Petunia 〆

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匿名さん  2022-05-28 14:28:01 
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  • No.635 by ヴィヴィアン・パチオ  2023-10-26 23:55:10 




──ん、なあに?

 ( 愛しい恋人の言った通り、今日のラメット地区は非常に気持ちの良い朝で。サラサラと音を立て流れる水路沿いを、涼し気な木漏れ日を潜り抜け。──おはようございます、いい朝ですねと、ご近所さん達への挨拶をにこやかに返しながら歩くことしばらく。隣の恋人からふいに引かれた腕に、背後から人でも来てただろうかと、無防備に振り返れば。真正面から至近距離で食らってしまった台詞の甘さといったら。普段ビビの迂闊を叱りつけてくるギデオンだが、その本人だって2ヶ月前のあの病室での時間から、その蕩けてしまいそうな甘い言葉で、何度ビビを苦しめたことか。思わず何も返せずに、ぽぽぽっと頬を染めた若い娘にも、周囲の視線はあたたかく。そのご近所さんのご好意に甘えて、小さく手を引き返すと、相手の耳に顔を寄せる振りをして、その愛しい耳朶に唇を落としてやる。そんな、バカップルもいいところな小競り合いを繰り返していた報いだろうか。 )

 ( ──その瞬間、ビビが感じたのは確かに強い"殺気"だった。
未だ路上にいた時分、尋常でない怒号に、頼もしい相棒と顔を見合せ、ロビーに続く扉を足早に潜れば。奥の来客用ソファの周辺には、入口から見えるだけで3名もの若手冒険者が倒れ伏し。その周辺で揉めているのは……あれは、ギルドのベテラン勢と──……「パパ!?」と、半ば叫ぶようなビビの声に振り返ったのは、顎くらいの長さで金髪を切りそろえた、20代半ばから後半ほどに見える青年。──パパ!? と、別の意味で驚いたような視線を向けてくる若手勢はともかくとして。"パパ"と呼ばれた青年──改め、五十路もとうに迎えた大魔法使いギルバート・パチオは、ビビの声にぱっと此方を振り返ったかと思うと。その突飛な行動を制限しようとしたかつての同僚を振り払い、真っ直ぐに娘の方へと駆けてくる。そうして、「ビビちゃん、怪我は!? 危篤って……!?」と、一応隣に見えているはずのギデオンになど目もくれず、娘の華奢な両肩に手をかけて、その無事を確認しようとしたその時だった。
ビビの前では形無しだが、一応これでも世紀の大魔法使いと名を馳せたギルバートである。娘の身体中にベッタリと染み付いて、誤魔化しが効かない程の色を放っている魔素を見落とすわけがあるだろうか。長く豊かな睫毛に縁取られた灰青の瞳を、漠然と見開いた父親に対し、少し恥ずかしそうにはにかむ娘の温度差ときたら。今更、娘の片手が何かに繋がっていることに気がついた父親が、その繋げられた"その先"の男。ギデオン・ノースにもまた、愛しい娘の魔素がたっぷりと移っていることに気がついたのが一巻の終わり。──その瞬間。部屋の温度が一気に下がったかと思うと、ロビーの手前で大人しく寛いでいた猟犬たちが、歯茎を剥いて唸りだし、一定以上の実力を持つ冒険者たちの顔色ががらりと変わる。その中心で、深い疲労と激しい怒りに我を忘れた大魔法使いの、俯いて影になった顔の中。やたら目だけがギラギラと輝いて、なにやらブツブツ呪詛を吐き始める形相は、それが殆ど娘と同じパーツで構成されているなど俄には信じられぬ有様だ。周囲の視線も気にせずに、大の男が嗚咽する醜態は、その容姿も相まって謎の見応えを感じさせ──パパやめて! 子供は黙っていなさい! と、そこだけ聞き取ればありがちな親子喧嘩も。その瞬間、周囲の木材に石材、ランプの火……そしてその場の空気に至るまで、金属以外の全てがギルバートの味方をするかのように、メキメキと変形しゆく騒動に、先程のベテラン達や、未だ奥の部屋にいた幹部達も飛び出てくる大騒動となって。
結局、後になって話を聞いてみれば。ギルバートは当初、明らかに焦燥しきってはいたものの、必要書類を持って大人しくカウンターを訪れていたらしい。事情が事情なのだから、最初から顔見知りの幹部に話を通せば良いものを。己がマスター代理時代に作った規則に則って、冒険者の親族としてその情報開示を大人しく待つあたりが真面目というか、不器用というか。しかし、そこへ顔の良い兄ちゃんと見て絡みにかかったのが、最初に倒れていた問題児達らしく。よせば良いものを、相手に恥をかかせるつもりで、おっとうっかりぃ──なんて、硬い装備を身につけた肩をぶつけにかかり、みるも惨めに弾き返され派手にすっ転べば、そこに降りかかるのが、ベテラン勢にはおなじみの、ギルバートが他人に向けるゴミを見るような視線である。どうやらビビ達が最初に聞いた怒号は問題児たちの方であったらしく、飛びかかって来ようとする男共を、魔法で床に叩きつけ。すわ何事かと飛び出たベテラン達の胃痛の程たるや。元より性格が終わっていると評されて久しい、その上最悪に気が立っている瞬間である。事情を説明するその間にも、"わざと"問題児たちの意識を留めたまま、起き上がれぬよう床に押し付け辱めていた、というのが、ビビ達が最初に見た光景の真相であるらしい。
とはいえ、愛しい娘と手を繋ぎ、明らかに深い関わりを持っている四十路の男を目の前にして。周りに迷惑だからせめて外で、というビビの懇願も袖にして。そのビビには半分ほども理解出来得ぬ罵詈雑言を、ギデオンに浴びせかけた挙句。周囲を巻き込んでの暴挙の果てに、「ビビちゃんは騙されてるんだ。今すぐこの色情魔を──」と、娘の腕まで振り払った瞬間。とうとうビビの頭の中で何かが壊れる音がした。「……うるさい、もう黙ってよ」と、冷たく響いた声にギルバートの動きがビクリと止まり。「何も知らない癖に」「色情魔はどっちよ」と、普段温和な娘のものとは思えぬ声音に、ギルバートどころか、娘がいる父親達の表情が青ざめていく。「……ビ、ビビちゃ」と伸ばされたギルバートの腕は無惨にも叩き落とされ、「触らないで。あちこちにベタベタ跡つけて気持ち悪いのよ」と、その一撃だけで、世紀の大魔法使いにとって二度と立ち上がれぬダメージだというのに、ビビの追撃は止まらない。ぶるぶると震える父親を鼻で笑い、見せつけるように、恋人の腕をとった娘の吐き捨てるような言葉がトドメとなって。ここ数日、ろくに眠れていなかった大魔法使いは、冷たい床に撃沈したのだった。 ) 

都合の良い時だけ、いまさら父親面しないでよ。
さようなら! 私はギデオンさんがいればいいもの。


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