語り部さん 2020-12-17 23:27:56 |
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>>78 Ⅸ様
不意にこぼれた少年の笑みに感動を覚える神楽。話し相手の心象を考慮しての作ったのではなく、安堵から来る柔らかな笑顔。ふと思う――自分は手を差し伸べる相手に対して、こんな表情が出来ているのだろうかと。
また言葉遣いも先程より幾ばくか親しげになっているのも見逃せない。人間何が本来の姿かは安易に断定出来ないが、もしかするとこれが少年の素顔なのかもしれない。
やや年齢不相応なまでの礼儀正しさや思いやりの強さからして、少年も何かしら抱えていて苦労しているのは何となく察しが付く。それがどういった類かまではわからないが……とにかく、そんな相手からこの笑顔を引き出せた事実に嬉しくなった。
「ええ、そうしましょう――」
あの男の子と三人でサッカーをしないかという提案。スポーツはからっきしなだけに少し戸惑ったが、少年も未経験だと聞いて少し安心する。男の子も練習や遊びの相手が出来て嬉しいだろうと思い立ち、衣服についた砂埃を払って立ち上がった――その時。
神楽の瞳に移る景色が十年程前に見たそれへと変わっていく。両親に様々な習い事をやらされる中で、文武両道を目指せと入れられたサッカークラブ。周りは皆ボールを追いかけるのが好きで、上を目指して貪欲に練習していた。それに比べ知識も運動神経も皆無で、そもそもボールが怖くて堪らない自分。
あの男の子が自分の存在を認識する。シュートを決めろと言わんばかりに繰り出されるパス。唸りを上げながら迫ってくるそれを受け止めようと、震える足をまるで砂山でも崩すかのように恐る恐る前へ出す。空振り。受け止めてくれる相手を失ったボールは、虚しい音を立てて地面に転がり――白線を超えた。耳が痛くなるようなホイッスル。周囲の失望したと言わんばかりのリアクション。そして、両親の怒号。
そこで悪夢のような記憶の想起は終わり、現実に戻ってくることが出来た。実際には男の子はボールをこちらへ蹴ってなどいないし、周囲には少年以外誰もいやしない。だが。
(アンタは何にも変わってない。また自分から惨めな思いをしにいこうっての?)
姉に浴びせられる罵声だけは、現実のものだった。誰とも共有できない、誰にも助けを求められない、神楽の中での現実。
サーッと血の気が引いていくのを感じる。同時に眩暈と頭痛に見舞われ、またふらふらとベンチに腰を下ろした。だがもうこれ以上、この場に留まっていたくはない。背もたれに掴まりながら震える足に鞭を打って立ち上がり、逃げるように公園の出口を目指す。
「……ごめんなさい。やっぱり今日は気分が良くないの。また今度――そう、また今後にしましょう」
目線だけは少年の顔へ向けつつも、誰に言っているか分からないようなか細い声で"また今度"と繰り返す。出会ったばかりで名前も連絡先も知らない相手に、また今度などあろうはずもないのに。焦燥と混乱でまともに機能しなくなった頭の中で彼への謝罪の言葉を繰り返しながら、神楽は人通りの少ない道へと消えていった。
(/このあたりで一旦回収とさせていただきます!少々嫌な展開にしてしまい申し訳ないです……)
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