここについていてくれ」と席を立ちながら命令する。依頼ではない、命令だ。女の顔がわかりやすいほどに強張り、何やら様子がおかしいようだと心配し始めていたらしいソファー席の客たちも、怪訝そうにこちらを見たが。その一切に構うことなく、タオルケットにすっぽりくるまれぐったりしている恋人に、視線を合わせるべくしゃがむ。ああ、自分はこんな時、こんなに優しい声色を出すことができたのか。)

……“ヴィヴィアン”、少しだけ待っていてくれ。
大丈夫だ、五分で戻る。……その後、一緒に家に帰ろう。

(──さて、ここまで長くなったが。この直後の話については、手短に済ませられよう。「お客様!」「おやめください!」「わたくしどもでお調べを!」と追いすがる年嵩の女店員、その様子を見て何事かと振り向く黒服数人に構わず、フロアを縦断しても無駄なら、店の廊下を突き進みトイレのドアを開け放つ。そこで煙草に火を点けて、紫煙を──文字通り紫色の、禁制品の魔法植物でしか出し得ない臭いのものを──悠々と吐いていたのは、やはり先程の密売商人。「うん? 何だね、さっきの君かね。どうだ、君の仔ウサギにはいい具合に火が通った、か……」と、言いかけていた男のところへ。たった数歩で距離を詰め、その髪をきつく掴んで、目を剥く男の顔面を窓ガラスへ叩き込んだのも、血だらけになったその顔に鼻を突き合わせる勢いで尋問をけしかけたのも。後から幾度振りろうと、ギデオンは常に揺るぎなく、終始冷静な判断だったと心の底から言い切るだろう。
多少酌量するならば──後日“偶然”再会した、エドワード・ワーグナーの世間話から聞き知るに。件の密売商人はやはり組織の末端だったし、そこまで強力な催淫剤を仕込んだつもりもなかったらしい。ただ今回は、ヴィヴィアン・パチオというイレギュラーがあまりにも規格外な生ける魔素の塊であり、本来もう少し穏やかな効果にとどまるはずが、スライムの活性化により、どうやら理論限界値を突き破ってしまったようだ。とはいえ、媚薬はその程度により劇物としか言えないし(というより合法で売られる媚薬はどれも実際強壮剤だ)、これがたとえ薬であろうと、やはり過ぎたるは毒である。そして被害者のヴィヴィアンがいくら規格外であろうと、安全が不確かならば、その商品は規制すべき欠陥品でしかありえない。
酒場『バッカナリア』自体は、魔道具ならば話題の種にと持ち込みを許可しているが、その使用の範囲については、実はしっかりルールがある。そして人体に取り込んだ後外に戻せないものは、水も含めてその一切の持ち込みを禁止している。理由は当然、今回のような事案を未然に防ぐため。そして花街の区画にない店が課される風営法を遵守するためでもある。故にギデオンの暴行は、店の落ち度と手打ちとされ。その後の追加調査については、あの後ちょうど降りてきたデレクとカトリーヌのコンビにすっかり引き継ぐこととなった。『バッカナリア』の客のひとりが偶然にも医師であり、ただ単に待つだけでも無事に寛解するだろうと診断を下されたなら、後は店に用はない。タオルケットに包まれたまま、まだ苦しそうなヴィヴィアンを抱き上げ、店が呼んだ馬車に揺られて夜更けの王都を横切っていく。
サリーチェの我が家に帰宅し、白うさぎの衣装を剥いで、ゆったりとしたネグリジェに居替えさせてやった後。寝台の上で横たわる可哀想な恋人をしばしじっと観察してから、水差しをグラスに傾け、冷えた中身を口に含んで、そちらにそっと身を屈める。やがてこくん、と相手に水分を摂らせたならば、その間近な距離のまま、頭を撫でて囁いて。)

…………。具合は、どうだ。まだ辛いか……?



  • No.990 by ヴィヴィアン・パチオ  2026-06-03 18:05:16 




──いえ……、すこし、あついだけ……

 ( その言葉が嘘だということは、熱い口内、未だ蕩けて潤む瞳、そして普段より長く引いた銀糸、それら全てがあまりにも、あまりにも分かりやすく伝えていた。
 まるで罰でも当たったかのようだ──ギデオンさんの本気を疑った。自らの有用性を示したくて、慣れない潜入捜査も出来ると虚勢をはったのがこのザマ。かろうじて、証拠だけはデレクやカトリーヌに引継ぐことが出来たものの、それも運が良かっただけで。結局、腹が立った、見返してやりたかった婚約者に、今こうして迷惑をかけている。 )

ごめん、なさい……まだ、触れられると辛いみたいです……

 ( こちらは強ち嘘でもない。優しい手が、ビビの生え際を掠める度、イライラと腹の底から湧き出す自責の念に、浅くなる呼吸を押し殺し、未だ力の入らない腕で、しかし確かに相手の掌を拒絶するように押し返せば。濡れた目元を赤くして、珍しく酷く苛立っている様は、己が身を襲う生理現象を理解できずに、眠気にむずがる幼児と変わらないということに、襲われている本人が気づけないでいる。そうして、ギデオンから離した顔を、ぐったりと白いシーツに埋め、無理やり引き出された興奮に震える身体を抱きしめ低く唸ると。人間、弱った時の悪癖など、中々変わらないものだ。大好きな愛おしい婚約者に、これ以上醜態を晒し続けたくなくて、今晩は自分の部屋へ篭ろうと、ぐらぐらと安定しない頭を持ち上げると、柔らかい寝具に力の籠っていない細い腕を突っ張って。 )

……から、今日はひとりでいたいの……こんな、はしたない……
ご迷惑おかけして、ごめんなさい……



  • No.991 by ギデオン・ノース  2026-06-04 00:49:35 




……迷惑なわけがないだろう。

(火照る体を震わせて無理をおす恋人に、除けられた手を引きながら、溶かし込むように低く囁く。触れられたくない、頼りたくない──そうはっきり示されたとて、婚約前のあの騒動を散々省みたギデオンが、今更揺らぐわけもあろうか。「当たり前だが、はしたないとも思っちゃいないぞ」と。自分は相手の、恋人であるヴィヴィアンの、絶対の味方なのだと。窓から差し込む月明かりに淡く浮かんだその横顔は、どこまでも彼女のことを気遣ってやまないもので。
──とはいえ。本気でよく見ているからこそ、理解してしまうものもある。ヴィヴィアンは本当に、今ばかりはギデオンに離れていてほしいのだ。不可抗力の状態異常、そんな何がどうなるか自分でもわからないのに、大事な人を関わらせるのが不安で不安でたまらない。その心情にはギデオン自身、どこか覚えがあるだけに。どうしたものか、と口許に片手を当てて、薄闇の中思案する。
……こんな時、多少の仲の男と女、それに完璧に安全な寝室が揃っているなら、取るべき対処はただひとつ。だがしかし、未だ十代の少女のようにおっかなびっくりのヴィヴィアンに、その明け透けな方法はあまりにも酷だろう。付け入る形にもなってしまうし、望まない快楽は恐らくよ碁を悪くする。……だからといって、ヴィヴィアンのお望みどおり、ギデオンの目に見えないところで放置するなど論外だ。確かにふたりの我が家には、ヴィヴィアンのための個室があるし、そこには下宿から引き上げたひとり用のベッドがある。彼女が普段調合している香草類が豊富なうえ、そもそもその空間は、年嵩の自分と共に生活していく上で、きっと時々ごく単純にひとりになりたいだろうからと、如何にも気の利いたふりをして確保したものなのだ。──だが、きっと、そうとは言っても、使いどころは今じゃない。一種の体調不良と言えるヴィヴィアンを無慈悲に放り込むために、そこを用意したわけじゃない。なら、代わりにどうすればいい? どうすれば今のヴィヴィアンを、充分納得させられる……?
そこではた、と思いつく。時間にして数秒か数十秒か、止める間もなく彼女が部屋に籠ってしまうまで時間がない、これでだめなら元々だ。「なあ、ヴィヴィアン」と、相手の具合がすぐれないのをよくよくわかっているうえでだと、声のトーンで慎重に感情の距離を調整しながら。いつものように撫でかけた手をさりげなく引き戻し、あくまで相手の返答を重んじるように静かに尋ねて。)

