匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(この辺りの監督役たるデレク、そして補佐役のバルガスに、周囲の皆の無事を(特に、疲れた様子のエリザベスが無言で波間に消えないかを)逐一確認しつつ、陸へ戻るよう指示した矢先。ばしゃばしゃばしゃ! と立ち昇った、元気の良い水音に振り向けば。濡れ髪のヴィヴィアンが、嬉しそうに、けれども飛沫の派手さの割にじわじわと、こちらへ泳いでくるところ。周囲の若手からすれば、それはいかにも、愛らしい人魚が寄りついていく光景に見えたというのだが──ギデオンの視点から見れば、飼い主を見つけた喜びに尻尾を振りたくりながら駆けてくる、大型犬そのもので。たまらず吹き出しつつ、こちらも軽く、けれども難なく距離を稼いで泳ぎ寄ると、「楽しんでるみたいだな」と声をかけ。そしてそのキラキラ輝く笑顔を、横で共に、浜へゆっくりと戻りながら見下して──ああ、連れてきてよかったな、と青い目を穏やかに細める。ヴィヴィアンはこの前ようやく、通常の運動が少しずつ解禁されたばかりだ。それなのにすぐ、全身運動たる水泳に臨ませるのはどうだろうかと、内心心配していたのだが……相手の顔を見れば、全ては一目瞭然だ。少しも辛そうなところがなく、むしろこれ以上ないくらい歓びに満ち溢れ、いつものように一生懸命に全てを楽しみきっていて。こんなにはしゃいでくれるなら、仕事以外でもこういうのに連れ出してみようかと。興奮しきりな相手の言葉に相槌を打ち、「ああ、夕食の後にでも行こうか」なんて返事をした、ちょうどその時だ。
「波が来るぞー!」と、背後から聞こえてきたデレクの声に振り向けば。上にまあまあ高く、横はどこまでも広い一波が、沖の方からざざざざと、爽やかな音を立ててこちらに迫りくるところ。「ぎゃー!?」「無理無理無理無理!」「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」「大丈夫だから手を繋げ!」と、泳ぎに不慣れで大騒ぎする事務員たちや、それを頼もしく守りに入るデレクやバルガスを尻目に。ギデオンもヴィヴィアンの手を水中でするりと絡めとり、落ちついた声で指示を出し。)
──波に巻かれると危険だ。直前で潜ってやり過ごすぞ。
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