矢谷啓 2014-05-13 19:43:45 |
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ごめ、ん…なさい…
(我儘だと言われれば親に怒られた子供のように震える声で謝って、辛く苦しい自分の気持ちを打破するように相手の傷口を噛んで。これが得策だとは思えないが、これが自分達の愛の証ならそれでいい、こんな行為でさえ吐き気がするほど愛しいのだから。腰に回された相手の腕がいつもと違い酷く冷たく、そんなものにまで反応を示す自分の体が恨めしい。幼い顔が涙で溺れ、自分の頬を伝う涙は確かに自分自身のものなのに何故か他人の物のような気がする。オレの為に傷付かないで、なんて言えるはずもなく、飲み込んだその言葉を忘れるように口淫のようなその行為を続けて。何度も艶かしくそれを繰り返しては「啓、そろそろ血…止めないと…」と小さく呟いて。共に生きたいのにこんな所で死んでは元も子もない。居なくなってしまえば、ここで果ててしまえば、相手を想うことすら出来なくなってしまうのだ。そんなものは嫌で、自分はずっと相手を想っていたい。いつか相手自身の手でこの身が果てるその時まで相手と愛を紡いでいきたい、と言葉にするのは億劫だが、そう考えている。しかし、幸せと辛さは隣り合わせ、だからこそ幸せに怯え、辛さに恐怖を感じてしまうのも事実。でも相手とならそんな辛さも乗り越え、共有出来る気がするのだ。これが共依存なのかはわからない。ただ相手が苦しいと自分も苦しくて泣きたくなる。相手が嬉しいと自分まで笑顔になる。よく、2人なら辛さは半分幸せは2倍、なんて言葉をドラマや小説で見聞きするがそんなのは幻想だと思ってた。なのに相手となると本当にその通りなのだ。「啓、オレ…壊されてもいい…だから啓の側に居たいよ…オレはどんな啓も愛してる…啓が嫌いでも、いつかは啓自身が好きになれるように頑張るよ。だから…ずっと側に居て、オレを側に居させて…愛してる、どんな啓も啓に変わりない…」と泣きながら言ったからどれほど伝わったかわからないが何度も愛してると
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