……実はひとつだけ、お前の辛さを和らげてやれる方法を思いついたんだ。
少しの間、手を……魔力弁を……繋いでもらうことにはなるが、お前は何もしなくていい。息が上がるようなことにはならない。
もしその方法でも駄目だったら、あとはお前の言うとおり、ゆっくりひとりで休ませるから。……一度だけ、試させてくれないか。



  • No.992 by ヴィヴィアン・パチオ  2026-06-05 17:41:31 




 ( ──どうして、こんなに優しいんだろう。ギデオンが差し伸べてくれた手を、ヴィヴィアンは無下に振り払ったにも 関わらず。怒るどころか、気遣わしげな表情を浮かべる恋人に。自然と溢れ出す好きな気持ちも、しかし今は悪い方へと作用するばかり。低く、甘く、大好きな声が、優しく耳に響く度、益々燃え上がるように増す熱に、最初の雫が瞼の縁を乗り越えるともう駄目だった。
 敏感になった触覚から流し込まれる、まるで神経に直接触れられるような信号に、腹の底から湧き上がって、脳を直接揺さぶるような酷い衝動。それら得体の知れない感覚を、診断してくれた医者に悪意はなかったにせよ、発情しているのだと謗られてしまえば。未だ初心な娘には、堪えきれずに上ずる呼吸や、その反応全てが、恥ずかしくて堪らなかったものだから。『息が上がるようなことにはならない』というギデオンの言葉は、ぐずぐずと子供のようにべそを書き始めた彼女にとって、まさに天から差し伸べられた救いの一言で。 )

……っ、…………ほんと……?

 ( そうして、将来を約束しあった男女が、自分たちの寝室に二人きりという状況にして。まるで相手を疑う素振りもなく、大きな両目をまん丸に見開けば。年上の婚約者の真意をはかりかねつつも、おずおずと両掌を差し出しかけるも、「あっ」と。なにかに気づいたような表情を浮かべると、さっと両腕を引っ込めかけて。 )

でも、私の代わりにギデオンさんが辛くなるのはイヤ……


  • No.993 by ギデオン・ノース  2026-06-07 21:10:32 




(夜の寝室の静けさに、笑んだ男の温い吐息が柔らかなさざなみを打つ。ああ違う、何も嗤ったわけじゃない──あまりにいたいけな反応や、自分が辛い時ですらこちらを案じる情の深さに、つい堪らなくなっただけなのだ。
とはいえ安心させてやるべく、「なりやしないよ」と穏やかに即答すると。まずはのんびりと周りを見回し、太い腕で枕を引き寄せ、深々体を落ち着ける。そうして、すっかり寛ぎきった様子を相手に示してみせながら、日の香りがする涼しいシーツをぽん、ぽん、と優しく叩いて。幼子をあやすような、宥めるようなこの手つきは、相手に直接触れずとも、いくらか助けになるだろうか。)

……昔、ホセやレオンツィオたちとパーティーを組んでた頃に、うっかりラミアの巣窟に入り込んだことがあってな。ちょうど繁殖期だったから、“蠱惑の霧”の噎せ返るほど濃いやつを、これでもかと噴きつけられて……そりゃあ、あの時は辛かったさ。
……だが、逆に言えば、そのときの耐性があるから、大抵の魔生物由来の媚薬は、多少平気な体なんだ。淫魔の毒だって、もう抗体を持ってるからな。……

(落とした声で語りだすのは、なんてことない思い出話。懐かしんで軽く肩を竦めると、その和やかな青い視線を、一度己の掌に遣る。それから再び相手の目を見て、優しく微笑んでみせたのは、そこから先の相手の意思を仕草のうちに問うためで。)

寧ろ、おまえがひとりで苦しんでるのに何もしてやれないほうが、俺にはよほど堪えるよ。
──片方が独り苦しむよりも、ふたりで一緒に乗り越える。そのほうが良い、だろう……?



  • No.994 by ヴィヴィアン・パチオ  2026-06-09 22:56:27 




 ( ──ギシリ、と。実用的な筋肉の重さに,
堅牢なベッドが微かに歪む音が寝室に響いた。その部屋の中心で、薄絹の背中を、しっとりと湿らせていた無垢な乙女は、近づいたギデオンの体温にはぎゅっと身体を縮こまらせ、俯いた視線をもじもじと困ったように彷徨わせる癖をして。その大きな手が、今は空いている相手の隣のスペースを、ぽんぽんと優しく叩くのを見れば。それが、己の為に用意されたスペースであると、微塵も疑うことなくするりと身体を横たえると。火照った頬は俯いたまま、視線だけでじっとギデオンの表情を見つめて。 )

──…………でも。……、
あの、……その、その時のこと。
どうして……どんな風に、ご無事に帰ってきてくださったのか、聞かせてくださいませんか……?

 ( それでも、自らの選択でギデオンを少しでも苦しめる勇気がすぐには出せずに、艶やかな下唇を噛み締めれば。その中身に触れないよう慎重に、桃色の指先だけで婚約者シャツの裾を引いたのは──わかっています、と。最終的にはちゃんと勇気を出しますから、少しだけ時間をくださいな、と。口に出しこそしないものの、きっと察してくださるだろう、優しい年上の婚約者に対する最大限の甘えで。 )


  • No.995 by ギデオン・ノース  2026-06-12 08:13:35 




(ほとんど条件反射のようにすり寄ってくるいじらしさ、縋りつく華奢な指先のこれまたちょこんと奥ゆかしいこと。そして何より、未だぽうっと熱っぽいのに、それでも信頼が窺える上目遣いまで寄越されたなら、思わず抱き寄せたくなったのを誰が咎められようか。実際にはもちろんのこと、ほんのかすかな身じろぎだけでぐっと思いとどまってみせ。「そう大層なもんじゃないぞ」と、如何にも余裕な大人の顔で困ったように微笑んで。
そこから先はしっとりと、お姫様にねだられた寝物語を聴かせる時間だ。「──それで、ようやく陽が落ちた頃。まず俺の状態異常がようやくいくらかマシになって、ヒュドラの縄張りに突っ込むような馬鹿をやらなくなったんだ。だがまあ、そこから先の方が、むしろ大変なところでな……」と。──魔法医学や魔法薬学を修めているヴィヴィアンに、今更素人のギデオンが説く話でもなかろうが。薬も毒も通常は、その人間の体格……体積に比例して、効果の程度や必要量なりが変動する傾向にある。そしてまた、人間ひとりひとりの体に絶えず張り巡らされている魔導回路が備えている“魔力保有量”もまた、同じく効果時間の類いに大なり小なり影響する。……まあ、要は早い話が。仲間内では最も良い体格×最も少ない魔力保有量 を併せ持つギデオンと、②仲間内では普通の体格×最も高い魔力保有量 を併せ持つホセ、そして③仲間内では線の細い体格×普通の魔力保有量 を持つレオンツィオでは、ラミアの毒への耐性に、個人差があったということ。当時のパーティーメンバーの中では、ギデオンの理性が真っ先に多少復活し、他の仲間の面倒を見ることになったわけだ。)

