匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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……ありがとう、
( その時、少し驚いた表情で目を見開いたのは、もっと渋られると思っていた条件を、あまりにもあっさりと相手が呑んだからだ。それだけ彼女にとって人間の体は喉から手が出る程欲する物なのか、一度殺そうとまで血迷った憎しみを、こうも簡単に切り替えられるものかと、改めて相手が人ならざる存在であることを強く確認しても、最早後悔の念などなく。温かい血潮が胸を濡らす感触にゆっくりと目を閉じれば──これで、ギデオンさんを助けられる。その深い安堵とともに、昏睡じみた微睡みへと身を委ねたのだった。 )
( 頭が割れるように痛い。目の奥も鼻の奥も詰まって何も見えず、まるで溺れた時のように呼吸がままならない。それだと言うのに胃袋はひっくり返ったようにのたうち回って、震える程寒いのに身体に熱が籠って冷や汗が滝のように流れ落ちる。──痛い、苦しい、怖い……そう藻掻くように振った腕を捉えられたかと思うと、気道を塞ぐ黒い霧から引きずり出されて。先程も感じた男の魔素が、再び身体の内部機関を修復していく感覚に瞼を薄く開いて。──……これは、一体どういうことだろう。自分は先程、悪魔ヘレナに相棒の無事と引き換えに、己の身を差し出したはずだ。契約の瞬間こそ、死への恐怖を紛らわすべく強がって見せたものの、もう二度と目覚めぬものと覚悟したにも関わらず、今こうして虚ろではあるが、ビビはしっかりと目覚めている。こんな事は、悪魔が契約を放棄したとしか──と、その可能性に気がついた途端、 )
……ギデオンさん!!
( 青白いさえ通り越して、生気の欠片も感じられないどす黒い顔色をしたヴィヴィアンが勢いよく起き上がったのは、今この瞬間治療に当たっていたアーロンにとって、信じられない光景だったらしい。「おい!」「まだ動いていい身体じゃ……」と目を見張る男の声は、瀕死の相棒を見つけ、悲痛な声で絶叫する女には届かない。それどころか、どこにそんな力があったのやら、動きを押さえ込もうとする相手を、物凄い剣幕で突き飛ばし、ぐったりと横たわる相棒に這いずり寄れば。錯乱したヒーラーの意図に気づいた男が、慌て止めようと手を伸ばすより、少し冷たくなってしまった相棒の身体を、ビビがかき抱くのがほんの一瞬早かった。──「君が死ぬんだぞ!」という怒鳴り声は、聞こえて聞こえぬ振りをした。その瞬間、目を焼くほどの光が空間を消し飛ばしたかと思うと、ギデオンの身体を優しく包みこんで、その傷を癒していく。そうして、魔力弁の壊れた状態で魔法を振るったヒーラーはついぞ暴走し、力尽きるまで自身の魔力を放出し続ける運命に従い、心底安堵した笑みでうっとりと相棒を見下ろせば、その直後最愛の相棒の上へ折り重なるようにして再び倒れ伏した。 )
*
( なんで、なんでアタシばっかり……どうして上手くいかないの!? あの小娘、魔力をくれるなんて言って、全然使えないじゃない! ああ違うあの男! そもそもアイツが強かったから!! 『魔力を捧げる代わりに、ギデオン・ノースを殺さない』ビビとの契約を、たっぷりとその魔力に手をつけてから破った悪魔の身体は、その膨大な対価にあちこち欠けて歪になり、その端は今にも耐えられずサラサラと灰になって崩れかけている。痛い、熱い、アタシはこんなに辛くて怖いのに、なんでアーロンさんはアタシじゃなくてあの娘を助けるの……? わああん、と薄暗い空間に響く子供のような鳴き声に、最早耳を貸すものは誰もいない。そうして孤独な夢魔が1人、ひっそりとこの世から消え去ろうとした時。それをいち早く感知できたのは、人ならざる夢魔だったからだろう。空気中の聖魔素濃度が急激に上がる予兆に、全身鳥肌が立ち、今すぐここから逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。──しかし、全てを消し飛ばす光が、この空間を覆う瞬間。この出来損ない夢魔といったら、愛しの男をヒーラーから引き剥がして、あろうことか、己自身の影で、何度も何度も自分を裏切って、ここまで堕としたアーロンを庇っていた。 )
──アーロンさん、好き……
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