匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(こちらの傷を癒していく娘の、静かながらも明瞭な語り口を聞いて。その無属性の魔素が優しく染み入るのを感じながら、琥珀色の目を一瞬虚空に投げかける。──遠い記憶が、甦る。この聞き馴染みのある報告、そうだ……かつては自分も、陽向を駆け回る冒険者だった。仲間と共に魔獣を倒し、気怠げにすかした悪友と幾度も背中を預け合って。ああ、でも。あの頃の自分たちと少ししか変わらぬ年頃に見えるこの娘に比べて。身体の回復機能を急激に上げたからだろう、再びまどろんでいる彼女の隣の男は……随分歳をとってやつれたように見える。それほどの年月が過ぎたのか。もう随分と、生を失ってきてしまったのか。──薄い点の散った目元を、思わず複雑に翳らせたが。話をすぐにまとめた相手が、おずおずと問いかけてくれば。その気まずそうな顔に、ふっとその空気を和らげるような微笑みを浮かべる。──ともすればそこには、異形に変わりつつあって尚、往年の爽やかさがちらりと仄見えたかもしれない。)
……僕のことはギデオンから? いや、その様子だと……“図書館”のほうで知ったのか。
それなら……そうか。こいつは……僕の名を守ってくれたんだろうな。
(そうしてやんわり認めてから、ぽつぽつと語り始めたのは。自分とギデオンの繋がり、今の自分が何故“こう”なっているかという話で。──自分とギデオンは、同期の剣士同士かつ、駆け出しを支え合う相棒関係だったこと。しかし十三年前、ある事件を引き起こした悪魔との戦いで、全てが狂ってしまったこと。あの時自分は、ギデオンを逃がす代償として、女悪魔に傅く選択を取ったこと。以来、彼女の眷属としてこの“館”に幽閉され、年々悪魔に近づいていること。そう、先ほどふたりを癒した異能も、元は“彼女”から与えられる折檻の傷を癒そうとして身につけたものだ。つまり、ここで過ごして長い自分は、“彼女”の思惑から逸れる術を少しは知っている。眷属の繋がりを持ってしまった自分には無理だが、ギデオンと相手なら出られるかもしれない扉も、幾つか心当たりがある。その話に及んだ時だった──遠い闇のどこかから、地を這うような女の呻き声が、突然長々しく響き渡る。同時に、くぐもるような地響きと揺れが起こり、頭上の鍾乳石がぱらぱらと屑を落とし始めて。「……もう気づかれたか、」と諦めたように笑いながら立ち上がると。再び翳した左手は、横たわるギデオンと傍らのヴィヴィアンの下に、紫色の魔法陣を召喚し。)
──上に飛ばす。青い絨毯の敷かれたフロアのどこかに、誰かが最期に作り上げた、ナナカマドの樹の扉があるはずだ。
その辺りは聖属性が漂っているから、僕以上に、“彼女”も近づくことができない。そこからならきっと無事に出られる……だから、頼む。
そいつを──ギデオンを。ここから、連れ出してやってくれ。
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