女なら可愛いもんだが、野郎の発情状態ってのはまったく手に負えないぞ。
なまじ冒険者として征圧力がある以上、絶対人里に戻っちゃいけない。当時ヒーラーをつけてなかったのもある意味幸運だったわけだが、そうなるとまあ、自然に効果が収まるまでは、とにかくめちゃくちゃに暴れ倒すしかなくなるって寸法でな……

(……気が狂いそうだからといって、代わりに魔獣狩りに傾倒するなんて話は、この手の事故でよくあることだ(ちなみにそれが、ラミア毒の間接的な死因としても有名である)。ところが、なまじホセのような実力者がやる場合、体の疼きを発散すべく、卵を守るドラゴンの巣に突撃しに行くなどという無謀な馬鹿をやることになり、理性の戻ったギデオンが、魔力量で敵わぬ相手を必死に制する羽目になる。さらに言えば、その間やたら色っぽくふらついているレオンツィオが、雌の精霊に逆ナンされて異界に引きずり込まれかけるのも、同じくらい目が離せなくて本当に大変だったと。「だから今のおまえの具合は、迷惑どころか、本当に可愛いもんだ……」と。かつてのむさ苦しい地獄絵図に、思わず遠い目で呟いて。)



  • No.996 by ヴィヴィアン・パチオ  2026-06-13 00:11:06 


っふふ、
笑っちゃ……ごめんなさい、だって、ホセさん、レオンツィオさんも、皆さんったら……!

 ( ギデオンがしてくれたその話は、長年のファンであるビビでも聞いた事のないものだった。ホセ・モンドラゴンに、レオンツィオ・バルロッティ、そしてギデオン・ノースと、確かに己の武勇伝を声高に語る人達ではないのは確かだが。それにしたって、花形冒険者たちの逸話というものは、一体誰が見ていたのか、冒険者人気の高いトランフォードで、何年もまことしやかに語られがちだというのに。大の男達のうち三人が三人、よほどお互い気まずかったのだろう。その全員が、むっつりと口を閉じていたこと。そして純粋に、話し上手なギデオンの語り口に、思わず口を抑えて吹き出せば。そんな貴重なお話を、自分には話してくれたこともまたじわじわと嬉しくて。 )

……そうですね、お二人よりは、ご迷惑をおかけしてないかも。

 ( そう嘯きながら、ギデオンの非常に深い愛情の形に、未だとろんと熱を持った瞳で、じっと己の掌を見つめれば。──はあ、と。熱く浅い息を一つ吐いてから。まるでエスコートでもされる時のように、薬指の指輪が光る手の甲を、そっとギデオンの方へと差し出して。 )

…………。
ギデオンさんが、"可愛い"って、言ってくださるなら、……いっか。
お話、してくださってありがとうございました…………ギデオンさん。
たすけて……、お願い、ギデオンさんに、らくにしてほしいの……。



  • No.997 by ギデオン・ノース  2026-06-14 08:05:54 




…………

(どうにもおかしい。こちらはあくまで、毒に臥せった哀れな娘に助けを乞われた立場のはずだ。それがなぜ、掌で甘く転がされるような──逆にぐっと救われるような心地にされてしまうのか。たおやかで意味深い手や、幾度も名を呼ぶ湿った吐息、そういった魔性の仕草に、きっとヴィヴィアン本人は無自覚であろうことさえ、どこか馴染みの悔しさに包み込まれるような気がして。だからただ、相手のそれを掬うように両の手を優しく握ると、ごくわずかに頭を寄せ、「任せろ」と囁き返し。
──やることは単純だった。以前にもしたことがある、魔力弁を介してのお互いの魔素のやり取り……それを今度は、ひとつの弁で押して返して感覚的に遊ぶのではなく、片手から吸い片手で吐きだす、循環方式でやるだけだ。ただし少々工夫が要るのは、ギデオンが己の魔素をヴィヴィアン側へ流すとき、きちんと中身を“濾して”おくこと。ヴィヴィアンの魔素は今淫毒に冒されていて、ふたりの魔素をただ単に均すだけでは、大して楽にしてやれない。だが、ギデオンの身体の方にいくらか多く毒を残して、その分こちらの清潔な魔素を彼女に渡してやれたなら、かなりの変化を見込めるだろう。互いの体格差と魔力差を踏まえるに……己が引き受けるべきは、理論上全体の六割ほどと言ったところか。もちろん彼女の願ったとおり、これは決してギデオンだけが多く苦しむことにはならない。同じ程度に、決して身悶えしない程度に互いの体を疼かせたなら、数時間ほどとろとろ眠れば、翌朝にはすっきりと同時に毒が抜けきるだろう。)

……どうだ。少しは落ちついて来たか?

(──そうして。両の掌を繋げながら、とくん、とくんと互いの魔素を巡らせあって、どれほど時間が過ぎただろうか。それまでもぽつぽつとお喋りに興じてきたが、自分の方で少しずつ毒が溜まって来た感覚に、そっと小声で問いかけてみる。魔素そのものに温度はないが、最初はかっと熱いそれを吸い上げてきた気がするのに、ここ数十秒ほどは、寧ろ相手の魔力弁こそほどよく冷えてきたように思う。それとも、ギデオンの方の体がぽかぽか火照ってきたために、そう錯覚するだけだろうか。「……、」と零す熱い吐息を小さく笑って誤魔化せば、今ならもういいだろうかと、シーツの下の己の脚を相手のすべらかなそれに絡め、言外に相手をねだって。)



  • No.998 by ヴィヴィアン・パチオ  2026-06-17 09:33:36 




 ( これまでの──昨年の建国祭以降のヴィヴィアンだったならば、ギデオンからの提案に、どうにか相手を頼る決断こそ下せたとしても。その表情は、酷い罪悪感か自己嫌悪に濡れ、身体の不調などより余程深く、心の方を痛めていたことだろう。しかし、婚約と共に深い絆を結び直した今、相手によって少し気分を解されれば。優しい婚約者に甘えて、少なからず苦痛を強いているというのに、大好きな手にそっと優しく包まれると、その表情はとてもとても穏やかなもので。
 それは、喜びとは少し違う。深い安心と、それから──自分のことが大好きで、心の底から尽くしたいと願っている男の願いを"叶えてやって"いる実感。本当は与えたくもない苦痛を分け与え、今までは見せたくなかった醜態も、相手の望むままに。その深い忠誠の念に報いて、"愛されてやって"いることへの満足感。表面的に愛で合い、ただ勝手に愛し尽くすだけでなく、ヴィヴィアン・パチオの人生に欠かせない一助として、最愛の男性に役割を、居場所を"与えている"ことに対する誇り。そんな勢いよく押し寄せてきた感情に、また一段、より深い愛情のかたちを教えられれば。その馴染み深い口元へ、思わず自分のそれを合わせたのと、ギデオンが脚を絡めてきたのがほぼ同時で。 )

……お陰様で、少し楽になってきました……
ギデオンさんは? どこも辛くない……?

