匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(吐息のかかる距離で真剣に乞えば、きっと“それ”を許される。ギデオンのそんな甘い考えは、しかしヴィヴィアンのこれ以上なく簡素な一言で、いとも呆気なく爆散した。コンマ数秒遅れて理解すれば、年嵩の美丈夫の、常に冷静を気取りがちな顔には、(……!?)と、あからさまに虚を突かれた間抜け面がありありと。──いや、今の流れじゃ、しかし何故、何が……と、軽く目を瞬きながら。近かった距離を少し戻して、相手をよくよく見下ろせば。こちらをまっすぐ見上げる小顔は、相変わらず愛らしいままだが……見違えようもなくご立腹である。
相手のその反応それ自体はすんなり受け止めたものの、その背景が読み解けずに、「???」と、ますます首を傾げるギデオンだったが。するりと伸びた細腕に絡みつかれ、より間近に迫られることで、その答えをいよいよはっきりと突き付けられた。──どこまでも獰猛な新緑の瞳、輝くばかりに勝気な笑み。そして何より……甘くしたたかな声音での、その台詞。ギデオンの抜かりの一切を薙ぎ払うそれらを、しっとりと差し向けられれば。さしもの朴念仁も、ようやっと合点がいって。脱力したように吹き出し、「……そうだったな、」と、今度こそこつんと額を合わせて、白旗を上げるように項垂れながら微笑んだ。
──そうだ、この1年ずっと見てきたなら、とうにわかっているはずではないか。目の前の娘は、ヴィヴィアンは。こちらをまっすぐ、どこまでも情熱的に慕いながらも……まるで予想がつかないほどに、烈しくしたたかで、貪欲な女性なのだ。シルクタウンでも、グランポートでも、聖ルクレツィアのあの小屋でだってそうだった。ギデオンが抱え持つ、狡さや臆病さといったものを。ヴィヴィアンはその、太陽のような底抜けの明るさと温もりで、たちどころに吹き飛ばしてしまう。決して一筋縄でいってはくれない──けれども最後にあるのは必ず、ギデオンに対するひた向きな愛情だ。そうだ、それを何度も味わうことで、半年前のあの舞踏会の晩にも、既に痛感したのではなかったか。自分は一生、ヴィヴィアンには敵わない。けれど、彼女に敗れ続けることは、今や自分自身にとっても……どうしようもなく、心地良くて仕方がない。)
……。
……ヴィヴィアン、好きだ。
(短い沈黙を挟んでから、再び顔を上げ、ふっと目を細めて呟いたのは。こちらもごくごくシンプルな、慕情を告げる言葉だった。──これまで共有してきた日々のなかで、相手もとっくにわかってはいるだろう。だが、ギデオンが自分からはっきりと口にするのは、何だかんだでこれが初めてには違いなかった。だから彼女も真っ先に欲したのだ。そう理解しているからこそ、もう一度、「好きだ」と。ごく軽やかに口にした一度目よりも、熱を込めて。そして、今度は。)
……………──愛している。
(……やや、躊躇いの間を挟んだのちに。それまでの口ぶりでは到底足りていなかった、もっとどろどろに甘く重たい本心を、低く震える声で、目の前の娘に落とす。実のところ、こんな大層な台詞は、自分にはまるで不似合いではなかろうかと……気恥ずかしく思う気持ちも、やはりあるにはあるのだが。ふたりで初めて真剣に話した、あの花火の夜以来。ヴィヴィアンの方は、何度も何度も、繰り返し伝えてくれていたはずだ。ならば自分が今ここで、彼女に望まれて尚言わずにいるのは、あまりに愚か者が過ぎよう。故に──熱に耐えかねたように、一度相手の肩口に顔を埋めてから。もう一度顔を上げ、今更な照れくささを飲み干す様子を見せながら、それでも真剣に。「……ずっとそばにいてくれ、」と、相手の瞳を見つめながら打ち明けて。)
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