主 2020-09-28 23:06:45 |
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> 月( >59 )
……本当に上手く言えてないね。( 『凄い』を繰り返す彼女に、揶揄うような、呆れたような口調で言いつつ、歪めていた表情を軟化させる。何が凄いのかはさっぱり分からないけれど、まあ気分は悪くないかな。彼女と居るのは、比較的気が楽だ。それは、恐らく彼女の裏表のない性格から来るもので、言葉の意図は分からなくても、その奥の想いは信じられる……気がした。これでもし全てが嘘だったのなら、彼女が一枚上手だったという話で、おれの完敗だ。あたたかい手が、そっと髪を撫でる。初対面の相手の、初めて触れる手。そのはずなのに、どこか懐かしい感じがした。「……かあさん」、唇をほとんど動かさずに、口の中で呟く。頭を過ったのは幼い頃の記憶。あたたかい手、優しい笑顔。──取り戻せなかった。優しい母さんも、おれの愛しい家族も。『お前のせいだ』、殴られる度に言われた言葉が、脳内で何度もリフレインする。……そうだ、おれのせいだ。おれが、上手く笑えなかったから。彼女の手がおれの頭から離れる。その手を掴む勇気はおれにはもう残っていなくて、ただ、また、いつも通りの笑顔を貼り付けるだけだった。バスの中、どこまでも伸びやかな彼女の言葉に、「ふうん」と相槌を一つだけ返す。言っていることは分かるけれど、感覚的には分からないから簡単に頷けもしなかった……と言うより、この町に来るような人物が、防衛本能よりも先に他人を慮るというのが単純に事実として受け止められなかった。本当にどうしてこんなところへ、という彼女への疑問は深まる一方だ。ふいに、外の景色を眺めていた彼女が独り言のように零す。おれも、彼女に倣って同じ調子で返す。 )
何もないところだから、あんまり期待されても困るけど。
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