主Y 2018-02-05 01:21:11 |
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>櫻井さん
人は、慣れすぎた作業をするとき、あまり周りを気にしない。
慣れすぎた作業なんてものは、特別機械いじりなどではなく――歩く行為、走る行為、そんな日常的なことだって含まれる。
実質、ボクがそんな状況であった。キッチンから戻る道を通っていたのだけど。
「ああ、櫻井さん…」
ハッと声のしたほうへ振り向くと、夏目漱石だろうか宮沢賢治だろうか、あるいはそれでもないか――厚めの、あまり現在の若い子は読まないであろう本を手に持ちながらいる櫻井さんがいた。
ボクにはあんなかっこいいもの、さぞ似合わないことだろう。
櫻井さんは少しだけ視線を合わせると、スッと本に視線を落とした。
すぐに立ち去るつもりだったが、先程の蝶がはたまた華麗に飛んでは、櫻井さんの頭に止まった。
その光景が、なんだか愛らしくさえ思え、つい足を止めた。
「何だか――とても、綺麗ですね」
櫻井さんに合わせるように、少しだけ笑ってみせる。
嗚呼――また、やってしまった。
作り笑顔。仮面の貼り方。
そんなものはとっくに脳が覚えてしまった。
嫌でも、ついしてしまう…これこそ、慣れすぎた作業と言っていいだろうか。
どこかの評論家が言っていた、笑顔は人を幸せにするのだ、と。
ならば、今のボクは幸せなのか?
笑顔を作っても無理だと言うなら、ボクに残された幸せなんてない。
だから、もう諦めて、
「櫻井さんのその笑った表情も、蝶も――何もかも」
とても、綺麗だ。
そう言っては笑ってみせた。脳裏に焼き付いたあの人の笑顔を真似して。
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