 ( 自ら触れないでと拒絶した癖に、こちらから触れて来たヴィヴィアンに、ギデオンは一体どんな反応をしたことだろう。ある程度媚毒が抜けたからって、その分を相手に背負わせているというのに、少し勝手がすぎるだろうか。でも──嬉しいでしょ? と、視線を合わせて強気に、しかし無邪気に微笑めば。未だ媚毒の抜けきらぬまま抱き合う事で、もしかしたらまた少し呼吸が上がってしまうかもしれない。逆にビビの毒を半分受けてくれたギデオンのそれを目の当たりにすることになるかもしれない。──それでも、ギデオンさんは、私のことが好きだものね、と強ばっていた身体を弛緩させれば。無垢な中にもどこか威厳を感じさせる微笑みを浮かべ、そっと、相手に向けて両手を大きく広げて見せて。 )

……どうぞ? ほら、おいで……、



  • No.999 by ギデオン・ノース  2026-06-22 13:36:12 




…………

(それまでのギデオンは、毒に苦しむ娘に寄り添う、頼れる大人の男の顔を浮かべてみせていたはずだ。それがどうして──柔らかなキスをただ一度、まばゆい微笑みをただひとつ、そして相手に甘える権利を寄越された、ただそれだけで。どうしてこんなに呆気なく、ふわりと溶け消えてしまうのか。
両の瞼をとろりと閉ざし、その大きな胸郭に深く息を吸い込めば。寝台を軋ませながら遠慮なく身を寄せて、ようやく彼女を抱き締める。ともすればその様子は、大きな獣がその両腕で、哀れな娘を全身まるごと捕食するように見えただろう。だが実際、ギデオンの抱き締め方はどこまでも優しかったし──まるごとすべてを囚われたのは、寧ろこちらのほうだった。
相手の胸元に鼻梁を寄せたり、唇を触れたり。彼女の後ろに回した掌で夜着や素肌を撫でたりしながら。ヴィヴィアンの柔らかさ、桃のように香る匂いを、心行くまで堪能する。そうしているうちにだんだん、ただでさえ媚薬によって熱を持った思考回路が、ますます曖昧になるようで。)

…………つらくは……つらくは、ないんだが。
いかんせん……ねむい……な……

(ようやくの理性をもって相手に届けた現状は、なんとも情けない本音。まあ、長時間に及ぶ繊細な魔力操作や、天文学的に馴染みやすいとはいえ他人の魔素を取り込んだ後だ、別におかしくはないのだが。それでももっと、他に言いようはあるだろうに──相手が外でもないヴィヴィアンなら、どうせこうして取り繕わずとも全てお見通しなんじゃないか、と。不埒な気配もどこへやら、恋人を愛でる手つきも次第に緩慢なものとなり。何かしら話しかけられても「……ん」だの「うん……」だの、やけに素直な唸るだけ。
それでも最後に──どうにも救えないことに。「……おまえが、もう……無事だから言えるが。あの服は……よく……似合ってた」と。今宵の活躍も吹き飛ばす、欲望駄々洩れの掠れ声を、相手の胸元に吐息混じりに含ませて。)

おまえさえ……いやじゃ……なければ……
今度は……ここで……
俺に……だけ……
…………



  • No.1000 by ヴィヴィアン・パチオ  2026-06-26 01:41:46 




……っ、…………、

 ( ある意味で予測通りともいえようか。それまで身体中を蝕んでいた毒を、ギデオンに半分以上引き受けてもらったところで。愛する異性から好きに肢体を貪られては、自然と体温が上がるのも自然なこと。しかし──大丈夫、これくらいなら眠れそう、と、意識的に大きく胸を上下させると。鼻腔中に満ち男性らしい深い香りに、静かに大きな両目を閉じて。
 さて、これは、万が一にもあり得ないこと故、仮定の話に過ぎないが。この時、もし腕の中の大男が睡魔に襲われず、精力的に娘を求めてくることがあれば、もしかすると。まるで今までの苦労など嘘のように、ヴィヴィアンはギデオンをアッサリと受け入れることができたかもしれない。しかし、それはこの時の二人にも知る由はない、今宵起こらなかった与太話。
 次第に男の声が段々と、低くあどけなく蕩けていくのを感じ、そっと閉じた瞼を再び薄く開いて、母を求める子供のように擦り付けられる、金色のつむじを見下ろせば。結局、今晩そのおねだりがどれだけ低俗な意味を持つのか、知り得る機会はなかったが、きっと──おそらく……多分。どこまでもギデオンに甘いヴィヴィアンのことだ。知っていたところで、長かった夜を締め括った言葉は、きっと変わらなかったに違いない。 )

──ええ、お望みならいつでも。
だから、今晩は……おやすみなさい。
本当にありがとうございました……愛してます、ギデオンさん。







 ( それからまだ幾週も立たない近日のことだ。カレトヴルッフに、というには少々規模が小さいが、ビビにとっては今までにない、大きなニュースに見舞われたのは。 )

──ギデオンさん! ギデオンさん!!
ダンジョン! ダンジョン見つけたの!! 私が!!!
行きましょういつがいいですか今ですか!?

 ( 二人がついている仕事柄、なかなか平和──とも言い難いかもしれないが、別に特筆すべきこともない日常的な昼下がりのこと。その日は午前中から、大量発生した麦食いワームの駆除に駆り出されていたビビだったが、ギルドの大きな扉を潜ったかと思えば。ギデオンを見つけるやいなや、そのトロイト並の末脚を披露して、信頼してやまない筋肉へと突き刺さる様に飛び込んで。 )

凄い、スゴイ、すごいっ!!
ギデオンさんと!! ダンジョン……ッ、ふた、ふたりで……!!

 ( キャーッっと、彼女にしては珍しいほど高らかな歓声を上げ。あまりの興奮ぶりに酸欠を起こしかけている娘の代わりに説明するならば。
 ことの始まりは、ワームの駆除もあらかた終わった正午過ぎ、最後のチェックにと、春に刈り取られた藁の束が、村の神木を背に堆く聳える中を、魔法反応がないかと確認していたところで。藁の中から返ってきた見慣れぬ人工的な魔法式の存在に、書き分ける様にして潜り込めば。そこにあったのは、教科書でしか見たことの無かった、超常的な"入口"──若しくは、研究者によって、"出口"と表現するべき派閥ともう一方に分かれる──を見つけて。
 トランフォードでのダンジョンの存在は、全冒険者達の憧れ、英雄への重要な切符の一つだ。それは、古代の魔法使い共からのいたずらとも、挑戦とも、はたまた恩恵とも呼ばれ。現代の技術では再現不可能な魔法陣がある日突然現れたかと思えば、その周辺では大量の魔物に悩まされる代わりに、その最奥のコアを破壊して封じてしまえば。その跡地から半径数キロ範囲の土地には、豊潤な魔素がこれでもかと行き渡り、魔物が寄り付くこともなく、半永久的な豊作が約束される。──と、なれば。開拓時代の農民たちにとって、どれだけ喉から出るほど欲しいもので、かつダンジョンを踏破した冒険者が素晴らしい英雄に祀り上げられたことか。
 その名残は現代でも、どれだけ日々活躍し名をあげたベテラン冒険者でさえ、その肩書きにダンジョンの踏破経験の有るか無いかで、市民たちからの知名度は雲泥の差。しかも、そんな肥沃な大地を管理したい国の記録に、踏破者として己の名前が残り、賞金も出るとなれば。もはや名声や金に飢えた冒険者達は、その"入口"を見つけるやいなや、他のやつに手柄を取られてなるかと飛び込む者が後を絶たず。もちろん、それで踏破されこそすれば問題無いのだが。かつては、発見者が周囲にその存在を伝えぬまま、力及ばず帰らぬものとなり。最初の発見から、推定百人以上の冒険者を飲み込み続けたダンジョンもあった。そんな、最初から、適切な能力が持つものが探索していれば、数十年早くその地の人々は安全と繁栄を手に入れ、貴重な戦力が削られることも無かったという反省を活かし。現代では、トランフォードの記録には、踏破者だけでなく発見者も記されるようになり、発見後まずは国への登録を済ませてからでないと、もし踏破しても公式の記録には残されず、賞金も貰えないという制度に変わってきた歴史がある。その上で尚、非公式でも名声を諦めない貪欲な者たちを抑えるために、発見者には探索権を優先的に与えられる──といった事情が、今回のビビの大興奮に繋がるワケで。 )

……っ!? っ、唾が……変なところにっ、……ッ!!



