匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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大したことじゃない。今日は泳ぎ一筋になったから、その分の帳尻合わせと……ほら、一緒に海から上がるとき、変な大波があっただろ。それがどうも……この辺りに出る魔獣の仕業じゃないか、って話になってな。
(物事に敏いヴィヴィアンは、ギデオンのなんてことない一言から、何か訳ありと読み抜いたようだ。感心したように小さく喉を震わせると、手に持っていた氷菓の器を脇に置き。空いた右手を相手の下ろし髪に伸ばし、なんとはなしにもてあそびながら、とりたてて秘匿でもない、けれど若手連中には未だ為されていないだろう、明日以降に係る事情説明を。「──大コスタ近くのと違って、こっちのウーシュカは人を喰わない。それでも念には念を、ってことで、調査やら何やらの打ち合わせをする予定だ。トリアイナの連中も、わざわざ情報提供に来てくれるつもりらしい」と。……しかし、そんな仕事の話なぞよりも。己が相手の髪に戯れるように、ヴィヴィアンが己の頬を撫でてくれる、その心地良さの方が、今のギデオンには余程大きくて。思わず青い目をとろりと細めれば、そのせいだろうか、次の瞬間甘やかな不意打ちが。一瞬の驚きも、すぐにこちらからの無我の応えにとって代わり。やがて離れていく顔を、ぼんやりとした目で見つめ返せば……そこにはヴィヴィアンの、いかにも真剣な心配顔。けれども、どこか満足げでもあることまで、その口元から読み取れて。──ああ、俺にあれこれ言えるようになったのが嬉しいのか。そう気がついて目を笑ませると、「わかった」と素直に頷き。己の髪を梳く優しい手つきに、微睡むように目を閉閉じた。
──せっかくこのビーチの名物、宝石のように真っ赤な夕陽が、今にも海のかなたに沈みかけているというのに。ヴィヴィアンは背を向け、ギデオンは目を閉じて、互いだけに夢中なこの有り様だ。せっかく買ってきた氷菓の残りだって、ふたりの横で、とっくに生温い液体へと成り果てている。けれども、ヴィヴィアンはともかく、食に目がないと密かに有名なあのギデオンさえも、それに構う様子がなく。……先ほどから、ビーチの用具類を片付けつつもふたりの逢瀬をチラチラ盗み見ていた、青年冒険者たちの何人かときたら。「……あ、アレ……ほんとに付き合ってんだ……」だとか、「つーか、前まで言ってた『別に付き合ってない』っての、アレもアレであの時はほんとだったんだ……」だとか。揃って遠い目を虚空に投げて呟いては、砂浜に崩れ落ちるのだった。
──しかし、ギデオンもギデオンで。ふとヴィヴィアンが漏らした言葉の走りに、顔を起こしたかと思えば。その結びを聞いた途端、酷く酷く切なげな、遠い眼差しを浮かべる羽目になるだろう。『“不純”なんてこと、何もしないのに』──そうか、そうだろう、相手はそうに違いない。だがこちらは大いに違う。それこそ良心が痛むくらいに、“不純”な自制に身に覚えがある。いっそここでそう告解できれば、どれほど気が楽になることか。とはいえ、相手の発言は誘惑でも無知でもなく、無垢の信頼(……またの名を、ギデオンの自業自得)からくるものだとわかってもいるものだから。複雑な表情を一瞬ぐるぐると浮かべたのち、今はまだぐっと沈黙を選び。ほとんど素肌の背中や、珍しく髪を結い上げていない後頭部を、大きな掌で抱き寄せたかと思えば。言い知れぬ歯痒さを晴らすように、相手の唇をたっぷりと──先ほどよりも少々深く奪い返し。やがて相手を間近に見上げ、悪戯っぽく口角を緩めるだろう。)
…………、こういうののことを言うんだろう。
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