匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(これがいつものギデオンならば、ヴィヴィアンの声に満ちあふれている温かな気遣いや、その明るい笑顔が隠すほんのかすかな不安のひずみに、きちんと気がつけたのだろう。しかし人間──特に、己の全盛期に優れた体力を誇った者ほど──心の弱りに忍び寄る、古い魔物を知らないものだ。
故にこの時のギデオンは、全てに奇妙に……ある意味素直に、様々に反応した。相手に縋りつかれた瞬間、真顔のままに目だけを瞠り、そこにかすかな光を浮かべ。しかし彼女の細腕があっさり離れていった瞬間、その輝きは脆くかき消え、代わりに古戸が軋むようにぎこちなく振り返る。──狼狽、恐れ、猜疑、強情。そんな暗色の表情ばかりが入れ代わり立ち代わり、鈍く浮かんだその面差しは、やがてふいと横に逸らされ。数秒の沈黙によってくっきりと浮かび上がってしまった、深夜のロビーの静けさの中。やにわにぶつけたその声は、それまでの胸中を碌に語らなかった癖して、今度ははっきりと硬質な響きを持つように加工していた。)
──いい。必要ない……そこまで酷く参っちゃいない。
第一、ヒーラーのお前が取れる休みを取らなかったら、明日の他の奴らの支援に影響が出かねないだろう。
(言葉の喉越しに苦味を感じないわけではなかった──しかし一度鎧いだすと、そこから先はもう止まれない。短く鋭いため息を吐き、椅子に置いた包みを拾って、相手に構う素振りも見せずにロビーの一角を横切っていく。先ほど飲み乾したビール瓶、それを片隅の回収箱へ突っ込むだけの野暮用をしたかった。そうしてすっかり距離を取り、広い背中を向けたまま、ふとエントランスの外に固い視線を走らせたのは、巡回から帰ってきた女子冒険者らに気がついたから。人数にして三、四人……どれも新人ばかりだから、これから上階で私服に着替えて、年長者が予め呼んでいたギルド直雇の乗合馬車で各々の家に帰るのだろう。相手もあれに乗っていくなら、或いは己が送らなくとも、“それぞれ休めるかもしれない”。
そんな考えを言外に滲ませるように、間もなくこちらに来るだろう彼女らの方向を軽く手ぶりで示しつつ。依然用いる声色に、ますます“ベテラン冒険者”らしい、理性を繕った響きを乗せて。)
……もしも、私生活のせいで……そこまでしないと落ちつかないって言うんなら。
この祭りの期間中は、普段のことは忘れてくれ。──お互い、仕事に専念すべきだ。
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