蟲 2016-11-26 12:01:37 |
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>黒鈴
ははぁ、聞き分けの良い子はどっかに行ってしまったらしい(お休みと言えば素直に従うと思っていた、起きていても腹は減るだけなのだし渡した干し肉を齧りながら掻巻でぐるりと丸くなるものだと。それなのに聞こえたのは拒否であり夜更かしへの誘い、とりあえず隅に片付けた物の始末をこれから考えようとしていたのだから思わず乾いた笑い声が漏れてもう随分前の事にさえ思える相手の言葉を思い出して軽く呟き。動いた様子はない相手を振り返ったその表情が僅かに固まったのは澄ました微笑みが告げた脅迫のせいで、肉を舐る蟲の食欲を認識した今ではあまりにも真実めいていて、聞いて思い当たるのはこの家の家主である老夫婦の事だが次いで思う心配は夫婦の命ではなく食われてしまっては食と住に困ってしまうな、などという不謹慎なもの。そのうえ更に声が続けば『おとおさま』なんて呼んでいたのはどの口でお転婆に見えないと思ったのは誰だったろうとまで思えてきて、先程噛みつかれた二の腕の痛みはまだ生々しく疼いているというのに焦りよりも危機感よりもかえって面白い気になってくる。思い返せば不思議な事に、食われたくないとは思うくせに切羽詰まって逃げようとかは一つも思わない「お前は言う事をきかせるのが上手だねぇ」くつ、と喉を鳴らして砕けた口調を漏らせば六畳一間、たった数歩離れた相手へと足を向け「お喋りは得意じゃあないが、食われてもやれないから。黒鈴、月が落ちるまで付き合おう」蟲卵の殻は今度こそ女学校の焼却炉へ、どうせ粘液を吸い込んで乾いてしまった畳も布団も日が明けてからどうにかすれば良いと決めてしまえば相手の正面に胡坐をかき、腿に肘をついて掻巻から見える顔をのぞき込むように首を前に倒して)
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