希望者募集 2018-04-07 11:12:05 |
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(何故か楽しげな相手に怒りよりも疲労感が少しずつ積み重なっていく中、ふとした瞬間にまるで見計らったかのように互いの視線が搗ち合った。またもや真っ直ぐに、しかし前触れもなく告げられた言葉はそれを発した相手が天敵とも言える彼であるという事をふまえても此方の心を揺さぶるに充分なもので、不覚にもじわりと体が熱くなる。まさか髪から覗く両耳がインクを垂らしたように赤く染まっているとは夢にも思わぬまま、動揺を悟られまいと慌てて平然とした顔を作って。「そんな事、今更言われるまでもない。それより早く手を離せ。」素っ気なく返した言葉も解きほぐしてみれば相手から注がれている愛情が演技ではなく本物であると受け止め始めた証。とはいえ、気持ちをきちんと受け取ったからといってそれに応えるかどうかはまた別の話であり、あくまで可愛げのない冷淡な態度を貫いて。あっさりと頭を下げる相手に拍子抜けしたように目を瞬かせていれば、とても暗殺者などという肩書きを持つ人間がするものではない弱々しい表情で見つめられる。叱られた子犬を思わせるその様子に、胸の奥をぎゅう、と鷲掴みにされたような息苦しさを感じれば言葉を詰まらせた。いつも飄々とした部分をよく見るからか、相手にしおらしくされてしまうと調子が狂う。加えて子供だとか犬猫だとか、もとよりそういった類のものに自分は滅法弱いのだ。仕方がないと言うように深くため息をつくと相手へ左手を伸ばし。「__ああもう、そんな顔をするんじゃない。お前だって一端の暗殺者だろう。」昔ながらの堅苦しい父親の如き台詞を述べては、わしゃわしゃと相手の黒髪を乱すように不器用なりに頭を撫でる。「反省したならもういい。」いつもよりも心做しか柔らかい口調でそう言って最後にぽんぽん、と頭の上で軽く手を弾ませれば相手から手を離し。彼の顔を直視しないよう気まずそうに視線を横にスライドさせて。一口食べさせてみればもぐもぐと咀嚼しながらも仄かに頬を染め、どこか嬉しそうな表情を見せる相手。今の一連の流れのどこに喜ぶ要素があったのかと小首を傾げるも、相手の様子からどうやら自分が食べても問題無いらしい事がわかれば続けて一口分麺を巻き取って。いただきます、と呟くように唇を動かすと控えめに口を開き。少し時間を置いても味は損なわれておらず、よくバランスの取れたメニューからも相手が料理上手であることが窺える。もしかすると、時折無精して食事を抜くような自分よりもずっと料理慣れしているのではないだろうか。咀嚼を終えゆっくりと飲み下せば「美味しい。」と、ただ一言素直に感想を伝えて。さながら童話に登場する王子のように恭しく自分の手に口付ける相手に当然驚きはしたものの、今はそれよりも相手が例え一時的にでも諦めてくれたことで得た安心感の方が大きく。まさか自分が相手に全く同じように思われているとも知らず困ったように、けれど隠しきれない安堵が滲んだ微笑を浮かべては。)
…頑固だな、お前も。
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