  • No.1001 by ギデオン・ノース  2026-06-27 12:11:05 




(その日のギデオンが送っていたのは、朝から魔獣と書類を捌く、ごく平穏な一日だった。相棒ヒーラーのヴィヴィアン・パチオが、例の媚薬騒動以来、さしたる後遺症もなく元気に過ごせているからだ──無論、双子剣士が寄越してきた一連の報告書には、件の商人のその後の処遇がさりげなく書かれていたので、ついぴくりと眉を上げたが。あの事件は憲兵団ともしっかり連携しているそうだし、これ以上ギデオンが立ち入るべきではないだろう。故に、デレクたちへの個人的な礼を考えておこうかと、頭の片隅にいくつかのメモを貼り付けるだけにとどめて。
 確認済みの書類を重ね、受付を守るエリザベスへと、言伝と共に提出すれば。また別の書類の束を受け取り、ついでにコーヒーも一杯もらって、“いつもの柱”に身を落ち着ける。これが普段のギデオンの、昼間出動待機中の昔ながらのルーティンだ。柱に軽くもたれかかり、優雅にカップに口を付けて静かに書類を読むその姿は、すらりとした長身や整った顔も相俟って、四十路を迎えた今であっても無駄に様になっている──なお。「ただのスケコマシと思ってたけど、ほら、意外と誠実かもって……」「顔とカラダは悪くないし……」「ちょっとつまむ程度なら……」などと耄碌しだした美人精霊使いには、「たまたまビビちゃんが凄いだけでアレは立派なカレ剣よ!!!」とフリーダが即ビンタを飛ばし、「問題は絶対そこじゃないと思うな~!」とリッリがころころ笑っていたが。
 ちなみに仲間のエスメラルダは、卓に突っ伏して呻いている。きっと女山賊どもは、昨晩かなり遅くまで飲み明かしていたのだろう。ギルドロビーに入った時点でギデオンはそれを目敏く悟り、彼女たちの会話については耳から叩きだしていた。あれらは触らぬ何とやら。残り半日を無事に終え、愛しい我が家へ帰るのが、今日の己が何においても優先すべき事項である。
 ……そうだ、書類で思い出したが。そろそろ王都の書士事務所を、幾つかあたっておくべき頃だ。最終的には教会に申請することになるとしても、婚約証書の用意にあたり、やはり最初はプロの意見を充分に集めておきたい。ギルバートやガリニア貴族に通用する書式となると……躊躇われるものはあるが、やはり学院の“あの男”に、一度伝手を訊ねるべきだろうか。だがこれ以上借りを作れば、関わりたくもない政争にいよいよ引きずり込まれかねない。だがそうでなくたって、どのみち別件で相談をしに行くことにはなるのだし。それだって結局は、ヴィヴィアンと暮らしていく将来のためなのだから──と。
 真面目に仕事に勤しむようで、実はそこそこ色惚けしていた、その隙を。ギデオンをよく知る“彼女”は、まさか的確に見抜いたのだろうか。)

!?
ヴィヴィア──がふっ!?

(高らかな呼び声に反射で顔を上げたのと、満面の笑みのヒーラー娘が飛び込んできたのが同時。次の瞬間、たまたまそばを通ったマリアに無言でカップを攫われるまま、魔猪もかくやの獰猛娘がまっすぐに飛びついてきたのを、ギデオンは咳き込みひとつでどうにかがっしり受け止めた。そうして大いに混乱しながらその顔を見返せば、今度はカヴァス犬もかくやのきらきらした瞳にぶつかり──待て。「ダンジョンを見つけた?」と、思わず構わず盛大に、困惑あらわの鸚鵡返しを。が、今度は興奮しきりの相手が苦し気に咳き込むのを見て、「落ち着け、ステイ、ステイだ」と、ローブ越しに背中を撫でてその呼吸に寄り添ってやる。……仮にも人間の婚約者に、犬に言い聞かせるコマンドを使うのは如何なものか。己の斜め後ろから、マリアのそんな白い視線が突き刺さるのを感じながらも、あれこれ話を聴くうちに……しかしそんな余計なことは、すっかり頭から吹き飛んでしまって。)


──本当に、見つけたのか。
しかも、第一発見者で……

(ところ移って、談話室。わざわざロビーを引き上げたのは、「この手の話は衆目を避けておくべきだ」と、相手に教え込むためだ。──彼女が狂喜したように、ダンジョンの発見は、冒険者にとっては高額の宝くじに当選することにも等しい。そしてその歴史上、発見者に有利な権利が定められているとなると、当然人の感情も大いにどす黒く渦巻くわけで。
『“ダンジョンマスター”という──昔はダンジョンのボスモンスターを指したが、いつからかダンジョンの制覇者という意味になった──名誉ある称号を、手に入れることができたなら』。そんな風に夢見るのは、大抵二種類の冒険者だ。それこそヴィヴィアン・パチオのような、前途多望の若者か……或いは真逆の、歳がいってもうだつの上がらぬ、頭打ちの中年どもか。特に後者は、自分のキャリアに今以上の好転を望めないから、“ダンジョンマスター”になるといった一発逆転に涎を垂らして飛びつきがちだ。つまり、ヴィヴィアンのような若い娘が第一発見者となると、おこぼれにあずかろうといやらしくすり寄るか、もしくは嫉妬を隠しもせずに足を引っ張ろうとするか、そう言った動きをする問題冒険者が出てくると見込めるわけで。実際、先ほどのロビーでも、いつもとは違う意味で目の色を変えて彼女を凝視する連中が実際に大勢いたと、はっきり相手に証言しておく。
だからダンジョンの発見は、まず身内にこそ隠すべきだ、と。ベテラン冒険者の立場から助言した、その上で──しかしギデオンの青い目は、誇らしげに輝いていた。「やったじゃないか。おまえは武功を立てられるし、村はこれから豊かになるし、ギルドの評判も上がるだろう」と。その表情はしばらくぶりの、純粋に先輩として、後輩を可愛がるもので。……しかし、だからこそだろう。次元が数段違うとはいえ、自分もまた、“これ以上先のない中年”であることを自覚しているギデオンは、老兵として身を引くことに一切疑問がなかったらしく。何てことのない軽い調子で、彼女をパーティーリーダーとしての先の展望を尋ねる始末で。)

──それで、誰を連れて行くんだ? 
バルガスがちょうど遠征から帰ってくる頃だろうし、アリアを誘ってのダブルヒーラー体制も、ダンジョン攻略では有効だ。
アランやセオドアもいいんじゃないか? あいつらも最近はますます伸びてきたようだから、先々を考えて引き入れておくのも得策だ。



  • No.1002 by ヴィヴィアン・パチオ  2026-06-29 23:21:51 




ごめんなさい、私、浮かれてしまって……

 ( 時にはしゃぎすぎることはあっても、こうして、すぐさま反省出来る素直さは、概ねビビの美徳といってもいいだろう。ギデオンに誘導された室内で、「……恥ずかしい」と、赤い頬をもちもちと両手で隠しながら項垂れれば、心做しかその赤い立ち耳さえ力無く萎れさせて見せるも。相手の明るい声に頭を上げ、どうやら褒められているらしいと認識したその途端。大きく目元を見開いたかと思うと、零れ落ちんばかりのエメラルドをキラキラと輝かせ、心底嬉しそうに尻尾を降り始めるのだから現金なものだ。 )

ううん! ギデオンさんと行くの!

