悪魔 2018-11-04 19:58:34 |
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(意外にもすんなりと此方の言うことを聞き入れてくれた彼に、そこまで悪い者ではないのかもと思いつつ、再び男と二人だけになり動き出した時に知らずに強張っていた体から力が抜けて静かに一息付き、戸惑う男と話をつけて。そうして暫く経って、教会の外へと出る自身の手には短剣はなく、家路を行く男の背中を見送っていると屋根の上からの問いかけ。彼の言うことは正しく胸が痛み眉を下げては、振り返ることはなく宵闇に目を向けたまま静かに口を開いた。「そうですね…。中途半端で当てのない優しさは時に人を傷付け苦しめる。───娘は元には戻らないかもしれないと告げました。ですが、彼女は消えたわけではない。傍にいることができる。正気を失った娘を見続けるほど辛いものはないでしょうが、誰かに憎しみを向けられるほど娘を愛しているのなら、その愛を道を誤ってしまった娘を受け入れることに注いでほしいと、願いました。それに彼にはまだ奥さんも沢山の友人もいます。一つの憎しみに捕らわれていては多くの光を失うことになると…。月並みなことしか言えません。“憎しみを抑えてほしい”それは私の願いで押し付けでしかない。だから短剣は彼に返しました。結局のところ私は彼に希望は与えられない。今後希望を成せるかどうかは彼自身の問題です。」静かに淡々と述べる中に自責の念が生まれるのは、自分にないものを男がまだ持っていることを少しだけ、ほんの少し羨んでしまったから。そして自分の男に向けた言葉は一見諭しているようだが、人の感情はそこまで単純でないことを知っていた。だから与える言葉に正解などなくいつも暗闇を彷徨うようで、今できる精一杯を心から捧げているまでだった。冷たい風が頬を掠め、ふぅと一息吐くとようやく相手へと振り返り眉尻を少し下げて微笑み「少し話しすぎましたね。家に案内しますね。」と。そうして訪れた教会近くの小さな住居。扉を開いて明かりを灯すとぼんやりと家の中が温かな光に包まれる。彼の冷たい手を取ると室内へと招き入れソファーへと座るように促したあと、自分はさっさと奥へ引っ込み温かい紅茶や予め作り置いた野菜スープを温めなおして木の器に盛ると堅いパンを添えてソファーの前のテーブルに並べて。「…その、お口に合うかは分かりませんがよかったら。」以前、黒の塊──人間の憎悪を食しているのを目の当たりにしているだけに普通の食事はするのかと疑問はありつつも友人をもてなしたい気持ちから悪気なく微笑み食事を勧める。自分も彼を向き合うように小さな腰掛けに腰を下ろすと綺麗な紅い瞳を見て「あの…お話をするまえに、お名前を聞いてもよろしいでしょうか。」と少々遠慮がちに問うてみた。)
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