匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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( 地中深い館の最下層を照らした光が収まり、徐々に視界が取り戻されると、陰湿な空間に二人の男のシルエットだけが浮かび上がる。その片方──ギデオン・ノースの必死な呼び掛けに、揺さぶられるまま。どす黒い顔色でぐったりと目を閉じたビビから、いつもの元気な返事が返ってくることはとうとうなかった。そうして、ギデオンとビビの二人が訪れるまで、ずっと静かだった地下に再び絶望の沈黙が取り戻さようとした瞬間。この場に似合わない、それはそれは明るく嬉しそうな笑い声が高らかに響き渡った、 )
──アーロンさんがアタシの名前を呼んでくれた!
あの娘じゃなくてアタシを助けてくれた!
嬉しい、嬉しい! やっぱりアタシの愛が通じたのね!
( キャハハハハッ! と暗闇を切り裂いたその甲高い笑い声は、依然、剥き出しの地面に張り付くように落ちた仮面ヘレナから上がった。アーロンの逆呪いが完遂したのだ。まもなく、聖の魔素に燃え尽き、顔だけだった肢体は次第に再生し始め、美しい黒髪が地面に広がる。再生した手は真っ先に、二十年ぶりに自分の頬を優しく撫でてくれた手を取り、百合色の顏に無垢な微笑みを浮かべると、己への愛しさで染まっているに違いない相手の顔を覗き込もうとして──勿論、そんなことは無かった表情に、きょとんと首を傾げる。その様はまるで幼い少女のように純粋で、しかし、それは矢張り彼女が人間になどなり得なかったことを如実に証明し、その救えなさを際立てている始末。そうして、未だ上半身だけの肢体を器用に持ち上げ、得心いったように微笑んだ悪魔は、この場で取れる限り最悪の手段を取ろうとして……しかし、その振り上げた腕を一旦降ろした。──あれ、なんでだろうね? ギデオンとビビを殺す想像をした瞬間、何故か少し心が痛むような気がした。これも二十年ぶりに……いや、偽りの物を除けば初めて触れた"優しさ"をくれた娘を殺したくない。その感情の名前をヘレナは知らないが、よくも白々しい言葉と共に、その金色の瞳を気分良さそうに細めたかと思うと、ギデオンとビビの下には例の転移魔法陣が再び浮かび上がる瞬間も、その目が愛しの男から外れることはなく )
アーロンさん?
ねえ、どうしたの? あ、わかったわ、人前だから照れてるんでしょ?
安心して、邪魔者は今すぐ殺して──ううん、ヒトゴロシは良くない、よね?
あのね、二人きりになったら、えへ、アタシのこともビビがしてもらってるみたいにギュッしてね?
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