 ( そうして、中年男の遠慮なぞ、この無敵な婚約者にかかればなんのその。「はいこれっ!」とギルドに戻る前に役所へ寄って、貰ってきた通称"ダンジョン登録・探索許可届"の控えを、あっさり相手の目の前に差し出すと。まるで断られることなど、一切想定もしていないといった鼻歌すら歌い出しそうな上機嫌で、小首を傾げて相棒剣士の顔を覗き込み。胸の前で小さな両拳を合わせると、うっとりとした表情でため息を漏らして。 )

──それでねっ、いつならご都合宜しいですか?
ああ、本当に……ギデオンさんとダンジョンに行ける日が来るなんて……


  • No.1003 by ギデオン・ノース  2026-07-01 17:20:25 




(受け取るなり目を見開いてまじまじと眺めたそれは、どこからどう見ても正式な、新規ダンジョンの攻略許可証。確かにダンジョンはその弊害上、早急に踏破されるべく関連書類が優先されるが……だとしても、事前調査が入るのだから、この早さでの発行は物理的に不可能だろう。だというのに相手はいったい、どうやっ……て……? と。その視線を上げていくなり、しかしギデオンの顔と仕草が見事に硬直していったのは、まあ仕方のない話と言えよう。何せすぐ目の前に、女神もかくやと云わんばかりの──夢見る乙女がいたのだから。
 ベテラン戦士の脳裏には、ヒーラー娘と対照的に、世知辛い現実論がぐるぐる渦巻いていたはずだ。なのに結局、とろけるような美貌をひと目見てしまった瞬間、ぴしりとついに真顔に陥り。なんとか絞り出したのは──)

……わかった。
一旦持ち帰って……検討する時間をくれないか。

(──などという、なんともまあ色気に欠けた、事務的な口調の返事。ついでに意気地も皆無なわけだが、しかしこれですら相手には、「どうにか手を尽くす」というニュアンスに聞こえたのではなかろうか。
 しかし愚かなギデオンが遠い目ではたと気がついたのは、桃色の空気から逃げ出すように廊下へと這い出した後。……つまるところ、全ては手強い婚約者の掌の上というわけで。)



(相手に借りた許可届を未だまじまじ見返しながら、ギルマスの御所を訪ねてみたのは、ごく生真面目な躊躇によるもの。そりゃあもちろん、自分とヴィヴィアンのふたりが揃えば、大抵のクエストは難なく解決できるだろう。だが少なくともギデオンは、冒険者ときての活動期間が残り少ない身の上だ。 それなら、権利者であるヴィヴィアンは当然参加するとして、他の枠は自分以外の、未来のギルドを担う若手に回しておくべきではないか。
 ──などという訴えは、しかしかのギルドマスターの生温かい眼差しと、居合わせた幹部連中の盛大な爆笑によって無惨にも薙ぎ払われた。「いいじゃねェか、可愛い彼女に連れてってもらって最後に一華咲かしゃあよ!」と大笑いするシルヴェスターに、ギルマスもまた、細い指を組みあわせながら至極当然の顔を浮かべて。「探索パーティーの采配は、分不相応でない限りギルドが口出しできません。そして正直、今のタイミングで若手資格者がやたら増えると、来年の隔年人事がややこしくなってしまうんですよ。アイスナーやパーカーを持っていかれると困ります──それならさっさと、うちの誰がどう見ても百パーセント納得する揉めない布陣で行ってください」。こんな相談を持ち込んだ己が言うのもはばかられるが、あまりに雑すぎやしないだろうか。そりゃあこれから、シルヴェスターたちを引き連れて、公認協会の古狸どもに一発かましにいくそうだから、心が荒みもするのだろうが……。
 一応そこからも議論はしたが、結局答えは変わらなかった。今回のダンジョンは、魔法に長けたヴィヴィアンがその場で検知をかけていて、ごく単純な浅層構造、険しくはないと判明している。ならばソロでも攻略できるが……彼女は若手で、ダンジョン探索未経験。ならば資格者に限らなくとも、ベテランがだれかひとりくらいは監督役に就くべきで。
 「ヴィヴィアン・パチオの指導に慣れた、戦闘職のベテランは?」。そうギルマスに問いかけられれば、ため息を返すほかはなかった。考えるまでもない──異口同音に返されるより、降参した方がマシである。)



(──と、いうわけで。東広場から出発し、赴く先は郊外の村。頬に受ける真夏の風の、からりと乾いて爽やかなこと……何より、昨年春のワーウルフ狩りと同じ方角へ向かっているので、馬車の外を流れてくのもどこか懐かしい景色ばかりだ。
 この頃にはギデオンも、杞憂の一切を風に流して、戦士装束に着替えた姿をゆったり寛がせていた。ぴらりと懐から取りだしたのも、今回のための追加の許可証。出動先が未知のダンジョンということで、快速馬車の足代が出たし、念の為の周辺調査を急がず丁寧にやれるようにと、延泊許可もとっている。つまり相手はのびのび自由に、人生初のダンジョン踏破をやり込めるということで。
 ──その心意気や如何に、と。遠く見えてきた村の景色に青い視線を投げかけながら、隣の相棒ヒーラーに問い。)

……今回は正式に、お前がパーティーのリーダーだ。
ヒーラー主導、味方は魔剣使いがひとり──この構成で、お前はどういう指示を出す?



  • No.1004 by ヴィヴィアン・パチオ  2026-07-04 11:34:38 




 ( 原始、ヒーラーとは神と人間を繋ぐものであり、迷える人々を助け、それを害する魔物を弱める力を神によって与えられた。歴史的には、軍事を司る貴族の系譜を持つ剣士や槍使い、若しくは、人ならざるものの領域であった森を拓き、人間の土地を拡大してきた木こりや農民の系譜を持つ斧使い達とはまた別に、彼らの始祖は神官であり、神への祈りを生業とする修道士である。故にヒーラーにとって直接魔物を屠るのは専門外のことで、彼らの本業はあくまで剣士や斧使いの力を最大限まで高め、対する魔物共の力を弱める支援職ではあるのだが。そんな開拓時代も今は昔、戦法や魔物の被害も多様化した現代では、駆け出しの剣士とベテランのヒーラーがバディとなることも往々にして増え。そういった際の定番の布陣はといえば── )

──魔物を正面方向に誘導、剣士は正面の敵に集中……は、ダンジョンでは使えませんね?

