匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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……わからん。ドラゴン狩りは、俺も何度かしたことがあるんだが……
(相棒の練り上げた黒雲は、やはりとことん優秀らしい。聖属性の土砂降りによって魔獣の血を洗い流し、現場の冒険者全員に加護を付与したかと思えば。あとはあっさり霧散して、視界の良好さを取り戻させる具合である。若い奴らに至っては、「なあ、アレ」「……奇跡だ」「女神だあ……」と。爽やかな青空にかかる大輪の虹を見上げて、馬鹿みたいに惚ける始末だ。
しかし、一方のギデオンは。最初こそ驚いていたものの、(……まあ、ヴィヴィアンだからな)と、あっさり受け入れ。相手に促されるまま倒木に座り、優秀なヒーラーによる診察に身を委ねていた。そうして、相手がふと寄越してきた疑問に、こちらも不思議そうに首を傾げる。──確かに、あのドラゴンの動きは妙だった。ヴィヴィアンに気づいた途端、まるで長年探し求めた獲物を見つけたかのように、あからさまに興奮していた。ギデオンの思い出す限り、あれは彼女の大振りの魔法の発動がきっかけだったように思える。とすると、自分たちが駆けつける直前まで、何故か知らないがギルバートと戦っていたようだから……彼の血を引く娘による、似通った魔素を嗅ぎ当て、先ほどの敵だと誤認したのだろうか。だがそれなら、敵意や憎悪でなく、喜びを見せていたのがわからない。その辺りの考察を、相手にもそのまま漏らしつつ。「……既に人肉を喰っている個体で、それでああなったんだとしたら……外来竜であるだけに、かなり大事になるだろう。そうなると、そうだな。やはりきちんと報告を……」と言いかけた、そのときだ。
「あっ」と、妙な声がした。そちらを振り返ってみれば、声の主はヨルゴスである。ほかのベテラン戦士ふたりとともに、ギデオンの斬り落とし生首のひとつを調査しているところらしい。──討伐リストの一定ランク以上に位置付けられている魔獣は、仕留めた後の調査や記録が固く義務付けられている。個々の冒険者の収集した情報を専門家が分析すれば、今後の被害などを予測し、より備えられるからである。このため、単純な部分は若手に任せ、調査に年季の要る頭部などはベテランが受け持つ、というのは、実によくある分担なのだが。槍でこじ開けたドラゴンの口腔内、それを覗き込む男たちの様子が、なんだかおかしかった。やっているのはおそらく、歯列の確認による種の同定作業だろうに。「なあ、これ……」「いやしかし……」「だとしたらあのときのあれは……」などと言い合いながら、何故か気まずそうに、こちらをちらちら見てくるのだ。一体何事だろう?
ギデオンが腰を浮かせかけたところで、「何だ? 昨今の冒険者は、種の同定もままならないのか」と、高慢に見くだす声が割り入った。少し前にドラゴンの死の一撃を喰らったはずが、いつのまにかけろりとした顔で戻ってきていたギルバートである。「ああ、いや、先代、それなんだけどな……」と、ヨルゴスが慌てて制止するも遅い。杖のひとふりで、ドラゴンの大きな口をさらにがぱりと開けさせた大魔法使いは、しかし。内部に視線を走らせる否や、何故かぴしりと、ぎこちなく固まった。そうして、さらに目を凝らして確認し……まさか、という顔をして、やはりギデオンたちの方を振り向く。やけに混乱した様子である。いよいよギデオンも、ヴィヴィアンと顔を見合わせた。何だ何だ、揃いも揃って本当に何なのだ。
「悪い、ここで待っててくれ」と。相手に一言断りを入れ、ギデオンもいよいよそちらに向かった。さてはて、何がこいつらをそんなに狼狽えさせるのか。熟練たちに入り混じり、自分でもドラゴンの口の中を確かめたギデオンだったが。──先ほどのギルバートよろしく、びしりと綺麗に固まった。ひと目で理解してしまったからだ。何故ギルバートが狼狽したのか。何故ヨルゴスたちが気まずそうにしていたのか。何故ヴィヴィアンが狙われたのか。……何故あのとき、ドラゴンが豹変したのか。
「あんまり、聞きたかないんだけどよ……」と、ヨルゴスがそっと囁いてきた、とんでもない質問に。如何にも居た堪れなさそうに、片手で顔を覆いながら、小さく頷いてやるほかない。ヨルゴスはただ、正しい記録のための判断材料を必要としているのだと、根が真面目なギデオンは理解できてしまうからだ。しかしギデオンの答えを見るや、両脇にいるベテランたちが、堪えきれない大爆笑で妙な発作を起こしだすか、或いは露骨にドン引きするかしはじめ。ヨルゴスもまた、口の端をピクピクと、笑いだしそうに引き攣らせる始末だ。「……まあ一応、若い奴らにはヴァヴェルって体で書かせて、俺が最後にこっそり修正しておくからよ。それでいいよな?」と、一応は真剣さも交えて提案してくれるものだから、もう色々と思考を放棄したくなった。傍にいるギルバートの顔は、とてもじゃないが見られない──どんな顔をして見ればいいのだ。よろよろとヴィヴィアンの元に戻ると、相棒のフォローのおかげでまったく無傷だったはずが、今や満身創痍と言わんばかりの面持ちで。やけにぐったりと、疲労しきった呻きを漏らし。)
……今の件は、あとで話す。ああ、ちょっと、ここでするような話じゃないんだ……
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