匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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( 今晩の宿をギデオンから、当初夕食付きの宿を取ってあると聞いた時、ビビが想像したのはよくある飲み屋の上に簡素な部屋だけがついた安宿だった。少々階下が騒がしいのは難点だが、それなりに経済的で冒険者には馴染みの深い様式を、キングストンに帰るまでの中休みには丁度良い塩梅だと勝手に納得していたものだから。見知らぬ土地をキョロキョロと、目に映るもの全てを新鮮に楽しんでいたビビの視界に、その客を呼び寄せる気を微塵も感じさせない高級な門構えが飛び込んで来た上、その垂れ下がった幕の奥へと他でもないギデオンにエスコートされてしまえば。素直にぽかんと口を開けて、たっぷり数秒ほど呆けてしまったのも実際仕方の無いことで。
どうやって客を管理しているのか、ギデオンとビビを見るなり帳簿などは一切確認せずに、「いらっしゃいませ」とにこやかに微笑んだ女将に通された室内は、異国のそれでも、一目で上等だとわかる調度で嫌味なく整えられ。そのまま一通りの設備を最低限の言動で説明した後、「ごゆるりと」と、そのスライド式の扉が締められるまで、女将の視線には此方の関係性を勘繰るような色さえ、個人的な感情合切は微塵も浮かべられなかった。最近気が付き始めたのだが、意外と過保護なギデオンのことである。これがただ高級な宿であったら、ビビもどう平等にここの支払いを片付けるかを考えつつ、ごくごく自然に受け入れたろうが。この宿はこれまでビビが慣れ親しんできた首都の高級ホテルともまた違う、酷く、酷くプライベートで、外界の分断を強く感じさせる空間にそわつくも。岩魚をメインにした上等な食事に、ビビ好みの興味深い話題、そして、極めつけに香り高い花酒の香りに包まれると、当初抱いたはずの違和感が次第に霧散しゆくのは、果たして偶然のことだったのだろうか。
独特な作りをしたこの大厦は、一度部屋に入れば完全なプライベート空間として、食事の間からベッドのあるへ部屋、そして贅沢にお湯を張った浴室まで、他の客どころか、従業員とも此方から呼ばない限り顔を合わせることが無い作りになっているらしい。故に食事前に良い香りのする木のバスタブで旅の疲れをゆっくり癒した後は、これも東洋のものらしい白いアイリスが眩しい紺色のガウンのまま、ゆったりと食事を楽しむことにして。 )
それ、は…………、
( 花酒の盃をそっと置いた娘の濡れた赤い唇から、ほう……と、心底困ったような吐息が漏れたのは、夜空を見上げたギデオンが問いかけた時だった。『必要なことは、俺がちゃんと済ませておく』その宣言の言葉通りに、病室で迎えたあの日以降、ビビはギデオンからずっと……ずっっっと、世話を焼かれ続けている。自らの行為の後ろめたさに、とうとう取り返せずに諦めた治療費の請求書を始め、インバートフトでの一泊だって、歩くビビの腰にごくごく自然に腕を回して支えながら提案されたその時点では、本当に心配性なんだからと内心笑えていたのに。この宿場町へ、御者の到着を伝える声が響いた時に、己が酷く疲れていることを自覚してしまえば、いっそ恐ろしささえ感じてしまって。
今だって、当然の如く解されてから渡された魚に、流石にここまでされる必要は無いと思う理性だってあるにも関わらず、その宝物を扱うような振る舞いを嬉しく感じてしまう自分に、何か不可逆の恐ろしい変化を感じ取れば。──あくまで、ギデオンさんは病み上がりだから心配してくださっているだけなのに。そう、星を見る男の視線とは裏腹に、植物で編まれた絨毯(?)の上へと、不安げなエメラルドをさ迷わせると。いつの間にか、ガウンから覗くうなじまで桃色に熱を持った肌を、その頬をもちりと首を傾げて押さえれば。ビビより余程酒精には強いだろうに、何やら酷く満足気なギデオンの様子に、困惑に潤んだ瞳をしっとりと向け。 )
ギデオンさんさえ良ければ……構う、ことは、ないですけれど。
あのね、そんなに甘やかされたら、1人で生きていけなくなっちゃいそうで、
それは、その、困るわ……。
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