 ( まだたった一年半も経っていないというのに懐かしい。当時もギデオンに主導権を託されて挑んだシルクタウンでのワーウルフ殲滅作戦は、あれは魔獣が"普通に"生息する平地だから出来たことだ。他の生物たちと同様、ダンジョンの外に生息し、そこで繁殖する魔物達には習性というものがあり、故にその動きを誘導することも可能なのだが。対してダンジョン、その最奥の核から、(現代の研究では)無秩序(としか形容しようがない)に"生成される"魔物相手ではそうもいかない。さてどうしたものか、「どんな魔物が出てくるか……先に探索魔法を使う? でも、それじゃ種類までは分からないし……、」うーんと、両手の指先を顎にあて、己の膝に頬杖をつくようにして、にきび跡一つない顎と眉間に皺を寄せること数秒。しかし、ルーキーの異名は伊達では無く。直ぐさま気づいたように、あっ、と逸らしていた目を相棒に戻せば。答え合わせを強請る生徒のように、恐る恐るといった感じで小首を傾げて。 )

……!
そっか……! 誘導しなくても、反応があるほうには確実に"道"があるんだ……!
そしたら、私は周囲の探索、正解のルート探し、罠の解析等に魔力を温存したいので、魔物のお相手はギデオンさんにお任せしてしまってもいいですか……?


  • No.1005 by ギデオン・ノース  2026-07-07 02:01:59 




ああ、問題ない──寧ろそれこそが正解だ。

(プライベートでは一対一の男女と言えど、冒険者という世界においては、歴に二十年の差がある上司・部下の間柄。故に相手を試すような物言いをしてしまったが、やはり流石と言うべきか、相手は本質を踏まえた答えを自力で導き出せたようだ。その才能に報いるように、こちらもしっかり頷いてやる──彼女の言うとおり、今回は考え方を多少変える必要がある。
 いつもの地上の仕事なら、市民の命と生活のため、必ず魔物どもを屠るが、攻略相手が“ダンジョン”という地形であれば、成功の鍵となるのはルート探索とマッピング。つまり、何も毎度律儀に魔物とバトルするとは限らず、先へ先へと進むことを何よりも重視することになる。だから己の仕事はあくまで、ナビゲーターとなるヒーラーが安全に探知できるよう、彼女と自分の身を守ること──それにかけては、カレトヴルッフの誰よりもやり抜いてみせる自信がある、と。
 さらりと私情を滲ませて相手に微笑みかけながら、夏風になびく栗毛の尻尾を指先で掬った辺り。結局はギデオン自身、公私混同は不可避なのだとどこかで割り切っていたかもしれない。)

 *

(──さて、それから半刻後。昼に相棒がワーム狩りをしたのどかな農村に到着し、村長やその周辺にこれからのことを説明すれば、いよいよ神木の麓から、初のダンジョン探索である。
 ダンジョンとは不思議なもので、自然に生じたそのはずが、人が容易く歩いていけるなだらかな坂が続いていたり、階層が変わるところでは階段すら生じていたり……何よりその側面の壁には、どうも松明にしか見えない明るい魔法火が点々と、こちらの行く手を照らすように果てなく続いていたりする。魔素を燃料とする以上、その煙に害などないし、他の有害な気体の類いも、この魔法火が燃やしてくれる。これは最奥のコアを砕いても不思議と続くそうだから、踏破後のダンジョンを王侯貴族がこぞって欲しがり、屋敷の地下の秘密の通路に仕立て上げたのも、無理からぬ話なのだろう。
 そんな話をぽつぽつと、相手と他愛なく言い交わしながら歩き続けて、さらにどれほど時間が過ぎたか。──ギデオンの歩みがふと、困惑気味に止まったのは、地下3階の最奥に辿り着いたときだった。地下一階と二階ではそれなりのモンスターが湧き、ヴィヴィアンの支援魔法のもと、難なく倒してきたわけなのだが。どうもこの地下三階、不思議と魔物を見かけぬ代わりに、何やら過去の遺跡らしき部屋や道具がこれまで多数見つかっている。そうしてとうとう着いたのがここ──どこからどう見ても普通に立派な、寝台付きの一部屋である。
 ダンジョンにこういう人為的空間も生じることは知っていたが、ここまで普通にあっけらかんと、如何にも居心地良さそうな雰囲気をしているものだろうか。魔法で生じた空間となると、春先のあのサキュバスの黒い館を思い起こすが、どうもあの時とは違い、嫌な感触は湧き起らない。そてでもあちこちにあつらえられた箪笥やら木棚やらを慎重に観察しつつ、先に部屋を突き進み。辿り着いたその場所では、魔法陣で封をされた石造りの丈夫な扉がふたりの行く手を阻んでいる。ルーン文字の刻み込まれたその全体を一瞥し、籠手のついた大きな掌で何度か触ってみせてから。“安全だから来て大丈夫だ”、と相手を仕草で呼び寄せると、困ったように首を傾げて。)

この魔法陣は罠の類いか……?
どうも、押しても引いても開かない様子なんだが……魔法を打ち込んでいいものか。



  • No.1006 by ヴィヴィアン・パチオ  2026-07-14 22:12:54 



……ありがとうございます!

 ( はるか幼少期から憧れて止まない、冒険者ギデオン・ノースから褒められれば、心底嬉しくって堪らないといった笑みを満面に浮かべて。
 思えば、ビビが初めてギデオンの名を知ったのは、いつのことだったか。ダンジョンマスターであるホセやフィリベールらの冒険の同行者として、紙面の端によく載っている名に興味を惹かれたのが始まりだったような──そんな、最初の記憶は朧気な一方で、その精悍な名前と顔が一致したその日のことは、今でも昨日の事のようにありありと思い出せる。魔導学院に入学した年のギルドトーナメントにて。美しく整った色素の薄い顔立ちに、文句のつけようもなく鍛え上げられた男らしい体躯。そして、まだ当時は彼も若く、軽薄さを残した表情の移ろいに、幼いみぎりの心臓を一発で撃ち抜かれ、堕とされた永遠の王子様。そして、今目の前で小さな公私混同に、可愛くはにかんでいる"ギデオン・ノース"この人。その名が今日、ダンジョンマスターとして 、歴史のページに刻まれるのだと想像すれば。ダンジョンに向かう道すがら、度々喉の奥からまろびでそうになる悲鳴を、必死に押し殺すこととなったのは仕方の無いことで。
 さて、そんな──ギデオンさんがダンジョンマスターとか絶対に宇宙一格好良い、好き、大好き!!! と。もしその愛情が手に取れる物質だったならば、こんなダンジョンなどとっくのとうに埋めつくし、麓の村まで届いていたに違いない程の挙動不審をして尚、本日、目を見張るレベルで絶好調なヴィヴィアンの探索魔法をもってしても。急に現れたその部屋に、魔物や悪意ある罠の類が無さそうだというのは同意見で。 )

罠って感じはしないですけど……、……。

 ( ──魔法を打ち込んでも、って。ギデオンさんってこんなに豪快だったかしら、なんて、一体どの口が言うのやら。でもそんなところも素敵?と内心、ぱたぱた相手の隣に駆け寄れば。目の前の扉に手を当ててすぐ、その横顔がきょとりと変わった理由はといえば、「"扉を開くには口付けを"って。……開かないですね」と、浮かせた踵を下ろしながらの事後報告。
 そうして、「何か読み間違えてるのかしら……確かにここの単語とか分からなくって」などと、周囲を調べていたその時。扉に刻まれていた文字が微かに光ったかと思うと、まるで痺れを切らしたかの如く、うにゃうにゃと歪みながら、2人が見慣れた文法体型のそれへと変化していき。 )

……って、アレ……!?


