矢谷啓 2014-05-13 19:43:45 |
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(仕事を進めていると背後から声がして、キーボードを打っていた手を止めるとそちらを向く。そしてその表情を見た瞬間、浮かれていた自分を殴ってやりたい気持ちになる。この表情は知っていた。彼女も自傷した後同じように何でもない顔をして笑って。冷たく黒いものが自分の中に渦巻いて、やるせなさに吐き気がして目の前が見えなくなりそうになるが今ここで彼を見なければ彼を失ってしまいそうで。ナッティと床におろすと、席をゆっくり立ち普段よりも更に感情のない瞳で相手を捉える。そっと傷のある腕を手に取ると、やはりそこには真新しい傷があって目を背けたくなるが、それをしっかりと受け止める。以前なら、また何でこんなことをと泣いて叱っただろうが今は違っていた。真新しい傷の上をそっと指でなぞってから一度その手を離す。自分でもなぜそんなことをしたのか分からないし、無意識の行動だった。相手の目の前で机の上にある自分の筆箱からカッターを取り出すとカチカチと音を鳴らしながら刃を出し、自分の手首に宛うと力を入れてゆっくりと横に引く。慣れていないせいか力加減が分からず傷口は深く、血がじわりと溢れでて、それをどこか人事のように眺めていたが、痛くないはずがなくこんな痛みを彼は毎日のように自ら負っていたのかと腕の痛みよりも心が張り裂けそうになる「…痛い」一言呟く様は、泣いて叱るよりかなり狂っていると思うが今、彼を理解して彼のこの行為を否定していないことを伝えるにはこの方法しか思いつかなかった。むしろそう伝えたかったのか自分でも分からない。ただ彼の痛みを共有したくて、こんなにも狂った欲を持っていると知ったら逃げられてもおかしくない。血の滴る手でいつもより少し暖かい相手の頬に触れると「笑、俺はここにいるから、大丈夫だから」と子どもをあやすように、また自分に言い聞かすように何度も呟いて。
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