健二 2017-09-28 22:32:08 ID:c196a580b |
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(タクシーは快調に夜の街を滑るように走ってゆく。
道路はいくらか混んでいるものの、後部座席に座る仲睦まじげな若いカップルに、どこか猜疑心を抱く初老の運転手は、いくらかアクセルを強めに踏んで、強引ともいえる割り込みや追い越しを繰り返してひたすら目的地へと急ぐ。
麻布通りから飯倉片町を右折して外苑東通りに入ると、目の前にライトアップされた東京タワーが、蝋燭の炎のような暖かみのあるオレンジ色に映えてそびえ立つ。
健二は有紗の手を握ったまま、その綺羅びやかな光をぼんやりと見つめ「有紗は東京タワーみたいなひとだ」なんて、ちょっと気障ったらしく呟いてみる。きっと彼なりの最大の褒め言葉なんだろうが、有紗にはその意味がまるで伝わらなかったようだ。
ロシア大使館を過ぎて坂を下り、車はブレーキを鳴らしながら左に曲がる。
虎ノ門ヒルズのアンダーパスをくぐると、人通りの多い新橋駅の繁華街へと車が入ってゆく)
本当はもっと有紗とドライブしたかったけど…それもしばらくはお預けだな…。
(さっきの焼肉店で、健二は「車を売った」ことを有紗に伝えた。だが、その理由はまだ彼女に話せないでいる。それを話したら…彼女はどんな顔をするだろう。もしかしたら、愛想を尽かせてしまうかもしれない。
でも、ちゃんと話さなきゃならない。
本当の自分を見てもらうために。
そして、その本当の自分を、好きになってもらうために…)
(新橋駅の高架をくぐり、汐留の交差点を左折して昭和通りへ。銀座界隈から北上して郊外を目指す車は通りを埋め尽くしていて、然しものタクシー運転手もこの状況に抗うことはできず、テールランプの海の中にゆっくりと車両を沈み込ませるしかなかった)
どうした?
(ゆっくり進み始めた車内で、大人しくシートに身を置いて黙りこくる有紗の表情に、ほんの少しの不安の色を見つけて健二は声をかけた)
気分、悪いの?
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