士郎 2011-11-27 13:26:37 |
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踏みしめる大地は、いつか見た荒野に似ていた。
あたりには何もない。
何もかも吹き飛んだ山頂には、もう、余分な物など何もなかった。
-------戦いは、終わったのだ。
聖杯を巡る戦いは終幕が過ぎ、彼の戦いもまた、ここに幕を閉じようとしていた。
それがどれくらい長かったのかなど、彼にはわからない。
ただ、永遠に自己を縛り付けるであろう積年が、今はない。
終わりはただ速やかに浸透し、この時代に現れた彼の体を透かしてゆく
「アーチャー・・・・!」
呼びかける声に視線を向ける。
走る余力などないだろうに、その少女は息を乱して駆けてくる。
それを、黙って見守った。
「はぁ、はぁ、はぁ、は・・・・・!」
彼の下まで走り寄ってきた少女は、乱れた呼吸のまま騎士を見上げる。
------風になびく赤い外套に、見る影はなかった。
外套は所々が裂け、その鎧もひび割れ、砕けている。
存在は希薄。
以前のまま、出会った時と変わらぬ尊大さで佇む騎士の姿は、
その足元から消え始めていた。
「アー、チャー」
遠くには夜明け。
地平線には、うっすらと黄金の日が昇っている。
「残念だったな。そういう訳だ、今回の聖杯は諦めろ凛」
特別言うこともないのか。
赤い騎士はそんな、どうでもいい言葉を口にした。
「---------------」
それが、少女には何より堪えた。
今にも消えようとするその体で、騎士は以前のままの騎士だったのだ。
信頼し、共に夜を駆け、皮肉を言い合いながら背中を任せた協力者。
振り返れば「楽しかった」と断言できる日々の記憶。
-----それが、変わらず目の前にあってくれた。
この時、最後の瞬間に自分を助ける為に、残っていたのだ。
主を失い、英雄王の宝具を一身に受けた。
現界などとうに不可能な体で、少女に助けを求めることなく、
彼女たちの戦いを見守り続けた。
その終わりが、こうして目の前にある。
「く---------」
騎士の口元にかすかな笑みが浮かぶ。
そんなことは、初めから知っていた。
赤い騎士にとって、少女がその不器用さこそが、
何よりも懐かしい思い出だったのだから。
「な、何よ。こんな時だってのに、笑うことないじゃないっ」
むっと、上目遣いで、騎士を見上げる。
「いや、失礼。君の姿があんまりにもアレなものでね。
お互い、よくもここまでボロボロになったと呆れたのだ」
返してくる軽口には、まだ笑みが残っている。
「-------」
その、なんの後悔もない、という顔に胸を詰まらされた。
いいのか、と。
このまま消えてしまっていいのか、と思った瞬間、
「アーチャー。もう一度私と契約して」
そう、言うべきではない言葉を口にした。
「それは出来ない。私にその権利はないだろう。
それに、もう目的がない。私の戦いは、ここで終わりだ」
答えには迷いがなく、その意思は潔白だった。
晴れ晴れとした顔は朝焼けそのもので、それを前に、
どうして無理強いする事ができるだろう。
「・・・けど! けど、それじゃ。あんたはいつまでたっても-----」
救われないじゃないの、と。
言葉を呑み込んで、少女は俯いた。
「-----まいったな。この世に未練はないが」
この少女に泣かれては困る。
彼にとって少女はいつだって前向きで、現実主義者で、
とことん甘くなくては張り合いがない。
その姿にいつだって励まされてきた。
だから、この少女には最後まで、いつも通りの少女でいてほしかった。
「-------------凛」
呼びかける声に、少女は俯いていた顔をあげる。
涙を堪える顔は、可愛かった。
胸に湧いた僅かな未練をおくびも出さず、遠くで倒れている少年に視線を投げ、
「私を頼む。知っての通り頼りない奴だからな。
------君が、支えてやってくれ」
他人事のように、騎士は言った。
それはこの上ない別れの言葉だった。
・・・・未来は変わるかもしれない。
少女のような人間が衛宮士郎の側にいてくれるなら、エミヤという英雄は生まれない。
そう、希望が込められた、遠い言葉。
「------------アー、チャー」
・・・けれど、たとえそうなれたとしても、それでも------
既に存在してしまってる赤い騎士は、永遠に守護者で有り続ける。
彼と少年は、もう別の存在。
スタート地点を同じにしただけの、今ここにいる少年と、少年が夢見た幻想だった。
「--------------っ」
・・もう、この騎士に与えられる救いはない。
既に死去し、変わらぬカタチになった青年に与えられるものはない。
それを承知した上で、少女は頷いた。
何も与えられないからこそ、最後に、満面の笑みを返すのだ。
私を頼む、と。
そう言ってくれた彼の信頼に、精一杯応えるように。
「うん、わかってる。わたし、頑張るから。アンタみたいに捻くれたヤツにならによう頑張るから。きっと、アイツが自分を好きになれるように頑張るから・・・!
だから、アンタも----------」
---------今からでも、自分を許してあげなさい。
言葉にはせず。
万感の思いを込めて、少女は消えていく騎士を見上げる。
-------それが、どれほどの救いになったのか。
騎士は、誇らしげに少女の姿を記憶に留めたあと。
「答えは得た。大丈夫だよ遠坂。オレも、これから頑張っていくから」
-------黄金に似た朝焼けの光の中。
消えていった彼の笑顔は、いつかの少年のようだった。
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