  • No.1007 by ギデオン・ノース  2026-07-15 22:57:50 




(あまりに自然に行われた甘酸っぱい開門テストに、ギデオンがはたと静止したのも仕方のない話だろう。──何より地味に衝撃なのは、相手が脈絡なく顔を寄せれば、こちらも無意識で頭を屈め、軽く“それ”に応じていたこと。これがサリーチェ・ラメット通りの、ふたりの我が家であるならまだしも、仮にも今は仕事中。流石に現場でいちゃつくような愚は犯すまいと思っていたのに、こんな序盤でこの体たらく……しかも、さも当然の呼吸のように、己の頭が追い付く前に唇を重ね合わせていたなど。
 ギルド勤続二十余年の生真面目なベテラン戦士は、そんな己の不確かぶりに、あるべき理性を蘇らすべく愕然としていたのだが。ふんふんと辺りを調べる若いヒーラー娘には、取り合うべくもない話──ついでに言えば、この摩訶不思議なダンジョンにもまた、全く関係ないことで。
 視界の端で扉の石文字が蟲のように蠢けば、流石に放心を即時に取りやめ。魔剣の柄を握りながら相手を後ろに下がらせて、ついでに気合も入れ直すべくべくそちらをじっと注視する。だがしかし、魔剣使いのごく真っ当な警戒心を前にして、分厚い扉が繰り出したのは──)

…………………………は?

(──ヴィヴィアンですら読めなかった古代ルーンの単語というのは、そりゃあ当然、高尚な学問書にわざわざ載るはずもない、卑猥な手合いだったらしい。新たに書き出されたそれは、どこからどう見ても読み間違えるはずもない、現代ガリニア語の一文だったのだが。曰く、この扉を開けたくば、???に……“その者が肉体的に最も昂るどこかしらの部位”に、唇を寄せよというのだ。
 この時点でギデオンは、先ほどまでかき集めていたわずかばかりの常識が軒並み爆散するのを感じ、思わず軽く仰け反りながら遠い目をしてしまったが。一応……そう、一応は、これが立派な古代魔術の一種なのだと、すぐさま気がつく程度には戦士の場数を踏んでいた。──今は製法が失われた古い古い魔法陣に、“近づいた人の思念を読んでそれを発動条件とする”、そんな不可思議な代物が存在しているという。例えば、本物の賢者の石を悪人から守りたいとき、それを“使いたい”者ではなく、“見つけたい”者だけが、魔法のかかった鏡を通じて無から石を取り出せる……といった具合だ。無論、自分に従順な代理人に取り出させればいいという抜け道はあるにせよ、“人の心理”をトリガーとする魔法陣は、その突破の難易度を普通の陣より跳ね上げるという点で、悪人にはもちろんのこと、ダンジョンの奥へ忍び込む冒険者にとり厄介である。
 五千年代の今になっても男性冒険者のみの部隊が大多数である以上、不埒な発動条件は覿面に効果抜群だ。そちらの志向というわけでなければ、どこの男が好き好んで野郎を唇でまさぐるものか。女を連れてくるにしろ、この手のことに協力的で、人間関係に差し障りなく、かつダンジョンで最低限自衛もできる女となると、そうそう見つかるわけもなく。歯を食いしばって試すにしても、いつどこから魔物どもがポップするかもわからぬ場所で、頼みの綱を装備を解かねばまず試行にすら及べない、これもまた心理的な難易度を跳ね上げて……。
 いや待て、少なくとも今回は直接しろと書かれてないから、自分たちに限っては装備越しでも構わないのか。そして地味に気にかかるのが──このダンジョンは、この妙な難易度の防壁からして……おそらくはコア以外にも、何かを守っているのでは。つまり、放置すればするほど、厄介になっていくのでは……?
 そういった方面に思考の舵を切りさえすれば、如何にヘタレと呼び声高いギデオン・ノースを以てしても、腹が決まるというもので。「よし」と一言、とはいえ依然死んだ目で長く続いた沈黙を破ると、くるりと相棒を振り返る。そうしてきっぱりと、あくまで先輩冒険者として確信を持った──ような──声音で、ごく事務的に指示を出し、何てことのない話だと相手に思わせようとして。)

……ヴィヴィアン。お前の方が装備が薄い。
ここを一分で通り抜けるために……そこのベッドで、そのまま少し寝そべってくれ。



  • No.1008 by ヴィヴィアン・パチオ  2026-07-22 23:29:53 




──!?
絶対にイッ……、~~ッ!!
…………せ、めて、他に道や方法がないか、調べてからに、……して、くださらない……?

 ( 平和**しきった動揺に、ギデオンが人知れず固まってから数瞬ののち。石に刻まれている文字が、まるで生き物のように蠢いて変わる現象と、それを受けての相棒の発言に、今度はヴィヴィアンが絶句する番となって。顔や耳どころか、首やその先のシャツから覗く胸元まで、まるで逆上せたように真っ赤に白い肌を染め上げると。最早、相手がギデオンかどうかや、過去のトラウマなどは関係ない。入ってきた側の扉には鍵もかからず、というかそもそもダンジョンではしたないところを暴かれるなんて、普通に絶対にイヤ──と。他に解決策がなかった時のことや、ただのキスとは言え、先程は自分から先に行ってしまったことを考えると、その本音は完全に言い切るギリギリのところで飲み込んだものの。経験の豊富なギデオンとは違い、握った杖もろとも、自分の身体を抱きしめてドン引きした表情で婚約者を見上げる娘が、漸くその深刻さを把握できたのは、不名誉な濡れ衣を着せられた剣士が必死の説得にかかったか。それとも、他の手立てを探すかしている内に、ベテランである男が懸念したその通り、扉に刻まれた要求がさらに酷いものへと更新された後のことで。 )

……!!
な、んなっ……!!!?!?!!!?!?

 ( この扉を開けたくば、"その者が肉体的に最も昂るどこかしらの部位"に、"直接" 唇を寄せよ──と。嘲笑うかの如く付け足された文言に、益々赤くなったり、かと思えば直ぐに青くなったりと、忙しなく顔色を酷く変えながら、声にならない悲鳴をあげたビビだったが。力無くよろよろと背後に後ずさったかと思うと、ちょうどそこにあった寝台に膝を取られて「!?」──ぽすん、と呆気なく尻もちをつき。この時、色んな意味で経験の浅い娘の脳内を占めていたのは、どうしよう、どうしよう……!?!?!? と、一人で大型のドラゴンを倒せと言われても、もう少し冷静だろうと思える程の大混乱。
 あまりのことに数秒おいてから、自分のブーツを履いた爪先だけをじっと見ていたことに気がつくと──そうだ、ベッド……!! と、勢いよく振り向いたのは。ようやく自分が今、ギデオンの指示した通りの場所に腰掛けていることに気がついた故。まさか、ギデオンさんに限って、無理やりされることはなかろうが。もしかして、先程の指示を受け入れたと思われているかもしれないという考えが過ぎって、はしたないと思われてやいないだろうか。本当にここでされちゃうの……? と、まるで捨てられた子犬のような、心細げな表情でギデオンのことを見上げれば。ひぇん、とも。ひゅあ、とも、何とも言語化し辛い悲鳴を洩らしながら小さく震えた一方で。もっと根本的な疑問が、思わずといった調子で口をつき。 )

あの、……その、あたしの、一番……、……る、ブイって、どこ、ですか……???


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