匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(あの後やがて訪れる波乱のひと夏から一年、そしてサリーチェに越してきてから数週間ほど過ぎたその晩。明日も午後まで休みだからと、少しばかりの“夜更かし”に恋人を誘ってみたのは、今度は初心な乙女ではなく、こなれた男のほうだった。
鉄と何やらは熱いうちに……なんて、往年のその考えが微塵もないとは言わないが。こちらは肌着を脱ぎ捨てて広い背中を晒しながらも、相手の可憐な砂糖衣は未だ剥がずにいる辺り、一応今宵のギデオンとしては、前回程度の戯れで満足するつもりでいたのだ。──剣だこのある掌で彼女のすべらかな肌に触れれば、ぴくり、と強張るその感触から、その先の行為には未だ恐れがあるのだろうと推察するのは難くなかった。だがそれでいて、それでも一歩踏み出す程度に、彼女側なりの動機がどこかしらにあることも。
ならばせめて、元凶たる過去の記憶が、少しずつでも自分とのそれで薄らいでいけばいい。いつまでも十代の頃の男の影を引きずらせてなるものか、今の彼女の身も心も己が安心させてやろうと。そんな殊勝な──もとい、至極単純な心意気で彼女を優しく啄んでいた、その矢先のことである。)
…………どう、って……、
(耳元に吹き込まれた精一杯の懇願に、一瞬ぴたりと固まったのち。ベッドの上で体を傾け、その顔を上げた男は、すっかり熱っぽい顔をして、返す声すら掠れていた。──前回“程度”の戯れ、なんて。そう楽観していたはずが、結局心の奥底では彼女との睦み合いを渇望していたせいだろうか。その頬に、額に、肩に、腕に、あらゆる場所にキスを落として時折鼻梁を摺り寄せるだけで、何故かこちらが多幸感でぼんやりしはじめ、頭の奥がとろりと蕩けて、この体たらくという始末である。それを幾らか誤魔化すのように、どこか番の獣じみた動きで相手の肩に顔を寄せ、ぱくぱくと軽く食んでから。そのまま厚い胸元に相手の頭を抱き寄せ、シーツの下の脚を絡め、その栗毛を撫でながら、低い小声で囁いて。)
……今だって、喜んでるさ。
それとも何か……何がしたい……?
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