匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(それはきっと傍目には、瞬きひとつせずに固まる石像のように見えただろう。この数週でやや馴染じんでいる娘に再会した途端、ギデオンの思考回路は見事まっさらに吹き飛んでいた。……しかしそのくせ胸の奥には、妙な感情が噴き出してもいる。まさかどうしてこんな時に、よりによって何故ヴィヴィアンが、今の俺の──こんな、姿を。そのふざけた心境の色気づきように気がついて、我ながらまた愕然とする。何だ、俺は何を言う。いや何も言ってはいないが、だが何故こんな、何歳下だと、こいつはただの後輩だ、いったい何を血迷って。相変わらずその青い目を、全くどこにも、一厘たりとも動かさぬという不自然さを見せつけながら、「……後に、して……くれないか」と、掠れた小声を絞り出すのがせいぜいで。)
(──さてはて。相手が反応するその頃には、部屋先で長引く静けさに、奥におわす重鎮たちもようやく気が付きはじめていた。「何だ」「何だ」と書類の山から挙げられたその顔は、その先にいるギデオン同様、連日の賠責処理でどす黒い色をしているのだが。部屋の入り口を塞いだまま固まっているベテラン戦士と、お茶を手にしたヒーラー娘……その組み合わせに気が付くなり、((あ)))と胸中異口同音に察した声を揃えてみせて。
──ギデオン・ノースとヴィヴィアン・パチオ。シルクタウンとグランポートで相次ぐ成果を挙げたふたりは、最近噂になっている。なんとギルドのマドンナ・ビビが、遥か年上のギデオンにベタ惚したという話だ。それはもはやギルドどころか、隣のマーゴ食堂にさえ知れ渡りだしているのだが……今自分たちが目にしているのは、荒れた姿をビビに見られて見事に固まるギデオンの背中。──おいおいなんだよ、そっちもそっちで何やら萌してんじゃねえか、と。一応ギルドの重鎮としてそれなりにお堅いはずが、皆ぎらりと目を光らせてやたら生き生きとしはじめたのは、疲労で頭の螺子が飛んだか、苦労性の後輩剣士を密かに可愛がる延長か……はたまた陽気な血を引いているトランフォード人たる故か。
「なあビビちゃん、そこで突っ立ってるくらいなら、ちょっとそいつを持ってってくんねぇか!」と。堂々大声を張り上げたのは、ギルドに勤続四十年、“ラミア殺しのシルヴェスター”と名高い魔斧使いの男。「その馬鹿、ドクターの問診もここのところできてねえんだ。ちょいと代わりに診てやって、カルテをちゃちゃっと書いてやれ。じゃねえと俺らが特労局に怒られることになるからよ!」
「いや、あんたらだって同じような古傷が……」と。思わず振り向くギデオンに被せるように、「ついでに仮眠室にぶち込んでくれ、午後に帰してくれりゃいい!」だの、「お茶ならさっき、リズが僕たちに淹れてくれたよ。そこののろまは、間の悪いことに逃がしてしまって……」だの、今度は“西の魔狼”と“王都の弩”、往年のパーティーでは犬猿の仲だった厳めしい顔の男ふたりが、息ぴったりに抜かす始末。てめえらこんな時に限って、と思わず口走るギデオンに書類の束を投げつけたのは、“ネフィリム喰らいのフィリベール”だ。「つべこべ言うな、さっさとこれを出すついでに、五階に報告を上げてこい!」と。要するに体のいい雑用で追い出す目論見もあるわけで。
五階、つまりギルマスの執務室にはすぐに向かえはするのだが、あの方は今渦中の機関に出向中で、戻ってくるのは数時間も後。それまでは好きにしろ、といきなり放り出されることに反論したい気持ちはあれど、ギデオンが普段混じっているこの重鎮連中は、こういう妙なことに限って、一度決めたら頑固である。ただでさえ寝不足の頭、ついでに言えば今の有り様を相手に見られて既に満身創痍となると、もはや深く考えるだけの体力など残っておらず。目上連中がそこにいるのに隠しもしないため息をつけば、「……隣の部屋に行くぞ、」と、先に執務室を出て。)
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