着ぐるみパンダさん 2020-08-02 17:23:34 |
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(こんな形でメイクに触れることになるなんてね……)
作戦決行を前にして、自室で準備を整えるゼクシア。鏡台に乱雑に放置されたメイク道具を見て、思わず溜め息を零す。年相応の少女である彼女にとって、初めて施すメイクが戦傷を偽装するためのものというのは、何とも言えない気分であった。
結論から言えばこの策は取り止めになってしまった。まるで化粧っ気のない少女が一朝一夕でそのような技術を身に付けられるはずもない。鏡に向かえば忌まわしい傷跡と対面せざるを得ないし、その手の職人に頼むのは情報漏洩の危険がある。
結果、自らの顔面をキャンバスにした粗末なお絵かきは諦め、血糊を大量に付けることでメイクの代用とした。衣類は下着に至るまで王国製で揃え、念には念を入れて包帯も用意する。血糊を染ませた上で顔に巻きつければ、より負傷兵らしさを醸し出せる上に目まで隠すことが出来るからだ。
ここまで来れば、残る問題は髪型ぐらいなのだが……
(どうしても切る気にはなれないのよね……そんな我儘を言っている場合じゃないのに)
悩み抜いた末にポニーテールにするだけで済ませた髪にそっと触れ、6年前の凄惨な光景を思い返す。
自分が異能に目覚めたきっかけ――貴族の邸宅にて、苦境を共にした少年の死。彼は優しかった。顔を醜く傷つけられて心を閉ざしたゼクシアに、自らも苦痛に耐えながら温かい言葉をかけてくれた。
中でも一番嬉しかったのが髪を褒められたことだ。雑用の邪魔になる上に手入れも面倒だからと男子同然に短く揃えていたが、その言葉を受けてからというもの、今日に至るまで一度も切っていない。
鏡の中でふわふわと揺れ動く銀糸の束に、"天魔"ゼクシア・ファルベとはかけ離れた本来の自分を見出し、思わず苦笑してしまう。
――人の一生は短いために命は大事にすべきだが、たまには粗末に使え
(本当に短いから困るわ。異能が無ければ10歳で死んでたわけだし……)
ステラの自室から去る直前、部屋を訪れた兵士から告げられた言葉を頭の中で反芻する。命は大切にすべきだが、守りに入ってばかりではいけないというのだから難しい。時に渦中へ飛び込み、理想の未来を手繰り寄せる努力をしなければ、その短い人生は死んだも同然の無味乾燥なものとなってしまう。
だからこそ、たまには粗末に使う。その見極めが得意な者が貴重な経験を積み上げ、実力を付けてのし上がっていくのだろう。
――また会おうゼクシア、必ず。
(あんなことを言われたのは久しぶりね)
思えばここへ来てからの自分は、人と深く関わることを故意に避けていた。会話と言えば業務に必要な最低限のものだけで、人間関係の構築そのものを嫌っていた。ステラのような目上の軍人と関わることもあったが、その大半がゼクシア本人には無関心で、ただ任務を与えるだけの鉄砲玉と見なされていたに過ぎない。
「帰ってくるわ。必ず」
自らに言い聞かせるように呟く。今まで自分の心に沈んでいたのは、もうこの世にいない優しい少年だけだった。だが、もう違う。ステラ・カンパニュラという存在――心の拠り所とするにはまだ早いが、生きて彼女の下へ帰りたい、無事な顔を見せたいと思える相手が出来たことが、16歳の少女にとっては何よりも心強かった。
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