ノクティス 2017-01-28 19:21:40 |
通報 |
(相手から告げられる好きの一言。それだけでは収まらぬ夜空の瞳から伝わる好きの雨を、己の心は恵みとばかりに歓喜して受け止める。自身の胸からはとくとくと速い鼓動を感じた。緊張、期待、歓喜。その影にはいつだって後ろめたさがついてまわる。ルナフレーナ様のこと、そして、自身の出生を思えば寧ろそれを感じないわけがない。…だけどまだダメ。オレは臆病者だから、この心の薄暗い所には触れてほしくない。ノクトを傷付けたくなくて。けれど騙すつもりもなくて。だから今は、せめて先送りにさせてほしい。いつか必ず打ち明けるから。内心紡いだこの呟きは言葉にするわけにもいかず、ただただ心の内側へと赦しを請いたい気持ちを抑え込む。…嗚呼、目を閉じればこんな心の内は気付かれないで済むだろう。目を閉じてしまえば、好きな彼から与えられる好きな感覚に、好きな行為に、没頭出来る――。
瞼を下ろした後、熱い唇同士が重なる。柔らかく噛み付くような口付けにぞくりと背筋が粟立つ。ほんの一瞬思考のためか相手の動きが止まったが、それに気付かぬ程度にはその感覚に身を委ねていたわけで。そのまま軽い調子で繰り返し食まれれば、それに応えるべくこちらもやわやわと唇を動かしてみたりもし。最後に唇押し付けられては、突然の変化球に瞳をぱちりと開いてしまい。はふりと一息ついていれば、指摘と共に彼の親指が下唇を這う。感覚を研ぎ澄ましていたせいもあってか、不意をつくような刺激には「んっ…」と声を漏らした。彼はどうやら、リップクリームの存在に気付いてくれたらしい。そのことに対する嬉しい気持ちと照れ臭い気持ちとが心の内でせめぎあって。にたりと笑う相手の顔なんか見てしまえば更に羞恥心がじわりじわりと己が内から湧き上がってきてしまい、思わず拗ねた表情で「どんな表情でもかっこいいとか、ずるいでしょ…」と恨み言のように呟きぽつり。続け様に思い切って口を開けば、赤くなった顔を隠すことなく「…そうだよ。こうなるの、今日はずっと期待してた」と白状。――リップクリームを買い求めたのは、今日の資金繰りの直前だった。ごめんトイレ行ってくる〜と嘘をついて一行と離れた己は、近くの店へと駆け込んだのだった。どれにしようかと迷ったものの、あまり長い時間此処に居れば気付かれてしまうことは確かで。慌てて引っ掴んでレジまで持っていったのは王都でも見かけたことのある品。淡いピンクの、明らかに女子受けしそうなそれ。購入時は無論気恥ずかしかったが、店員から笑顔と共にありがとうございましたと送り出されては、少しだけ背中を押された気がして。買ったばかりのそれを店の影でほんの少し塗ってみた。鼻先でほんのりと香るそれに気分は上がり、今日は何だって上手くいく気がしたのだった。…回想乙、自分。頭の片隅でそんなことを思う程度にはこの羞恥から逃げたい心地である。白状すれば、このリップはイグニス達にも気付かれていたのだ。頑張れよ、とか。良いと思うぜ、とか。小声でそんな言葉を掛けられたことを思い出した。嗚呼、思考すればするほど自分自身を追い詰めているような気がする。恥ずかしくなって相手から顔を逸らしてみれば、後頭部と地面とが擦れて砂粒がざり、と音を立てる。視界の端に映った空の色はいつしか、橙色から藍色へと変化してきていた。いつまでもこの状態というのは堪えきれなくて、相手の胸元へと手を添えてはそっと押し返すように力を込める)
ねぇノクト…お願い。もう無理、恥ずかしいから退いて。
トピック検索 |