匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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馬鹿言え、ドニーやジュナイドからいくら巻き上げたと思ってる。──本当だ、聞いてみろ……そんなに信じ難いか?
(仲睦まじく賭け合ったのは、明日の食事の料理当番。普段はギデオンが朝食を、ヴィヴィアンが夕食を担当することが多いわけだが、賭けに勝てばその逆を得る──つまりギデオンが勝ったなら、ヴィヴィアンの作る朝食を堪能できるというもので。千載一遇というわけでなくとも逃がしたくないこのチャンス、当然真剣勝負に出たが、結果はご覧の通りの大敗。おまけに、余興程度に付け合わせた二位以降の予想でさえも、そのとんでもない番狂わせをことごとく当てきったのがやはりヴィヴィアンのほうなのだから、信じられないという表情は寧ろギデオンが浮かべる始末で。
しかし不可解げな反論も、そう長くは続きやしない。先行く娘に捕まえられた己の手元を眺めるうちに、つい苦笑するせいだ。──そもそもたった一年で、自分たちは“こう”なっている。指と指とを密に絡めて、ふたり連れ合い通りを歩き、いつもと違う装いのキングストンを眺めてはあれこれ感想を言い交わし、お互いの表情を見つめては笑い合う。つい昨日まで愚かしいほど駆られていた恐れすら、彼女に優しくほどかれて、今やどこかへ行ってしまった。ヴィヴィアンに敵わないことも、白旗を挙げる心地が全く悪くないということも、もうわかっていたではないか。
故にすっかり寛いで、年に一度の建国祭を満喫していたしばらくののち。疲れが深くなる前に、と花壇の傍に落ちついたのは、陽射しがいくらか和らいで、気持ち良い風も吹く頃だろうか。)
……まったく、そんなに言われちゃ敵わないな。
(目尻に皴を寄せながら、唸るような声を出し。「毎年だって一緒に来よう」とその額にキスをしてから、素足を休める娘の真横、こちらもゆったり腰を下ろす。そうして長い足を組み、椅子の背もたれに沿うように相手の背後へ腕を回すと、伸ばした片手で何とはなしに相手の髪を撫でながら。色とりどりの花壇の向こう、ベンチの前に広がる芝生で、街の子たちが弾けるように笑い転げて遊ぶ姿を、ごくのんびりと眺めていたが。
相手に視線を戻したそのとき、ふと思いついたように青い瞳の色を変え。「……なあ、せっかく綺麗なんだが」と、何やらねだりだしたのは……相手の髪を解く許可と、手元にある花束をここで“使いたい”との話。許しを与えて貰えたならば、まずは美しい絹の栗毛をごく優しく解きほぐし。次に横を向いたと思えば、荷物にしている紙袋からしれっと取り出してみせたのは、ハコヤナギ──またの名を聖木レウケーで作られた、古き良き職人の逸品たる高級櫛だ。小一時間前、果実水の露店の列に並んでいる最中に、近くの店のショーウィンドウに品良く飾られていたそれに、相手が視線を吸われていた。彼女を見つめることにおいては他に譲らぬギデオンが、果たしてそれを見逃すだろうか。
注文の品が出る時間差を利用してこっそり買っておいたのを、後々ここぞという時に贈ろうかと思っていたが、ここで使うのも得策だ。「失礼、」なんて気取った声で相手の髪を綺麗に梳かせば、艶が増したそれを束ねて、生来器用な手先を使い恋人の髪を編んでいく。脳裏に浮かべているのは常に、サリーチェの寝室の角……瀟洒な化粧台を前に、愛らしい鼻歌を奏でながら髪を編むヴィヴィアン自身の手つきの記憶で。
──そうして、元々完璧だった前髪のセットはそのままに、すっかり優美に編み直した太い三つ編みに頷けば、その結びに赤いスカーフを結わえつけ、次はこちらも解きほぐした花束の花を挿しこんでいこう。大小さまざまなそれを見比べ、これはここだな、こいつはここに……と。若い娘の綺麗な髪に、四十路の男が一輪一輪花を飾るその光景はなかなか愉快。とはいえ、今日は建国祭。トランフォードの人々が皆浮かれ騒ぐ陽気な午後に、己もほんの少しくらいは羽目を外してよいだろう。いよいよ「完成だ」と告げて、これも土産の手鏡を渡すと、満足気に笑みながら手元の櫛をくるりと回して。)
休みの日に、よくこんなような髪形をしてるだろう?
見よう見まねでしてみたんだが──どうかな。悪くはないといいが。
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